博士の過去
シロルは俺の仮説を理解し、すぐそれに賛成の意を示してきた。
「うん、説得力はあるね。向こうにはレベル9、そして10がいる。
エデンとかいうのにたどり着くまで、どれだけの敵がいることか」
「しかもセキュリティガードだけでなく、建設機械も武装して人間を狙って来る。
こんなこと、N極側では有り得なかったんだろ?」
「正直、武器を向けて来る建設機械には冷や汗をかいたわ。
無害だし、なんならカワイイとさえ思ってたんだけど……」
「N極にも建設機械はいるのか?」
「いるよ。平べったくて小さくてヨチヨチ歩いて可愛いんだからね?
良く考えたらあんなに大きい建設機械を見たのも初めてだわ」
地域によって建設機械の様子も大きく異なっているらしい。
「……建設機械か。奴ら何を建設し、一体何を目的としてるんだ?」
「創造主さまの深ぁーいお考えに従ってるんでしょ?
どんな考えか知らないけど、でも建設機械は無意味な空間を建設したり、また……逆に誰かの命令を聞いているのを見たこともないわ。
何らかのアルゴリズム、またはどこかからの命令に従って粛々と何かを作りつづけている。
私たちが彼らの作品に住み着いても知らんぷり。
でも建物を壊したりすると、せっせと集まってきて直しに来るの。
それがまた、たまらなく可愛いの……!」
俺は、興奮するシロルを見てようやく、この前の彼女が巨大建設機械を目撃した時の目を輝かせた反応に合点が行った。
「よっぽど好きなんだな。大型種も嫌いじゃなかったか」
「あの子、殺す気満々だったけど武装を解除して分解とかしたかったわ」
「無茶言うな」
「無茶か!」
「無茶だ!」
「そうか! まあお疲れ!」
よくわからない。何でこんな会話の流れになったのか。
俺は苦笑するしかない。
「なあ、シロル」
「あ! やっと名前呼んでくれたね!」
そんなに喜ばれても今の俺には逆効果だ。
むしろ、その笑顔が心に染み込んでいくごとに俺の決意は強まる。
これで最後だから名前を呼んだにすぎない。
「そうじゃないだろ。そうじゃない、重要なのは」
「じゃあ何が重要なの?」
「これから先、敵はもっと強くなるって言ってるんだ。
もう帰れ。一応N極側は人が住んでて安全なんだろ?」
「はあ!? なに言ってんの!? お、おちおち、おち、おちついて!」
「俺は最高に冷静だ。落ち着くのはお前の方だ。
俺はセキュリティガードとして、何一つ疑われる事なく向こうへ行けるだろう。
しかしお前はどこまで行っても人間だ。足手まといなんだよ。
旅の邪魔をしてほしくはない……帰れ、帰って機械でも分解していろ」
「なにそれ! せっかく助けてやったのに恩返しもなし!
挙げ句のはてにその言い草。あなたモテないでしょ」
「返す言葉もない、その通りだと思う。ともあれお前は置いていく。
一緒に行動する理由はない。消えろ俺の前から」
俺は相手の返事も聞かずもう一度バイクに乗り込んだ。
「いいの?」
俺の後ろから、まだ女がしつこく声をかけてくる。
そんなに命が惜しくないのか。
「私、ここのマップを持ってるのよ? 必要だと思わない?」
俺は振り返りもせずに答えた。
「必要ない。まっすぐ行けば必ず目的地に着くからな」
「……ねえ! 何でそんな急に頑なになっちゃったの?
私、悪いことした? ちょっとは説明しなさいよ!」
シロルは諦めたのか、別の方法で俺についてくる方法を模索しているのだろうか。
俺と彼女の頭脳戦というわけか。まあ望むところだ。
「質問を質問で返すが、何なんだお前。俺はお前を守ることなど出来ない。
敵の強さは想像もつかない。なぜそんなに命を捨てようとする?」
「ならあなたは、なぜS極側へ行こうとするの?」
「誰もやろうとしない。やろうとしても出来ない。
きっと数百年以上、人類が手をつけられず放置してきた問題があそこにある……のだろう。
それを俺が代わりに片付けよう、そう思っただけだ」
「馬鹿! 自惚れセラミック! 一人で行って何か出来るわけないでしょ!」
俺がセラミックだからといって、酷いあだ名をつけられたものだ。
「いや、俺はレベル9ですら倒したことがあるようだ。
きっと……俺はレベル10以上の敵に倒され、残骸となっていたんだろう。
そこをお前が助けてくれた。感謝はしてるんだが……」
「ほら見なさい。結局負けてるんじゃない!
馬鹿じゃないの。私が足手まとい? どの口がそんなことを!」
「それは……」
「あと馴れ馴れしくお前とか、何なのあなた!
私、命の恩人。口の利き方もちゃんと気をつけなさい!」
ああ、だめだ。口喧嘩で勝とうとしたのがそもそも間違いだった。
「すみませんでした」
「それでよし!」
「元気でな」
俺はバイクを音もなく発進させ、命の恩人を置き去りにした。
ついて来られても、純粋にただ迷惑である。
守りきれる自信などない。旅の賑やかしが居なくなって寂しくなりそうだが、それもじき慣れる。
「待てコラァ、置いてくな馬鹿ぁ!」
何か後ろで叫んでるが、気にするだけ無駄だ。俺は彼女を置いていくと決めたのだから。
「えっ?」
気づくと、体が宙に浮いていた。意味がわからない。
壁が近づいてくる。ああ、止められない。ぶつかる。
ドグシャッ!
もちろん俺は無傷である。ぶつかられた壁の方がより甚大な被害を受けて大きく陥没した。
「あはは、私を騙そうとした罰なんだから!」
「クソォ、あの女……」
俺は後ろから聞こえる愉快そうな笑いに腹をたて、壁に突っ込んだ上半身を下半身を使って引き抜き、頭についた鉄クズやコンクリート片、そして細かい塵を払った。
そして無表情でシロルの方へ向かって行った。
明らかに怒っている俺が間近に迫ってきても彼女は無防備で、全く警戒をしない。
俺のことを信じきっている目だ。怒らせたところで手荒な真似は絶対されないと。
悔しいがその通りだ。
「お前、さっきなにした」
「口の利き方!」
「……さっき俺は何をされたんですか?」
「この銃でね! ドカーンとね!」
見るとシロルは手にレベル8の銃を持っていた。
俺の乗っていたバイクはそれで激しい攻撃を受け、乗っていた俺は空中に投げ出されて壁に相当な速度で激突したらしい。
全く、立場が逆だったら死人が出ていたぞ。俺が頑丈だったからよかったものの。
「何なんだよもう……これで足がなくなった。徒歩で向かえと!?」
「ふふ、これで私に直してもらう必要が出てきたわね。
さあ、どういう態度を取るべきか賢いあなたなら分かるわよね?」
腹の立つ女だ。人が恥をかいた上、乗り物を失ったのに上機嫌ときている。
「チッ……天才のシロルさんにバイクを直してもらえればとても助かります」
「はいわかりました。その願い聞き届けよう!」
面倒臭い。もうちょっとマシな人間に命を救われたかったものだ。
今までシロルに対して積み重なっていた多少の好感度も、これで雲散霧消した。
「これからも私が必要だってよくわかったでしょ?」
「はいわかりました」
俺は、バイクの修理作業に約束通り戻ってくれたシロルの背後へ近寄って後ろに座った。
「ん、何?」
シロルは持っていたバックパックから手袋と工具を取り出した。
どれだけ技術が昔から進歩しても、必要な道具は人間がまだ地球にしか住んでいなかったころと変わりはない。
「何でもない。直り次第すぐ出たいからここにいるだけだ」
俺はそう言いつつも、何時間もしくは何日も無言で待っているのは辛い。
どうせならその時間を有効活用しようと、作業中のシロルに話しかけた。
「なあ、あまり聞いてなかったんだが、お前の……」
「名前が嫌だったら博士でいいわ」
博士と呼ばせたいってことか。わかった。
「博士の過去をまだ聞いていない。N極ってところがどういうところかも、よくわからないしな」
「私の最初の記憶は178年前。N極の果てに到達した人類はそこで保存パックを見つけた。
保存パックには遺伝情報が入っていた。私は昔、保存された人間の再現物よ」
「それは、その、よかったな?」
「よくないわよ。保存パックの人格情報は経年劣化がどれも激しすぎた。
私もその一人で、西暦2039年2月8日生まれなんだけどね……」
「名前は?」
「シロル・A・ウィンドソール・プリンス・オブ・ブルームバーグよ」
「え?」
「ブルームバーグ大公の生まれということ」
「なんだ大公って?」
「貴族のこと」
「貴族……貴族ってなんだ?」
「特権階級の事」
「特権階級ってなんだ?」
「あきれた。あなた何も知らないのね」
「自分の事も知らないぐらいだからな」
俺は自虐ネタを言ってごまかした。
「どうやら西暦2039年ごろの地球世界には貴族という特権階級があったことがわかっているわ。
私はその家の娘で、そして、何かがあって死亡し、保存パックに入れられたわ。
その当時の技術があれば色々わかるんだろうけど……今の人類は歴史も文書も蓄積した知性も、何もかも失っている。
だからこそ、レベル8や9なんかの機械に私達が逆らえないようになっているの」
地球世界というのが、人類が計測出来ていないが、ともかく大昔にあったことは一応知っている。
博士は、この世界ではなく地球に生まれたかなり古い世代の人間だということか。
その保存パックの再生は、昔からある機械を使えば技術の蓄積のない人間でも出来る。
おそらく彼女はそうやってこの世に蘇ったのか。
「貴族は人々から搾取し、莫大な財産を築いていたわ」
財産という言葉の意味はしっているが、この世界では意味のない事だ。
生きている人間は常に機械に殺される事に怯えているし、この金属の迷宮には資源もない。
故に蓄財したり搾取できる特権階級など存在しない。
「何で搾取なんかしたんだ?」
「さあ? 昔の人の考える事ってよくわからないわ。
ただ、私はその環境で生まれ、そして育ち、死んだ」
「蘇ったあとは?」
「言ったでしょ60年間ずっとあなたの事ばかり考えてたって。
セキュリティガードの武器や装備を持ち、見たことのない体組織と防護スーツを着ていたあなたに興味が沸いた。
ほら、安全なその辺の建設機械なんかは分解し尽くして飽きちゃったし」
「俺をおもちゃに選んだというわけか」
「それから60年は誰とも会わず研究に没頭したわ」
「驚いた、本当に60年ぴったりじゃなかったんだな」
「時間がかかりすぎた。その間、自分の体も自分で弄ったし老化も止まっているわ」
「何があったんだ?」
「死んだときの手がかりは、何も。でも15歳の時、事件が起こった」
「事件?」
「N極の果てにあるはずの人間の街にセキュリティガードが現れた。
理由の方は今もわからない。
私以外の全員が殺されて、私だけは外へ冒険に出ていて無事だった」
「……俺を生き返らせたのは復讐の手伝いをさせるためか?」
博士は俺を見て思ったはずだ。このクズ鉄はセキュリティの武器を持っている。
でも俺は現に倒れていた。
セキュリティがセキュリティを攻撃するはずがない。
つまり俺はセキュリティと戦い、倒したことがある存在なのだ。
そのために60年、俺を生き返らせるため一心不乱に努力をしたのだろう。
あまり書き溜めてない。
書きはじめて一年以上経過してる割には。