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18話『裏切り者の汚名』

 マグウ=マリージャはかつてエルトゥラン軍を任されていた大将軍だ。

 およそ一年前にエルトゥラン王国で起こった反乱の首謀者の一人でもある。

 当人はその際、ティアナートに首をはねられたそうだ。

 自分はその男の娘であると、ギルタ=マリージャと名乗った女性は言った。


「俺が何か、ギルタさんの恨みを買ったんですか?」

「お前に特段の恨みはない。そう指示を受けただけだ」

「誰からですか?」

「その話をする前に、一つだけ頼みがある」


 ギルタは何かを気にするように、小屋の扉に目を向けた。

 そういえば外にはまだ見張りが二人いるんだったか。

 俺は立ち上がって、内側から扉にかんぬきをかけた。

 戻ってまたあぐらで座ると、待っていたようにギルタは口を開いた。


「外の二人はいちおうは私の部下だが、私に付けられた監視でもある。できれば聞かれたくない」

「どうして監視なんかされているんですか?」

「裏切り者はどこに行ってもそういう扱いだ」


 自嘲するようにギルタは言う。

 どうにも投げやりなところがある人だなと思う。


「それで頼みというのは?」

「今回のことは全て私がしでかしたことだ。私の首を差し出す。それで事を収めてもらえないだろうか」


 回りくどい言い回しをしてくるが、彼女の目はいたって真剣だ。


「つまりシトリさんは無関係だと?」

「……頼む」

「俺が言うのもなんですけど、都合のいい言葉だと思いますよ」


 意地悪かもしれないが、こちらは命を狙われたのだ。

 ギルタは申し訳なさそうにうなだれた。


「それはもっともだと思う。だがお前に眠り薬を飲ませるよう指示したのは私なんだ。だから……!」

「どうしてそんなにシトリさんをかばうんですか?」


 ギルタは口をつぐんだ。

 喋るとシトリの不利になると思ったのだろうか。

 俺は意識して笑顔を作った。


「シトリさんを害しようだなんて、はじめから思っていませんよ。俺は彼女に……お節介したかっただけですから。ただその代わり、貴方の知っていることを教えてください。知っておかないといざという時に対応できませんから」


 ギルタは俺の目をじっと見てきた。

 俺は目をそらさない。

 少しの沈黙の後、彼女は納得したように頷いた。


「わかった。答えよう」

「貴方はシトリさんとどういう関係なんですか?」

「シトリは弟の婚約者だった。私を義姉と慕ってくれてな。私もあの子も家族を亡くして、あの子だけが私に残された繋がりなんだ」


 その憂いの表情を見れば、ギルタの言葉は真実に思えた。

 祖国を裏切った者の娘という共通項をもつ義理の姉妹。

 そこには二人だけの絆があるのだろう。


「わかりました。シトリさんには罪がいかないようにします」

「恩に着る」


 ギルタは深々と頭を下げた。

 俺みたいな小童を相手にためらいなくだ。


「では次に、貴方の後ろにある組織と指示を出した人を教えてください」

「私は末端で、全てを知っているわけではないと前置きをさせてもらうが。上で指示を出しているのはライムンド=マザランだ」


 初めて聞く名前に俺は首を傾げる。


「誰なんです、その人は」

「トラネウス王国の宰相だ」

「あぁ……」


 あまり驚きは感じなかった。

 救世主と救聖装光の存在を邪魔だと考える勢力は限られる。

 獣人族がギルタのような人間に頼むとは考えられない。

 となると残るのはエルトゥラン王家に恨みを持つ反乱の関係者か。

 もしくはそれを裏から支援したトラネウス王国と考えるのが自然だ。


「具体的にはどんな指示を受けたんですか?」

「作戦目標は救世主の暗殺、及び救聖装光の奪取だ」

「そもそもなんですけど、どうしてそんな指示に従っているんですか? ギルタさんは元々エルトゥランの人なんですよね?」


 するとギルタは少しの間、黙り込んだ。


「シトリが妙なことを言っていたな。お前はエルトゥラン王国に来たばかりだと。だがトラネウスの人間でもなさそうだ」

「そうですね。どちらの生まれでもないです」

「ならお前はどこの国の人間なんだ? エリッサ神国か?」

「えりっさ……?」


 よく分からないが、まだ俺の知らない国があるんだろう。

 そういえば、俺がエルトゥランに来た経緯は人に話していいのだろうか。

 ティアナートからは特に止められていない。

 俺のことを救世主だと隣国の王の前で宣言したくらいだ。

 気にしなくても大丈夫か。


「俺は日本という国で生まれ育ちました。救世召喚の儀? とやらで目が覚めたら城の地下にいたんです。なのでどうやってこの国に来たのかはよくわかっていません」

「……正気か?」


 妄言だとギルタに思われてしまったようだ。

 自分でも摩訶不思議なことだと思う。

 だが事実そうなのだから他に言いようがない。


「疑われるのはもっともです。でもこんな話、嘘で言う人はいないと思いますよ」

「まぁ……それはそうだな……」


 釈然としないものを残しながらも、ギルタは納得してくれたようだ。


「約束を守ってくれるならそれでいい。お前が狂人だろうと、本物の救世主だろうとな。話を戻そう。少し順を追って説明する」


 ギルタが語ったのは、およそ一年前にエルトゥランで起こった反乱の話だ。

 マグウ将軍の配下を中心とした反乱勢力は速やかに王城を占拠した。

 父の下で百人隊長を任されていたギルタもこれに参加していたという。


 マグウが決起した一番の理由はバニパル王の掲げる改革の撤回にあった。

 緊縮財政の煽りを受け、現場の兵士には強い不満が溜まっていた。

 マグウは私財を切り崩して軍を維持していたが、限界を感じていた。

 もちろん彼は兵士の待遇改善を何度も訴えている。

 だがそれも改革の推進者である宰相プレシドに握り潰されてしまった。


 そこでマグウに話を持ち掛けたのがもう一人の首謀者バエトである。

 宰相になり損ねたバエトにとって、プレシドはまさに目の上のこぶだった。

 宰相プレシドを排斥し、バニパル王には退位してもらう。

 バニパルの弟を新たなる王とし、国の方針を変えさせる。

 それが反乱の目的だったのだ。


 なので王城を占拠したマグウには、王を手に掛ける気はなかったという。

 しかし一部の兵士の暴走によりバニパル王は殺害されてしまう。

 あろうことかバニパルの弟とその息子までもが凶刃に倒れた。

 これにより王位継承権を持つ男子は抹殺されてしまう。


 取り返しのつかない一線を越えてしまったと感じたマグウは、もっとも信頼できる実の娘を使者として、反乱の協力者であるトラネウス王国に向かわせた。

 このままでは体制が崩壊し、国が乱れる。

 本格的な内乱になる前に、騒動の終息を仲介してもらおうと考えたのだ。

 そういった経緯でギルタはエルトゥラン王国を離れたのだが、彼女が隣国に着いた頃には、事態は予想もしない展開を迎えていた。

 ただの小娘と思われていたティアナートが状況をひっくり返していたのだ。


 ギルタは宙ぶらりんになった。

 父は裏切り者の烙印を押され、家族は処刑された。

 祖国にはもう彼女の居場所はなかった。

 鼻つまみ者となったギルタに行く場所などなく、はした金で汚れ仕事を請け負うトラネウス王国暗部の一員になったのである。


 話を聞いて、俺は正直なところ反応に困った。

 今の話はギルタの目から見た真実であって、父親であるマグウについて好意的に言っている可能性がある。なので真に受けるのはよくないだろう。

 事情があったにしても最悪の手段を選んでしまったことは確かなのだ。

 ティアナートもベルメッタも、この反乱で家族を失ったのだから。


「……他に方法はなかったんでしょうか」


 俺の問いかけに、ギルタは板張りの床に視線を落とした。


「父が動かなくても、遠くないうちに軍は暴発していたと思う。正当化をするつもりはないがそれは確かだ。前線で命を懸けているのに満足に食えない。物資の不足に悩まされる。私も軍にいた者として、当時の切羽詰まった空気を覚えている」


 サムニーやムルミロも似たようなことを言っていた。

 少なくとも兵士の間に不満があったことは信憑性のある事実なのだろう。


「ギルタさんは今、反乱を正当化するつもりはないと言いました。なのにティアナートさんを『あの女』と呼ぶほど憎いんですか?」

「……そうだな」

「理屈が繋がらないと思うんですけど」


 ギルタは眉間にしわを寄せた。

 それを隠すように手の平で額をぐりぐりと押さえる。


「頭ではわかっているんだ。だが受け入れられやしない。弟はまだ十七歳で、反乱とは無関係だった。成人したら結婚をして、幸せな未来が待っているはずだったんだ」

「弟さんの命を奪ったことが許せないと?」

「逆恨みなのはわかっている。反逆者の跡取りを処刑するのは当然だ。父の決断で多くの血が流れたことは言い訳のしようがない。そんなことはわかっているんだ……」


 ギルタは目を閉じて塞ぎ込んだ。

 この人は冷静な目を持っている。罪の意識もあるのだろう。

 だからこそ行き場のない気持ちを誰かのせいにするしかなかったんだ。

 逃げ道のないまま自分を追い込んでしまうと、心が死んでしまうから。


 俺は何も言わなかった。

 知った風な言葉をかけるのは無神経だと思ったからだ。

 優しい言葉も今は胡散臭い。

 大切なのは彼女を拒絶しないことだと思った。


 角灯の明かりだけが頼りの薄暗い小屋の中で、静かに時間が過ぎる。

 腕の血もすっかり固まって止まり、喉の渇きを覚えた頃だった。

 ふとギルタは立て膝の姿勢になった。


「夜が明けたら、町の近くまでお前を馬車で送る」

「ありがとうございます」

「感謝される筋合いはないだろう」


 ギルタはぼんやりと角灯の火を眺めていた。

 話を始める前の殺伐とした雰囲気はもう感じられない。


「ギルタさんはその後どうするんですか?」

「別に変わらない。お前のことはただの人違いでしたでおしまいだ。しばらくしたら任務は失敗しましたと報告するだけだ」

「それで大丈夫なんですか?」


 ギルタはちらりと俺を見る。


「私の立場が悪くなるだけだ。お前には関係ない」

「ですけど」

「どのみち先のない身だ」


 そう言って微笑むのは諦めからなのか。

 俺は胸の奥にもやもやしたものが湧き上がるのを感じた。

 この投げやりな女性をどうにか前向きにできないだろうかという感情と、その気持ちは自己満足の押し付けではないかという感情がぐるぐるする。


「……」


 らしくないな、と俺は顔を横に振った。

 人生で最も恐ろしいことの一つがやらないで後悔することだ。

 だったら気持ちは決まっている。


「やっぱりギルタさんも一緒に来てください」


 彼女は『ん?』と目を見開いた。


「貴方とシトリさんが二人で暮らせる環境を用意できるよう掛け合います。だから俺と一緒にエルトゥランに帰りましょう」


 ギルタは怪訝な表情でこちらを見てくる。


「お前は何を言っているんだ?」

「貴方はシトリさんの身を案じて、自分の命を差し出すとまで言いました。そこまで大切に思える人がいるのなら、捨て鉢な生き方はやめるべきです」

「お前は……」


 露骨に嫌な顔をされる。

 我慢して抑えたような口調でギルタは言葉を続けた。


「お前は本当に……人を苛立たせるのが上手だな」

「そうでしょうか?」

「あぁ。人の心に土足で踏み込んでくる」

「すみません。でも俺は後から悔やみたくないんです。気持ちって、その時に伝えないと絶対に後悔すると思うから」


 俺は胸にせり上げてくるものを感じた。

 死んだ幼馴染のことを考えるといつもこうだ。


「今でも思うんです。もっと色んなことを話しておけばよかったなって。毎日、顔を合わせていたのに、急にいなくなるなんて思いもしなくて。明日また会えて話ができる保証なんてないじゃないですか。だから俺は後悔するにしても、やるだけやってから後悔したいんです」

「……そうか」


 彼女はふっと鼻で笑った。

 ばかにされたようには感じなかった。

 ギルタの目に穏やかさが戻っていたからだ。


「だがお前は簡単に言うが、あの女の方が私を許さないと思うぞ」

「だとしてもまずは試してみないと。頑張って話をしてみて、それでもだめなら別の方法を考えます」

「……好きにすればいいさ」


 ギルタは呆れながらも微笑んでくれた。

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