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10話『鱗人族の王クルガラ』

 宮殿の玄関広間から左手側に廊下を進み、大部屋に案内された。

 部屋の中央に位置取る大きな食卓は木目が表に出た味のあるものだ。

 ふちも直線ではなく、おしゃれに波打っている。

 食卓の下には派手な色合いの絨毯が敷いてあった。

 万華鏡を覗いたようなサイケデリックな模様が描かれている。


 その絨毯に俺は少しの違和感を覚えた。

 今まで見てきた物品はどれも自然を感じるものばかりだった。

 それらと比較すると妙に手が込んでいる気がする。

 絨毯だけは手作りではなく、どこかから持ってきたのかもしれない。


 部屋の扉から一番遠い席、食卓の上座にクルガラが着いた。

 卓の右側にティアナートが座る。その隣がベルメッタだ。

 左側には俺とドナンが座った。

 案内をしてくれた鱗人のガッリは扉のそばで衛兵のように立っている。


 はじめ、ベルメッタとドナンは席に着くのを遠慮しようとした。

 だがクルガラ本人から『せっかく御馳走を用意したのだから座り給え』と勧められたため、断る方が失礼と着席したのだった。


 鱗人たちが大きな木皿を両手で抱えて運んできた。

 食卓の上に料理が並べられる。

 メインディッシュは大きな葉っぱで包んで蒸し焼きにした大魚だ。

 立ち昇る湯気と香草の香りが胃袋を刺激する。

 他にも丸い形をした焼きたてパンがお皿に山盛りだ。

 赤色、黄色、緑色の色鮮やかな果物の盛り合わせもある。

 木のコップに注がれたのは果物ジュースだろうか。


 クルガラは木製のナイフとフォークを使って、大皿の魚の身を取り分けた。

 木の匙でソースをすくってかけ、小皿をそれぞれの前に差し出してくる。


「遠慮なく食べてほしい。諸君の口に合うと良いのだが」


 真っ先にクルガラは魚の白身を口に運んだ。

 毒見のアピールかと思いきや、ずいぶんおいしそうに食べる。

 これが演技ならこの王様は千両役者だろう。

 おなかもすいていることなので、俺は素直にいただきますをした。


「……んっ」


 本当においしいものを食べた時、人は自然と頬がにやけてくる。

 魚の白身は少し固めだが、これはこれで噛みごたえがある。

 旨みがみっしり詰まっている感じがとても良い。

 酸味と甘さが織りなすソースは癖のない白身と相性抜群だ。

 ソースは植物性の油と果実を煮詰めたものだろうか。


 焼きたてのパンをはふはふしながら食べるのは最高だ。

 そこに果物ジュースをぐいっと飲む。

 強烈な甘さに驚くが、酸っぱさのおかげで後味は爽やかだ。


「気に入ってもらえたかな」


 クルガラがこちらを見て微笑むので、俺ははっとして赤面した。

 予想外のごちそうに浮かれてしまうなんてはしたない。


「喜んでもらえたなら、我としても喜ばしい限りだ。この料理は人間に教わったものでな」

「えっ?」


 意外なことを言うので、俺はつい声を出してしまう。

 鱗人族は排他的な種族ではなかったのか。

 食卓の対面のティアナートに視線をやると、彼女も訝るような顔をしていた。

 ならばと思い切って聞いてみる。


「人間から教わったんですか? この島の料理ではなくて?」

「鱗人族には料理という概念などなかったのだよ。海に潜って魚を獲り、そのままかじりつく。木から落ちた果実を頬張る。得た食料をそのまま食べる。古臭い原始的な生き物だったのだ」


 卑下しているわけではないようだが、含みを感じる言い回しだった。

 自分はその古臭さの一員ではないと言っているように感じる。


「鱗人族は変わった……ということでしょうか?」


 ティアナートの問いかけに、クルガラは頷いた。


「より正確に言うならば、いま変えようとしているところだ」

「鱗人族はこれまで島の外との接触を避けてきたように思います。どうして突然その考え方が変わったのでしょうか?」

「我は元々、鱗人族はもっと開けた世界に生きるべきだと思っていたのだよ。だが老人どもは変化を嫌い、古臭い掟で鱗人を縛り続けていた。ゆえに我は彼らを排除し、王の座に就いたのだ」


 クルガラの言葉にティアナートが一瞬、顔を強張らせた気がした。

 彼女はおよそ一年前、自国で起きた反乱で家族を失った人だ。

 それを連想してしまったのかもしれない。

 クルガラは木製コップのジュースを口にし、一息つく。


「諸君にはわざわざ海を越えてご足労いただいたのだ。直接、我に聞きたいこともあるだろう。聞かれたことには何でも答えるつもりだ」

「では率直にお尋ねします」


 ティアナートは鋭い目でクルガラを見た。


「鱗人族は獣人族と手を結んだのですか?」

「ふむ。獣人族がデニズ海を渡ったことを言っているのだな?」


 俺たちはこれを確かめるためにブオナ島に来たと言っていい。

 クルガラは首を横に振った。


「鱗人族は陸の争いに関与するつもりはない」

「ではなぜ獣人族がデニズ海を渡るのを見逃したのですか?」

「事前に要請があった場合に限り、渡海を許可することにしたのだ。もちろん君たちとも今後はそうするつもりだ」


 クルガラの口調は落ち着いている。

 対するティアナートは険しく眉根を寄せていた。


「そもそも目に映った者全てを無差別に襲った今までがおかしかったのだ。それをやめるのだ。友好の証だと考えてほしい」

「つまり我が国の命運は貴方の手の平の上だと?」

「陸の争いに関与するつもりはないと言った。そこから先のことは諸君の問題だ。我らには関係ない」


 ティアナートは唇を結んだ。

 ドナンも難しい顔をしている。

 ベルメッタは静かに隣の主君の顔を見ていた。


 鱗人族が中立であるのなら、最悪の事態は回避できたと言える。

 それでも海路がオープンになった時点で状況悪化は確実なのだ。

 エルトゥラン王国が獣人族の度重なる侵略を防いでこられたのは、彼らの進軍経路が限られていたからである。

 獣人軍が陸路を選んだ場合、王国北部のサビオラ砦を攻めるしかない。

 それがわかっていたから戦力を集中できた。

 地の利をもって防衛に臨めたのだ。


 ブオナ島訪問に備えて急いで勉強したことが役に立った。

 家庭教師してくれたベルメッタに感謝だ。


「あの、一つ意見してもよろしいですか?」


 場違いかと思ったが、俺は思い切って手を挙げた。


「王様は人間のことを好いてくれているんですよね。それにしては今の言葉は冷たくありませんか?」


 鱗人族の王は怒ることもなく、ただ穏やかに視線を返してくる。


「我は人間族を敬愛している。その言葉に偽りはない。だが個人的な感情の話をするなら、獣人族の王のことも嫌いではないのだ」


 エルトゥラン王国の天敵である獣人族。

 クルガラは俺たちよりも先に獣人族の王と会ったのだろう。

 彼は先程、自分たちが許可すれば海を渡ってもよいと言った。

 獣人族がそれを実行したから、エルトゥラン王城は奇襲を受けたのだ。


「ところで君は、獣人族がエルトゥランを攻める理由を知っているかね?」

「えっ?」


 予想外の問いかけだった。

 食糧や金品を奪うため。人間を奴隷にするため。土地を奪い取るため。

 ざっと思いつくのはそれくらいだろうか。


「人間族という種に勝利し、祖先の土地を取り戻すために戦っている。獣人族の王アカマピは我にそう言った」

「取り戻す?」


 俺がティアナートに目をやると、彼女はため息をついた。


「百の勝利を天に積み、万魔の豊地を平定す……」


 そのフレーズには聞き覚えがあった。

 晩餐会の時に彼女が吟じた、古エルトゥラン建国史だったか。


「いまエルトゥラン王国がある地には、かつて獣人族が住んでいたそうです。初代国王となった救世主は彼らを北の不毛の地へと追い出した。そうして半島の全てを統べ、大国エルトゥランを建国したのです」

「それじゃあ奪ったのは人間の方じゃないですか」

「ですがそれも三百年も前の話です。元々住んでいたのはこちらだ。だからお前たちは死ね。そんなことを言われても従えるわけがない。私たちの国にはすでに土地に根差した営みがあるのです」


 思った以上に複雑な問題だった。

 三百年前というと、日本の歴史で考えると江戸中期辺りか。

 八代将軍が暴れん坊していた頃だ。

 そこまで昔のことだと溝を感じるというか、別の時代に思えてしまう。

 地続きの現実として受け止めるのが難しい。


「クルガラ王の目から見て、古臭い考えではないのですか? 己が生まれる前のことを持ち出して、先祖の土地に固執するというのは」


 ティアナートの問いかけに、クルガラは胸の前で腕を組んだ。


「追いやられた先とはいえ、獣人族は自分たちの国をつくったのだ。血を流すよりもそこでより良く生きればよいとは思う」


 だが……とクルガラは息を吐いた。


「そんな風に言えるのは、我らが失っていない他人だからであろう。共感はできぬが、より高みを目指そうとするあの情熱は敬意に値する。だからこそ我はどちらにも傾かぬと決めたのだ。気を付けたまえ。あの男は本気で諸君を駆逐するつもりだぞ」

「言われなくともわかっております」


 苛立ち混じりに答えるティアナートに、クルガラは苦笑した。

 それからまた食卓に身を乗り出して、空いた小皿に再び魚を取り分ける。


「さて、そろそろ次の料理を用意させよう。遠慮しないでたらふく堪能してくれたまえ」


 クルガラは部屋の入り口に立つガッリに合図をした。

 ティアナートは考え事をしているようで手が止まっている。

 ベルメッタも食が控えめだ。

 ドナンはそれなりに食べているようだが。


 妙な責任感を感じて、俺はおかわりをもらうことにした。

 せっかくのごちそうを前に悩むのはもったいない。

 食事の時は目の前の食材に感謝して、残さずおいしくいただくべきだろう。

 それもまた大切な寺の教えなのだ。

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