プレイ時間 -リセット- 〜マルチエンディング分岐〜
マンションのドアにそっと鍵を差し込み、細心の注意でそっとそっと鍵を回してみたが、シリンダーの音がやたらと大きく鳴り、真佐江は生きた心地がしなかった。
今の真佐江は勇者ではなく、未熟ながらも盗賊スキルをフル活用し、そっとそっとそ〜っと自宅へと侵入する、ただの朝帰りのアラフォー女だ。
(どうか、みんな寝てますように……)
祈りも空しく、リビングのソファで夫の優介が待っていた。
「……おかえり、まーちゃん。ずいぶんと長い夕ご飯だったね」
いつもはぱっちりな優介の目が半分しか開いていない。こういう時は眠いか機嫌が悪いかのどっちかだ。そして今回に限っては両方が該当するのであろう。
「ごめん優くん。あのね、ちょっと先にお米炊いちゃうから……」
「それならもう僕が5時半に炊けるようにセットしたから」
(優くん! フォローの達人!!)
感謝を声に出そうとする前に、半目の優介の追及がかぶさった。
「外食がどうして朝帰りになるの? すごく心配したんだよ。メッセージも既読にならないし。遅くなるなら連絡してくれないと困るよ」
「ごめんね優くん。ちょっと寄り道するはずが変なのに捕まっちゃってね。揉めゴトを片づけるまで帰さないって言われてこんな時間に……」
優介の目がさらに細くなった。
「まーちゃん。まさかとは思うけど、昔みたいに不良みたいな人たちと関わってたりしてないよね?
ああいうことが許されるのは学生までなんだよ? 分かってる? 僕たちにはみーちゃんっていう大切な家族がいるんだよ? まーちゃんが傷害で捕まったりしたらみーちゃんの人生が大変なことになるんだよ。結婚するときにもうケンカはしないって約束したの忘れちゃった?」
言い返す隙を与えないほどに優介が言葉を続けるときは相当怒っているときだ。真佐江は全力で弁解する。
「そ、そういうのじゃないよ! 優くんお願い、落ち着いて。警察のお世話になるようなことはしてないから。信じてよ優くん、ホントだって。
それに次にやったら昔の仲間呼んで潰すって言っておいたから、もうたぶん絡まれることもないよ。もう大丈夫だから……」
真佐江としては二度とこんなことはないからという意味で口から出た言葉だったのだが、優介にはその意図は伝わらなかった。
「まーちゃん!? まだあの人たちと交流があるの?」
「ない! ないです! もしまた絡まれたらってことで! 私が手を汚すんじゃなくて他の人にやってもらおうかなって思っただけです!! 今は断じて接触は断っております!」
なぜか思わず敬語になってしまう。とにかく優介は怒らせたくない真佐江なのである。
「ならいいけど……。金髪逆立てて、とびっきりの最強対最強を繰り広げる戦闘民族の真似は年齢的にNGだからもうしちゃダメだよ」
「ちょっとヤダ! なんでそんな昔の恥ずかしいこと言うのよ! あの金髪は世を忍ぶ仮の姿なの。闇討ち狩りするときの変装なんだから! 好きでサイヤ人になってたわけじゃないの! って、あれ? 優くんと初めて会った時って、私サイヤ人だったっけ?」
「とにかく! もう危ないことに首突っ込んだりしないでね。あ、みーちゃんのお弁当に入れる食材、適当に買っておいたよ。ミニトマトとチーズかまぼこと、ブロッコリーは冷凍のヤツだけど」
「――優くんっっ!! 超デキる男!! もう超大好きっ!! 私の自慢の旦那さ~ん!!」
真佐江は優介に飛びついて抱きしめた。ほっぺに熱烈なチューもする。
真佐江がコンビニを2軒はしごしてゲットしたのは唐揚げとチルド総菜各種。かかったコストは真佐江が昨夜食べた豚汁定食を超えていた。
高額・単色という、弁当として最悪なものになるところだったが、フォローの天才優介によって弁当の出来栄えは格段に進化しそうだ。
「……夫婦ゲンカがうるさくて目が覚めたら今度はイチャついててマジきもかった件……」
パジャマ姿の美緒がげんなりした顔をしてリビングに現れた。
「あ、ごめん美緒。起こしちゃった?」
「ママ、朝帰りで修羅場? マジないわ~。いくつだと思ってんの……。相手は? 妻子持ち?」
「違う! トラブル収拾に駆り出されて今の今まで缶詰だったの!」
「仕事? 超ブラックじゃん。
……お弁当、無理だったら別に作んなくてもいいよ? ゆっくり寝なよママ。もう朝だけど」
気づかわし気に声をかけてくれる美緒の優しさが沁みる。あのクソ聖女セーラにこの緩急はつけられまい。
家に帰ってきたら娘のかわいさが最強すぎてマジで疲れが吹っ飛んだ件、だ。
「あーん!! 美緒ってばかわいすぎる!! もう超大好き~!! 私の自慢の愛しい娘~!!」
「うざ!! え!? ママ酔ってるの!?」
抱きついてきた真佐江に、ドン引きで美緒が抵抗する。
「酔ってない~! 美緒もパパも大好きすぎて幸せなだけ~!」
顔をスリスリとこすりつけてくる母親に、本気で娘は抵抗している。
「ちょっと! ママの崩れたメイクがパジャマにつくでしょ! このパジャマお気に入りなの! もう超うざいんだけど。メイク落とすついでにシャワーだけでも浴びてきたら? もう朝だし。仕事行くんだか知らないけど」
「うん分かった~。美緒の言うとおりにする~」
どう考えても酔っ払いのテンションで浴室へ消えていった母の背中を目で追いながら、美緒は父へ声をかける。
「ねえパパ。ママって今日寝ないでこのまま仕事行くのかな? 若くないんだし、過労とかで具合悪くなったりしないかな?」
「大丈夫だよ。あのテンションの時のママは絶好調だから」
優介は娘に笑いかける。
今の真佐江はアドレナリンが大放出してハイテンションになっているときの真佐江だ。なぜか真佐江はテンションが高くなるとやたらと人に抱きつきたがるのだ。
そして真佐江がハイテンションになるのは、だいたいケンカ関係の片付いたあとだ。
きっと今回もひったくりをぶっ飛ばしたとか、痴漢の指をへし折ったとか、そんなところだろう。
自分が当事者になることはないが、誰かがそういう目に遭っていると、真っ先に突っ込んで成敗する。そして警察が来る前に「名乗るほどの者ではありませんから」とベタな捨て台詞を残して遁走するのだ。
彼女はいつだってそうだった。初めて出会ったときも――……。
優介がかつて通っていた西高校は、かつあげ・恐喝のターゲット校にされていた。
近隣の高校から闇狩りの標的にされ、優介も部活帰りに狙われた。
そこへ現れたのが一つ先輩の真佐江を含む、変装した先輩たちだった。
彼らの正体は西校狩りをする生徒を逆に狩り返すという、正義――を傘に着た血の気の多い有志集団だった。
真佐江たちの活躍で西校狩りをする者はいなくなり、正体不明の西校生徒を守る正義の味方は伝説として語り継がれた。
強いのは知ってる。
真佐江が仲間から『鉄拳のマサ』なんていうヤクザのような名前で呼ばれてたことも知っている。
真佐江には内緒だが、優介の職場の先輩が真佐江とともに西校の闇討ち狩りを指揮していたメンバーの一人だったりするのだ。若いころの真佐江の武勇伝はその先輩からほぼすべて聞かされている。
真佐江的には黒歴史で、優介には知られたくないような内容も含めて、だ。
ちなみに優介を助けたときの真佐江のコスプレは某最強の戦闘民族ではなく、当時真佐江がハマっていたビジュアル系バンドのベーシストだった。完成度が高すぎて、当時の優介は真佐江が普通の男にしか見えなかったくらいだ。
あのテンションなら今日一日くらい、完徹でも仕事は問題なくこなせるだろう。
「ねえみーちゃん、今夜はママをねぎらうためにとんかつでも食べに行く?」
「え~。私ダイエットするんですけど〜」
「大丈夫だよみーちゃん。豚肉にはビタミンBがたくさん入っているから基礎代謝を上げてくれるし、貧血の予防にもなるから女の子は食べておいた方がいいんだよ? タンパク質は筋肉のもとになるからキレイに締まった体型を目指すならお肉はきちんと食べなきゃね」
「ホント? じゃあ今日は外食つきあってあげてもいいけど? でも代わりにダイエット成功したらケーキバイキング連れて行ってね! よーし、今夜はキャベツ多めにしよ~っと!」
機嫌よく外食に了承してくれた娘に微笑むと、優介は床に落ちているカードを見つけた。拾うと黒いカードにカタカナで『ノノハラマサエ』とID番号らしき数字が刻印されていた。
さっき抱きつきまわっていた真佐江のスーツのポケットから落ちたのかもしれない。
「ママ〜、カード落ちてたからここにおいとくね」
娘の前ではまーちゃんとは呼ばない。一応のケジメみたいなものなのと、恥ずかしいせいもある。
優介は浴室の真佐江に声をかけ、カードを洗面台の上にあげると優介はリビングへ戻った。
無地の黒いカードの表面に、不気味な赤い色で【DARK-NEUTRAL】の文字が浮かび上がり――消える。
【『秩序ある世界』の破壊者よ……、己にふさわしい世界を構築するがよい……】
「なあに~? 優くん? 何か言った? あれ? 空耳かな……」
シャワーを止めて、真佐江が浴室から顔をのぞかせたが誰もいない。
再びシャワーを浴びに真佐江が扉を閉めると、カードは不気味な黒い光をたたえ始めるのであった。
to be continued ……
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