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地獄の地下室

※虫が苦手な人は注意

「なんだその髪と瞳は……?」

「魔王の魔力を受けた影響だ」

「どうして君のような男が……」


 ドーランの知るグレイドは抵抗のできない者を理不尽に殺すような男ではない。ましてや、非力な女性や子供の命を奪うなど決してしないはずであった。


「どうしてだと? 今のお前ならわかるんじゃないのか?」

「なんだって?」

「大切な人を理不尽に奪われれば、どんな聖人でも醜い復讐者になるってことだ」


 ドーランは首のない娘や夫人の遺体をチラリと見た。


「自分が醜いとわかっているなら、もう止めてくれないか、こんなこと」

「お前に諭された程度で止めるなら、最初からこんな面倒なことはしない」


 グレイドは剣を向けながらドーランに歩み寄る。


「わ、私を殺すのか?」

「そう言っただろ」

「頼む、助けてくれ。何でもする。君の復讐にも協力する」

「ほう」

「匿うこともできるし、ターゲットの貴族を狙いやすい環境も作れる。私は便利だぞ」


 グレイドはドーランをジッと見つめる。そして利用価値を見極める。

 確かにドーランを協力者にできれば、グレイドの復讐はかなりスムーズになるだろう。


「却下だ。お前の手を借りるくらいなら、オークのケツを舐める方がマシだな」

「なっ……!」

「そもそも、この俺が匿われたり場を用意してもらわなければ復讐を成し遂げられないと思っているのか? 相当な侮辱だぞ」


 グレイドは眉間に皺を寄せ、不快感を露わにした。


 グレイドはさらにドーランへと歩を進める。

 ドーランは逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。しかし、もはや別人になってしまった目の前の男が娘に危害を加えることを恐れて動けないでいた。


「そろそろパーティーもお開きだ、ドーラン」

「だ、誰か! 助けてくれ! 警備はどこにいるんだ!?」

「誰も助けには来ない。誰も」

「嘘だ! すぐに警備兵や用心棒がやってきてお前を捕まえる!」


 ああ、とグレイドはドーランの狙いを察し、呆れた。


「何か企んでいるとは思ったが、まさか警備が来るまでの時間稼ぎをしているとは」

「うっ……」

「俺が時間がないって言ったのを勘違いしたのか。本当に哀れな奴だ」


 グレイドはさらにため息をついた。


「警備の私兵や用心棒はもう死んでいる。玄関と庭に何人か転がってる。肩の上が軽くなってな」

「私は玄関から入ってきたんだ! そんなハッタリ……!」

「認識阻害の魔法薬で気付かなかっただろうな。天才が作った魔法薬だ、無理もない」

「じゃあ時間がないって言うのは……」


 グレイドはさらに殺気の籠った目でドーランを睨みつける。


「お前が苦しんで死んでいく様を見る時間が減ったというだけのことだ」

「ひいぃっ!」


 ドーランの予想は実はあながち間違っていなかった。

 グレイドはこの場にさらに人が集まることを望んでいない。しかし、それは復讐の妨げになるからではなく、無駄に人を殺すつもりはないからだ。標的はあくまでドーラン・レイブラウンである。


「……お前を殺す前に罰を与えないとな」

「なんだって?」

「お前は俺を騙して時間稼ぎをしようとした。その罰だ」

「なっ……!?」


 ドーランに迫っていたグレイドはクルリと反転し、未だ放心状態のライラ・レイブラウンに近付いていった。


「やめろおおおお!!」


 これ以上殺させまいとドーランはグレイドに掴みかかった。

 相手がただの暴漢であれば何とかなったかもしれない。しかし、左腕がないとはいえ、勇者パーティの剣士に敵うはずもなかった。

 グレイドは右腕に縋りついているドーランの腹を蹴り上げ、手を放した所を剣の柄で殴りつけた。


 殴られた経験などないのだろう。ドーランは痛みに蹲っている。


「絶望しろ、ドーラン・レイブラウン」


 肉を断つ音。液体が噴出する音。そして、人の首が床に落ちる音。

 ライラ・レイブラウンの短過ぎる人生が終わった音だ。


「あとはお前を殺すだけだ、ドーラン」

「うっ……おえっ……」


 ドーランの顔は涙と鼻水と涎でグチャグチャだった。床には吐瀉物が血と交じり、何とも言えない臭いを発している。


「ここだと俺がやりたい殺し方ができないな。ドーラン、立って歩け」

「ソフィ……ライラ……うう……」

「トロトロするな。最後の1人も姉妹と母親の(もと)に送るか?」


 グレイドはニーナに剣を向ける。


「私が死ねば、ニーナは助けてくれるか?」

「ああ。俺だって無駄に殺したいわけじゃない」

「神に誓うか……!?」

「神なんていて堪るか。死んだ勇者とその仲間たちに誓ってやる」


 グレイドの言葉を聞いたドーランは、一息ついた後、ゆっくりと立ち上がった。









 グレイドは書斎カーペットの下にあったトラップドアの取っ手に手をかけた。地下通路へのドアである。


「なぜお前が地下室の存在を知っている?」

「お前が帰ってくる前にこの部屋を漁ったからな」


 石同士の擦れる音と共に階段が現れた。2人は真っ暗な地下へと降りていく。


 階段を降りると目の前には鉄の扉。ドーランが万が一の為にと作らせた頑丈な地下室だ。


「この先にお前を殺してくれる奴らがいる。今更逃げようなんて思うなよ?」

「わかっている。せめて……せめてニーナだけでも守らなくては……」

「わかっているならいい」


 グレイドは取っ手を握り、鉄の扉を開いた。


「中に入れ」


 ゴクリ、と唾を飲んだドーランは、ゆっくりゆっくりと部屋の中に入っていく。


「……? 何もないじゃないか」

「よく見てみろ。もう奴らはお前を認識しているぞ」

「……っ!」


 部屋の床が波打った。ドーランはそう感じた。


 グレイドが小さなランプに火を点けた。真っ暗だった部屋が照らされる。

 ドーランは波打った床の正体を見た。


「なんだ……これは……」

「魔界に原生する食肉魔蟲と呼ばれる生き物のオスだ。生きていようが死体だろうが、こいつらはどんな生き物でも食い尽くす。最後に残るのは骨だけだろうな」


 床を覆いつくすのは大量の虫。ズングリとした腹に長い触覚、硬く鋭い顎と鉤爪を持っている。

 ドーランはこの生き物を今まで見たことがない。人類のほとんどが出会ったことのない虫だろう。


「ま、まさか……」

「お前は生きたままこいつらに食われるんだよ」

「い、嫌だ! た、助けてくれ!」

「いいや、死ね。それともアレか? 娘たちと同じように、楽に殺してもらえると思っていたのか?」


 大量の虫に体を食べられる。誰もが恐怖を感じるような光景だろう。


 ドーランは急いで部屋から出ようとした。しかし、グレイドは肩を掴んでそれを阻止する。


「どこへ行くつもりだ?」

「放してくれ! 頼む! せめて娘たちと同じように首を……!」

「却下だ。痛みも苦しみもなくお前に死なれては何の意味もないだろう」


 ドーランの懇願は聞き入れられない。

 グレイドはドーランの喉元を掴んで持ち上げた。そして、そのまま部屋の中央へと放り投げる。


 もう娘を人質に脅し、自主的に飛び込ませることはしない。それでは復讐の意味がないのだ。

 頼むから止めてくれ、と懇願するドーランを、理不尽に、残虐に、最大級の苦しみを味わわせて殺す。それでグレイドの復讐は完成する。


 肥満気味のドーランの体に数匹の食肉魔蟲が潰された。しかし、虫たちはそんなことお構いなしに、飛び込んできた獲物に襲い掛かる。

 最初は頬や顎、指の肉から。やがて服の中へと入りこんだ虫が、脂の乗った腹や尻の肉を齧る。悲鳴を上げる口にも入り込み、舌や歯茎にも噛み付いた。

 十数秒もかからず、ドーランは虫の海に呑まれていった。


「お前がちゃんと死ぬ所までは見ててやれないが、まあ、そいつらと仲良くしてやれ、ドーラン」


 耳を塞ぎたくなるようなドーランの絶叫を聞きながら、グレイドは鉄の扉を閉める。そして、中から絶対に開けられないように取っ手に鎖を巻き付ける。


「……いい悲鳴だ」


 グレイドは地下室を後にした。その顔には僅かな笑みを浮かべていた。









 ドーランへの復讐を成し遂げてから2日後。レイブラウン領から少し離れた町でグレイドは酒を飲んでいた。


「レイブラウンの事件、聞いたか?」

「当たり前だろ。あんな酷い事件、滅多に起きないからな」


「ご令嬢が1人だけ生き残ったって聞いたわ」

「可哀想に……」


「あそこの警備兵は優秀だって噂だったはずだろ。何やってたんだ?」

「用心棒も併せて全滅したらしい」


 周りの客の話し声がグレイドの耳に入ってくる。


 そんなグレイドに酒場の主人が話しかけてきた。


「すいませんね、旅人さん。近くの貴族が襲われたって話で持ち切りなんですよ」

「騒がしいと思ったらそんなことが起こっていたのか」

「ええ。何でもお嬢さん1人以外全員亡くなったらしいんですよ」

「物騒な事件だ」

「まったくです。せっかく勇者様たちが命を賭して魔王を倒してくれたというのに……」

「……そうだな」


 グレイドは酒代をカウンターに置き、席を立った。


 騒がしい繁華街を歩くグレイドの頭の中に昔の記憶が蘇ってきた。ドーランを殺す時に使った食肉魔蟲が、ある村の近くにある森に繁殖していた時の記憶だ。


『食肉魔蟲の駆除? また面倒な仕事を持ってきたな、クラージュ』

『魔界にしか存在しない生き物が人類の生活圏にいるなら、対処するのが僕たちの仕事だろ?』

『相手は所詮虫です。僕の得意な火炎魔法ですぐに終わりますよ』

『そりゃ頼もしいな、ハイド。無事にメス個体を見つけられればの話だが』


 メスを探すのに3日も掛かったな、とグレイドはボンヤリと月を見上げた。


 仲間との和やかな会話の思い出も、今やグレイドの心を強く締め付ける呪いだ。思い出す度に目の前のすべてを木端微塵に破壊し尽くしたい衝動で襲われるのだ。


「お兄さん、今日の宿はもう見つけてるのかい?」


 危ない雰囲気を醸し出すグレイドに、禿げた男が商魂逞しく話しかけてきた。


「まだならウチに泊まっていきなよ。値段も安いし飯も美味い。オマケに俺の自慢の娘が酌をするぜ」

「魅力的だが結構だ。俺はこれから王都へ向かうからな」

「おいおい冗談だろ、あんな事件があった後に夜道をうろつくなんて。最近じゃ盗賊団も出るって噂だぞ」

「構わない。俺なんかより、そこの金持ってそうな奴に声を掛けた方がいいぞ」


 宿屋の主人と思しき男は、グレイドが指を差した方へ振り返る。


「……? おい、金を持ってそうな奴なんてどこにも……」


 男がグレイドの方に向き直ると、そこには誰もいなかった。ただ、仄かに甘い香りが漂っていた。

【食肉魔蟲】

 魔界に棲む虫。メス数匹とオス数千匹の逆ハーレムを形成した群れで生活をしている。

 オスは生き物の肉を食べるが、メス個体は同種のオス個体を捕食する。食肉魔蟲のオスはメスに食べられる為だけに生き物の肉を食べ、丸々と太る。

 オスには消化器官がない。メスのいない群れのオスは、食べるだけ食べるが、消化ができずに腹を壊して全滅する。





別に会社で辛いこととかないです。

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