復讐者の誕生
魔王の誕生。魔物の大侵攻。人類は絶滅の危機に瀕していた。
しかし、人類もただ指を咥えてそれを見ていたわけではない。神の加護を受けた勇者と天性の才能を持つ仲間たちを、魔王討伐のために魔界に送り出したのだ。
全能神から最上級の加護を受けた勇者、クラージュ。
たった1発の初歩魔法で数千の魔物を葬る魔法師、ハイド・レッドファング。
どんな傷も一瞬で完治させる回復魔法と魔法薬学のスペシャリスト、ロゼッタ・グレイホーン。
華麗な剣技で凶暴な魔物の群れをも圧倒する女剣士、リズリット・シルバークロウ。
そして、強靭な肉体でオーガや半巨人との力比べにも負けない剣士、グレイド。
この5人を人々は『勇者パーティ』と呼んだ。
※
「ここを進んだとこに魔王がいるのか」
グレイドは肉塊と化した魔物から剣を引き抜きながら呟いた。
「何? もしかして緊張してる?」
「バカ言え、喜んでんだよ。やっとこの旅から解放されるんだからな。そういうリズはどうなんだ?」
「私は……ちょっと怖いかな」
「……安心しろ。俺が守ってやる。来週には待ちに待った俺との新婚生活だ」
「バカ! 何恥ずかしいこと言ってるのよ!」
綺麗な金髪を揺らしながらリズリットはそっぽを向いた。その頬は仄かに赤く染まっている。
「さて……ハイド、ロゼッタ、2人も大丈夫か? 魔力は十分残ってるか?」
「ロゼッタの薬があるから魔力の方は問題ありません。グレイドさんは? さっき痛いの貰ってませんでしたか?」
「そう見えたか? リズのケツ触ったときに食らったビンタの方が痛かったぜ」
「何やってるんですか……」
「グレイドさん、念のため私の作った回復薬を飲んでおいてくださいね」
「おう。助かる」
グレイドはロゼッタから受け取った瓶の中身を一気に飲み干した。そして、パーティメンバーの最後の1人であり、主役の男に声をかける。
「クラージュ、お前も準備できてるか?」
「……もちろん。体力も魔力も十分。気合もしっかり入ってる」
「だからってそんな険しい顔してたらせっかく美形が台無しだぞ」
クラージュはチラリとグレイドの方を見てから、眉間を軽く抑えた。手を離した彼の顔からは緊張した表情はいくらか消えている。
「これでいいか?」
「ああ。キスしたくなるほどいい顔だ」
「やめてくれ、気色悪い」
さて、とクラージュはこれから進む先を見据える。その姿を合図に他の4人も横に並び立つ。そして、人類の存亡をかけた最後の戦いに向けて5人は歩き出した。
※
魔法師ハイドと魔王。両者の攻撃魔法の射程距離はほぼ同じだった。
ハイドが放った火炎魔法は、魔王の放った黒い炎とぶつかり大爆発を起こした。それを開戦の合図とし、グレイドとクラージュは前に飛び出した。
「ハイド! 援護射撃は任せたぞ! 俺とクラージュで肉薄する!」
「了解です!」
「ロゼッタとリズリットはハイドの援護を!」
「わかったわ!」
「わかりました!」
2人は剣を抜き、目にも止まらぬ速さで魔王の下へと走る。同じタイミングで武器を構えた魔物たちも彼らの前に立ち塞がった。
「邪魔な奴らが居やがるな。クラージュ、ここは俺に任せろ」
「僕たちが分かれて戦ったらハイドが援護しづらくなる。2人でやるぞ」
「ああ? 俺の方には援護射撃は要らねえぞ。時間と体力の無駄だ」
「まったく、君は油断しすぎだ。それに……」
剣士と勇者は同時に剣を振るった。数十という魔物の体が切断され、引きちぎれ、吹き飛んでいく。
「この程度なら2人でやれば時間も体力もロスしないだろ」
「お前のそれも油断じゃねえのか?」
「違う。自信だよ」
襲い掛かる魔物の群れ。それを全力で駆け抜けながら倒していく2人。もはや魔王以外に彼らの相手をできる者はいなかった。
遂にグレイドとクラージュは魔王の眼前へと歩を進めた。
「やっと、俺たちの剣が届く所まで来たぞ」
「魔王、覚悟しろ」
「……下等ナ人間風情ガ我ヲ倒ス?」
大柄なグレイドの2倍はあろうかという体格。溢れ出る邪悪な魔力。4本の太い腕には、黒光りする大剣が1本ずつ握られている。
今まで相対してきた敵とは次元が違う。グレイドははっきりと感じ取った。
「何タル屈辱。楽ニ死ネルト思ウナヨ、貴様ラ」
「言ってることが小物だな、魔王。同じ台詞を吐いたお前の部下は俺の恋人に切り刻まれていたぞ」
「……」
グレイドの挑発に魔王は黒炎の魔法で応える。
剣圧で吹き飛ばそうと構えたグレイドの横を火炎が通り過ぎる。それは魔王の黒炎とぶつかり爆発した。
「やっと追いつきました」
「2人とも速すぎよ、もう……」
「でも、おかげで大したケガなく敵を倒せました」
取り巻きの魔物を倒しながら進んできたリズリット、ハイド、そしてロゼッタがグレイドとクラージュに合流した。
魔王と勇者パーティ。力を抑える必要はない。魔界最強と人類の希望が全力でぶつかった。
※
勇者パーティの見事な連携を前に、魔力を溜める時間を作れない魔王は強力な魔法を放てず、4本の剣を振るうことしかできなかった。
しかし、魔王の尋常ではないタフネスと剛力に、勇者パーティも着実に疲弊していく。
戦況は五分五分であった。
「グレイド、このままでは押し切られる! まだ少し早いけどあれを使う!」
「わかった! リズ! ハイド! 時間を稼ぐぞ!」
クラージュは魔王の剣が届かない場所まで飛び退き、剣を鞘に納めた。
「魔力ガ高マッテイル? サセヌゾ」
「待てよ、4本腕のクソ魔王。もう少し俺たちと遊んでいけ」
「ハア……こっちは必死だって分かってて煽ってるのかしら?」
「ハアハア……ロゼッタの魔力増幅薬がなければ倒れてますよ」
魔力を溜めているクラージュに向かおうとする魔王を足止めする3人。
グレイドの力業とリズリットのヒット&アウェイ戦法、ハイドの攻撃魔法。彼らの抜群の連携で、魔王は勇者の下へ辿り着けずにいた。
「小癪ナ……!」
「この調子じゃ勇者の準備が整う前に終わっちまうかもな。オラぁ!」
「非力ナ人間メ。貴様ノ力デハ……ウッ」
リズリットが魔王の足を切りつける。
「グレイドばかり気にしてちゃ両足ズタボロになるわよ!」
「貴様ナド踏ミ潰シテ……チィ」
ハイドの火炎魔法が魔王の顔面を襲う。
「丸焦げになる方が早いですかね?」
「ウガアアアア!!」
意識の外から絶妙なタイミングで繰り出される3人の攻撃は、最効率で魔王を激怒させた。
「完全に頭に血が上ってやがるな。攻撃が単調になってきたぜ」
「油断は禁物ですよ、グレイドさん。単調な分一撃の威力が上がってます!」
「食らったら即死よ! 死ぬ気で避けなさい!」
「コレモ避ケラレルカ!?」
魔王は魔力を帯びた4つの腕で地面を殴りつけた。凄まじい衝撃波と地響きにグレイド達はバランスを崩してしまう。
もちろん、魔王の狙いはこれであった。1番近い場所で膝をついているリズリットに向かって拳を振り下ろす。
「マズハオ前ダ、小娘!」
「リズゥゥゥ!!」
「…っ!」
助からない。誰もがそう思った瞬間、魔王の拳はリズリットの目の前の地面へと叩きつけられた。
リズリットは後ろへ吹き飛ばされたが、いつの間にか移動していたグレイドが抱き留める。
「ナ、ナンダ? 体ガ……」
「やっと効いてきましたね」
身を潜めていた勇者パーティの最後の1人が姿を現した。
「流石は魔王、といった所ですね。私の調合した毒が効くまでにこんなに時間がかかるなんて」
「何とか作戦成功か。ロゼッタ、もう少し強い毒を撒いてもよかったんじゃねえか?」
「そんなことをしたら、皆さんに渡した抗毒薬の方が負けちゃいます」
「そりゃおっかねえ」
毒を盛られたことに気付いた魔王は困惑している。
「毒ダト? コンナモノイツノ間ニ……」
「最初からだ。ロゼッタ特性の無臭毒霧は魔王でも気付かなかったみたいだな」
「コンナ姑息ナ手デ我ヲ倒セルト……」
「いいや、これで終わりだ」
魔王の背後から声がする。人類の希望、そして魔王の絶望を表す声だ。
勇者クラージュは大量の魔力を帯びた聖剣を振りかぶった。毒で動きの鈍った魔王にはそれを防ぐ手立てはない。
「人間ナンカニ……人間ナンカニイイイイ!!!」
勇者の聖剣は、魔王の体を縦に引き裂き、一刀両断した。
かくして、人類の脅威であった魔王はクラージュ達によって討伐されたのであった。
※
戦いを終えた5人は口を開けないほど疲弊していた。1番体力の残っているロゼッタですら、毒のコントロールや治癒魔法でヘトヘトだ。
しかし、確かな歓喜がそこにはあった。
「やっと……終わったな……」
「ああ、やっとだ」
人類の危機は去った。長い旅は終わり、5人はこれから訪れる輝かしい未来に思いを馳せた。
グレイドは瓦礫に腰かけているリズリットへ歩み寄った。
「リズ」
「……何?」
「……あー、改めて言うのはちょっと恥ずかしいんだけど」
「……うん」
「ここまで一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしくな」
グレイドからのプロポーズは2度目である。1度目のようなムードも贈り物もない。しかし、リズリットにとっては、1度目のものに負けずとも劣らない最高の告白だった。
リズリットは目にいっぱいの涙を溜めながら力強く頷いた。
「見せつけてくれますね。ロゼッタ、僕たちもやりましょうか?」
「止めてください、ハイド」
「そんなに照れなくてもいいのに」
パーティ内にカップルが2組。婚約者を王国に残しているクラージュは気まずそうな顔をしている。
「そろそろ帰る準備を始めようか」
「そうだな。結婚式をするにはここは刺激的すぎる。一生忘れられない思い出にはなるが」
「王国に戻っても結婚式より先にやることはいっぱいあるけどね」
「面倒くさいな……うっ」
突然グレイドの視界が歪んだ。立つことも難しく、よろけて膝をつく。
不調を訴えようと顔をあげると、他の4人も顔を青くして座り込んでいた。
異常だ。こんな異常事態、今までで1度もなかった。グレイドの頭はパニックに陥っていた。
「グレイド……苦しい……」
「リズ……! 気をしっかり持て……! クソッ……なんなんだこれは……!?」
ますます酷くなる頭痛と眩暈、吐き気。グレイドの思考はもはや止まっている。この苦痛を耐えることしかできないのだ。
他のメンバーも同じ状態だった。ただ1人を除いては。
「グレイドォォ!」
「っ!? クラ……」
勇者クラージュが剣を振りかぶってグレイドに迫っていた。
どんな状況でも油断する男ではない。しかし、心から信頼している親友からの不意打ちにグレイドは全く反応できなかった。
「ぐあああああ!?」
グレイドの左肘から先が切り飛ばされた。あまりの痛みに叫び声をあげる。
なぜクラージュはこんなことを? 俺たちを裏切った? いや、この苦しみに耐えかねて狂ったのか? 俺が黒幕だと勘違いしたのか?
グレイドの頭の中に様々な疑問が駆け巡る。
しかし、その答えはすぐに気が付いた。苦痛が消えているのだ。
グレイドは落ちた自分の左腕を見る。みるみるうちに細くなっていく。そして手首につけられているブレスレット。
『これは勇者パーティの証です。これを見せれば、人々は協力は惜しみません。成りすましをする偽物を見極めることにも役に立つでしょう』
そう言われて王国の貴族から贈られたものだ。希少金属であるミスリルで作られている。
これのおかげで、行く街々で様々な恩恵を得られた。特に軍資金のやりくりには重宝した。
しかし、今は逆に勇者パーティを蝕んでいる。
「そうか、これをぶっ壊せば……!」
グレイドは剣を抜いて振り向いた。仲間が身に着けているこのブレスレットを破壊するために。
しかし、もう遅かった。
※
絶望。グレイドの頭の中にはそれしかない。
目の前には墓が4つ。片腕しか使えなくとも、グレイドは4人のために丁寧に土を掘り、埋めた。
「……墓、こんな場所でごめんな」
グレイドはリズリットの剣を撫でながらそう呟いた。
「……リズ。助けてやれなくてごめん。お前だけを逝かせちまってごめん。ちゃんと式挙げてやれなくて……って、謝ってばかりだな、ハハ」
ふと顔をあげる。ハイドとロゼッタの名前を掘った墓石が目に入った。
2人が息絶えた時、お互いがお互いの苦痛を和らげようとするために、抱き合いながら死んでいた。
新興貴族のハイドと由緒正しい貴族のロゼッタ。家の反対を押し切って婚約したのにな、とグレイドは2人を想う。ハイドもロゼッタも自分と同じくらい強引で頑固な奴だったな、と。
そしてクラージュの墓。自らもブレスレットに蝕まれながら自分を救ってくれた大親友。腕を切られた時、少しでも彼を疑ったことをグレイドは激しく恥じた。
「お前も帰ったら結婚だったのにな。結婚披露パレードもするはずだったのにな。なんで……なんで俺だけが……!」
グレイドの目から枯れたはずの涙がまた溢れた。
普通の人間が生涯に1人会えるか会えないかと言えるほど信頼する仲間を、親友を、恋人を、たったの数分で4人失った。その考えに行き着くには時間はかからなかった。
「……死のう。命を助けてくれたクラージュには悪いけど、ちゃんと墓を作ったんだから許してくれるだろ」
グレイドは自分の剣を捨てた。そして、リズリットの剣を抜き、自分の首にあてがった。
「お前を感じるよ、リズ。気のせいだろうけど」
剣がグレイドの頸動脈を切り裂こうとしたその時、彼の耳が何かの声を捉えた。いや、声というよりは音に近いかもしれない。
グレイドの動きは自然と止まった。
「なんだ?」
声に釣られ、それが聞こえる方に歩いていく。歩を進めるにつれ、声は大きくなっていった。
そこにあったのは小さな小石。大きさは親指と人差し指で作る輪っか程度だ。綺麗な紫色をしている。
グレイドは思わずそれを拾い上げた。拾い上げてしまった。
『いい器だ』
その声が頭の中に響いた瞬間、グレイドの頭の中はドス黒い感情に支配された。怒り。憎しみ。恨み。加虐欲。そして最も強く感じたのは、復讐心だ。
少しだけ書いて、気分が乗ったら続きを書くという感じでいきます。
モチベーションになるので、是非感想や評価をよろしくお願いします。