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プレイ時間 02:29:42~??:??:?? ~不可避のエンディングムービー~

「おい! いい加減にしろ!!」


【不可避です。耐えてください】


 アッシュは周りをはばかることなく大声で天の声に怒鳴りつけている。


 闇の騎士ガローランドを倒し、グリグリに乗った直後から完全に進行の指揮権がアッシュの手から離れた。

 そして行ったこともない町の、会ったこともない人間たちから、まるで仲間のように生還を祝われる展開が続いている。


 そしてアッシュにはその展開を阻止する力がない。完全にスキップ不能のエンディングムービー状態だった。


 アッシュの体感ではこの状態になってから30分は経っている気がする。

 もうプレイ時間よりエンディングの方が長い。


「もう嫌だ!! リセットボタンはどこだ!! 強制終了でもいい!! コントローラーかキーボード出せ!! 今すぐに!!」


【諦めてください勇者アッシュ。ここはゲームではなく本当の異世界ですから】


「もう倒しただろ!! 勇者アッシュはボスを倒した後、人知れず姿を消しましたとさ、でいいじゃん!!

 マジで!! もうスーパー間に合わねえよ!! コンビニのパウチや総菜でごまかすしかねえじゃん!! 高いんだよコンビニ!! 早く帰してくれよ!!」


 これだけ叫んでいるのに、アッシュ以外の登場人物はまったくアッシュの言葉が聞こえないようで、

「よくやったなアッシュ」とか「お前ならやれると思っていたわい」などと初対面のやつらから馴れ馴れしく(ねぎら)われている。


 他の勇者仲間たちですらエンディングムービーに組み込まれてしまったのか、無言で微笑みを浮かべ、アッシュの声かけにも返事をしてくれない。


「セーラ!! さっさと出てこい!! クソ女!! 俺を早くここから出しやがれ!!」


 アッシュの叫びもむなしく、救世主一行はまだまだ強制イベント(エンディング)に連れ回されるのであった。


・・・・・


「マジで許さねえ。いま何時なんだよ、誰か教えてくれよ……頼むよ」


【もうすぐ終わりますから、耐えて下さい】


 淡々とした機械音声になだめられながら、アッシュは怒鳴る気力も尽きてしまった。しかし怒りはマグマのように冷めることなくアッシュの胸でグツグツと煮えたぎっていた。


 ようやくセーラのいる城まで戻って来たときには、アッシュの怒りメーターはリミット・ブレイクでまばゆい光を放ちまくっていた。


「よくやってくれました。勇者アッシュよ。あなたをこの世界の救世主として……」


 アッシュの手を取ろうとするセーラを、アッシュは乱暴に振り払った。


「もういい。もうこの世界には聖女も救世主も要らねえ。お前らみたいな女がいる限り、第2、第3のガローランドは出てくる。もうたくさんだ」


 睨まれたセーラは、驚いた顔でアッシュを見つめている。


「お前の母親に言っとけ。アイツに花でも供えとけってな。

 もういいだろう? こんな胸くそ悪い世界はこりごりだ。俺が洗いざらい全部ぶちまける前に元の世界に帰しやがれ」


 何を言っても無駄と悟ったセーラは悲しそうな表情を浮かべた。しかしアッシュにはその表情も計算し尽くされた演技にしか見えない。


「わかりました。感謝の宴を用意していたのですが……」


 アッシュの冷たい視線を感じ、セーラは黙った。


「わかりました。あなたの世界にお帰りください、救世主よ。あなたに聖女の加護が……」


「マジで要らねえ。余計なことすんな!」


 アッシュはセーラの顔をつかみ、タコの口にしてしゃべれないようにする。ここで聖女の加護など授けられたら、クソ女の犬として人生を棒にふることになる。


「最後に俺から人生の先輩として忠告してやる。男を弄んだ女の末路はろくなもんじゃねえからな。今すぐに性格矯正をおすすめするぜ」


 捨てゼリフを吐いたアッシュの頭上から光が降り注ぐ。


 こうして【光の救世主】アッシュは、光の中へ溶けるように、この世界から消えていったのであった。




【おめでとうございます。聖女と闇の騎士をクリアしました】

【おめでとうございます。以下の称号を手にいれました】


【光の救世主】

【最速ラスボス討伐記録保持者】

【人生の先輩】

【無敵の拳】

【女に厳しい】

【シブメン好き】


「なんかもう……疲れてツッコミ入れる気もしねえよ」


 ぼやいた真佐江の背中に、ソファの背もたれの感触が伝わってくる。

 小さな間接照明のみの薄暗い個室に、ようやく念願の帰還だ。


 真佐江はまず何より先に腕時計を見た。

 暗がりで目をすがめ、目に飛び込んだ時間は――、


「に、2時45分だとぉ!?」


 ほぼ朝の3時。朝方生活の真佐江にとって午前3時は夜中の3時ではなく朝の3時だ。


 慌てて手足のギアを外しにかかった真佐江の個室のドアを誰かがノックする。

 真佐江が返事をする前にドアが開き、全身黒の布袋を被った見た目の怪しいやつが入ってきた。


 真佐江が昔やったゲームで見た、まんま黒魔道士的なやつだった。


「この度は聖女の呪いから闇の騎士様をお救いくださいましてありがとうごぉ!?」


 真佐江は無表情のまま、黒魔道士の首をあてずっぽうでつかんだ。そしてギュッと力をこめて握る。


「娯楽施設が利用者の意向無視して監禁してんじゃねえよ。延長料金なんざ支払わねえからな。

 今回は時間がねえから見逃してやるけどな。もしまだこんな強制イベント続けてるようなら、仲間に声かけて二度と営業できねえようにしてやるから覚えておけよ」


 顔がくっつくほどの至近距離で黒魔道士に圧をかける。


「は、はい!ずびばぜん! でも、あの……!」


 真佐江は黒魔道士を突き飛ばすと、大急ぎでコンビニを多く通過する帰宅ルートを頭の中でシミュレーションし始めた。


 なにか弁当に詰められるものを買って帰らねば!

 そして家に着いたらまずは卵焼きを作って、美緒が起きたらお米を――……。


 やべえ!! 米、炊いてなくね!?


 つーか、俺、風呂入る時間ねえじゃん!

 そもそも今日は寝る時間もねえじゃん!

 この歳で徹夜(オール)して出勤なんて冗談じゃねえよ!!


 ――絶対、お礼参りしてやる!!


 肉体はアラフォーの女性に戻ったはずなのに、思考回路がアッシュのままな真佐江は、人気のない商店街にパンプスのヒール音を響かせて、コンビニに向かって走り出したのだった。



次回、最終回です。

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ふたたび伝説が始まる……
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