三日目
三日目
その夜、僕は夢を見た。
ネズミに成った夢だ。
ネズミの僕は水場に行き、昼間に見つけたオンサの糞の匂いを嗅いだ。
匂いを辿ってオンサを追う。
獣道を辿って茨の林に辿り着いた。
オンサは狩りにでも行ったのか居なかったが茨の林の中にはオンサの寝床と思わしき所が有った。
そこでネズミの僕は骨に成った。
昨夜は変な夢を見たが体力は大分回復できた。
昨日の予定通りに朝からヤリ作りに精を出す。
ヤリを作りながら昨日漠然と考えていた対オンサ用の作戦を整理して見る。
接近戦を試みるのは無謀だろう。
勝ち目が無いと自分の細い腕を見て思う。
もっと鍛えて置けば良かったと思うが仕方ない。
遠距離での戦闘もこの森の中では無理そうだ。
ならば待ち伏せになる。
つまりは罠だ。
どの様な罠が有効かオンサ本体を見て見ないと確証は無いが今のところ落とし穴は無理筋だろう。
地面が固すぎて大きな穴が掘れない。
罠の形式は後回しにするとして待ち伏せ場所だが水場は他の動物が罠に掛かる可能性が高いので却下、となると現状はこのキャンプ地に成る。
どの様な罠に成るかはまだ考えていないが、蓑虫型の寝床が餌に成ってくれる事を期待している。
たっぷり僕の匂いが昨夜で染みついているはずだ。
少し鋭さに欠けるがヤリが出来たので水場へと向かった。
安全を確認してから水場に降りて水分を補給し、ふと思い立ってオンサの糞の場所に行く。
まさかとは思うが昨日の夢が妙にリアルだったのが気に成った。
視線が物凄く低い為に景色が大分違うが糞の周りを這うように探すと夢で辿った道が判った。
其のまま進むと獣道を発見した。
住処と水場を往復していれば自然とその通が獣道に成るが其れは細く人が通る道では無いので一見してそれと判る事が稀だ。
獣道を辿ると何本かの獣道に分かれて居たが、ネズミの記憶を辿って進んで行くと夢の通りに茨の林が有った。
音を立てない様に慎重に近づくと茨の根元に丸い穴が開いていてその奥に濃い青色をした獣の一部が見えていた。
恐らくは今は眠っているのだろう。
茨の奥に三メートル程だろうか、確かにオンサが居た。
そして、その手前に小さな骨の破片が有った。
僕は更に慎重になって、その場を後にした。
現状を考えると昨夜のネズミの夢は正夢と言うよりゴルの能力と考えた方が自然だろう。
フェイクライフで蘇らせた生き物を僕は操れるって事だろう。
ゴルに確認するが返答は無い。
実験するしかないだろう。
だが、オンサの寝床を発見出来たのは大きな成果だ。
オンサの行動を随分と読みやすくなった。
獣道に戻るとその道が何本にも枝分かれしている事からオンサだけでは無く他の獣もその道を利用しているだろうと考えた。
獣道に罠を仕掛けようと思いエル字型罠を試す事にした。
弾力の有る若木をバネとして利用して括り罠を仕掛けた。
括り罠の輪の中に足が入るとトリガーが作動して、たわました若木が元に戻って蔓で作った輪を絞り獲物の足を捕らえる。
一般的な罠だがある程度の大きな獲物にも対応する優れた罠だ。
恐らくオンサには通用しないだろうがこれは宣戦布告だ。
オンサに僕の存在を認識させるには効果的だろう。
僕を無視出来ないはずだ。
水場へと向かう道、三か所に罠を仕掛けキャンプ地へ戻ろうとした時に後ろで罠が作動する音が聞こえた。
其処には罠に掛かった獲物が居た。
今日はまさかが多い日だ。
僕は罠を仕掛けて立ち去ろうとしていた所だったのにもう罠に獲物が掛かるなんて嬉しいより化かされて居るのでは無いかと疑いたくなった。
獲物は中型犬位の大きさだった。
形としては首が短い鹿だろうか。
蹄があり四本足で短い尾が有った。
僕は上着を脱いで獲物の頭に被せて目隠しにした後、朝に作ったばかりのヤリで獲物に止めを刺した。
こんな幸運が有るのだろうかと思い。
可能性を考えると多分だがこの獲物は僕が罠を仕掛ける前から居たのでは無いだろうか。
僕が近づき獲物は隠れた。
僕が罠を仕掛けて立ち去ろうとした所で
我慢できずに獣道に沿って逃げたのだろう。
そして道沿いに仕掛けた罠に嵌った。
もっと別の理由かも知れないが僕にはそれ以上は思いつかなかった。
小型だが其れでも二十キロは有るだろうか肩に担いでキャンプ地へと向かった。
すっかり疲れてしまったが休むわけには行かない。今日もやる事が沢山ある。
獲物の後ろ足を木の枝に括り付けて吊るし解体をして行く。
毛皮を剥ぎ、内臓を取り出して肉を確保した。
肉を薄切りにして焼いた石の上で調理して食べた。
味は思っていた通りに旨い。
余った肉を一気に調理しようと思い。
地面を浅く掘り其処に石を並べてその上で焚火を起こした。
十分に石を熱してから肉を並べてその上に若葉を被せ更に土を盛る。
簡単なオーブンだがこれでも三時間程で肉が焼けるはずだ。
余った内臓などの生肉を蓑虫型の寝床に運ぶ。
今夜、此奴が僕の身代わりに成る予定だ。
作戦を整理しよう。
オンサと接近戦をやるなどは論外だ、勝ち目は無い。
つまりは待ち伏せになる。
待ち伏せは今の所、オンサの巣、水場、キャンプ地の三か所が有力候補に成る
オンサの巣は有力だが罠を作って居る間に襲われる危険も高い。
水場は他の動物が掛かる可能性が有る。
やはり当初の予定通りにキャンプ地が良いだろう。
宣戦布告もしてある。
オンサが僕を脅威と感じれば臭蹟を追ってキャンプ地を見つけるのは難しくないはずだ。
僕は罠の形状を考えてそれを作る事にした。
まず、蓑虫テントの周りに杭を立てる。
地面が固くて掘れないがゴルの能力を利用した。
枯れた木の根を地面に突き刺しそれを再生し成長させたのだ。
能力を切れば根は元の形状に戻る為、地面には穴だけが残る。
早速、やって見たがゴル単独だと直ぐ疲れたと音を上げた。
僕と重なった状態だとそれ程疲れる事は無いようだった。
重なった状態(僕はこの状態をユニゾンと名付けた)で蓑虫テントの周りに穴をあけてそこに木の杭を刺していく上部を蔦で括り間隔を開けてつっかえ棒をして強度を上げた。
重要なのはオンサがテントを引っ掻いて中を覗けない様にする事だった。
入口付近だけは杭を立てずに開けて置いた。
次に蔦を使って荒く網を作っていく。
網の間隔は十㎝から十五㎝程の荒い網だ。
縦横二メートル位の網を作りテントの入口付近に仕掛ける予定だ。
広い範囲のトリガーは作るのが難しそうだったので手動でトリガーを引く予定だ。
もうお判りだろうがオンサを網で救い上げる罠を作って居る。
四本の木をたわめて網の四隅にそれぞれの木と蔦で結び合わせる。
四本の木が同時に元に戻る様に長さを調節しつつトリガーを作った。
上手くオンサを宙づりに出来れば如何に強力な四肢を持って居ても地面が無くてはその威力は発揮できないはずだ。
後はヤリで仕留める予定だった。
意外にも杭打ちよりも網を作るのに時間が掛かった。
出来上がった時にはもう真っ暗だった。
それでも焚火の火を頼りに罠を仕掛けて楠の木へと這い上がる事が出来た。
ネズミを再生して地面へ離す。オンサが近づいて来たら暗闇でもネズミの鼻がオンサの接近を知らせてくれるだろう。
そのまま夜を明かしたが、その夜オンサは現れなかった