番外編01話『獣の王、頂はいずこか(1)』
アカマピ=テパステクトリはチコモスト中南部で生まれた。
父はチノチ族の小部族の長だったらしい。
らしいと言うのは、早くに亡くなったため覚えていないからだ。
争いの種となったのは隣の部族の長ゾモクだ。
彼がアカマピの母リクェに横恋慕したことに起因する。
何かいざこざがあれば決闘で決めるのが獣人族の習わしである。
父は決闘に敗れて死に、リクェは夫を殺した男の妻として迎えられた。
幼いアカマピは母リクェに連れられて隣の部族に入ったのだが、そこでの暮らしはお世辞にも裕福なものとは言えなかった。
勝者であるゾモクからすれば、アカマピはお荷物でしかなかった。
それでも最低限の生活ができたのはリクェのしたたかさのおかげだろう。
母は愛される妻を演じることで、息子を守り通そうとした。
「強くなりなさい」
この言葉を母は繰り返し繰り返しアカマピに聞かせた。
強さこそが獣人族のルールなのだ。
弱者の恨み言など負け犬の遠吠えでしかない。
獣人族の男子は子供の頃から武器を持ち、まず狩猟で戦い方を覚える。
しかしアカマピは武器を持つことを許されなかった。
部族の長であるゾモクがアカマピを男の仕事から遠ざけたのだ。
それほどまでに恋敵の息子が憎らしかったのか、はたまたアカマピの才能を初めから見抜いていたのか、それはわからない。
女性に交じって働く日々にもアカマピは腐らなかった。
遠方への水汲みや過酷な畑仕事にも率先して従事する。
労働は全て己を鍛えるための訓練とみなして過ごした。
アカマピの幼少期はただ強くなるためだけに費やされた。
ある日、薪仕事を任されたアカマピは手斧を握って荒野に出かけた。
事前に目をつけておいた堅い木を切り倒し、巨大な棍棒に加工する。
少年の身の丈に合わない太く長い棍棒を見て、部族の者は笑った。
獣人族では武器と言えば斧か弓である。
所詮は子供の遊びと没収されずに済んだ。
アカマピは毎夜、大人の足ほど大きな棍棒を振り続けた。
はじめは重さに振り回されていたが、挫けることなく振り続けた。
春の肌寒い夜も、夏の暑い夜も、秋の涼しい夜も、冬の凍える夜も。
素振りの鈍い音は次第に鋭いものへと変わっていく。
棍棒の握りの部分はいつしか指の形にへこんでいた。
十五歳の頃。アカマピは部族の長ゾモクに決闘を申し込んだ。
部族の男たちは子供の背伸びとあざ笑い、一緒に働いていた女たちは決闘とは軽々しく口にするものではないと叱った。
騒ぎを聞きつけた母リクェが慌てて止めようとしたが、アカマピは譲らない。
しかも部族の長ゾモクが決闘を受けてしまう。
アカマピが生きている限り、リクェの心は自分のものにならない。
ちょうどいい理由ができたとばかりに決闘を受けたのだ。
村の中央広場でゾモクとアカマピは一対一で向かい合う。
ゾモクは長い柄の大斧を、アカマピは愛用の棍棒を正眼に構えた。
獣人族にとって決闘は神聖なもので、何人たりとも冒してはならない。
この時ばかりは部族の誰もが仕事を止めて、皆が観客となる。
決闘の結果をごまかされないための立会人という意味合いが第一だが、獣人族にとって決闘は最上級の娯楽でもあった。見逃す理由がない。
「そんな武器でいいのか? 決闘は特別だ。今日は好きなものを使え」
ゾモクは極めてまじめにアカマピに忠告した。
獣人族では、その部族で最も強い者が長となる。
事実、ゾモクは近隣ではひときわ名の知れた戦士だった。
日頃の感情はあれど、決闘の中には持ち込まない誠実さがあった。
「俺はこれでいい」
アカマピは棍棒を構えたまま、顔色一つ変えずに答える。
ゾモクはふんと鼻を鳴らし、大斧を振り上げた。
「いけ好かない小僧だ。だがそれも今日で終わりと思えば清々する!」
言葉を吐くと同時にゾモクは地面を蹴った。
あっという間に距離が詰まり、踏み込みからの大斧の振り下ろしが来る。
アカマピの目は冷徹なまでに研ぎ澄まされていた。
斧を外へと打ち弾くや、素早いすり足から胴打ちを繰り出す。
重たい棍棒で腹を打たれて、ゾモクは背中を丸めて呻いた。
頭の位置が下がったところに、容赦ない一撃が襲い掛かる。
棍棒は獣の鼻を潰して歯をへし折り、頬骨まで砕いた。
ゾモクは顔を血塗れにして地面に倒れ伏した。
あっという間の決着に観衆は唖然とする。
静まり返った広場で、アカマピは血の付いた棍棒を頭上に掲げた。
「決闘は俺の勝ちだ! 今この瞬間より部族の長はアカマピとなる! 文句がある者は前に出ろ!」
「ふざけるなっ!」
憤怒の形相で前に出てきたのはゾモクの息子マクトラだった。
アカマピより六つ上の二十一歳の男である。
「お前ごときに父が負けるはずがない! いかさまだ!」
当然だがアカマピは不正などしていない。
唾を飛ばすマクトラに、アカマピは冷めた目を向けた。
「ゾモクは戦士だった。だがお前は腰抜けのようだな」
「なんだと!?」
「戦士は泣き言など言わない」
マクトラは歯を食いしばるや、虫の息の父が落とした大斧を拾い上げた。
斧を構えてアカマピに相対する。
「決闘だ! 父の名誉は俺が取り戻す!」
「……かかってこい」
アカマピは棍棒を正眼に構える。
「うおおおぉぉ!!」
怒りを吐き出してマクトラが向かってくる。
体を捻るようにして大斧を溜め、渾身の振り回しを放つ。
アカマピは棍棒を上段にさっと上げつつ、静かに半歩後ろに下がった。
大斧の刃が紙一重のところで腹部の体毛をかすめる。
全力の空振りでマクトラの体が泳いだところをアカマピは逃さない。
鋭い飛び込みからの面打ちがマクトラの脳天をかち割る。
正眼に構え直したアカマピの前で、マクトラは白目をむいて崩れ落ちた。
村の中央広場がざわめきで包まれる。
アカマピの強さが本物なのはもはや疑いようのない事実だった。
「他に文句のある者は!?」
アカマピの問いかけに異議を唱える者はもういなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アカマピが部族の長となった日の夜。
ゾモクらを追い出した広い家で、アカマピはリクェと二人で食卓を囲んだ。
母の作った芋と干し肉のスープをにこにこの笑顔で堪能する。
昼間の出来事が嘘だったかのような、年相応の少年の姿があった。
食事を終えて、リクェが後片付けを始める。
その後ろ姿にアカマピは声をかけた。
「母さん。俺は強くなっただろ?」
「んー?」
リクェは手を動かしながら、どう返事をしたものかと思案した。
成長した息子を褒めてやりたい気持ちはある。
その反面、出来過ぎた結果に増長しないか心配でもあった。
「俺はもう大丈夫だから」
振り返ると、息子は男の目をしていた。
「母さん。今まで俺のことを守ってくれて、ありがとう」
亡き夫の面影が重なる。
杞憂はすぐに消えた。
「生意気言っちゃって」
リクェはアカマピの頭をわしわしとなでた。
油断すると涙ぐんでしまいそうだった。
「アカマピ。お前はもう一人前の男だ。でも驕っちゃいけないよ。人生は成長するためにある。それを忘れないよう精進しな」
「はい」
リクェは満面の笑みで、アカマピの頭を胸に抱いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
若き部族の長の噂はすぐに広まった。
それからしばらくの間、アカマピの下に不埒者が訪ねてくるようになる。
子供と侮って部族を乗っ取ろうとする者もいれば、興味本位で喧嘩を売ってくる者もいた。
アカマピは分け隔てなく決闘を受け、そのたび手を抜かず戦った。
その結果は付近の野鳥や肉食獣の栄養状態が良くなっただけである。
訪ねてくる者の中にゾモク以上の戦士はいなかった。
待っているだけではつまらない。
アカマピは棍棒一本を担ぎ、強者を求めて遠征することにした。
まずは近隣の部族の長に会いに行く。
挨拶のあと決闘をして、勝った。
アカマピはその部族の者に命じ、晩餐を用意させた。
たらふく肉を平らげ、果実をむさぼる。
長の家で一泊し、朝には次の相手を求めて旅立っていった。
戦い、飯を食い、眠る。そしてまた走る。
それを繰り返してアカマピはチコモストの中南部をぐるりと回った。
戦うたびに積み上がる勝ち星とは裏腹に、アカマピは渇きを覚えていた。
ゾモクと戦うために鍛えた日々ほどの情熱が今の自分には足りていない。
アカマピは目標を求めていた。
獣人族の戦士の頂がこんなに低いはずがない。
もっと滾るほど熱い何かが、越えられないほど高い壁が欲しかった。
まだ見ぬ敵を探し求めてアカマピはさすらう。
そうしている内に一年が過ぎる。
十六歳になった頃、チコモスト中南部の部族の大半はアカマピに屈していた。
アカマピには支配欲などなかったが、最強の戦士が長になるのが獣人族の掟である。他の部族の長を倒すたびに支配域は広がっていった。
運命の転機は真夏の猛暑日に訪れる。
久方ぶりにアカマピは母リクェの下に帰ってきた。
家に入ると、リクェは食卓で見知らぬ客人をもてなしていた。
長く垂れた髭の獣人が椅子に座って、湯気立つお茶をすすっている。
年の頃はおそらくアカマピの一回りほど上だろう。
目を見張るのは男の体である。
腕やももの太さは並だが、筋肉の付き方がしなやかだ。
一目見て、この男は強い戦士だとアカマピは見抜いた。
髭の獣人はアカマピに気付くと、ささっと椅子から腰を上げた。
うやうやしく一礼してくる。
「私はクァクァと申す者。貴方様がアカマピ様で?」
「はい。アカマピは自分です」
アカマピは母の顔を見て、それからまたクァクァに視線を戻した。
「母さんのお知り合いですか?」
「いえ、私はアカマピ様にお会いするため、チノチトラから参りました」
チノチトラとはチコモストの中北部にある水の都である。
国の北端であるヌウア山脈から流れ下りた水が麓に大きな湖をなしている。
そのそばで栄えるチコモスト最大の町がチノチトラなのだ。
それはつまりチノチ族で最も強い部族が支配する町ということでもある。
「それは遠路はるばる。自分に何か御用でも?」
「我が主がアカマピ様の噂を耳にし、ぜひ一度お手合わせしたいと」
「ほう」
アカマピは自然と頬が持ち上がるのを感じた。
自分の勇名が遠く北方まで届いていることはまぁどうでもいい。
気に入ったのはそんな自分を呼び寄せようという尊大さだ。
「いいでしょう。明日にでも出立しましょう。案内をお願いしても?」
「もちろんです。ご足労をおかけします」
その日は母の手料理を堪能し、ぐっすりと休んだ。
早い朝食を取り、アカマピはクァクァと共に北へと向かった。
熱気で揺らぐ荒野を二人の戦士が足取り軽く走る。
水の都チノチトラに到着したのは三日目の昼だった。
遥かに高くそびえ立ち、美しく冠雪するヌウア山脈。
透明に輝く水面が広がるチャルチウ湖とその周囲に生い茂る緑の色合い。
数えきれないほどに日干し煉瓦の家々が建ち並ぶチノチトラの町並み。
なんという力強さだろう。
初めて見る雄大な光景にアカマピは感嘆の息を漏らした。
クァクァの後に続いて町に入ると、中央広場に獣人が集まっていた。
大勢の獣人たちが興奮した様子で何事かを見守っている。
どうやら観衆の輪の中で、二人の戦士が対峙しているようだ。
決闘である。
一人は両手に一つずつ斧を握った男で、なかなかの迫力だ。
ゾモクほどではないが強そうな戦士に見えた。
だが観衆の目は明らかにもう一人の方に向けられていた。
羽で飾った胸当てを身に着けているのは女性だからだ。
しかしながらその背丈は相手の男よりも大きい。
おそらく百九十センチはあるだろう。
長い柄の戦斧を肩に引っ掛けていた。
年は二十歳くらい。大きな目が印象的な精悍な顔立ちの美人だった。
「あの女性は?」
アカマピが問いかけると、クァクァは嬉しそうに頷いた。
「我が主ミヤワァン様です」
「なるほど」
納得すると、アカマピは近くにあった家へと跳んだ。
壁を蹴って屋根に上り、そこから決闘を眺めることにする。
ミヤワァンは戦斧の柄を肩にかけたまま、仁王立ちして動かない。
相手の男は緊張した面持ちで、すり足でじりじりと間合いを詰めていく。
男の足先が間合いの線を越えた。
その瞬間、ミヤワァンは弾けたように動いた。
大胆な踏み込みから、風を鳴かせて戦斧を振り下ろす。
男は頭上で斧を重ねて防ごうとしたが、圧倒的な威力を止められない。
戦斧の刃が地面に埋まった時には、男は真っ二つになっていた。
「うおおおおおおお!!」
大歓声が広場に響く。
ミヤワァンは冷めた目で血溜まりを見下ろし、ため息をついた。
その姿にアカマピは共感を覚えた。
彼女もまた己より強い相手を求めている。
だったら。
アカマピは勢いをつけて屋根の上から思い切り跳んだ。
騒がしい観衆の輪を飛び越え、決闘の舞台に着地する。
突然の乱入者に観客がざわつく中、ミヤワァンは慌てることなく問いかけた。
「……初めて見る顔だ。何者だ?」
「アカマピ=テパステクトリ」
言葉はそれで十分とばかりに、愛用の棍棒を正眼に構える。
その態度にミヤワァンは嬉しそうに口角を上げた。
「ミヤワァン=テスカトランだ」
血に濡れた戦斧を肩に引っ掛け、軽く膝を曲げて爪先に重心を乗せる。
いつでも動けるよう戦闘態勢を取ったのだ。
早くも次の決闘が始まる。
思わぬ展開に観衆が湧いた。
騒々しい雑音の中で、二人は静かににらみ合う。
時が止まったかのようにぴくりとも動かない。
無言無動の戦いであった。
迂闊に動けば致命傷になる。
両者ともに相手の強さを肌で感じていた。
どう仕掛ける? どうさばいて相手を倒す?
互いに相手の隙を、勝利の糸口を探していた。
ひりついた空気に周りの獣人たちも異常さを感じ、息をのんだ。
ミヤワァンはチノチトラ最強の戦士であり、町の長でもあった。
大の男すら容易く屠る女傑が険しい顔をして動けないでいる。
それだけでアカマピがただ者でないことが伝わった。
「すー……はー……」
アカマピはゆっくりと静かに呼吸をする。
拍動する心臓に心が湧き立つ。
この感覚だ。
暗黒の中、崖に渡した一本木の上を歩くような、このすれすれの感覚。
普通に生きている時の何百倍にも濃縮された一秒一秒。
アカマピは薄く口を開き、歓喜の笑みを浮かべる。
目の前でそんな笑顔をされて、ミヤワァンは刹那に気を取られた。
その瞬間を逃さずアカマピは動く。
先に一歩踏み込んだアカマピに反応して、ミヤワァンが戦斧を動かす。
刃煌めく必殺の振り下ろしに、アカマピは棍棒の先端を合わせた。
太い棍棒を断ち割って斧刃が食い込むが、それが手元まで届くより早く、アカマピはミヤワァンの懐に入っていた。
棍棒を手放すや、両腕をミヤワァンの背に回し、思い切り胴体を締め上げる。
「かはっ――!?」
肺から押し出された空気がかすれた喉を鳴らす。
続けざまにアカマピは背中を丸めるように相手の上半身を押す。
背中が反り返る体勢になり、ミヤワァンは苦悶に目と口を大きく開いた。
その手から戦斧がこぼれ落ちる。
だがただではやられない。
アカマピの頭部を両手で挟んで、全力の腕力で押し潰そうとする。
力比べの結果はまさに一手勝ちだった。
ミヤワァンの腕がだらりと垂れ、その体が力を失い背中から倒れる。
アカマピも体をぐらつかせるが、地面に膝をつき辛うじて堪えた。
決着は静かについた。
アカマピは眉間に深いしわを寄せ、痛む側頭部に手を添えながらも、久しぶりのぎりぎりの勝負に充足感を覚えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さすがのアカマピもその日は晩餐を堪能する余裕がなかった。
クァクァが用意してくれた家でただただ横になって過ごした。
日没を待たず眠りについたためか、アカマピは早くに目を覚ました。
まだ鈍く痛む頭を押さえながら、のそのそと家の外に出る。
夜明け前の空はまだ暗く、町は静謐に包まれていた。
ほてる体に風を浴びながら、アカマピは町を歩いた。
何も考えず土の地面を歩いていくと、中央広場に背の高い人影を見つける。
こんな時間に出歩く物好きが自分以外にもいるのか。
俯いたまま立ち尽くすその人影へとアカマピは近付いていった。
「何をしているんだ?」
アカマピが背中に声をかけると、ミヤワァンが振り返った。
げっそりとした目を向けてくる。
かまわずアカマピが隣に立つと、ミヤワァンは腰に手を当てて息を吐いた。
「お前は今まで誰かに負けたことがあるか?」
「ない」
アカマピのあまりに端的な答えに、ミヤワァンは相好を崩した。
「だろうな。私も昨日まではそうだった」
「それは良かったな」
アカマピの言葉に、ミヤワァンは眉を歪める。
「負けたんだぞ? 何が良かったと言うんだ?」
「退屈しないで済むだろう?」
にやりと笑うアカマピに、ミヤワァンは声を出して笑った。
「確かにな! 自分より弱い奴しかいないというのはつまらない!」
出会ったばかりの二人の間にはすでに戦士としての共感があった。
それは幾万の言葉を交わすよりも濃密な感情の交わりだった。
涼やかな風が獣人の赤茶色と黒の体毛をなでる。
二人は無言のまま横に並んで、しばし佇んだ。
「お前、家族はいるのか?」
ミヤワァンは正面を向いたまま目を合わせずに切り出した。
「母が一人。父はもう死んだ」
「妻子は?」
「いるはずがないだろう。俺はまだ十六だ」
「なら決まりだな」
言いながらミヤワァンは若き戦士に抱きついた。
突然の行動にアカマピは身構えようとするも、その抱擁は優しかった。
十六歳の顔が珍しく動揺する。
「何のまねだ?」
「私は二十歳だ。契るなら自分より強い男と決めていた」
至近距離で二人の視線が交差する。
「私が相手では不足か?」
「……申し分ない」
その日、ミヤワァンはアカマピとの結婚を宣言する。
町の獣人たちはたいそう驚いたが、ミヤワァンらしいと納得し祝福した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アカマピとミヤワァンは新婚旅行に出かけた。
目指したのはチコモストの東部を越えた場所。
リブリナの大森林を抜けた先にあるという、地人族の住む地底洞窟である。
二人には共通の認識があった。
強い戦士には二つ条件がある。それは当人の実力と武器の質である。
武器に頼りきるのは悪だが、良い武器を求めるのは悪ではない。
規格外の二人に適した武器がチコモストにはなかったのだ。
探索は難航した。
リブリナの大森林をさまようこと一か月。
偶然にも二人は樹魔族の生き残りと出会う。
知性ある長寿の樹である彼は久方ぶりの他者との会話を喜んだ。
親切に地人族の居場所を教えてくれた。
ただし百年前の知識でと前置き付きでだったが。
結果的にその樹魔族の言葉は正解だった。
大森林を北に抜けた先、ヌウア山脈の東の麓に地下へと続く洞窟があった。
真っ暗な洞窟をひたすら進んでいく。
歩き続けておそらく半日。二人は地人族の住む洞窟温泉に到着した。
そこは地上ではまず見られない幻想的な空間だった。
広大な空間に、地下から湧き出した温泉が湖のように広がっている。
不思議なことにその湖の中心から天井へと白い光の柱が伸びているのだ。
地人族の話によると、かつてこの湖のある場所で溶岩が噴き出したそうな。
それが天井を貫き、地表まで穴を通したのだという。
人の力を超えた圧倒的な自然のなせる業である。
二人はこの場所で地人族に頼み込み、鍛冶を教わろうとした。
作ってもらうだけでは壊れたら終わりなのだ。
そのつど長旅をするわけにもいかない。
己の武器は己で作れるようにならねばというわけだ。
はじめ地人族は技を見せることを渋った。
有り合わせの武器を渡して追い返そうとしてくる。
そこでアカマピが何をしたかと言えば、受け取った斧で岩壁を殴りつけた。
剛腕で壁を砕き削っていくも、疲れるより先に斧の刃がこぼれてしまう。
潰れた斧を地人族に差し出して、アカマピはこう言った。
「悪いがこの程度の武器では使い物にならない。地人族の作る武器は最高だと聞いていたのだが、この程度なのか?」
他意のない単純な疑問として聞いたのだが、これに地人族は激怒した。
地人族がこれだけは他種族に負けないと思うことが鍛冶なのだ。
やったるわいと腕利きたちが集まり、最高の武器作りが始まった。
アカマピとミヤワァンはその工程をそばで見て覚えた。
空いた時間に道具を借り、自分たちでも武器作りの練習をした。
そうして滞在すること一か月。
アカマピは自身の代名詞ともなる超重量級の金属製の棍棒を、ミヤワァンは身の丈をも超える大戦斧を受け取った。
「ありがとう。これなら存分に戦える。貴方たちは最高の鍛冶師だ。ここまで旅した甲斐があった」
笑顔で謝辞を述べるアカマピに、地人族の鍛冶師はふんと鼻を鳴らした。
「とんだ変わり者だぜ、お前らは。まぁだが久しぶりに熱くなれた。楽しかったぜ。またいつでも訪ねて来い」
こうして二人の新婚旅行は無事に終わった。