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プレイ時間 01:15:09~01:35:16 ~救世主、覚醒~

 PM 09∶03 〜商店街にて〜


 相変わらずイライラするほど無意味に長い会議は、夜9時を迎える前になんとか終了した。

 もちろんこの不当な拘束時間は残業にあたり、管理職には残業代が出ない。まったく真佐江にとって生産性がなく、無駄なタダ働き時間となる。


 夫から「外で夕食を食べてきなよ」と提案してもらえたので、安くて遅くまで営業している定食屋でコスパ最強の豚汁定食を頼んだ。


 店の対角線側の窓からは、例の異世界体験の建物が見える。入り口が明るいので、どうやらまだ営業中らしい。


 携帯が鳴ったので見ると、娘から『ごめんなさいでした』のスタンプが送られていた。


 夫がうまく仲裁に入ってくれたおかげかもしれない。

 こっちも同じ『ごめんなさいでした』スタンプを返し、真佐江はようやく気持ちが落ち着いた。


(会議のイライラを発散させてから家に帰ろうかな……)


 仕事のストレスを家に持ち帰って、この前みたいな失態は犯したくない。

 そんな言い訳をしつつ、すっかり異世界体験の虜になっている自分に呆れてしまう。これじゃあ町田さんのことを笑えないなと思う。


 携帯で異世界体験の予約状況を確認し、食堂を出る予測の時間に合わせて予約を取った。

 すると同じタイミングで美緒からのメッセージが届く。


 『明日こそお弁当ね! ママの卵焼き入りのお弁当が食べたいな』


 つづいて卵のキャラクターのスタンプが続く。


 真佐江は自然と顔がほころんだ。中学生になってもまだまだ甘えん坊の、かわいい娘だ。


 『まかせんしゃい!!』のスタンプを返信し、真佐江は運ばれてきた定食に箸をつけた。



・・・・・



 例によって『転生時間』は一番短い30分コースを選択する。お弁当の材料の買い出しもあるので22時にはここを出るつもりだった。


 前回セーブしたフィールドに自分がいるだろうと思っていたのに、いつまでたっても白い世界のまま動かない。


(――あれ? バグかな? 読み込みに時間でもかかってるのかな?)


 真佐江が不思議に思っていると、いつもの機械的な音声ではなく、か細い女性の声が頭の中に響いてきた。


「光の救世主さま、お願い。どうか私たちを助けてください。

 世界が闇に覆われようとしています。

 かつて光の救世主であった騎士が闇の力を手にし、闇の騎士となって世界を我が物にしようと企んでおります。どうか私たちの世界をお救いください……」



「……なんだ? 今のは」


 めまいを起こしながら、つぶやいたアッシュのもとへ町民たちが駆け寄る。

 そして、なぜかアッシュは知らない町の中にいた。


「聖女様の啓示をお聞きなすったのかね!?」


「それは大変じゃ! 今すぐ城へ向かうのじゃ!」


「なに!? 城の場所がわからないとな!? よし案内しよう!!」


 有無を言わさぬ勢いでアッシュを取り囲んだ町民たちは、問答無用でアッシュを城へと連行した。不可避の強制イベント発動だ。


 城にはアッシュと同じように聖女の啓示を受けた若者たちが集結していた。

 アッシュが状況を飲み込めないまま大広間に通されたときには、すでに王の話が始まっていた。


「――というわけでお前たちは光の聖女である我が娘に選ばれた救世主候補じゃ。闇の騎士ガローランドを倒し、この世界を救ってほしい」


「おい、天の声、天の声的なやつ。返事してくれ」


 アッシュは小声で機械音声を呼び出した。


【……私のことをお呼びでしょうか?】


「そうそう。なんか面倒なイベント始まっちまったからさ、今日はもういいわ。終わりで」


【残念ながらそれはできません】


 アッシュは天の声の言うことが理解できなかった。


 沈黙したアッシュを察して、天の声が補足の情報を追加する。


【現在、聖女セーラ様のお力により、勇者アッシュ様は強制召喚されております。この場合、聖女様の願いを叶えない限り、元の世界へ戻ることはできません】


「いやだからさ、いーんだってそういうネタはさ、若い子相手にやってくれって。おばさんには無理だからさ」


【聖女様のお力により、元の世界には戻れません】


「ふざけんな!!」

 アッシュの怒りに満ちた叫びが大広間にこだました。


「聖女だかなんだかしんねえけど、俺は帰るっつってんだよ! さっさと元に戻せ!! ゲームの分際で利用者の意向を無視すんじゃねえ!!」


 しんと静まり返った広間に凛とした声が響いた。


「あなた、まだここがゲームの中だと思っていらっしゃるのね」


 さっき頭の中に語りかけてきたか細い声と同質の声が広間に響いた。しかし、どちらかと言えば今の声にはしっかりとした張りがある。

 気の強そうな少女が奥から現れ、王の玉座の隣に座った。


「あなた方の世界に存在する異世界体験という名のテーマパークは、私たちの世界を救う、救世主を厳選するための施設なのです。

 従来であればあなた方の世界で死んだ魂を召喚、転生させ、こちらの世界で救世主として働いてもらっていたのですが、スローライフに目覚めたり、仲間内で追放やざまあ、婚約破棄などを繰り返し、本来の救世主業務を遂行しない者たちばかりになってしまいました。

 よって、異世界体験の施設利用者で、転生後もきちんとこちらの望む仕事をしてくれる人間を選び、召喚させてもらいました。

 元の世界へ帰りたいのであれば、どうぞ闇の騎士を倒してください」


 この少女がきっと聖女セーラ様なのだろう。歳は美緒と同じくらいだろうか。しかし、こちらを見下すように話す態度が気に食わない。


「ふざけんな。勝手に拉致って何が仕事しろだ。その辺のガキじゃねえんだ。異世界飛ばされて喜ぶわけねえだろ!」


「おかしいですね。あなたもずいぶん頻繁に利用していた形跡があるので、てっきり現実世界に疲れて転生希望だと思いましたわ」


 そう言われてしまうと頻度のことでは反論できない。割と短期間に連続利用してしまっている。


「と、とにかく俺は忙しいんだ。こんなに救世主候補がいるなら俺は要らないだろ。帰してくれ」


「ダメです。世界を救うための確率を下げるわけにはいきません。早く帰りたいのであれば早く世界を救えばよろしいのでは?」


 高飛車で傲慢な態度に怒りは増すばかりだ。美緒も十分生意気になってきたが、このセーラと比べれば美緒の方が断然素直でかわいい。やっぱり女は見た目がいくら良くても性格が悪ければ台無しだ。うん、美緒の勝ちだ。

 それはそうと、早く帰って卵焼きを作らなければ。


「人にものを頼む態度を知らねえみてえだな……。俺はなあ、やってもらって当然って態度の女が大嫌いなんだよ。そのおキレイな顔を恥ずかしくて外に出られないように変えちまうぞ?」


【勇者アッシュ。それは悪役のセリフです】


 頼んでもいないのに天の声が自発的にツッコミを入れる。


「うるせえ。だまれ天の声」


 そこへ黒い稲光が落ちてきた。


「なんだ?」


 稲光が落ちた場所に黒い長身の人影が佇んでいる。


「闇の騎士、ガローランド!!」


「え? ラスボス? あいつが?」


 開始後すぐラスボス登場イベントの展開に、アッシュは人違いの可能性がないか、隣にいるセーラへ確認する。


「私の花嫁を傷つけてもらっては困る……」


 ガローランドはハスキーな低音で、アッシュを威嚇してきた。


「花嫁?」

 眉を寄せて尋ねたアッシュに、セーラは小声で答える。


「世界を手にした上、私を花嫁にし、二度と救世主を呼べないように閉じ込める気なのです」


「へえ、そうしてくれるとありがたいね」

 肩をすくめながら笑うアッシュの反応に、セーラは怒りで顔を赤く染めた。


「なんてことを。勇者のくせに。みてなさいよ。

 ガローランド、私はあなたの花嫁にはなりません。私はこの勇者アッシュの妻になります。今のケンカはただの痴話げんかです。あなたが割って入るような隙間はありませんわ」


「なんだと。純潔を失えば聖女の力がなくなるのではないのか!? 嘘を言うな!!」


「嘘ではありません。この勇者アッシュ様が世界を必ず救ってくださいます。アッシュ様がいれば私は聖女の力を失っても構いませんわ」


「おい。勝手に話を……」


「うわああああああああああ!!! 許さん!! 許さんぞ!!」


 勇者アッシュの額に黒い稲妻が刺さった。


「――痛ってぇ!」


「私の城に貴様を招待してやろう! 生まれたことを後悔させてやる!!」


 登場したときと同じ黒い稲妻が走り、闇の騎士ガローランドは姿を消した。


「さすがは勇者アッシュ。ガローランドの城に入るための【闇の刻印】をさっそく手に入れましたわね」


「てめえ、はめやがったな。何が聖女だよ。とんでもねえ悪女じゃねえかよ」


 セーラの顔をつかみ、タコの口のような顔にさせる。

 アッシュの記憶の断片には、中学時代に男たちを片っ端から落としては女を敵に回していた悪女の記憶が浮かび上がってきた。


 その女がこの役をやってるんじゃないだろうか。

 散々泥沼劇場に振り回された学生時代を思い出し、真佐江は怒りが湧いてきた。


「ガローランドの城に行くなら協力します!」


「ああ! 俺たちにも手伝わせてくれ!!」


 広間にいた他の勇者たちが名乗りを上げ出した。


 ……なるほど。それなりに素質を見極めて厳選したとだけあって、モチベーションの高そうな顔つきをしている若者が多い。


 うちの会社にもこういう意欲のある若者がもっと入社してくれるといいのだが、人事の野郎の見る目がなさ過ぎて外れ要員ばかり採用してくる。自分が人事ならこういう顔つきの若者を間違いなく採用するはずだ。


「……ありがとう。じゃあさっそくだが俺には時間がない。できれば今から1時間以内でアイツを倒したい。

 誰かいい作戦を立てられるやつはいないか?」


 ここの入館を済ませたのが21時半だった。近所のスーパーが閉まるのは24時。

 お弁当のおかずは卵焼きが確定しているが、あとはまだ決まっていない。

 冷蔵庫の中身を思い出せるだけ思い出してみたが、適した食材はいないようだった。


 ダイエットを意識している美緒が喜ぶお弁当にするには、かまぼこ系・ミニ昆布巻き(中身は鮭が好き)・隙間にブロッコリーとミニトマトだ。


(よし、これなら色合いも完璧だ……!)


 この完璧な弁当を実現するには何としても24時までにスーパーで買い物を完了させなければいけない。


 閉店間際の駆け込みは店員の視線が痛いので、可能ならば23時には、店に入って買い物を済ませたい。


 と、なればタイムリミットは1時間。不確定要素を考慮しても2時間かかってしまったらアウトだ。


 アッシュの過酷な試練が始まろうとしていた。


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ふたたび伝説が始まる……
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