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番外編02話『獣の王、頂はいずこか(2)』

 アカマピとミヤワァンが結婚して二年目。長女コヨルゥが生まれる。

 その二年後に長男ウィツィが、また二年後に末弟イツラが生まれた。


 コヨルゥは面倒見の良い子で、弟たちを大いにかわいがった。

 しかし最初に生まれた子の責任感からなのか、口うるさく干渉的なところがあって、弟たちに面倒がられてしまうこともあった。

 溺愛ゆえなのは弟たちもわかっているので、嫌ったりはしないのだが。


 一番、両親に似たのは長男のウィツィだろう。

 戦いを愛する心があり、その想いを実現するための才覚もあった。

 息子はいつか自分たちを越えるだろう。

 アカマピもミヤワァンも成長を楽しみにしていた。


 そんな兄に対抗心を燃やしたのが次男のイツラだ。

 兄について回り、まねをして訓練用の斧を振った。

 負けず嫌いなところが実にかわいらしい。


 幸せな家庭を築きつつも、夫婦は戦いをやめたりしなかった。

 二人ともそういう性分なのである。

 母リクェをチコモストに招き、不在の時は子供たちを任せていた。


 たとえ相手が徒党を組んでかかってきても、二人でなら負けなかった。

 ついにはチコモスト中部に住むチノチ族の全てがアカマピの軍門に下る。

 統一されたチノチ族に危機感を抱いたのは両隣の部族である。

 チコモスト西部を領域とするトラクパ族、東のテスコ族。獣人族の三大部族の内二つが示し合わせたようにチノチトラの町に攻め寄せたのだ。


 かつてない危機に際して、アカマピたちが選んだ戦略はこうだ。

 アカマピとミヤワァン率いる精鋭部隊でテスコ族の軍を速攻で叩く。

 その間、町はクァクァたち残った戦力で耐える。

 テスコ族を撃破後、返す刀でトラクパ族を討つという作戦だ。


 チノチトラ防衛戦はアカマピにとって過酷な戦いとなる。

 一対一なら誰にも負けない戦士だろうと体は一つしかないのだ。

 凶刃に倒れていく仲間を見捨てて、歯を食いしばり戦うしかない。

 アカマピたちは一点突破を目指して敵軍に突っ込んだ。


 アカマピの金棒を受けた敵は臓腑が爆ぜ、血を吐き倒れた。

 ミヤワァンが大戦斧を振るえば、たちまち敵は胴を二つに裂かれる。

 返り血を浴びながら戦う二人の姿はまさに鬼神だった。

 圧倒的な暴力を目の当たりにし、テスコ族の獣人たちを震え上がった。

 アカマピの精鋭部隊が敵軍の腹を裂くように進む。

 決死の突撃で大将を潰され、テスコ族の軍は崩壊した。


 速攻が成功した時点で勝敗はついた。

 チノチトラの町を攻撃していたトラクパ族は、アカマピたちが戻ってくると見るや、ただちに背を向けて逃走を開始した。


 テスコ族もトラクパ族も犠牲を払ってまでは戦いたくないのだ。

 死力を尽くしてアカマピたちチノチ族を倒したとしても、その後はどうなる。

 より余力を残した部族が有利になるだけだ。

 所詮は場当たり的な同盟であった。


 しかし両部族がここで死力を尽くさなかったのは結果的に過ちとなる。

 喧嘩を売られて黙っているアカマピとミヤワァンではない。

 すぐに軍備を整え、まずはテスコ族の都に攻め込んだ。


 二対一ですら勝てなかった相手にどうすれば勝てようか。

 たやすく敵を蹴散らし、アカマピは軍勢で町に乗り込んだ。

 アカマピは部族の長の家の前にテスコ族の獣人たちを集めさせる。

 不安と好奇の視線を浴びながら、アカマピはチノチ族の長として告げた。


「今日この時より、お前たちの長はこのアカマピとなる! 従う者はその場にひざまずき、新たなる長の名をたたえよ!」


 かつてのアカマピなら、このような言葉は口にしなかっただろう。

 アカマピは戦士に敬意を持っている。

 どのような確執があろうと、戦った相手を辱めるべきでないと考えていた。

 だが今のアカマピはチノチ族を率いる長なのである。


 獣人族は一番強い者が部族の長となる。

 それは強者がただ好き勝手やる自由を認めたものではない。

 いざという時に同胞を守る責務を強者に託しているのだ。


 アカマピの要求に、テスコ族の獣人たちは突っ立ったまま動かなかった。

 無言の抵抗である。

 さもありなんとアカマピは微笑すると、巨大な金棒を振りかぶった。

 何をするかと思えば、長の家に向かって叩きつけたのである。

 金棒の凶悪な威力が日干し煉瓦の壁を粉砕する。

 振るうたびに家屋に穴が空き、ついには支えを失い崩れ落ちる。

 アカマピは瓦礫の山の上に立ち、唖然とする獣人たちを見下ろした。


「もう一度だけ問う! この瓦礫を墓標とするか! ひざまずくか選べ!」


 アカマピの声が町に響く。

 テスコ族の獣人たちは地面に手をつき、アカマピに屈した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 テスコ族を降した後、余勢を駆ったアカマピはトラクパ族を征す。

 これにより獣人族の国チコモストは統一を果たした。


 三百年前、人間族に敗れた獣人族はエルトゥランの地を追われた。

 北の荒野チコモストに辿り着いた獣人族は縄張り争いで分裂してしまう。

 初めは西、中央、東の三つの大部族に。

 そこからさらに規模の小さな部族へと分かれていった。


 アカマピ=テパステクトリ、二十六歳。

 若き獣は三百年ぶりの統一王となった。

 アカマピが大王と呼ばれるようになったのもこの日からである。


 さて大きな争いも終わり、日常が落ち着いたある日。

 ミヤワァンの祖母ルペトラトはアカマピを呼び出した。

 獣人族の王に見せたいものがあるのだという。

 アカマピはミヤワァンと共に、祖母に案内されてヌウア山脈へと向かった。


 チコモストの北端であり、生者には越えられぬと言われる断崖絶壁の山。

 そんな山を登り続けて黄昏時。

 三人は山肌にぽっかりと開いた洞窟に辿り着いた。

 たいまつに火をともし、薄暗い洞の奥へと進む。

 三又の分かれ道を三度通り過ぎると、開けた場所に行き当たった。


 石室と表現するのが正しいだろうか。

 その壁面は地面と垂直で、表面は綺麗に整えられていた。

 岩壁のキャンバスには時の流れを感じられる絵と文字が彫られている。


「これは?」


 アカマピは義理の祖母ルペトラトに問いかける。


「遥か昔、チコモストに逃れてきた我らの祖先が残したものと聞いておる。かつての獣人族と人間族の戦い、その顛末を記したものじゃと。代々チノチトラの長のみが知ることを許された秘中の秘よ」

「ほう……」


 アカマピは視界いっぱいに広がる壁面を見上げた。

 これらをしっかり読み解くには一日かかるだろう。


「どうして今になってこれを俺に?」

「深い意味などないわ。わしもそろそろ迎えが来るじゃろうからな。その前に教えておこうと思っただけよ。これでひと安心じゃ」


 ルペトラトはよいしょと地べたに横になった。

 長丁場になることを察して、楽な体勢で休むことにしたのだろう。

 どのみち今日はここで夜を明かすのである。

 夜の闇の中、下山する方が危険なのだ。


「では私は食事の用意をしよう」


 ミヤワァンはそう言って、洞窟の外へと歩いていった。

 アカマピはたいまつを掲げ、壁画を読み解きはじめる。


 三百年前、エルトゥランの地には獣人族の国があった。

 人間族は今でいうトラネウスの南部に縮こまって生きていた。

 当時の獣人族にとって、人間など貢物を持ってくるだけの存在に過ぎない。

 事実上の従属国で、敵対関係にならないほど力の差があった。


 変化のきっかけは、当時の獣人族が北進を企てたことに始まる。

 その当時、エルトゥランより北――チコモストの東南部には森があった。

 リブリナの樹魔族の支配域だったのである。

 獣人族と樹魔族の小競り合いが始まったことで人間族の運命は変わる。

 獣人族を背中から討つよう、樹魔族が人間族に協力を持ち掛けたのだ。


 人間族はその提案に乗った。

 隷属の身を脱する千載一遇の機に賭けることにしたのである。

 樹魔族は人間族に一つの力を与えた。

 装着者の生命を吸い、力に変える悪魔の鎧、吸生骸装である。

 この鎧の力を頼りに人間族は反逆を開始した。


 吸生骸装をまとった戦士はまさに一騎当千。

 人間族は獣人族を相手に対等に戦えるようになった。

 だがそれは犠牲を払っての対等である。

 鎧を着て戦った者は勝利しても、代償として灰になって死ぬ。

 戦いが起こるたびに優れた戦士が死んでいくのだ。

 戦力の先細りは由々しき問題だった。


 この課題に対し、樹魔族は一つの回答を与える。

 樹魔族によって授けられた生贄召喚の秘術である。

 吸生骸装は人の命を使い捨ての燃料にする。

 ならばそれをここではないどこかから持ってくればいいと考えたのだ。


 実際この生贄は持ちが良かった。

 灰になって死ぬまでに二度、三度戦えた。

 これによって人間族は戦線を立て直す。

 そして十四番目の生贄が召喚され、歴史は大きく動きだす。


 後の世に救世主と呼ばれる十四番目の男は今までの生贄とは格が違った。

 十度を超える戦いを経ても男は灰にならなかった。

 また期せずしてこの頃、地人族の天才が血を吸う魔剣を完成させる。

 鎧と剣を手にした男はまさに不死身の戦士と化した。


 人間族の快進撃は続き、ついに決戦の日が来る。

 獣人族を束ねる最強の王と十四番目の男の戦いは夜通し続いた。

 太陽が朝を告げた時、大地に立っていたのは十四番目の男だった。

 この大激戦で獣人族は指導者を失い、致命的な犠牲を出す。


 もはや時代の流れは止められない。

 獣人族はエルトゥランの地を追われた。

 逃れ逃れてチコモストの北部へと辿り着くことになる。

 その後、チノチトラの水源を巡って部族は分裂する。

 それが今日へと続く獣人族の歴史であった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 アカマピは子供たちを妻と母に任せ、一人で出かけた。

 向かった先は祖先が暮らしていた地エルトゥランである。


 チコモストとエルトゥランの国境には行き来を遮る大防壁がそびえている。

 コンクリートでできた防壁は西のシバレイ山脈から東の海岸まで続いていた。

 また防壁と一体化したサビオラ砦には人間族の軍が常駐している。


 お忍びの旅だ。正面突破は好ましくない。

 東の海岸は肝も冷える断崖絶壁で、壁面は反り返っている。

 そのうえアカマピは泳いだことがない。無謀な試みである。

 今後に備え、自分を含め獣人族は泳ぎを覚えるべきかもしれないと思った。


 アカマピは西のシバレイ山脈を登ることにする。

 転べば大ケガをしそうな険しい岩山だが、それはヌウア山脈も同じだ。

 日の出の刻まで身を潜め、アカマピは山に挑んだ。


 持ち前の身体能力で険しい山肌を登っていく。

 道なき道に汗が噴き出した。

 自分一人だからいいものの、軍隊でこの山は越すのは困難だろう。


 朝が仕事を終え、昼と交代する。

 アカマピはようやく山路の半分、つまり一番高いところまで辿り着いた。

 足下ばかりを見ていた顔を上げ、視界に映った光景に息をのむ。


「おおぉ……!」


 地平線まで生命の緑が広がる豊かな大地に、アカマピは心から震えた。

 果てしなく鮮やかな蒼穹に輝く太陽。

 波打ち、白く煌めく大海のなんと雄大なることか。

 チコモストの乾いた荒野とは違う。

 目の前にあるのはまさに歴史に謳われた豊穣の地だった。


 アカマピはまっすぐに立ち、前方へと手を伸ばした。

 祖先が失った豊穣の地に、祖先を打ち倒した強者の末裔が暮らしている。

 自分が越えるべき敵と戦場はここにある。

 胸に湧き上がる昂揚感に、アカマピは頬を吊り上げて笑った。


「勝負だ!」


 人生は成長するためにある。

 アカマピは大自然を立会人に、人間族に宣戦布告した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 チノチトラの町に戻ったアカマピは先を見据えた準備を始めた。

 まず取り掛かったのは大人数の戦士を集めての訓練である。

 人間族との戦いは個人ではなく集団での戦闘になる。

 軍として統率の取れた動きの訓練が必要だと考えたのだ。


 同時に進めたのがチノチトラにおける鍛冶技術の発展である。

 チノチトラは水、木材、石炭、鉱石を採取できる最高の立地があった。

 地人族から学んだ技術で質の良い武器を独占的に供給し、国中に売る。

 これにより獣人族の戦闘力の底上げを図りつつ、チノチトラに富を集めた。

 武力と財力でアカマピは王の支配を確固たるものとする。


 またアカマピは農地開拓を奨励した。

 戦争には大量の食糧が必要だからだ。

 獣人族の間では農作業は女性の仕事とされていたが、余裕のある男子はこれに参加し、生産力を上げるようにとのお触れを出した。

 望む者には最新のスキやクワを無償で提供した。

 とはいえ気候が冷涼なチコモストにあっては耕作もなかなかうまくいかず、獣人族の食糧事情が劇的に改善したわけではなかった。

 こればかりは年月が必要なのだ。


 アカマピもそれはわかっていた。

 ゆえに自分が三十歳になるまで待つことを決める。

 その日まで己を鍛え、同胞を鍛え、力を蓄えることにした。


 そして四年の月日が流れる。

 しかし予定していた三十歳になってもアカマピは動かなかった。

 チノチトラを離れられない、のっぴきならない理由ができたからだ。


 決行を間近に妻ミヤワァンが原因不明の病魔に侵されたのである。

 体の関節が赤黒く腫れ上がり、わずかに動かすだけで激痛が走る。

 寝返りを打てば目が覚めるほどで夜もろくに眠れない。

 吐血や下血を起こすこともあり、一日中ほとんど横になって過ごしていた。


「私のことは気にするな。お前はお前の戦いをしろ」


 ミヤワァンは何度もアカマピにそう言った。

 しかしそのたびアカマピはこう答えた。


「俺は俺のやりたいことをしているだけだ」


 アカマピは幼い頃から、伴侶を亡くした母リクェを見てきた。

 子供の前では涙を見せず、気丈に振る舞う母をずっと見てきたのだ。

 アカマピが強くなろうとしたのも母を守るためだ。

 戦いはアカマピの人生となったが、始まりの動機はそこにある。

 そんな男がどうして病床の妻を置いていけるだろうか。 


 アカマピはミヤワァンに寄り添い、苦しい闘病生活をそばで支えた。

 ミヤワァンは体調が良い時、アカマピと共に子供に稽古をつけた。

 子の成長は早い。

 コヨルゥは十四歳でミヤワァンと同じ距離の的を射貫いた。

 ウィツィは十二歳でミヤワァンから斧で一本を取った。

 ミヤワァンは子供の成長を喜ぶと同時に、己の衰えを身をもって感じ取る。

 偉丈夫も顔負けの体格はすっかりやせ細っていた。


 そうして時が流れ、アカマピ=テパステクトリ四十歳。

 ついにその日が訪れる。


 月も雲に隠れた晩秋の夜、ミヤワァンはアカマピと寝室で二人になる。

 朦朧とする意識の中、ミヤワァンはアカマピに手を伸ばした。

 夫は妻の手を両手で握り、優しく声をかける。


「どうした、ミヤワァン?」

「私が死んだら……ヌウア山脈の高いところに捨ててくれ……」

「どうして?」

「山の上から家族を見守りたい……」


 ミヤワァンはすでに目が虚ろだった。

 アカマピは詰まる喉で静かに呼吸を整えて、言葉を紡いだ。


「俺が頂上まで連れていってやる。安心しろ」

「さすがは私の夫だ……」


 痩せこけた顔でミヤワァンは微笑んだ。

 ふとその目の焦点が合い、二人の視線が交わる。


「アカマピ……」

「なんだ?」

「私が愛した男は……誰よりも強い戦士だった……」


 その言葉を最後にミヤワァンはまぶたを閉じた。

 アカマピは四十年の人生で初めて声を上げて涙を流した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌日、アカマピは冷たくなった妻を背負ってヌウア山脈を登ることにする。

 同行を希望した三人の子供たちにアカマピはこう言った。


「何があっても俺は止まらない。付いてこられないなら置いていく」


 アカマピ、コヨルゥ、ウィツィ、イツラの四人でヌウア山脈に向かう。

 晩秋の山は風が冷たい。

 チコモストの冷涼な気候が身に染みる。

 険しい道のりだが、身体能力の高さは子供たちにもしっかり遺伝していた。

 一日目は以前に訪れた壁画の洞窟で夜を明かした。


 二日目。太陽と共に目を覚まし、行動を開始する。

 ヌウア山脈の山頂付近は一年通して冠雪で白く飾られている。

 冬を前にしたこの季節は残雪も少ないが、滑りやすいので注意が必要だ。


 歩き続けて昼になる。

 そろそろ休憩をと考えていた時、疲労と油断が足元をすくう。

 足を滑らせたイツラが滑落したのだ。

 かろうじて登山用つるはしを斜面に打ち込み九死に一生を得るが、これには四人全員が肝を冷やした。

 弟を心配して山肌を下りていくコヨルゥに、アカマピは声をかけた。


「コヨルゥ! イツラを連れて山を下りろ! いいな!」


 コヨルゥは父に言葉を返そうとするも、口には出さず飲み込んだ。

 山頂に近付けば道のりはもっと険しくなる。

 登山は引き際が肝要だ。

 これ以上、イツラを同行させるのは危険だとコヨルゥも思ったのだろう。


「わかった! あとは任せる!」


 そう答えて、コヨルゥはイツラの元へと向かった。

 アカマピとウィツィで登山を再開する。

 道らしい道はもうなくなり、進むには岩壁を登攀する必要すらあった。

 それでも二人は剛腕で山を登る。

 母を背負って過酷な道を行く父の背中に、ウィツィは尊敬の念を抱いた。


 空が赤く染まった黄昏時。

 ついに二人は山頂に辿り着いた。

 平たい場所を探し、さらにそこを持ってきた金槌で整形した。

 棺の形に空けた穴にミヤワァンの体をそっと横たわらせる。

 全てを終えて、アカマピは安堵の息を吐いた。

 妻の隣に腰を下ろし、息子と共に小休止する。


「強くなったなウィツィ。よく最後までついてきた」


 アカマピが褒めると、ウィツィはきまりが悪そうな顔をする。


「もうへろへろだ。母さんには悪いが二度と上りたくねぇ」

「それは困る。お前にはもう一度ここまで登ってもらう」

「なんでだよ?」

「俺が死んだ時、ミヤワァンの隣に葬ってほしい」

「先が思いやられるぜ……」


 ウィツィは肩でため息をつき、やれやれと微笑した。


「ま、その時は面倒見てやるよ。せいぜい長生きしろや」

「できたらな」


 夕焼け空の下、親子は笑い合った。

 それから最愛の人に別れを告げ、二人は山を下りる。

 壁画の洞窟でコヨルゥたちとも合流し、四人は無事に家へと帰った。



 この後、ついにアカマピはエルトゥラン王国への本格的な侵攻を開始する。

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