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25話『デニズ海の戦い(1)』

 鱗人族から知らせが届いて五日目の朝のことである。

 ブオナ島近海にて警戒に当たっていた偵察船が獣人族の船団を発見した。

 偵察兵が放った伝書鳥により、情報は速やかに王城まで届けられた。


 船の準備は事前に済んでおり、兵士たちも港で待機していた。

 報告から一刻とかからず、エルトゥランの港から船四隻が出発した。

 青い空の下、総勢四百余名の勇者を乗せた王国船が海原を進む。

 水軍を任された大将はドナンだ。

 俺も同じ旗艦に乗りこみ、彼のそばにつくことになった。


 王国船は二段櫂帆船で、甲板と船内の二層構造になっていた。

 甲板及び船腹の左右舷に漕ぎ座があり、櫂が二十本ずつ備えてある。

 帆柱には王国の紋章が描かれた帆が張られていた。

 船一隻につき乗組員は百名で、兵士が水夫の仕事を兼任している。


 兵士たちは服の上に、太ももまで丈のある鎖帷子を着込んでいた。

 それに加えて、頬当ての付いた兜を頭に被っている。

 漕ぎ座の足元には船上戦闘用の短槍と弓が置いてある。

 俺はいつもの作務衣姿で、腹の上に巻いた帯にクナイを十二本差していた。

 手にはミスミス姉弟から受け取った新しい金属槍を握っている。


 両軍がデニズ海で遭遇したのは昼過ぎのことだった。

 場所はブオナ島とエルトゥランを結ぶ中間の海域だ。

 天候は空に雲が三割ほどの晴れ。

 ときおり強い風が吹き、きまぐれな波に船が大きく揺れた。


 獣人船団の船は九艘。

 隻ではなく艘と呼ぶのはサイズが小さいからだ。

 うち一艘は主に物資を積んだ補給船のようで、後方に距離を取っている。

 一艘あたりの乗組員は四十余名。

 船の下層が存在しない、甲板だけの一段櫂船である。

 エルトゥランの船と比べると高さも長さも二回りは小ぶりだった。

 戦闘に備えてか、帆はすでにたたまれている。


 獣人船団は船首の向きを揃えて『く』の形に船を並べて突っ込んできた。

 対するエルトゥラン水軍の大将ドナンは真っ向勝負を決断した。

 連絡兵が太鼓を鳴らし、旗をぶんぶんと振る。

 突撃の合図だ。

 笛奏者の音色に合わせて兵士たちが一斉に櫂を漕いだ。

 王国船四隻が横に並んで、正面から相対する。


「弓、構え!」


 大将の号令を受け、甲板の兵士たちは櫂を手離し、弓に矢をつがえた。

 推力は船内の漕ぎ手に任される。

 相手の船を見ると、獣人の何人かが船首で巨大な木の盾を構えていた。

 獣人船が波をかきわけて近付いてくる。


「放てー!」


 一斉に放たれた矢が空を裂き、弧を描いて飛んでいく。

 矢の雨が獣人船に降り注ぐ。

 盾の獣人は勇敢にも前に出て、矢を受けた。

 盾に矢が突き刺さる衝撃にたまらず獣人が倒れこむ。

 だが被害は軽微のようで獣人船は止まらない。


「撃て! 撃て!」


 せかされて兵士たちが各自の判断で矢を放つ。

 まばらに降る矢をかいくぐって、獣人船はこちらの足元まで来た。

 八艘の獣人船が王国船四隻の隙間に入りこんでくる。

 なんたる巧みな操舵術か。

 王国船の横っ腹から獣人たちが鉤縄を投げてくる。


「漕げっ漕げっ! 敵を引きはがせ!」


 ドナンの怒号が飛ぶ。

 笛の音頭に合わせて甲板の兵士たちも櫂を漕ぐ。

 振り回される櫂にはじかれて、乗り込もうとした獣人が海に落ちた。


 王国船と獣人船とがすれ違う。

 引き離して仕切り直しだ。

 そう思っていると、ドナンが険しい顔で後方を見ていることに気付いた。

 一隻の王国船が遅れている。様子がおかしい。


 王国船の甲板の上に獣人の姿が見えた。

 乗り込んだ獣人は身軽さでもって跳び回り、兵士をかく乱している。

 その隙に続々と獣人が王国船の側面に取り付こうとする。


 先程すれ違った他の獣人船も孤立した王国船を標的に変えていた。

 獣人船の方が船体が小さい分、小回りが利く。

 八艘で一斉に襲いかかるつもりか。


「全船、右旋回! 味方を助けるぞ!」


 王国船三隻が右の船から順に旋回行動に移る。

 あっと思ってもすぐには戻れないのが大型船なのだ。

 それにここは海の上。飛び出していくこともできない。

 船の上で我慢するしかなかった。


 三隻が進路を整えた頃には、獣人船四艘が味方の孤立船を取り囲んでいた。

 砂糖菓子に群がる蟻のように、獣人たちが王国船に縄をかけて乗り込む。

 獣人船に残った獣人たちは援護の石と矢を放っている。

 残りの獣人船四艘は船首を俺たちの乗る三隻に向けていた。

 邪魔はさせないぞということか。


「そい! そい! そい! そい!」


 兵士たちが音頭に合わせて櫂を漕ぐ。

 俺は真新しい金属槍を手に握り直し、ドナンのそばに寄った。


「近くまで寄せてくれれば、俺が味方の船に飛び移ります」

「頼りにしてよろしいので?」


 どこか心配そうなドナンに、俺はにやりと笑って見せた。


「任せてください。俺がどうにかします」


 調子よく言ったものの、そんなのはただのはったりだ。

 内心は不安でいっぱいで、口から心臓が出そうなくらいだ。

 でも今は『断言すること』が大切なんだ。

 これは自分自身への鼓舞であり、共に戦う兵士たちへの鼓舞でもある。

 ティアナートが王女として普段していることだ。

 救世主としてすべき振る舞いなんだ。


 気持ちが通じたのだろうか。

 漕ぎ座の兵士たちが声をかけてくる。


「頼むぜぇ大将!」

「やっちゃってください救世主様!」

「シロガネ! 俺の分も残しとけよ!」


 甲板の熱が高まる。

 ドナンは俺に笑顔を返し、兵士たちに発破をかけた。


「よーし、まっすぐ突っ込め! ぶつけてもいい!」

「おぉー!!」


 さらに速度を上げて、三隻の王国船が波をかき分け進む。

 獣人船は先程と同じように隙間に入り込み、横腹を突こうとした。

 しかしこちらの速さが想定以上だったのか、動きが遅れた。

 左翼の王国船が獣人船にぶつかる。

 追突を受けた獣人船は横倒しになり、獣人たちは海に放り出された。

 俺たちの乗る王国船は向かって来た獣人船を突っ切ることに成功した。 

 襲われている友軍船へと接近する。


 俺は首から下げたペンダントの透明結晶を握りしめた。

 心の中で『アウレオラ』の合言葉を唱える。

 透明結晶から放たれた閃光は光の粒子となり、俺の体を包み込んだ。

 それは一瞬のうちに全身を覆う銀色の装甲に変わる。

 救世主の力を与えてくれる鎧『救聖装光』だ。


 変身の瞬間を目の当たりにした兵士たちが感嘆の声を上げる。

 ただの小僧が瞬時に全身鎧の騎士に変わったのだ。

 初めて見れば誰だって驚く。


「行ってきます!」


 俺は甲板を走り、勢いのまま友軍船へと跳んだ。

 体が宙を舞い、波の上をはるかに跳び越す。

 甲板の獣人を蹴り飛ばして、俺は友軍船の船首に着地した。

 吹っ飛んだ獣人が海にどぼんと落ちる。

 ドナンの旗艦は友軍船の鼻先をかすめて通り過ぎていった。


「な、何だお前は!?」


 そばにいた仲間が突然やられて、獣人たちは狼狽しているようだった。

 獣人族は体型こそ人に似ているが、頭部はヒョウやジャガーのようである。

 筋肉質な体を赤茶と黒の体毛が覆っていた。

 羽で飾られた腰巻を身に着けており、手には小ぶりの斧と丸盾を握っていた。


 友軍船の兵士たちは船尾の方に集まっていた。

 船内への出入り口を中心に戦っている。

 兵士たちは一塊になって、針鼠のように短槍を突き出して抵抗していた。


 対する獣人たちは帆柱のある甲板中央部に群れをなしていた。

 結果的に俺と味方で挟み撃ちの形になったのは運が良かったかもしれない。

 俺はわざとらしく頭上でぐるぐると槍を回し、派手に見栄を切った。


「我が名はシロガネ! エルトゥランの救世主である! その命惜しくば我が槍の前から失せろ!」


 救聖装光を身に着けると、やはり気分が高揚する。

 胸を締め付ける不安と緊張はすでに万能感に変わっていた。

 全身の筋肉が暴れさせろとばかりにうずうずしている。


「ナメンなオラァー!」


 近くにいた獣人が斧を振りかぶり、襲い掛かってきた。

 俺が見栄を切ったのは挑発がしたかっただけではなく、万が一でも退いてくれればと思ってのことだったが、通じなかったのならやむを得ない。

 俺はためらいなく踏み込み、重たい金属槍を斜めに打ち下ろした。

 槍の柄が相手の首元にくいこむ。

 獣人は苦悶の声を漏らし、目を向いて崩れ落ちた。


「ブッコロセー!」


 仲間がやられたことで獣人たちに火がついてしまう。

 だがそれは俺も同じだ。

 昂る心のまま正面から受けて立つ。


 飛び掛かってきた二人に、俺は全力で槍を横振りした。

 初めの一人はあばら骨が砕けただろう。

 槍は止まることなく獣人の体を宙に浮かせた。

 二人まとめて船の上から弾き飛ばす。

 悲鳴と共に獣人戦士が海へと落ちていった。


 さすがはミスミス姉弟お手製の金属槍だ。

 むちゃな扱いにも応えてくれる。

 量産品の木の柄の槍ならきっと折れていた。


 奇声を上げて獣人戦士が迫り来る。

 その動きは俺の目によく見えていた。

 振り下ろされる斧を槍で受け、獣人の腹を蹴り飛ばす。

 槍を反転させ、尻の石突きで転倒した獣人の腹をへこませた。

 続く敵を横薙ぎで殴り飛ばす。


 こちらの動きに合わせて、王国兵士たちも攻勢に出た。

 槍を突き出して、獣人たちを甲板の縁へと追いやっていく。


 獣人戦士たちを蹴散らし、俺は王国兵士たちのそばに到達した。

 さすがの獣人たちも向こう見ずには突っ込んでこない。

 斧を前に構えて威嚇してくる。


「救世主様!」


 兵士たちが歓声を上げる。

 俺は槍の先を獣人たちに向けて構えながら、仲間に声をかけた。


「みなさん大丈夫ですか! 状況は?」

「部隊長のライネスが戦死! 副将のダンキーも重症です! 船の指揮をとる者がおりません!」


 近くにいた中年の兵士が答えてくれた。

 彼が名前を出した二人はドナン配下の百人隊長だったはずだ。

 指揮官を潰されたせいで船が動けなくなっていたのだろう。

 ならばまず代理を立てないといけない。


「この中で階級の高い者は?」

「我々、十人隊長しか残っておりません!」


 雰囲気からして、話しかけてきたこの兵士が一番影響力がありそうだ。

 顔付きにもベテランの風格がある。

 今は迷うより即断だろう。


「では貴方が指揮をとってください。船を動かして味方と――」


 その瞬間、視界の端に何かがきらめいた気がした。

 咄嗟にしゃがむと、頭のあった空間を豪速の矢が貫いた。

 兵士たちも一拍遅れて身をかがめる。


「奴です! 隊長は奴にやられました!」


 指揮官代理に任命した兵士が叫んだ。

 間を置かずに、こちらの船を囲う獣人船から石と矢が飛んでくる。


「船を動かして! 味方と合流を!」


 俺は指示を叫びながら、船のへりに身を隠した。

 すんでのところで次の矢が船べりに突き刺さる。

 狙われている。力強く正確な射撃だ。

 矢の飛んできた方向を見やると、獣人船に大きな弓を構えた者を見つけた。


「こいつ……!?」

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