プレイ時間 01:35:16~01:56:39 ~最強装備入手~
作戦会議開始直後、すぐに【疾風の勇者】Aから手が上がる。
「正攻法ではないですけど、最短クリアには【課金屋】で最強の武器や防具を手に入れて乗り込むのが一番だと思います。僕も明日は大事な面接があるから、できれば遅刻やドタキャンみたいにしたくないんで」
「面接!? そりゃメチャクチャ重要案件だな。よし、ボス瞬殺して家に帰してやるからな。面接、がんばれよ」
「……ありがとうございます」
肩を叩いて応援するアッシュに、少し恥ずかしそうにする【疾風の勇者】A。
その発言を受けて【さすらいの勇者】Bが手を上げる。
「じゃあ【課金屋】を見つけるのが先っすね。どうもこの世界は今まで遊んでたフィールドと違うみたいなんすよね。大陸が違うのかな。土地勘がなくてどこに【課金屋】があるか見当がつかないっす」
【きまじめ勇者】Cが続ける。
「【課金屋】の利用者なら【課金屋】の方からアプローチしてきてマップに表示される仕様だったと思うわ。私は課金否定派だからさっぱり場所が分からないけれど、この中で【課金屋】で課金したことある人は?」
誰も手を上げる気配はない。
アッシュが素朴な疑問を投げる。
「なあ【課金屋】ってここの通貨で課金すんの? 悠長に金稼ぐ時間はねえんだ」
正直、真佐江の会社の社内会議よりもずっとスピーディーに進展していくが、ここに来てからおそらく15分は経過している。もう1分たりとも無駄にはできない。
「いえ【課金屋】は私たちのリアルのお財布から出ていくお金です。異世界体験を出るときに清算するルールです」
「……クレジット、使えるかな?」
少し心配そうにまわりへ相談するアッシュに、【癒やしの勇者】Dが苦笑しながら答えた。
「全然OKでしたよ。キャッシュレス決済にも対応してますし、主要なクレカ対応してました」
「なるほど。マジで助かった。じゃあお前、案内してくれ」
会心の笑みを浮かべたアッシュは、【癒やしの勇者】Dの腕をつかむとさっそく外へと促した。
「え? え? 俺知らないです! 使ったことないですよ! ――あ! 今のは友達から聞いた話で……!」
周りの視線が恥ずかしいのか、【癒やしの勇者】Dが抵抗する。もしかしたら【きまじめ勇者】Cの前で格好つけたいのかもしれない。
「別に恥ずかしいことじゃない。堂々としろ。時間を金で買うことで効率化が図れるのであれば選択肢の一つとして十分検討の価値がある。
俺は迷わず今回は課金する。本来なら費用対効果を考えることは大事だけどな。悪いが本当にもう俺には時間がないんだ。
頼む。最短でこの案件を処理する必要があるんだ。君の知識で俺を助けてくれ、頼む」
「……アッシュさん」
真摯な姿勢で頭を下げるアッシュに、【癒やしの勇者】Dは驚いたように見つめ、意を決したようにうなずいた。
「分かりました。案内します…………そんなに遠くないですね、行きましょう」
・・・・・・
「もうすぐですね、近いですよ。たぶん、この辺をうろついてる冒険者っぽいやつはたぶん、みんな【課金屋】の利用者っぽいですね」
救世主一行の先頭を【癒やしの勇者】Dが堂々と先導する。
少し先の店先で、女をたくさんはべらせている男がいた。
「なんか選抜救世主みたいなやつらが集まって、ボスを倒すイベントやってるんだってさ。
なんで俺が選ばれないんだよな! 俺ならすぐに最強装備で無双してやんのにな」
顔は非常に整っているが、口を開くと品性がない。
中身の想像は簡単だな。
アッシュは少し観察しただけでその男への興味は失せた。
「あはは。じゃあさ、チャムが最強装備買い占めちゃってさ、その救世主がボス倒せないように邪魔しちゃえば?」
「お、いーね! じゃあ最強装備が欲しいなら俺の言うこと何でも聞けよって命令して下僕にしちゃう?」
「あはは、最高~! ウケる~」
「よーし、【課金屋】で買い占めてやろうぜ」
品のない笑い声を上げながら、チャムたちがアッシュたちより先行する形で【課金屋】へ向かう。
まさかモンスター以外から妨害が来るとは思わなかった。
アッシュは隣にいる【癒やしの勇者】Dに耳打ちした。
「もう知れ渡ってんだな」
勇者Dは少し焦った表情をして、やはり小声でアッシュに耳打ちした。
「違いますアッシュさん、あいつ【課金屋】で売ってる【王ロバ耳】ってスキルを持ってるんです。一部のプレイヤーしか知り得ない情報をなんでも自分のものにできるっていうかなり高額な課金スキルです」
「ふーん、金持ちってことか」
「アッシュさん、あいつ最強装備買い占める気ですよ。最強装備はレアアイテムなんで数量が少ないんです。マズいですよ!」
しかしアッシュは慌てる気配がない。チャムと呼ばれていた成金野郎の後ろを十分に距離を取りつつ、ゆっくりとついていった。
【課金屋】は看板もなく、見た目はボロボロの小屋だったが、中に入ると高級ブランド店のように珍しいアイテムがガラスケースに陳列されていた。
先に店に入ったチャムがアッシュたちに気づくと、値踏みするように眺めた。
「おっと、悪いけど俺たちが先だ。お前らは待ってろよ」
高圧的な態度のチャムとは対照的に、アッシュは目だけで笑い、手で先を譲った。勇者仲間たちが心配そうにアッシュをうかがう。
「光の剣と、聖女の護りをくれ」
ドヤ顔でチャムが店主へと声をかけた。
「高いよ。5万ジールだ」
「ああ、いいぜ。買った」
このタイミングでアッシュはチャムに声をかけた。
「すげえ金持ってんだな兄ちゃん、どこかの社長さんか?」
「はあ? 働くわけねえじゃん。親の金に決まってんだろ? あいつら俺が部屋から出てやったら、喜んで金出しやがんの。俺はここにいる限り金は使い放題だし、女も寄ってくるし、最高の人生だぜ! 異世界様々だ!」
「ニートっすかね」
仲間の一人がアッシュに耳打ちするが、アッシュは静かに相手を見ている。
チャムは完全に勝ち誇った表情でアッシュたちを見下していた。
「金はあるけど、あとは称号が欲しいんだよな。なあ、お前らが救世主さんなんだろ?
この装備が欲しいならくれてやってもいいぜ。その代わり俺をお前らのリーダーにしろ。俺の命令に従え」
殺気立って前に出ようとした仲間たちをアッシュが手を出して制した。
「ああ、構わないぜ。お前がリーダーでいい。頼むよリーダー、俺は急いでボスを倒して戻りたいんだ」
「『お願いします。チャム・ヤ・カムマッセ・プアル様』だ。土下座して頼めよ」
前に進み出たアッシュに仲間たちがうろたえる。
「アッシュさん、やめてくださいあんなやつに……! いくら時間がないからって……!」
アッシュは息を深く吸い込むと、大股でチャムへと踏み込んだ。
「おねがいしゃーす! かませなプーアルの飼い主さん。マジでその装備、おーくーれー!」
風を切る音と共に、チャムは課金屋の床に顔から落ち、そのまま激しく顏スライディングしながら壁にぶつかった。
「すげえ……殴った反動で体が浮いてたぜ」
「私、早すぎて拳が見えなかった」
「なんだろう、アッシュさんってもしかして現役のボクサーだったりする……?」
仲間の勇者たちが小声でささやきあっている。
「うおお~~っ!! はっ、歯がと、取れた!! オレのりりしい顔が~~っ!!
こ、このぉ、思い知るがいい。あっという間に白目をむかせてやる。そんなに天国を旅行したいの……ぐあああ!!!」
立ち上がりかけたチャムの肝臓に、アッシュの蹴りが直撃し、再び地面に潰れ、のたうち回る。レバーブローならぬレバーキックだ。良い子はマネしちゃいけません。
「え? 何? 土下座までして俺に最強装備を使ってほしいって? うわー、ありがたいなあ。そんなん悪いからちゃんと返すって。ボス倒したらすぐに返しに来てやるって」
地面に転がるチャムから装備を受け取ろうとアッシュが手を伸ばすが、チャムは必死でその装備を抱え込んだ。
「誰がやるか! オレの金で買った装備だ。オレの装備だ! オレの下僕にならないと渡すもんか」
「へえ? お前の金なんだ……?」
アッシュの冷たい声に、その場にいる全員が凍りついた。
「なあ、お前が稼いだ金じゃないんだろ? 何勘違いしてんだ? ん? お前の・親が・お前のために・頑張って働いて・それで稼いできてくれた大切なお金じゃないのか?」
とても穏やかな笑顔を浮かべて自分を見下ろすアッシュに、チャムは本能的な恐怖を感じた。
自分をイジメていたクラスメイトなんか比べ物にならないほどの恐怖。イジメはなかったよなと自分に言わせようとした教師とは比べ物にならない圧力。
(ま、まるで格が違う……。こいつ、一体何者なんだ?)
この恐怖に比べれば、クラスメイトも教師もまったく大したことなかったような気がしてきた。
「この手段はとりたくなかったが、こっちも時間がない。悪いが最短で片がつく方法を取らせてもらうな。悪く思うなよ」
悲し気に微笑むアッシュの声に、チャムの脳裏に映画のワンシーンがよぎる。
マフィアに殺されるモブキャラの最期のシーンだった。
縁起でもない。一体どうして急にそんなシーンを思い出してしまったんだろう。チャムは自分の体が小刻みに震えていることに気づいた。
アッシュは微笑みを浮かべながら、静かにチャムへ語りかけた。
「俺の知ってるゲームはさ、蘇生って概念が確立されてなくってよ。ダンジョンで死ぬと、そいつの持ち物装備品一式は死体と一緒にそこに置き去りになるんだよ。
だから別のプレイヤーがその場に行って、遺品をガメちまえるってルールなんだよな。死体を回収してくれるヤツがいなけりゃ、そいつはそのままお終いだ。ここのルールはどうだと思う?」
チャムは当然知らない。
戦闘は最弱のモンスターをいびる程度しかしていないし、自分が危険になるようなことは一切していない。ましてやここで自分が死ぬなんて考えたこともなかった。
「おい、天の声。スピーカーモードにしてくれ!」
【……はい、この仕様でございますか?】
機械音声がなんとなくあきらめたような声質で返答する。
「俺が今さっき確認したことをこいつらにも説明してくれ」
【かしこまりました。異世界転生装置にて一時転生された方々の死亡についてご説明いたします。
この世界での蘇生は神の奇跡と同等の扱いのため、この世界で死を迎えた場合、同じキャラクターでの再生は不可能となります。実世界での実体は健在であるため、再度転生を希望される場合は別アカウントを作成の上、別キャラクターとして転生することは可能です】
「と、いうわけだ。お前をいったん元の世界へ強制送還させてやるよ。運が良ければ臨死体験できるかもな。今度会ったとき、感想聞かせてくれよ?」
また明日遊ぼうね、というような清々しい表情のアッシュが死の宣告を告げる。
「ひ、人殺し!! 警察を呼ぶぞ!! 訴えてやる!!」
逃げ出そうとしたが、恐怖のあまり体が言うことを聞いてくれない。無様に尻もちをついたままのチャムに、アッシュのアイコンタクトを受けて寄ってきた仲間がチャムを囲んだ。
チャムの取り巻きにいた女たちは誰も助けようとせず、静かに店の隅で様子をうかがっている。
「おいおい、ここは異世界だぜ? 警察なんかいねえし、外はモンスターがうようよいる弱肉強食の世界だ。自分の身を守れねえような冒険者はみんなモンスターの餌になるのが定めだろ?」
子供を諭すような口調で、アッシュは手早くチャムの手足を縛ると、仲間に指示し担がせた。
「おい、何する気だ!?」
「さすがに直で手を下すのって後味が悪すぎんだろ? 今からフィールド出てお前のこと転がすからさ。HPが0になったら荷物だけ回収してやんよ。ああ、なるべく苦しまないように速攻で殺してくれそうなモンスター目がけて転がしてやるからな。さすがに俺だってそれくらいの分別は持ってる」
脅しじゃない。チャムは本能で察した。
小・中・高校とイジメられ続け、何が冗談で何が本気かの見分けは人一倍できる自信があった。
こいつ、本気で俺を殺す気だ。
チャムの歯がガチガチと音を立てて鳴り始めた。
「……あっ、あげます!! 全部あげますから!! 装備もお金も!! 何でもしますから助けてください!!!」
「あ。マジで? 超助かる。本気で時間ねえんだ。下ろしてやって」
仲間に声をかけ、チャムを下ろし、縄をほどいてやる。
「じゃあ、何でもするって言ったな。まずお前のリアルの歳を言え」
「ひっ……! じ、じゅうきゅうさいです!!」
「ならバイトしろ。ここに来るななんて言わねえよ。息抜きや現実逃避したくなる気持ちは分かるからな。ただし親から遊び金もらうのは月1万までだ。それ以上使いたかったら自分で稼げ。
親が汗水垂らして働いてんのはな、子供の将来のために稼がなきゃなんねえからだ。今遊んで消費するための金じゃない。
……分かったな」
「はい! 分かりました!! もう課金しません!! 地道に頑張ります!!」
「その意気があればリアルでもやれるよ。理不尽や不条理で現実が嫌になるのはお前だけじゃない。負けんなよ」
屈託ない笑顔を浮かべ、アッシュは昔からの仲間のようにチャムの頭に手を置いた。
もはや主従関係は誰の目に見ても明らかであった。
【勇者アッシュに【恐喝勇者】の称号が増えた】