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執行開始

 太陽は完全に沈んだ。上り始めた月には雲がかかり、ランプの明かりだけが辺りを照らしている。

 庭に植えてある花だろうか。ほんのりと甘い香りがそよ風に乗って漂っている。


 自身の住む豪邸の門の前に止まった馬車。そこから降りたドーラン・レイブラウンは首を傾げる。


「おかしいな、出迎えがないとは」

「旦那様、どうしましょうか?」

「いや、お前は帰って構わんよ。玄関の戸を開けるくらいは自分でできる」


 馬車から降りようとした御者を、ドーランは手を挙げて制した。


「わかりました。それでは失礼致します」

「ああ、おやすみ」


 夜道を行く馬車を見送ると、ドーランは門を開け、玄関に続く小道を歩く。


 警備を任せている私兵や用心棒の姿が見当たらない。ドーランは妙に感じたが、特に警戒することなく歩を進めた。


 レイブラウン領は治安も良く、気候も穏やかだ。王国屈指の住みやすい地域としても名が知られている。

 それ故に、憲兵ですら仕事をサボって宴会やボードゲームを楽しむことは珍しくなく、ドーラン自身も、それは危険が何もない証拠だとして、厳しく咎めたりはしなかった。


「まったく……流石に夜はちゃんと仕事をして貰わないと困るのだがな。帰ってきたら小言を言ってやろう」


 顎鬚を弄りながら苦笑するドーランは、玄関の戸に手をかけた。


「ただいま。帰ったぞ」


 ドーランは声をあげた。しかし、一向に誰かが姿を現す様子がない。


 何かがおかしい。

 ドーランはこの時になって初めて不安感を覚えた。


 本来であれば、すぐに執事かメイドの誰かが自分の下に現れるはずだ。彼らは私兵や用心棒たちのように仕事をサボったりなどしない。


 時計をチラリと見たドーランは小走りでダイニングへ向かった。時間はちょうど夕食が終わる頃である。

 ダイニングの扉の前に立ったドーラン。食欲を刺激する香ばしい香りが鼻を刺激する。


「……は?」


 ダイニングの扉を開けたドーランの口から間抜けな声が漏れた。

 彼が目にしたのは、家族が椅子に縛り付けられている光景だった。


「なんだ、これは! い、今助けるぞ!」

「来ないで!」


 ドーランは縄を解こうと長女のソフィに近付く。しかし、彼女は大声でそれを拒んだ。

 娘が拒否したことに驚くも、ドーランはその声に止まることはなかった。


「触らないで! お父様、お願い!」

「何を言ってるんだ!? すぐに縄を解いてやるからな!」


 ドーランの手が縄に触れた瞬間、彼の背後から男の声が聞こえた。


「スタート地点は決まったな」


 驚いて振り返ろうとするドーラン。しかし、その行動より早く彼は突き飛ばされた。


「うぐ……何者だ?」

「お前に質問する権利なんてないんだよ、クソ野郎」

「っ!」


 顔をあげたドーランの目に映ったのは、剣をソフィに向けた男の姿だ。

 フード付きのマントを着ていて、顔は見えない。


「俺の質問に答えろ、ドーラン・レイブラウン」

「わ、私を脅す気か?」

「質問をするのは俺だ。状況をわかってないのか?」


 ひっ、とソフィが小さく悲鳴を上げた。


 質問に答えなければ娘を殺す。嘘をついても殺す。話を遮っても殺す。

 ドーランは男の無言のメッセージをそう受け取った。


 ドーランの娘たちのすすり泣く声と共に男の尋問は始まった。


「まず第1問だ」


 男は剣を床に突き刺すと、懐から何かを取り出した。そして、跪くドーランに投げる。


「これを知ってるな?」

「な、なぜそれがこんなところに!? どうしてお前がそれを持っている!?」


 ドーランが驚くのも無理はない。それは勇者パーティの証であるブレスレットであった。

 自分が勇者たちを送り出す式典で手渡した代物だ。忘れるわけがない。


 しかし、ドーランは冷静さを欠くべきではなかった。

 人質を取られている状況において、質問に対して質問で返してしまえば、この後の展開は容易に想像できる。


「ゴブリンでももう少し記憶力がいいぞ、ドーラン。その頭にはゼリーでも詰まってるのか?」

「……なんだと?」

「質問をするのは俺で、お前にその権利はない」


 ドーランはハッとした。

 慌てて答えようとするも、ブレスレットに動揺している彼は男の満足のいく答えを出せなかった。


 風切り音と共にソフィ・レイブラウンの首が床にゴロンと転がった。彼女の綺麗な金髪が辺りに散らばる。


「あ……ああ……」

「安心しろ。ここにはまだ9人も居る。お前自身を含めたら、あと10回もチャンスがあるんだぞ?」

「あああアアアアぁぁぁああああアアアアアァァァァァァァァ!!!」


 ドーランの絶叫が響き渡る。


「うるさい奴だ」


 男はゆっくりと2人目の人質に近付く。


「続きだ。そのブレスレットはお前が勇者パーティに贈与したものだ」

「うぅ……ソフィ……ソフィ……」

「それにはある仕掛けがある。お前はそれを知っていて勇者パーティにブレスレットを渡したのか?」

「ううぅ……」


 頭を抱えて泣くドーランに、フードの男はいら立ちを露わにした。


「いつまでもビービー泣くのは構わないが、俺の質問には答えろ。三姉妹だったのが一人娘になるぞ」


 剣先がニーナの頬を掠める。


「ま、待ちなさい……!」


 声の主は血だまりの向こうから。


「何か用か、レイブラウン夫人。俺は忙しいんだがな」

「お願い、ニーナに剣を向けないで。人質なら私で十分でしょう」


 涙目で男を睨みつけているのは、レイブラウン伯爵夫人だ。


「随分と勇敢だな。そこで泣き崩れてブヒブヒ泣いてる愚図とは大違いだ」


 フードの男はつまらなさそうに夫人の方へ歩を進めた。


「ドーラン、夫人の覚悟を無駄にするな。質問に答えてもらおうか」

「……ブレスレットの仕掛けだったか。そんなもの、私は知らない」

「……嘘をついたら今度は愛する妻の首が飛ぶとわかっているよな? だというのに知らないと言い張るか」

「ああ、知らないとも」


 娘を亡くしたのは夫人も同じ。その彼女が気丈に振る舞う姿を見たドーランは、妻も私もお前には屈しないぞ、と言わんばかりに堂々とそう答えた。


 しかし、ドーランの表情はすぐに絶望の色に染まる。


「ドーラン、哀れなクソ野郎、この質問の目的がなんなのか教えてやろうか?」

「なんだと?」

「今の俺の質問はただの確認だ。本当はお前がこのブレスレットの能力を認知してたのはわかってるんだよ」


 放心状態のニーナとライラ以外の人間は恐怖の表情を浮かべた。


「嘘ではない! 本当に何も知らないんだ!」

「へえ。お前は俺が得た情報の方が間違ってると言いたいのか」

「そうだ!」

「信憑性は十分あった情報なんだがな」

「杜撰な情報収集だ! そのせいで娘を……絶対に許さないからな!」


 フードの男は呆れたようにため息をついた。そしてゆっくりと口を開く。


「王都での貴族議会」


「魔法都市マギアでの会合」


「城塞都市カストロでの懇談会」


「書斎にあったお前宛の手紙」


 ドーランは目を見開いて息を呑んだ。


「杜撰? 笑わせるな。5歳の子供でももう少しマシな嘘をつくぞ。バレないように頭を使ってな」


 フードの男は剣を振りかぶった。


「可哀想な女だ。無能と結婚したばっかりに娘の命も自分自身の命も奪われるなんてな」

「じ、地獄に落ちなさい……!」

「最後の言葉がそれか。俺好みだが、些か華がないな」

「止めろおおおおおぉぉぉぉォォォ!!」


 ドーランの叫び声も空しく、レイブラウン夫人の血が首から噴水のように噴き出る。


「チッ。血でビショビショだ」

「なんで……なんでこんなことを……」

「打ちひしがれているところを悪いが、お前はさっき5回嘘を言ったな」

「ま、まさか……!」


 フードの男は執事やメイドが縛られている傍にゆっくりと歩いて行った。


「夫人に免じて、お前の娘は最後にしてやろう」

「止めろ! 止めてくれ! もう十分だろう!」

「止めない。お前が嘘を言ったからな。これ以上死体を増やしたくないのなら真実だけを話せ」


 レイブラウン夫人の正面に縛られているのは年配の執事。その隣には若いメイドと若い2人の執事が順に並んでいる。一様に顔から血の気が引いている。


「やあ使用人諸君。無能な雇い主のせいで命を奪われる気分はどうだ?」

「た、助けてください」

「そいつは無理な相談だ」

「あ、悪魔め……」

「何とでも言え。どうせこれから死ぬんだからな」


 そして、1分もかからずに4つの首無し死体が出来上がった。

 床には4人分の血が流れており、もはやどこに立っていても靴が汚れてしまうだろう。


「さて、もう1度聞こうか」


 剣を振って血を落とした男はドーランに向き直る。


「知ってたよな?」

「……ああ」


 フードの男は、ふう、と一息ついた。


「やっと観念したか」

「頼む。もう私たちを解放してくれ」

「お前が偽りを口にしなければ望み通りにしてやろう」


 フードの男は中年のメイドの背後に立った。


「次の質問だ。勇者へのブレスレット贈与に関わった奴を教えろ。お前以外でな」


 ドーランは息を呑んだ。この質問は不味い、と。


 この質問に正直に答えてしまえば、間違いなく目の前の男の標的になってしまう。かといって、嘘をついても夫人たちの二の舞である。


 そんなことを考えているドーランの様子を見て、フードの男はさらに口を開く。


「迷っているようだが、考えるまでもないだろう?」

「なんだと?」

「大切な家族と他の貴族共。どちらを選ぶか天秤にかける必要もないはずだ」

「しかし……」


 べちゃり、と血と肉が床に落ちる音がする。その音だけで何が起こったかが想像できてしまう。


「あと3人だ」

「わかった! 話す! 話すからもう止めてくれ!」

「最初から話せば殺さないって言ってるだろ。いや、言ってなかったか?」


 男は剣に付いた血を振り払い、妙齢のメイドが縛られている椅子に歩み寄った。


「まあそんなことはどうでもいいか。さあ話せ」

「ま、まずは貴族議会の議員だ。ほぼ全員がそのブレスレットのことを認知している。反対していた者もいたが、結局は全員納得していた」

「他は?」

「……市民議員の議長と商業ギルドのギルド長もこの件に一枚噛んでいるはずだ」

「まだいるだろう」

「わ、私が把握しているのはこれだけだ!」


 ドーランは必死に訴えた。


「知っていることは全て話した。解放してくれ」

「まだ出ていない名前があるが?」

「私にも知らないことはある! 伯爵という地位には居るが、王都の貴族とは違って知らされない物事もあるんだ」

「なるほどな。で、それを俺にどう信じろと?」


 フードの男は剣を振りかぶった。

 メイドは恐怖に目を見開き失禁している。


 ドーランは叫んだ。


「本当だ! 本当にこれ以上知らないんだ! 頼む! もう私から家族を奪わないでくれ!」

「つまらない小悪党のような物言いは止めろ」

「小悪党でもなんでもいい……もうやめてくれ……!」

「だから……チッ!」


 フードの男は何かに気付くと大きな舌打ちをした。僅かに見える口元から都合の悪いことが起こっているのだと察しが付く。


「もうタイムリミットか。やっぱり少しでも風があると効果が早まるな」


 ドーランは男の言っていることがさっぱりわからないという表情をしている。


「次の質問で最後だ。時間がもう無くなってきたからな」

「答えれば解放してくれるのか?」

「答えればな」


 フードの男はいら立ちを垣間見せながら続けた。


「お前はなぜ勇者の暗殺に加担した?」

「……え?」


 ドーランにとっては予想外の質問だった。

 今の質問はドーランが嘘をついていても確認のしようがない。彼は困惑した。目の前の男は情報のすり合わせをしたかったんじゃなかったのか、と。


「……議会で決まったことだからだ」

「いいや、それはない」

「なぜそう言い切れる。私の心中など読めるはずがない」


 フードの男は面倒くさそうに頭をかいた。


「罪悪感があるように見えない」

「……は?」


 男から投げつけられた言葉はただの言いがかりだ。ドーランの言う通り、他人の心の中は見ることができない。故に、言動に現れない、秘めた想いがあってもおかしくはない。

 ただ、ドーランにとってさらに予想外だったのは、それが図星であったことだ。


「何を言って……」

「ブレスレットを勇者たちに手渡した時も、今晩の言動でも、お前は勇者を殺したことを悔いていない」

「そ、そんなことは……」

「魔王と勇者、厄介な奴らがまとめて消えてホッとしている。そういう顔をしていた」

「ち、違……」

「違わないだろ!?」


 男は剣を振り抜いた。鮮血が飛び散る。

 生き残っているのはもう娘の2人だけだ。


「貴族議会の連中の思惑は大体想像できる。魔王討伐を果たした勇者に地位を奪われる可能性を恐れたんだろう」

「わ、私はそんなことは……」

「そう。だから何故だと聞いているんだ。あまり時間はかけたくないんだ。早くしろ」


 時間がない。ドーランにはその言葉が引っ掛かった。


 目の前の男は焦っている。この地獄のような時間を続ける余裕がなくなってきているのだ。何故か。この惨劇はフードの男に自分たちが太刀打ちできない状況が招いている。つまり、それを覆す何かがあるということ。


 救援という存在がドーランの頭に浮かんできた。

 きっと警備兵や用心棒たちが助けに来てくれる、と。


「勇者暗殺に加担した動機か。そんなものはない」

「ないだと?」

「ああ、ない。決まったことだから従った。それが貴族社会というものだ」

「じゃあなんだ。貴族でなければお前はこの計画に反対していたのか? もっと高い爵位を持っていれば反対していたのか?」

「そ、それは……」


 フードの男は声を荒げる。


「しなかっただろうな! 結局、お前は自分のことしか考えていない! 嫌われることを恐れ、害されることを恐れ、自分を守りたいがために人類を救おうと戦っていた勇者を殺した!」

「ち、違う。私は……」

「……違わない、何も。ドーラン、お前は自分勝手な理由で英雄を見殺しにしたんだ」


 ドーランは目の前の男の声に明確な殺気を感じ取った。足は震え、脂汗が噴き出し、自然と涙が出る。

 ガクガクと震える唇から、ドーランは何とか言葉を発する。


「お前は一体何者なんだ?」

「察しが悪いな、ドーラン。やはり記憶力はゴブリン以下か」


 男の殺気は収まらない。それどころか、さらに強く、さらに鋭くなっている。


「わ、私を殺す気か?」

「当然だ」

「お前の質問には答えただろう!」

「解放するのは人質の話だ。お前は最初から殺すつもりだった」


 男はマントを脱ぎ捨て、ついにその姿を現した。

 大柄で筋骨隆々な体。銀色の髪に銀色の瞳。そして左肘から先が無い。


 ドーランは男の名を知っている。


「その顔は……グレイドか!?」

【死の腕輪】

 勇者パーティのメンバーの身分証明の為に贈与された。しかし、その実態は生命力を吸い取り、身に着けた者を死に至らしめる禁断の魔法具。

 ミスリル製で破壊するのは至難の業である。

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