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32話『コヨルゥの鈴の音』

「オグ。今の音、聞こえた?」

「あん? 聞こえたって何が――」


 オグが答え終わる間もなく、闇夜に甲高い笛の音が響いた。

 この音色には聞き覚えがある。獣人族の笛の音だ。


「ウオオォォー!!」


 呼応したかのように、簡易牢の中にいる捕虜獣人たちが雄叫びを上げた。

 猛り狂った様子で牢を構成する木の柵に体当たりを始める。

 簡易牢を壊して脱獄するつもりか。


「お、おいやめろ! 大人しくしろ!」


 見張り番の兵士が槍を向けて脅すが、捕虜獣人たちは聞く耳持たない。

 力任せの体当たりで簡易牢がきしむ。

 味方の兵士たちが戸惑う最中、いち早くベテランのサムニーが声を上げた。


「レティ、太鼓を鳴らしてこい! 寝ている奴らを叩き起こせ!」

「は、はい!」


 サムニーの指示でレティが走っていく。 

 一人では心配だとムルミロが後を追った。

 突然の状況でも落ち着いているのはさすがだ。


「なんなんだ? どうなってんだ?」


 オグは戸惑いながらも、簡易牢の中の獣人たちを槍で威嚇した。

 見張り番に槍を向けられても、捕虜の獣人たちはおさまらない。

 今度は体当たりする代わりに、槍を避けて牢の柵を前蹴りしてくる。


「いい加減にしろ! ぶっ刺すぞ!」


 見張りの兵士が苛立って、逆に柵を槍で殴る。

 しかし捕虜の獣人は百人ほどいるのだ。

 脅すくらいじゃ怯みもしない。

 奇声を上げながら鬼気迫る勢いで柵を蹴りつけてくる。


 俺は騒動を横目に、陣を囲う柵越しに外を見ていた。

 闇の中に小さな光がちらちらと動いていることに気付く。


「外から敵が来てる!」


 俺は大声で周囲に知らせると、槍を片手に光の方へと駆け出した。

 胸元のペンダントを握り、心の中で『アウレオラ』の合言葉を唱える。

 閃光が弾けたあと、俺の体は銀色の全身鎧に包まれていた。

 強化された脚力で柵を飛び越え、陣の外に着地する。


 ぐっと目を凝らす。

 暗闇の中にちらつく光は火だ。

 獣人らしき人影が手に持った壺の口から火が出ているように見える。

 おそらく火炎瓶のようなものだろう。


 敵は広範囲に散開している。

 全部を阻止するのは無理だ。

 だとすれば被害を抑えるために最も有効な一手は何か。


 俺は耳を澄ました。

 救聖装光をまとった今の俺なら聞き取れるはずだ。

 獣人族の王子イツラは『コヨルゥの姉貴は首に鈴をつけてんだ』と言った。

 鈴の音の鳴る場所に敵の指揮官コヨルゥがいるはずだ。


 火壺を抱えた獣人たちが四方八方から陣に向かってくる。

 陣の中では捕虜獣人たちが暴れていた。

 雑音が多い。

 引っ張られるな。

 集中して音を拾うんだ。


「……いた!」


 俺は弾けるように地面を蹴った。

 陣から南東の方角。遠くない距離だ。

 俺は漆黒の闇の中を疾走する。


 こちらの動きに気付いたのか、一人の獣人が体の向きを変えた。

 その拍子に首輪についた鈴の音が風に乗って響いた。

 あの人影が獣人族の王女コヨルゥか。


 俺は疾風のごとく駆けながら槍を腰だめに構えた。

 ただし尖った穂先ではなく、丸い石突きの方を前にしてである。

 敵だとしても、できるなら命までは奪いたくないと思ったからだ。


 救聖装光をまとった俺は騎馬よりも速い。

 周囲の獣人戦士は暗中を駆ける俺の速度に反応できていなかった。

 指揮官と思しき獣人に、俺は弾丸のように突っ込む。

 正面からぶつかる――


「なっ!?」


 ――はずの衝突の瞬間、胸当てをした獣人は弓を手放し、後ろに跳んでいた。

 相対速度を減らしたのち、槍の柄を手で外に受け流す。

 残った片手と両足の裏で、鎧を着た俺の胴体に柔らかく触れて密着した。

 なんたる曲芸めいた身のこなしか。

 獣人の薄く開いた目と至近距離で見合う。


「貴様がそうか」


 胸当ての獣人は体を浮かすと、宙返りの要領で俺の頭上を飛び越えた。

 突撃をすかされた俺は足底で地面を削りながらブレーキをかける。

 向き直ると、胸当ての獣人の周りに獣人戦士たちが集まってきていた。

 数はざっと十人か。


 まいったなと俺はため息をつく。

 俺の奇襲の仕掛け方が下手なのか、相手が一枚上手なのか。

 なかなか思う通りにやらせてもらえない。

 気持ちを切り替えて俺は槍を構え直す。


「そう猛るな人間。少し話をしようじゃないか」

「えっ?」


 胸当ての獣人は腕を振って、周りに下がるよう促した。

 それから両方の手の平を俺に見せてきた。

 敵意はないという意味だろうか。

 肩に矢筒を背負っているが、弓はさっき投げ捨てていた。

 とは言え、彼女の足下の辺りに落ちているはずだが……


 ともあれ、これまで相手に対話を求めてきた俺が断るのもおかしな話だ。

 俺は構えを解き、槍を地面に立てた。

 こちらの態度に胸当ての獣人は微笑んだ。


「先に名乗っておこう。私はコヨルゥ=テパステクトリ」


 落ち着きのある女性の声だった。

 イツラに聞いていたよりも話が通じる人のように思える。


 獣人族の女性と面と向かうのは初めてだが、外見的な特徴はほぼ変わらない。

 身長は百九十センチに届かないくらいか。

 ウィツィやイツラよりも体つきがしなやかだ。

 女性だからか、羽で飾った胸当てを身に着けている。

 腰巻は他の獣人と同じ作りのものだ。


「初めまして。シロガネヒカルと申します」

「早速だが尋ねたいことがある。イツラの安否はどうなっている。弟の配下の者からは、貴様に殺されたと聞いているが……」


 デニズ海の戦いで俺はイツラを『討ち取った』と宣言した。

 実際にはあの時、イツラは意識を失くしていただけなのだが、死亡したと伝わっていてもおかしくないだろう。


「いえ、イツラさんは生きています」

「本当か!?」


 コヨルゥは目の色を変えた。


「ケガをしていますが、重傷ではありません。普通に話もできますし、食事もしっかり召し上がっています」

「そうか……」


 コヨルゥは安心したのか表情を緩めた。

 演技には見えない。

 心底、弟を心配しているように思える。

 思いを馳せている様子の彼女だったが、ふと真顔に戻った。


「イツラを引き渡してほしい。そちらに要求があるなら応じる」

「それは……」


 俺が言い淀むと、コヨルゥは悲痛な面持ちで駆け寄り、肩を掴んできた。


「金品で済むならいくらでも用意する。父には私から話を付けよう。絶対に約束は守らせる。だから頼む!」


 思ってもみない真剣さで迫られて、俺は圧倒されてしまう。


「頼む! イツラは私の大切な弟なんだ! だから!」

「その、お気持ちはわかるのですが、俺の一存では決められないので……」

「決められない?」


 コヨルゥは考え込むそぶりを見せた。

 俺に背を向けて、腕を組む。

 その間に俺はちらりと陣の方に目をやった。

 味方の陣地の数か所から火の手が上がっている。

 考えがまとまったのか、コヨルゥは体の向きを戻してきた。


「つまり貴様には権限がないということだな。では誰に言えばいい? その者に話を通してほしい」

「わかりました。俺からここの総大将に伝えます。その代わり今すぐ攻撃をやめて撤収してください」

「いいだろう」


 コヨルゥはあっさり承諾した。

 後ろに下がらせていた獣人たちに指示を出す。


「笛を鳴らせ。撤退だ!」


 命令通り、獣人戦士は笛を鳴らした。

 応答するように、遠くからも笛の音が返って来る。

 コヨルゥは地面に落としていた弓を拾うと、俺を横目に見た。


「明日の夕刻、使いをよこす。返答はその時に」


 首輪の鈴を鳴らして暗闇の荒野を駆けていく。

 周りの獣人たちも後を追って去っていった。


 俺は獣人たちの気配が遠ざかるのを確認して、救聖装光を解いた。

 銀色の装甲がまばゆく光り、鎧が光の粒子に分解される。

 そしてそれはペンダントの透明結晶に吸い込まれるように消えた。


 俺は槍を抱えて、陣に走って戻る。

 まずは迅速に消火活動をしないとだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夜が明けて早朝。

 今後の相談のため、俺とアスカニオは総大将ドナンの幕舎に来ていた。

 三人で椅子に腰かけ、卓を囲む。


 まずは昨夜の襲撃による被害だ。

 兵士に死者は出ていない。ケガ人が何人か出た程度で済んだ。

 だが火事のどさくさに紛れ、捕虜の大部分が脱走してしまった。

 兵士の話によると、一心不乱の逃走劇だったという。

 脱走に失敗した捕虜を厳しく尋問したところ、彼らは夜襲の計画を事前に把握していた。そもそも捕虜になったのも内部に潜り込むためだったという。

 作戦の立案者はもちろん指揮官のコヨルゥである。


「ずいぶん手の込んだやり方です。今回の指揮官はやり手のようですね」


 アスカニオはドナンの顔を見て発言した。

 背筋を伸ばし、軽く握った拳を太ももの付け根に置いた良い姿勢である。


「どうなさるおつもりですか、ドナン殿」


 ドナンは腕を組んで、面にしわを寄せていた。

 心なしか頭髪に交じった白髪の量が増えているように感じる。


 気掛かりなのは物資の一部が焼けてしまったことだ。

 特に気になるのが兵糧だ。

 兵糧とはいわば、軍が敵地に留まれるタイムリミットのようなものだ。

 どんなに強かろうと飯を食わねば人は死ぬのだ。


「目的地まであと二日ほどの距離です。当初の予定通り現地に向かい、拠点を築くべきでしょう」


 ドナンは意見を求めるように、俺とアスカニオの顔を交互に見た。


「では作戦は継続されると?」

「現状としては、直ちに進退を考えるほどの損害ではないでしょう。物資の補給も拠点を形にしてからの方がやりやすい。ここで退却を選ぶのは弱気が過ぎるかと」

「異論ありません」


 アスカニオは納得したように頷いた。

 俺としても戦略的なことに異論はない。

 軍略戦略はまだまだ勉強中なのだ。


「コヨルゥさんへの返答はどうされますか?」


 俺が尋ねると、ドナンは自身のあごをつまむようになでた。


「陛下に判断を仰がねばなりません。今、答えられることは城に急使を出すので襲うなとしか」


 ただの捕虜ならともかく、イツラは敵国の王子だ。

 ドナンはエルトゥラン軍を統括する大将軍だが、さすがに越権行為になる。

 コヨルゥには悪いが、我が軍にとって緊急の案件ではないのだ。

 判断を焦る必要はないということだろう。

 ところで、とアスカニオが手を上げる。


「実際に話をしたシロガネ殿にお尋ねしたいのですが。貴殿の目から見て、そのコヨルゥなる将は信用に足る人物ですか?」

「家族に対する情が深い人であることは確かです。ただ……」


 俺は昨夜のやり取りを思い返す。

 ほんの少しだが引っ掛かりを感じるところがあった。


「今思うと、すぐに退いてくれたのは火付けが済んだからかもしれません。家族への情と、指揮官としての仕事を並列して考えられる。そんな冷静さを持った人なのかなと感じました」

「なるほど」


 大まかな話題も終わり、相談はおしまいとなった。

 それからすぐ進軍の命令が下された。

 兵の間に少しの混乱があったが、部隊長の叱咤ですぐ行動に移る。

 陣を払い、千五百の兵が荷物を背負って行軍を開始した。


 さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴びて、荒野を北へと歩く。

 異変はすぐに訪れた。

 行軍の横手から、土埃を上げて獣人の部隊が迫ってきたのだ。

 兵士たちは慌てて荷物を投げ捨て、武器を構える。


 獣人たちはある程度まで近付くや、思い切り石を投げてきた。

 そしてすぐさま背を見せ逃げていく。

 兵士たちは戸惑うしかなかった。

 ざわつきながらも、ひとまず警戒して戦闘陣形を組む。


 だが何も起こらない。

 攻撃はそれで終わりだった。

 念のため騎兵隊による偵察が行われたが、他に獣人の部隊はいなかった。


 行軍を再開する。

 兵士たちの顔には緊張の色があった。

 一時間歩いたら休憩。歩いては休憩を繰り返して進む。


 太陽が高く昇り、昼休憩の時間になった。

 皆が地面に腰を下ろす。

 水筒で喉を潤し、軽食を口に運ぶ。

 雑談する者もいれば、さっさと食べ終えて横になる兵士もいた。

 午後に備えてエネルギーを蓄える貴重な時間なのだ。


 その時を狙いすましたかのように獣人たちはやってきた。

 大声を上げて、遠方から全力疾走でやって来る。


 いち早くアスカニオの騎兵隊が迎撃に動いた。

 馬が来ると見るや、獣人たちは直ちに撤退を始めた。

 素早い判断である。

 深追いして分断される危険を考慮し、アスカニオは追撃を諦めた。


「いやらしいことしてくるねぇ、敵さんも」


 ムルミロは地べたに寝転んで、ぼやくように言った。

 そんなベテラン兵の顔をオグは立ったまま見下ろす。


「何がしたいんだあいつら? 嫌がらせか?」

「その通りだ坊主。よくわかってるじゃないか」


 サムニーは言いながら、オグの肩に太い腕を回した

 新兵のレティは不思議そうに首を傾げる。


「嫌がらせなんかして、何か意味があるんですか?」

「寡兵でもって敵に当たるば、まず兵を疲れさせるべし。兵法ってやつだ」

「どういう意味なんです?」


 レティは皆の顔を順に見る。

 オグはサムニーの太い腕をどかすと、ぽりぽりと頭をかいた。


「数で負けてる相手に正面から当たっても勝てないだろ? でも相手がくたくただったら多少の数の差は覆せる。殴り合うだけが戦いじゃないって話だな」

「へぇー」


 オグの意外な博識ぶりに、レティは感心している。

 さすがは将軍家の跡取りだ。

 ヒントを出されればすぐにわかるあたり、勉強しているんだなと思う。


「じゃあ無視した方がいいんですか?」

「それがなぁ。またかと油断させておいて、本気で来る戦法もあるんだよ」

「それじゃあ気が休まりませんよ」


 げんなり顔のレティに、ムルミロは肩をすくめた。


「だから嫌がらせなんだよねぇ。まぁ今の状況だと時間稼ぎの向きが強そうだけどなぁ」


 ともかく獣人たちはいなくなった。

 襲われたその場所で休憩する気にもならず、行軍は早めに再開された。


 二時間後、また同じように襲撃があった。

 こちらが反撃しようとするや、すぐに逃げていく。

 ケガ人は出なかったが、どうしても歩みが止まる。

 警戒と索敵を怠ってはいけないのだ。

 結局、今日は予定していた距離を歩くことができなかった。


 夕暮れも近付いてきたため、陣を設営することになる。

 柵を立てて、宿営用の天幕の設置が終わった頃、お客さんがやってきた。

 俺は名指しで呼び出されて、陣の出入り口に走って向かった。


 門番の兵士の前に一人、胸当てを身に着けた獣人の姿があった。

 コヨルゥだ。他に獣人の姿はない。

 護衛の一人も連れてこないのはさすがに不用心に思える。

 それだけ自信があるのか、もしくはこちらを試しているのだろうか。


「コヨルゥさん、お待たせしました」

「返答を聞かせてもらおう」

「ここの責任者に会わせます。ついてきてください」


 俺はコヨルゥを連れて、陣の中を歩いた。

 兵士たちがちらちらと視線を向けてくる。

 女性獣人の物珍しさと、獣人族への敵視とが入り混じっている。

 それでも誰も罵詈雑言を口にしないあたり、統制が取れていると言えた。


 ドナンのいる幕舎の前まで来た。

 俺はコヨルゥに待つように言い、幕舎の中に声をかけた。


「シロガネです。獣人族の使者をお連れしました。よろしいですか?」


 返事の代わりに、出入り口の幕が開いた。

 開けたのはアスカニオだ。


「どうぞ」


 幕舎の中に入る。

 一番奥の椅子にドナンが腰掛けていた。

 俺はドナンの隣に、コヨルゥはドナンの正面に立った。

 アスカニオは出入り口のそばに位置取る。


「私がこの軍を任されている、ドナン=ダングリヌスと申す者です」

「コヨルゥ=テパステクトリだ。早速だが返答を聞かせてもらいたい」


 コヨルゥは落ち着いた様子だった。

 敵の懐にいるというのに堂々としたものである。


「イツラなる捕虜の扱いにつきましては陛下の判断が必要です。すぐに急使を送りますゆえ、どうか邪魔をしないでいただきたい」


 ドナンも言うものだなと俺は思った。

 わざわざ『邪魔』という言葉を使ったのだ。

 彼女の軍による執拗な襲撃を咎める意味もあるのだろう。


「配下に伝達はする。だが保証はできない」


 コヨルゥは鼻で笑って腕を組んだ。


「何かおかしなことでも?」

「人の家に土足で踏み込んでおいて、邪魔者扱いされるとは思わなかった」


 ドナンは顔をしかめた。

 言い分はもっともだが、獣人族には言われたくないと思っているのだろう。

 獣人族が過度な侵略行為を慎んでいたら、こうはなっていないのだ。

 もちろんこれはこちらの理屈で、向こうには向こうの理屈があるだろう。


「もしすぐ国に帰ると言うのなら、丁重にお見送りさせてもらうが?」

「……」


 ドナンは答えなかった。

 幕舎の中に静けさが漂う。

 ふとコヨルゥは組んだ腕を下ろした。


「進展があったら使いをよこせ。歓迎する」


 コヨルゥはドナンに背を向けた。

 アスカニオの脇を通り、幕舎から出ていく。

 ドナンが視線をよこしてきたので、俺は頷いて彼女の後を追った。


 コヨルゥを送って陣の外に出た。

 せっかくなので少し話を振ってみる。


「ウィツィさんはお元気ですか?」


 するとコヨルゥはふっと笑った。


「お前に会いたがっていたよ。次は俺が勝つと言っていた」


 俺は苦笑する。

 元気なのは結構なことだが、血生臭い話は勘弁してほしい。

 和気あいあいとお茶をしてくれるなら、こちらも望むところなのだが。


「ウィツィさんもイツラさんも本当に戦うのが好きですよね。コヨルゥさんもそうなんですか?」

「私は父や弟ほど戦いに喜びを見出してはいない。戦いは自分の意思を通すための手段だ」


 獣人族らしからぬ回答に、俺は心が動くのを感じた。

 もしかするとこの人とは交渉ができるかもしれない。


「貴方もエルトゥランから人間を追い出したくて戦っているんですか?」


 問いかけると、コヨルゥは腰に手を当てて首を傾けた。


「私はお前たち人間族に興味などない。お前たちの国にもだ。私は私の家族が幸せであればそれでいい」

「だったらアカマピさんを止めてくれませんか。エルトゥランの人々も貴方と同じです。家族と平穏に、幸せに暮らしたいと願っているんです」


 どうにか説得できないかと言葉に熱が入る。

 コヨルゥは視線をそらし、ため息を漏らした。


「それは無理だな」

「どうしてですか」


 コヨルゥはわずかの間、目を閉じた。

 それから姿勢を正し、まっすぐに俺の目を見返してくる。


「それが父の夢だからだ。亡き母の想いを背負って父は戦っている」


 俺は心がすとんと沈むのを感じた。

 そんな綺麗な言葉を使われたら否定し辛くなってしまう。

 俺が戦っているのも、ティアナートの希望を叶えるためと言えるのだ。

 共感ができるからこそ、余計に溝の深さを感じさせられた。


「ではな」


 コヨルゥは夕焼けの荒野を走っていった。

 獣人の脚力で、その後ろ姿がどんどん遠ざかっていく。

 俺は口を閉ざして、ただ見送ることしかできなかった。

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