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プレイ時間 00:29:40~01:15:09 ~忌まわしき過去~

 PM09:29 日曜。〜リビングにて〜


 真佐江の至福のドラマ鑑賞時間は、美緒によって妨害された。


「ママ、私しばらくお弁当がいい。毎日作って」


「はあ!?」


 やだ。めんどくさい。の言葉を寸前で飲み込み、真佐江は理由を美緒に尋ねた。


「ダイエットするの。学校のランチサービス、量多いんだもん。全部食べたら絶対太るじゃん。

 でも残すのって悪じゃん。食品ロスってなくさないとダメじゃん。だからお弁当にして。お弁当箱新しいの買ったから、ほらこれね」


 美緒の出してきたお弁当箱は真佐江が使っている弁当箱より二回りは小さいサイズだ。

 見た目こそ違えど、容量だけなら小学校の低学年サイズと思われる。


「ちっちゃ!! 足りるわけないでしょこの量で。だいたい美緒、あなた別に標準体型でしょ? こういう大切な時期に無茶なダイエットすると生理が止まったりするからやめなさい」


「いいじゃん、生理ない方が楽じゃん」


「そんな簡単なことじゃないの。大人になって子供が欲しいって思ったときにできない体になっちゃうかもしれないからやめなさいって言ってるの!」


「ああ、なに? ママみたいに? 子供は3人がいいとか言って、結局1人しか産めなかったから? なに? 代わりに私に3人産めってこと? 冗談でしょ?」


 あざけるような笑みを向けられ、真佐江は一気に顔が熱くなった。


「別に子供なんか欲しくないからそれでも別にいいんですけど~。日本は若者に優しくないし~、子供なんてお金かかるって言うし~。

 だいたい今の時代、ダイエットなんてみんなしてるし~。それで子供産めなくなるんだったら今ごろ子供なんかゼロなんですけど~。

 サプリで飲んどきゃいっしょ……」


 ――パン!


 自分の手の平の痛みと、驚いた顔で固まっている娘の顔を見て、真佐江は娘に平手打ちをしてしまったことに気づく。


 熱くなっていた真佐江の頭から、一気に熱が引いていく。


 自分は一体、なんてことをしてしまったんだろう。


 「……ごめ……っ!」


 謝ろうと伸ばした真佐江の手は、娘によって払いのけられた。

 そこへ風呂上がりの夫が、のんきな声で発泡酒を片手に現れた。


「え? なになに? どうしたの二人とも」


 夫の姿を目にした真佐江は、震える声で「ちょっと外出て頭冷やしてくる」と伝え、着の身着のままでマンションを飛び出した。


 泣きたい。思い切り泣きたい。


 二人目が授からないことで心が荒れる時期は当の昔に過ぎたと思ったのに。

 同僚や後輩のおめでた報告にも、心から笑って祝福できるようになったと思ったのに。

 まさかこともあろうにその古傷をえぐったのが実の娘だなんて。


 そして娘の言葉に動揺して自分を見失ってしまった、そんな自分も嫌で仕方なかった。


 すがる思いで駆けこんだのは、異世界体験の施設だった。

 無様な泣き顔の、しかもすっぴんのおばさんを受け入れてくれる場所を他に思い浮かべなかった。


 完全防音で、完全個室で、ここなら思い切り泣いても大丈夫。

 日曜だが、時間はすでに22時を過ぎている。


 明日から仕事や学校もあることや、外出自粛も呼びかけられているためか、施設は十分に空きがあった。幸い他の利用者に遭遇することもなく、真佐江はひとまず90分で入室した。


 暗い室内に入り、力が抜けたようにソファへもたれかかった。


(美緒を産んで、もう13年の年月が経っているのか……)


 あっという間のような、とても長かったような……家庭と仕事の板挟みになり続けた13年だった気がする。


 育休から復帰し、半年ほどで真佐江は主任に昇進した。子育てでお金もかかるからと、その昇進を受け入れてしまってからが災難だった。育休明けすぐの昇進で、他の育児中職員からのやっかみを買うようになった。


『お子さん小さいのに仕事に集中できる環境にある人って得ですね~』


 嫌味なのはすぐに分かった。敵認定されたことも。自分に味方がいないのだということも。


 他の管理職からも有休を取るたびに小言を言われた。


『いいよね。子供いる人はさ。子供を理由にすれば平気で有休もぎ取っていけるもんね』


 誰からも文句を言われたくなくて完璧な仕事を目指していたら、係長に昇進し、ますますまわりとの距離は開いた。


『子供一人だけですもんね。楽ですよね?』

『子供を理由にすればいいから楽だよな?』


 子供、子供、子供……。


 楽だから一人っ子にしたわけじゃない。

 有休とって楽だったことなんて一度もない。そもそも自分の休日になってるわけじゃない。


 真佐江は腹の底から何かがせり上がっていくのを感じ、財布からIDカードを取り出し挿入、そしてヘッドセットをひったくると乱暴に頭を押し込んだ。


 白い光が異世界へと(いざな)う――。


「だいたいなあ!! お前らが仕事できない上に足の引っ張り合いばっかすっからこちとら生理が止まったんじゃいボケエ!!」


 前回中断のフィールドに降り立った瞬間、勇者アッシュは周りにいる敵の姿を確認するより先にぶっ飛ばした。


「婦人科の通院代と薬代、労災で払いやがれ!! この無能! 無能!! 無能ども!!!」


 家族との時間を減らすのが嫌で効率化を進めたら、短縮できた分だけ仕事を増やされた。

 明らかにまわりとの業務量が偏り始めた時期だった。

 同じ時期には婦人科以外に、神経性胃炎で消化器内科も通っていた。


 『貯めていいのはお金。ストレスは貯めてもいいことないよ』と、にこやかに笑う主治医に何度仕事の愚痴を聞いてもらっただろう。


 先生、見てください。私、ちゃんと今ストレス発散してますよ!


「だいたいなあ! 俺が旦那になんでもやってもらってるわけじゃねえんだよ!!

 対等に協力してんだよ!! てめえらの旦那が非協力的なだけだろ!! 休みの日はスマホゲームに課金しまくってロクに家事も育児もしねえだけだろ!! 先に帰ってきても飯一つ満足に作って待ってられないダメ亭主つかんだのはてめえらの男見る目がねえだけだろーが!!

 こっちを敵視してる暇があったら自分の旦那を改良しろ!!」


 ボキボキボキィ!! めきょ、めきょきょきょ!! ボッコォォォォォォン!!


 フィールドは夜。


【夜はモンスターとのエンカウント率が上がります。無理せず宿屋に泊まりましょう】


 穏やかな警告が定期的に流れていくが凶暴化した勇者アッシュには届かない。


 瀕死のモンスターが仲間を呼び、さらに数が増えた。


「だいたいなあ!! マタハラだなんだっていうなら、子供の数でどうこう言ってくるやつらにも制裁しろよ!! なんつーんだ? チルハラか? ちっ、どーだっていいか!

 そーいうのもハラスメントっつーんだよ! クソボケがあ!!」


 援軍のモンスターたちも殲滅(せんめつ)が完了するとファンファーレがなる。


【おめでとうございます。レベルが上がりました。【闇夜の撲殺勇者】【近所迷惑な大絶叫】の称号を手に入れました!】


「いらんわ!!」


 荒く息をつきながら、死屍累々のモンスターの残骸を見つめたアッシュは空に向かって呼びかけた。


「もういい疲れた。時間、あとどれくらいあんの? もう気が済んだし帰ってもいいんだけど」


 すぐさま機械音声が反応する。


【現在滞在時間は45分です。残り時間の次回繰り越しや払い戻しは不可ですがよろしいですか?】


【はい】【いいえ】の表示が現れ、【はい】を選ぶ。


 目を閉じ、再び開いたときには黒い部屋。


 真佐江は大きくため息をついてソファから立ち上がる。不思議と実際の体も大暴れをした後のように疲労していた。

 どちらかといえば真佐江は頭を使うより、体を使う方が性に合っているタイプだ。

 ゲームの中での体験とはいえ、思いっきり体を動かせたことで頭がすっきりしていた。


 帰りにコンビニでケーキを買って美緒に謝ろう。

 怒ったこと、叩いてしまったこと。


(ああ、でもダイエットって言ってたな。糖質カットのアイスクリームにするか)


 しかし、真佐江が家に着く頃には美緒は「明日はパンにします」の置き手紙を残し、先に寝てしまっていた。

 真佐江はその手紙の余白に、謝罪と冷凍庫にアイスがあるよと書き足して、大きくため息をついた。



 AM 6:50 月曜 〜ダイニングにて〜


 美緒は真佐江が声をかける前に家を出てしまった。朝食も食べずにだ。そんな日に限って真佐江は(なんの生産性も役にも立たない内容だが強制参加の)会議があり、帰宅が遅くなる。


 夫の優介が、気弱に微笑みながら味噌汁をすする。


「少し時間を置いた方がいいこともあるよ。僕の方でも今夜みーちゃんと話せるなら話しとくからさ」


「ごめん。ありがと」


「うん。ママも気にしすぎて仕事でミスしないようにね」


 結婚して18年になる夫は、出会った頃と変わらずに気遣い上手のフォロー上手だ。

 昨夜、突然飛び出した真佐江に文句ひとつ言わずに優しい言葉をかけてくれる。


「うん。がんばってくる」


 真佐江は気合を入れるため、もう一杯ご飯をおかわりした。




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ふたたび伝説が始まる……
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