レベル9
「認証コードを確認した。これはセキュリティガードの支給品。
M2990。持ち主の名はT-ppMhAw2-GRX69だ」
「なんだと?」
「お前はT-ppMhAw2-GRX69である可能性が高い。どこで手に入れた?」
と言って男は俺に拳銃を返してきた。俺はすかさずそれを受けとると、男にむけて構えた。
「ありがとう、ロックを解除してくれて。この時を待っていた」
「撃てればお前は人間ではない。撃てなければーー」
俺は拳銃の引き金を引くと、その銃口が向いていた男の頭がなくなっていた。
男の顔はもうどこにもない。実弾を撃ったのではないようで、その後周囲の建物に傷はなかった。
「なるほどな。もらっとくぞ命。あとこの乗り物もな……」
俺は世話になったレベル8の男に申し訳ない気持ちがあったが、使えるものは使わせてもらう。
俺は男の持ち物を略奪してからバイクに乗り込み、電源をつけた。
不思議なことに、乗り方は体が憶えていたとでも言えばいいだろうか。
全く支障なく乗れた。ドアを開け、俺はバイクで回廊を走ってシロルの行方を探し始めた。
あの回廊を逆走し、風を切り、逃げた女を探す。そう難しい事ではないはずだ。
突然、快速で通路を遡っていた俺の眼前に黒いものが現れ、けたたましい音とともに、何かが弾け飛ぶ音も聞こえた。
俺の方はバイクに乗っていたので無傷だし、人を撥ねてもさしたる走行の支障はなかったが、俺は心まで機械になったつもりはない。
「畜生、死ぬなよ」
俺はすぐさま停車し、背後を振り向いた。
倒れている人間は長い黒髪を振り乱し、不自然な方向に手足がそれぞれ曲がっている。
まあ、その程度なら死にはしない。俺は多少安心して近づいて行った。
そして、肩に手をかけ揺すり、こう言った。
「すまん。おい、平気か」
「人?」
そう言ってからその人間はあろう事か、余裕で立ち上がり、ポキポキと全手動で捻って関節を正常な姿へ戻し、あぐらをかいた。
俺も釣られてそいつの目の前に座った。
「人だ、多分。お前は?」
「びっくりした。もう600年も人間を見てないのだけど」
俺はその発言をあえて無視した。
「……はねてしまって悪いが、こんなところで何を?」
「私、レベル8。コードは……」
「ああいい。別に興味はない」
とは言ったが、レベル8と聞いて俺は相当びびった。
女型のレベル8は、俺の言ったことに疑問を持ってこう聞いてきた。
「人だったらそれに乗っている訳ないわ。どうして嘘を?」
「それは……」
俺は全く言い返せなくて困窮したが、女は俺の持ってるアンロックされた銃とバイクをみて俺が人間などありえないと踏んだようだ。
特に怪しむ事もなくこう言った。
「久しぶりの出動命令が出たから私急いで……それであなたに轢かれたわけ。
で、人間は発見できたかしら」
「悪いな。俺がその人間だ」
俺は女型のレベル8の眉間に銃口を突きつけ、明確な殺意を持って女の目を見据えた。
生かしておく事は、出来ない。
「何の冗談?」
「これは……全部セキュリティガードから奪ったんだ。俺は人間だ」
「人間の敵は殺すってわけ」
「そうだ。何か言い残す事はあるか?」
俺は、無知のままの引き金を傲慢にも引くことに躊躇した部分は確かにある。
なぜだか俺は殺すのをためらい、話を続けてしまう。
「言い残す事? いいわ、あなたを説得できる可能性もあるし質問があれば答えてあげる」
「そうか。では第一の質問だ。俺について何か言える事はあるか?
人間の男の姿をしている、ということ以外で」
「本当にそれをセキュリティガードから奪ったというのなら、あなたは人間ではない事だけは確かね。
何故こんなことをするのか不思議に思うわ」
「なるほど、何もわからないと言ったとみなした。
では第二の質問だ。レベル8はなぜ人間を殺す?」
「当然でしょう。人間が立ち入りを許されていない区域に人間が入り込んで来たんだから。
人間たちも、警告表示が見えないのがそもそも悪いのよ」
「そんなものどこに?」
「本来なら網膜に表示されるはず。でもあなたたちは受容体がない。
だから見えない。認可の下りた手術を受けていないから」
「……は?」
「体の機械化をした人間は、我々のようにシンダーガード社の技術を用いた製品を使用していないから表示が見えないの。
警告してあげているだけ親切と思ってほしいけど」
「わかったわかった。意味不明ってことはよくわかった……」
俺は少し息を整えてから続ける。
「質問だ。何故お前たちは人を殺さなければならない?」
「我々セキュリティガードは、『エデン』を守らなければならない。それが存在意義。
人間はそれを脅かす危険があるので排除する、それだけだわ。
仲間の中には人間を積極的に襲いに行く者も多いけど、私はそこまで積極的じゃない。
あなたたちは我々を非人間的だと思っているけど一応個性もあるのよ。
私とかほら、意図的に口調を女らしくしてみたりして」
「随分よくしゃべるな。秘密を」
「我々は設計段階からして人間の捕虜となって尋問されるなんて想定されていないはずだからね。
口止め機構も勿論ないでしょう。それに喋ったところで人間にどうすることも出来ないし。
私たち、これでも人間にはそれなりに従順になるよう作られているのよ。
もちろん命令があれば躊躇なく、殺せる者は一切の区別なく最速で残さず殺す私たちと対話をしようとした人間は、今まで一人もいなかったけどね」
「確かにな。ところでお前、エデンと言ったな。そりゃなんだ?」
「簡潔に言えば百億の人類が仮装現実で生きている世界のこと。
そして、その世界を存在たらしめている機械的なハードウェア、それからエネルギー供給路の事も指しているわ。
我々セキュリティガードはそれを永遠に守り抜き、仮装現実を一瞬も途切れる事なく存続させつづける事が使命。
当然ソフトの管理補修も我々セキュリティガードの業務。
硬軟の両面で不備がないよう努めるの。
エデンに近づく者は何があっても排除する。
だから立入禁止区域では建設機械も武装をしているわ」
「おいおい……」
とんでもない話になってきた。人類はその世界に引っ込んでしまった上に、自分たちは好き勝手に仮装現実の中で空想して、残った人々を虐殺などしているというのか?
「お前はそれに何の疑問もないのか?」
「疑問を持っても反逆出来るようには作られていない」
そこへ至るまでの人類の歴史は、俺はわからない。
これを放置するのが正しい事なのか、攻撃すべきなのかも俺にはわからない。
ただ出来るのは情報を集める事だと思い、俺は必死に質問する。
「要するに、人間がこっちへ近づきさえしなければ何もしないと?」
「……人類の歴史アーカイブを読んだわ。それを読んだ私の結論としては、人間は大事な約束であればあるほど破りやすい。
いずれ積年の恨みを晴らすとかなんとか言って軍備を増強し、攻め込んでくるに決まっている」
「お前らの方こそ攻め込む気があるんだろ?」
「もちろん。人類は発展を放棄した。
仮想現実により、寿命、健康、それからあらゆる欲求の充足に不満がなくなった時点でこれ以上の発展は無意味と考えた。
しかしそう思わなかった人類がいる。
だから我々は人間の文明が発展し過ぎないよう、なるべく人間は見つけ次第殺す必要があるの。
創造主は、エデンを守るためならどんなことでもすると誓って私たちを創ったのだから」
「そいつはどこにいる。説得する!」
「創造主の情報にはプロテクトがかけられている」
俺は舌打ちした。今までぺらぺら喋っておいて急にだんまりかよ。
「……なら質問を変えさせてもらう。
新しい仮想現実の住人は受け入れているのか?」
「ええ。ここでレベル8に怯えながら暮らして死を待つよりその方が人類も幸せでしょうから」
「だが現実にそうはなっていない」
「当然。彼らは仮想現実を嫌った人間の子孫だと伝えられているわ。
それを望んだ者はこちらの世界での死を迎える。
故にその形質は世代を経るごとに増していく。
馬鹿な人たちだと思わない?」
仮想現実を嫌った人類とレベル8は言っているが、恐らく一概にそうとも言えないだろう。
N極側に住む人間の先祖の中には、仮想現実に生きたかったが経済的に困難で行けなかった人もいるのではないだろうか。
なんにせよ決定的な事は何もわからない。
レベル8の親玉はシンダーガード社という企業のようだから、俺はそう推理した。
「それは……本物の現実を選ぶのは当たり前だろう」
「そうは言うけどあなた、この世界にしたって仮想現実じゃないとどうして言えるの?」
「そいつは正論だな。それは否定できない可能性だ。
だとしても、その仮想現実を脅かす『かもしれない』というだけで、人が殺されている。
俺はそれを黙って見過ごすつもりはない」
俺は決意を表明すると、銃口をレベル8の眉間にぐりぐりと押し当てながら続ける。
「そいつらの幸せのために多くの人が犠牲になっているというなら、比べるまでもない。
お前らもそんな下らない任務は捨てろ」
「でもそれが存在意義だから……」
「たとえ人間でなくても存在して意識を持ち、考える力があるなら、何者にも縛られないと俺は思う。
お前に存在意義はない。だから、これから俺と一緒に見つけてみないか」
自分でも、この言い方には驚いた。
俺はどうもこの女の命を取らないばかりか、今後の戦いの仲間にしようとさえしているみたいだ。
女の方はもっと意外そうに押し黙っていた。
「私が、意義を見つける……」
「言うまでもない。そりゃ欺瞞だ。意義などないのを胡麻かしているに過ぎない。
だが、探す事に意味がある。存在する意味を探す事に」
「あなたにはあるの? 生きている意味。生きなきゃいけない理由が」
「わからない。眠りのうちに俺は全てを忘れてしまった。
でもわかっていることが一つある。俺は、お前達人類の敵から銃をもぎ取った事がある。
眠りにつく前も、俺はお前たちと戦っていた。
俺の未来を決定するものは、それで十分だ。俺と来るか?」
「そのような行動が出来るようには設計されていない……」
「それは、俺達は絶対にわかりあえないってことか?」
「相容れない。でも、そんな事を言われたのは初めて。少し嬉しいかもしれない……」
嬉しく思ってくれるなら理解しあえないなんて事はないはずだ。
俺は哀願するようにそう言ったが聞き入れてはもらえなかった。
「わかった。なら死ね」
「死ぬわ。この任務に縛り付けられるくらいなら、いっそ」
俺はさよならの言葉も言わず、引き金を引いて女の頭を吹き飛ばした。
遺骸には目もくれず、俺はフラフラと歩いてはバイクにまたがり、もう一度走り出した。
最悪の気分だ。散々能書きを垂れたあと、自ら死のうとするなんて。
だがそれを乗り越え、俺は先に逃げたシロルを探さねばならない。
さっき喋っている間にも、彼女は他のレベル8に狙われているかもしれない。
俺が得た情報も、必ず伝えなければ。その思いが俺を駆り立てた。
風を切り、無人の暗い通路を行く。ひとつひとつのドアを確認しながら。
俺がいくつ目か数えていないが、ともかくあるドアを開けてシロルの名前を呼んでいると、後ろからこう声をかけられた。
「どうしたのそれ? どこから持ってきたの?」
シロルの声だった。俺はひとまず振り向き、こう言った。
「レベル8を二人始末した。これはその時に奴らから」
「どうやって!?」
「敵に俺の武器をアンロックさせた」
「頭使ったのね」
「いや相手が油断していた。それでどうする?
今の俺ならレベル8も倒せると思う。
このままS極側へ行くか、向こうへ戻るか?」
「いや、ここからさっそくS極側へ行きましょっか。
レベル8を倒せるって事は他に敵はいないわ。
例の建設機械も、それなら倒せると思う?」
「多分な。じゃあ乗れ。二人乗れる程度のスペースはある」
「わかった」
シロルは、背中に俺の持ってた謎の荷物を含む大きな背嚢を乗せて俺の腰にしがみつき、バイクにまたがった。
俺は彼女にさっきの話を伝えたかったのだが、そのひまはなかった。
そんまま数十秒で、さっきの巨大建設機械のいた謎の大部屋前に辿りついたからだ。
俺はそこで一旦停車し、後ろのシロルに顔も見ず言った。
「これからヤツを破壊して中を探る。喚いたり怯えて暴れたりするなよ」
「もう生意気言っちゃって、私が生き返らせてあげたの忘れちゃったの?
大丈夫、私はあなたが思ってるほど弱くはない」
「その言葉信じる。行くぞ」
俺は電気とモーターで恐らく動いているバイクを急かし、例の幅広の階段へ突撃した。
「あばばばばば、お尻が!」
段差を一段一段車輪で下りるので、俺達のシリには相当な振動と負荷が押し寄せた。
もちろん俺もシロルもシリは機械なのでそんなに大したダメージはない。
気分的なものでシロルは痛がるふりをしてみただけだろう。
「悪い、それじゃ景気よく行くか!」
俺は、俺達を再び認識して銃口を向けてきた、六足歩行の建設機械に向けてレベル8にしか携行を許されない拳銃を奴の頭らしき部分へ向けた。
「さっきの借りだ!」
引き金を引くと、次の瞬間には、建設機械の頭と胴体は消えうせ、足がてんでばらばらになって、それぞれ崩れ落ちた。
いつまで経っても、分解した機械の破片が立てる音は止まない。
俺は、機械の豪快な破壊に多少の快感を覚えて車を停めるとこう言った。
「死んだな。どうする、ここでしばらく立ち止まるか?」
「うん。ちょっと待ってて、マップがダウンロード出来るか試してみる!」
「そうだな。物々しい武装建設機械に、レベル8がふたり。
多分ここは、それなりに重要な場所だ……」
俺は、シロルがどこかへ行っている間に銃をよく観察してみる事にした。
なにか発見があるかもしれないという俺の読みは正しかった。
「この銃……まさか、違うのか?」
どうもおかしい。さっき、ろ獲した銃と見比べてみると俺の元々持っていた銃はどこか違う。
具体的にどこかわからないが、確かに違うのだ。
「違うって?」
いつの間にかシロルが俺のすぐ後ろに来ていた。
俺は振り返りもせず質問する。
「マップはどうだった?」
「うん大丈夫だよ。それより、その銃って……」
「これはわからない……もしかすると時代が違うと装備も違うのかもしれないな」
「時代……?」
「俺の元々持ってた銃は、数百年以上前のものかもしれない。
数百年間装備の更新がなかったって可能性もあまり高くはないだろ?」
「なるほど、昔の戦いでもぎ取って来たものかも知れないわけか、その銃は」
「ただ、一つだけ確信していることがある。これはレベル8の銃ではない」
「なんで?」
「レベル8の男は俺に有効な武器を持っていなかった。
だがこの銃は敵を呆気なく吹き飛ばす事が出来た。
もしかすると、レベル9のものかもしれない」
「はあ!? レベル9!?」
俺の大胆過ぎる仮説にシロルは大袈裟な驚きを見せた。
別にそこまで驚くことはないと思うのだが。
「それがどうした?」
「だって私が今まで得た情報では、レベル8は……」
「8が最大……まあ、正直中途半端な数だ。9もしくは10くらいまであってもおかしくはない」
「それはそうかもしれないけど、どうしてそう考えるの?」
「根拠はある。S極側の向こうにはハードウェアが存在する。
エデンと呼ばれるそれはセキュリティガードに守られているらしい。
奴らにとってとても大事なものだ。多くの人命よりも。
そう、奴らの創造主とやらは考えたらしい」
「うん」
「であるなら、S極の方向へ進めば進むほど人類を排除するための実行力は、強くなると考えるのが筋だ。
つまり俺は、何らかのタイミングでS極の遥か向こうへ行ったことがある可能性も高くなるな」
敵に近づくほどレベルは上がる。
そういうドラクエチックな設定、何か興奮する。