31話『チコモスト侵攻』
エルトゥラン北部の西側半分は峻険な山岳地帯で占められている。
不越山の別名を持つシバレイ山脈の麓から、西から東へ、反り返った断崖絶壁の海岸までコンクリートの高い壁が続いていた。
獣人族の侵略を防ぐために築かれた大防壁である。
この壁と、壁と一体化したサビオラ砦がエルトゥラン北部防衛の要である。
そのサビオラ砦に大勢の兵士が集まっていた。
エルトゥラン軍に加えて、トラネウス王国の騎兵隊もいる。
これだけの大戦力が集まったのにはもちろん理由がある。
獣人族の国チコモストに攻め入るためである。
砦の会議室に百人隊長以上の部隊指揮官が集められた。
もちろんトラネウス王国の軍人も参加している。
トラネウス軍を率いるのは王の長男であるアスカニオだ。
連合軍の総大将であるドナンは一同の前に立ち、作戦の説明を行った。
「こたびの出兵の第一目標はテスコ地域への侵攻である。進軍の後、テスコの地に新たな戦略拠点の築造を行う。これによりチコモスト東部を我らの支配下に置き、補給線を確保。チコモスト中央部攻略の足掛かりとする」
テスコとは獣人族の国チコモストの東部地域の俗称である。
地図上ではチコモスト東南部がエルトゥラン北部と隣接する形だ。
進軍予定としてはサビオラ砦からまっすぐ北上することになる。
ここで獣人族の国家体制について触れておく。
現在の獣人族は多数の部族による同盟国家の形をとっている。
彼らにとって部族が基本単位であり、国に帰属しているという意識は薄い。
獣人族の勢力は大きく分けて三つある。
西部に住むトラクパ族、中央のチノチ族、東部のテスコ族である。
伝統的にテスコ族が支配する領域だからテスコ地域と呼ぶわけだ。
現在はアカマピ大王率いるチノチ族が他の獣人部族を従えており、一つの国として取りまとめている形だ。
「出兵の最終目的は獣人族の王アカマピを討つことにある。この大作戦実行にあたり、トラネウス王国に協力いただくこととなった。それではアスカニオ殿」
ドナンに促されて、その隣にアスカニオが立った。
髪は短く刈り揃えられており、髭もきれいに剃ってある。
白い軍服の上からでも体の鍛え具合をうかがい知れる。
端正の言葉が似合う若き勇将だった。
「獣人族の脅威は我々トラネウスにとっても他人事ではありません。この作戦を成功させれば、両国の輝かしい歴史として後世に残るでしょう。微力ながらその助けになれればと参じた次第であります」
アスカニオの言葉に、エルトゥラン軍の隊長たちは拍手で応じた。
それはお世辞の拍手ではなく、歓迎の拍手だ。
アスカニオ率いるトラネウス騎兵隊への信頼の証である。
ティアナートはトラネウス国王アイネオスを不倶戴天の怨敵と敵視しているが、エルトゥラン国民全てがトラネウス王国を嫌っているわけではない。
エルトゥランとトラネウスは表立っては争いのない友好国なのだ。
二つの国を商売や旅行で人が行き来している。
エルトゥラン国民の中には、自国よりも経済的に発展しているトラネウス王国に憧れを抱いている者も少なくないという。
アスカニオは友軍として、過去に獣人族と戦ったことがあると言っていた。
背中を預け合う兵士の間には、彼らにしかわからない信頼関係がある。
互いに上の思惑はあれど、現場には現場の価値観があるのだ。
「ありがとう。アスカニオ殿」
ドナンはアスカニオと握手を交わした。
笑顔で頷き合う。
それからドナンは部隊長らに向かって、握り拳を振りかざした。
「皆の者! 今こそ反撃の時だ! 我らの手で獣人族に怒りの鉄槌を食らわせてやるのだ!」
「おー! おー! おー!」
みんなで腕を突き上げ、戦いへの熱を確かめ合った。
エルトゥラン国民は生まれた時から獣人族の脅威に怯えてきた。
父や祖父が祖国を守るために戦い続けてきたことも知っている。
守るのではなく攻めるとなれば、気勢が上がるのも当然だ。
そのあと行軍予定の詳細な説明が行われた。
各部隊への仕事の割り当てなどの確認を経て、会議は閉幕となった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
早朝、エルトゥラン・トラネウス連合軍がサビオラ砦を出た。
エルトゥラン軍は歩兵千名に騎兵二百騎。
千二百という数字はエルトゥラン王国の常備戦力の半分以上を動員している。
トラネウス軍は騎兵三百騎。
両軍合わせて総勢千五百名の大戦力である。
砦の北門を出ればそこから先は獣人族の国チコモストだ。
雑草がまばらに生えた野原を軍は北へと進んだ。
当然だが整備された道などない。
第一目的地まではおよそ七日の行程が予定されている。
また道案内として、捕虜にした獣人を数名連れてきていた。
想像していたよりも行軍はゆったりとしたペースだった。
一時間ほど歩いたら休憩を取る。
そしてまた歩くの繰り返しだ。
これは兵士の消耗を最小限に抑えるためである。
俺たちはチコモストに遠足をしに行くのではない。
目的地に着いてからが仕事なのだ。
その時、兵士がくたくたで使いものになりませんでしたでは意味がない。
それにここは敵地だ。
いつでも応戦できるよう体力を残しておかなければならない。
汗の浮かんだ肌を乾いた風がなでる。
チコモストの気候は冷涼だと聞いていたが、体で理解できた。
エルトゥランの町中よりもだいぶ涼しく感じられる。
夏を過ごすには向いているかもしれない。
ただし冬は相当に厳しいとの噂だ。
朝から歩いて、昼を越えて、もうじき夕方になる頃だ。
まだ空が青い内に本日の行軍は終了となった。
日が暮れる前に陣の設営をする必要があるからである。
まずは陣地を囲うように、地面に木材を打ち込み柵を作る。
これは敵の夜襲に備えるためである。
野生動物による余計なトラブルを避けるためにも怠ってはならない。
次に宿営用の天幕の設営を行う。
自然の中にあっては、どこに毒虫が潜んでいるかわからない。
安眠のためにも安全は最大限確保すべきである。
それらが終われば夕食の支度だ。
全てが済んだ頃には空は赤く染まっていた。
日が沈めば就寝である。
いつ眠るかは個人の勝手だが、日の出と共に行動が始まる。
次の日、地獄を見たくなければさっさと寝るしかない。
心配しなくても一日中歩いて疲れているのですぐ眠れる。
また当然だが夜間は見張りが必要だ。
今回は百人隊一組が二時間ごとに交代となった。
星がきれいに見える夜だった。
俺はオグの十人隊の皆と一緒に見張りに立っていた。
陣の柵越しに外の闇を見つめ、敵が来ないか見張るのである。
見張りを始めて三十分ほど経った頃だろうか。
外を見張る俺たちの背中の方から足音が近付いてくる。
誰かと思って振り返ると、トラネウスの王子アスカニオだった。
目が合うと、彼は立ち止って会釈をした。
「ご無沙汰しております、シロガネ殿。貴殿と話がしたくて参りました。少しよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
任務中の私語になりそうだが、相手が将軍なら問題ないだろう。
アスカニオは俺の隣に立った。
気を回してくれたのか、オグたちはそっと離れていった。
「今回こうして肩を並べて戦場に立てることを嬉しく思います。シロガネ殿の勇名はトラネウスにも届いております。先の海戦では獣人族の王子を捕らえられたとか」
アスカニオは爽やかな笑顔を浮かべている。
相変わらずの好青年っぷりだ。
トラネウスの国王や宰相は闇かもしれないが、この人は光だなと感じる。
「俺の話って、そちらだとどんな風に伝わっているんですか?」
「私も部下伝いに聞いた話なのですが……」
アスカニオは前置きして言葉を続けた。
「颯爽と敵船に飛び移るや、槍一本で獣人をばったばったと打ち払う。追いつめられた獣人族の王子は一騎打ちを挑むもまるで歯が立たず。海に飛び込み逃げようとするも、哀れ捕まってしまったのだと」
俺は苦笑いする。
噂というのは人の間を伝わると盛られてしまうものなのか。
はたまた初めから尾びれをつけて宣伝されたのかもしれない。
「そんな楽な相手なら苦労しなくていいんですけどね。不意打ちでようやく一撃入れられた強敵です。もし俺が泳げない人間だったら、こっちが海に沈んでいましたよ」
愚痴るように言うと、アスカニオは柔和な笑みを浮かべた。
「仕方ありません。民衆は聞こえの良い物語を求めるものですから」
「そういうものですか?」
「私も似た経験があります。実態とそぐわない美化に悩みもしました。ですが今はそう思われるのも仕事の内と思っています」
なるほどと俺は頷く。
彼はトラネウス王国の国王アイネオスを父に持つ嫡男だ。
本人の意思にかかわらず、祭り上げられてしまうのだろう。
それを飲み込んだ上でそう言える辺り、人ができていると思う。
見習いたいものだ。
「ところでなんですけど、ライムンドさんってどんな方なんですか?」
「ライムンド宰相のことですか?」
「はい。いつかご挨拶すると思いますので」
微笑む俺に、アスカニオは眉をひそめた。
こちらの意図を推し量ろうとしたのかもしれない。
ともあれ彼は、話しても問題ないだろうと口を開いてくれた。
「ライムンド宰相は父がもっとも信頼している人物です。どちらかと言えば疑り深い父が、彼の諫言だけは耳を貸すほどです。一言で言えば冷静沈着。弁舌達者で広い見識をお持ちだ。富貴から貧賤にまで通じておられる。私以上の偉丈夫で、剣を使わせれば王国随一でしょう」
「へぇー……」
アスカニオの評が意外で、俺は素直に驚いた。
ライムンドはトラネウス暗部を仕切っていると噂の男である。
ギルタの言葉によれば、俺を暗殺するよう指示を出したのも彼だ。
「アスカニオさんは、ライムンドさんのこと好きですか?」
「ええ、もちろん」
アスカニオは食い気味に頷いた。
「私も子供のころから知っていますが、面白い方ですよ。トラネウスに来られる前は各地を旅して回られていたとのことで。その時の冒険譚を聞くのが好きで、弟と一緒に話をねだったものです」
まるで親戚のおじさんのような親しさだなと俺は思った。
「想像と違って驚きました。もっと怖い人だと思っていたので」
すると、アスカニオは言い辛そうに口を結んだ。
その態度に俺はおやっと眉を動かす。
「別に誰かに告げ口したりしませんよ。その国の人の目から見て、どんな人なのか知りたいだけなんです」
アスカニオは困ったように苦笑した。
ふぅと息を吐く。
「ライムンド宰相に良くない噂があることは耳にしています。ですが彼が私欲のために悪事を働いたという証拠はないのです。時には国の為、強引な仕事をする必要もあるでしょう」
後ろ暗い部分があることは認めるわけだ。
ただ……とアスカニオは続ける。
「かばうわけではないですが、ライムンド宰相は金銭に執着がない御方です。得た財を己の為には使わず、その多くを教会への寄進に使っています。もしかするとそれは人気取りの為かもしれない。ですが彼の行いで恵まれぬ子供たちが救われていることも事実なのです」
その話が本当なら、根っからの悪人ではないということなんだろうか。
もっとも善行を積んだからといって、悪行が消えるわけではないのだが。
「ともあれ底の知れない御仁ではあります。確かなのはライムンド宰相が有能な人物だということです。私の口から言えるのはこのくらいでしょうか」
「ありがとうございます」
人間とは不思議なもので、見る角度が変われば違って見えるものだ。
一方からの話だけではどうしても印象が偏る。
聞いてよかったと思う。
それから少しの雑談を交わして、アスカニオは自分の天幕に帰っていった。
特に問題は起こらず、その日の見張りは無事終了した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日の出を知らせる太鼓の重低音が陣地に響く。
食事係はさっそく朝食の用意に取り掛かる。
その間に他の者は荷物をまとめて、天幕を片付けておく。
朝食は穀物がゆとチーズだった。
朝はしっかり食べる。
火を使っての調理は陣を張って落ち着ける時だけだ。
昼は携帯食料で軽く済ますので、ここで栄養を取っておく必要があるのだ。
食事が済み次第、陣を囲う柵をばらして撤収する。
そうしてまた歩き続ける一日が始まる。
連合軍は北上を再開した。
早朝の空気は肌寒い。
チコモストの大地の冷涼さを感じられた。
だが空模様が良かったおかげで、歩いているうちに体は温かくなった。
昼は長めの休憩をとる。
食事は堅いパンと酸っぱい果実酒。それと塩飴が配られる。
足を動かすためのエネルギーを補給するのだ。
けして体を酷使してはならない。
緊急事態以外では無理をしないのが行軍の基本原則である。
昼食が済めば移動を再開する。
進行速度は順調で、予定通りに歩を進めることができた。
北上を続けるにつれ、植物の緑が減ってきた気がする。
景観がまばらに雑草の生える荒野へと変わっていく。
気候の影響もあるだろうが、土地自体が痩せている印象を受けた。
この日も獣人族とは戦闘にならなかった。
ただし一目も姿を見ていないわけではない。
狩りか採取か水汲みかの途中の、少人数の獣人たちとは遭遇している。
だが彼らは大軍に驚いて、すぐに逃げていく。
獣人族の全てが、人間を見れば襲いかかる戦闘民族ではないのだろう。
彼らにも日常の生活があるのだ。
昨日と同様に日が暮れる前に陣を張った。
夕食は豆と干し肉のスープに葉野菜の酢漬けだった。
疲れた体に栄養が染み入るのが実感できた。
今夜は見張りの当番ではないので気兼ねなく眠れる。
オグたちと軽い雑談を交わして、俺は早めに寝床に就いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
五日目の昼。獣人族の軍団と遭遇した。
獣人戦士の数はおよそ五百。
おそらく彼らはここ東部地域に暮らすテスコ族だろう。
チコモスト中央から本隊が駆けつけるには早すぎるからだ。
先行部隊だとしても、こんな風に正面から戦おうとはしないだろう。
やるなら奇襲夜襲で時間稼ぎに徹するべきだからだ。
チコモストに入って初めての戦闘は短期決戦となった。
単純に比べても、こちらの兵力は向こうの三倍だ。
主力の歩兵が正面でぶつかっている間に、エルトゥラン騎兵が左から、トラネウス騎兵が右から敵軍の背後に回った。
それで勝負はついた。
多勢で囲んで叩けば勝てる。
人対人でこれに勝る戦術は、俺の知る限りでは開発されていない。
いくら勇猛な獣人戦士が相手だろうとそれは同じだった。
三方向からの攻撃で獣人軍は崩壊した。
逃げ遅れた獣人にできることは死か降伏かを選ぶことだけだった。
この戦いで獣人の死者は二十名を数えた。
また百名余りを捕虜とし、圧倒的勝利となった。
この日の行軍はこれで中止となった。
血生臭い戦場から少し離れて陣を張る。
やることはたくさんあるのだ。
陣の中に柵で簡易的な牢を作り、獣人の捕虜たちはそこに留められた。
怪我をしている捕虜には治療も行われた。
食事の用意もする予定だ。
これは単純な慈悲の心ではなく、印象戦略の一環でもあった。
俺たちはこのテスコの地に拠点を造ろうとしているのだ。
地元住民の感情に配慮の姿勢を見せることも大切である。
友好でもって統治できればそれが一番なのだ。
殲滅は初めに選ぶ選択肢ではない。
ともかく総大将であるドナンはそう指示を出した。
事前に王女や宰相と決めていた戦略である。
獣人族憎しの兵士もいるだろうが、声高に反対する者はいなかった。
さて、戦いには勝ったが全くの無傷というわけではない。
自軍の兵士からも数人の死者が出た。
残念だがその身柄を家族の元へと連れ帰ってやることはできない。
髪の毛を束ねたものと指輪とを、その人の証として持ち帰ることとなる。
戦没者の属していた十人隊が穴を掘り、遺体を埋葬した。
物言わぬ同僚を土に埋める兵士たちの表情は様々だった。
寂しそうに俯く者もいれば、怒りに震える者もいた。
俺は埋葬に立ち会わせてもらい、念仏を唱えて冥福を祈った。
亡くなった兵士は仏を信仰していないだろうし、そもそもこの世界に仏が存在しているのかもわからない。だがそんなことは些末な問題だ。
念仏とはただの言葉ではない。鎮魂の祈りでもあるのだ。
故人を悼む心があれば、それは間違いなく届くのである。
俺は心が冷えるのを感じながら、勇者の最期を見送った。
夕食の時間が終わり、太陽が沈む。
空に夜の帳が下りると、辺りは深い闇に包まれた。
今夜は新月だ。
いつもは隠れている小さな星まで輝いて見える。
初戦を快勝できたことで、陣中は浮かれムードになっていた。
獣人族の王を倒すという目標に実感が湧いたのだろう。
対照的に、簡易牢に閉じ込められた捕虜たちは静まり返っていた。
戦場での過激さはすっかり影をひそめている。
おとなしすぎて違和感を覚えるが、負け戦の直後だ。
捕まって、いつ殺されるかわからないともなればこうもなろう。
俺はオグの十人隊の皆と一緒に、捕虜の見張り番に立っていた。
今夜は捕虜の監視も行うため、見張りの数が百人隊二組に増員された。
捕虜のいる簡易牢は陣の角に配置されている。
空から見下ろせば、陣中の隅に長方形の檻が見えるだろう。
「なんか最近思ったんだけどさ」
オグは槍の柄を肩にかけながら、俺に話しかけてきた。
闇を照らすたいまつのおかげでどうにか表情が見える。
「お前って、どっちがお前なんだ?」
「どういうこと?」
何の謎かけだと俺は首をひねる。
しかしオグはいたってまじめに俺の顔を見てきた。
「この前の海戦でも、お前一人で飛び込んでいっただろ。ブオナ島の時もそうだったけど、怖いもの知らず過ぎねーかなって。でもお前って普段はおとなしい奴じゃんか。なんでやばい状況に限って、あんな思い切ったことができるんだ?」
どう答えたものかと俺は考え込む。
慣れてはきているが、戦いが恐ろしいことに変わりはない。
平気に見えるのは救聖装光の影響が大きい。
身にまとうと途端に気分が高揚して、恐怖心がかき消えるのだ。
「別にそれが悪いとか言うんじゃなくてさ、何て言うかな。もしかして救世主様だからって気負ったりしてねーかなって。もしそうなら、あんまり無理するもんじゃないぜ?」
オグの意外な言葉に、俺は自然と頬が緩んだ。
「心配してくれてるんだ?」
「まぁな。俺って友達思いだから」
オグは照れたような顔をしている。
自分で言っておいて恥ずかしくなったのだろう。
ごまかすように頭をぽりぽりとかく。
「優しいなぁオグは」
「ちゃかすなって」
オグは肘で俺の横腹を小突いてきた。
うりゃうりゃと俺もやり返す。
男二人で何やってんだと笑ってしまう。
「別に無理はしてないよ。やれることをやってるだけだから」
「……凄いな、お前」
「そんなことないよ」
俺は自嘲するように眉尻を下げた。
「半分以上はずるしてるようなものだから。俺じゃなくて救聖装光が凄いんだよ。鎧がなかったらとっくに死んでる」
「んなもん、使えるものは使うのが当然だろ。ずるもへったくれもねぇよ」
「そうかな?」
「そんなこと言い出したら弓も卑怯、槍も卑怯だぜ? 素手で殴り合わなきゃだめなのかって話だよ。獣人と素手でやり合えとか、そっちの方が不公平に感じるけどな」
同意を求めるように片眉を上げたオグに、俺は頷いた。
平等の条件なんてものは戦場に存在しないってことだろう。
気にするだけむだだというのもわかるのだが。
「誰か陰口叩いてる奴でもいたのか?」
顔を覗き込んでくるオグに、俺は首を横に振った。
「いや、別にそういうのじゃないんだ。ただなんて言うか、あれは自分の力じゃないと思ってるから」
「お前って妙に自己評価低いとこあるよな。つーかあの鎧、お前にしか使えないものなんだろ? 武器防具を使いこなすのもそいつの実力だろ。そんな風に言われたら、使われてる道具の方が泣くんじゃねーの?」
「泣く?」
そういう発想はなかったなと気付かされる。
確かに卑下しすぎるのは良くないかもしれない。
そういうのは癖になる。
過信はだめだが、自分を肯定できないのも心の弱さだ。
克服していかないといけない。
「オグってたまに良いこと言うよな」
「たまにってなんだよ」
半笑いのオグに背中を叩かれて、俺は息が詰まる。
どうやり返してやろうかと思っていると……
――チリィィィーン。
暗闇のどこからか鈴の音が聞こえた。