逃避行
パメラはジョーを逃がしてしまったが慌てなかった。
手元にはロントが居る。
それで取り敢えずは満足していた。
見るとロントは蔦に巻き付かれた状態で随分と老けた様に見えた。
朦朧としながらも「パメラ、君の事が好きだ」と唐突に告白した。
老人の様な掠れた声で呟く様な弱々しい告白だった。
「私もよロント、初めて会った時から好きだったわ」とパメラは優しく答えた。
ロントは微笑み眠った様に動かなく成った。
全身が白く灰の様になり、そして崩れた。
白い灰の山と成ったロントから蔦が離れると灰は風に流されて消えて行く。
パメラの精霊は完全な植物型の精霊では無かった。
皆が根と思っている体の中にはタコの頭の様な本体が居てその触手代わりに薔薇の様な棘の付いた蔦が無数に生えている、そんな姿をしていた。
能力は『ドレインエナジー』 蔦が巻き付いた獲物の生命力を吸収する能力だった。
この精霊は他の精霊とは違い食欲の様なものが有った。
生き物全般を吸収するが好物が精霊だったのだ。
精霊を食べる精霊がパメラの精霊『オクトパスクイーン』だった。
ロントを始末しても不思議と何も感じなかった。殺人の禁忌が外れているのかもしれないと他人事の様に思った。
お蔭で冷静に物事を考える余裕がパメラには有った。
ジョーと言う男は自分で考える事が出来ない男だとパメラは思う。
誰かがこっちだと言い、別の誰かがいやこっちだよと言えば答えは二つしか無いと思い、自分で第三の道を考えて選ぶ事が出来ない男。
要は他人への依存度が高く自分で判断出来ない男。
僅か二日間だがジョーと一緒に行動してパメラはジョーをそう評価していた。
そんなジョーがどう動くだろう。
方向から考えてルーク達の所だろうとパメラは思うが辿り着く可能性は低いとも思う。
しかしゼロでは無い。シャドーも付いているし上手く行けば辿り着くかもしれない。
辿り着けばきっとジョーは今夜の事をルーク達に話して私を追ってくるだろう。
『待ってみよう』とパメラは思った。
あの根暗男の言う事と私の言う事のどっちをルーク達が信じるか試す事にしたのだ。
上手く行けば第二のロントを手に入れられるかも知れない。
幸い前日のキャンプ地までなら何とか戻れるだろうし食べ物の場所もロントに教えて貰っていた。
数日なら待てると思った。
日が昇ってから迷いながらも何とかキャンプ地に戻り食糧を調達しのんびりと木の根に腰掛ける。
ルーク達にどんな嘘を付いてやろうと考えると自然と微笑みが零れた。
クーちゃんはパメラの後を追う。
その後を私、ルーク、ポニーちゃん、チャド、ウィング、の順で進んでいた。
道行は順調だった。
ウィングに重い荷物を持って貰っているのが大きいだろう。
蔓の籠には木の実や火起こし道具、蔓のロープなどのキャンプ用品が入っている。
短いキャンプ生活だがその間に細かな道具を作り使っていたがそれらもウィングに持って貰っていた。
杖替わりの枝だけを手にして皆は進んでいた。大きなトラブルも無く進むとパメラに近づいて来た予感が有った。
森が唐突に開け其処にパメラを発見した。
パメラは驚いた様に大きなアーモンド形の目を見開いて此方を見ていた。
こんな状況でもパメラは美しかった。
髪には艶があり、肌にも張りがある。森の妖精だと言われれば信じたかもしれない程、美しかった。
ルークが開口一番「パメラ無事か? 」と聞きパメラの元へ駆け寄った。
パメラは「ええ、何とか無事よ」と微笑んだ。
「ジョーを見なかった? 」パメラは私達を見回してジョーを探した。
ルークは言いにくそうに「ジョーは俺たちと合流する前に獣に食われて死んだよ」
それを聞いたパメラは両手を口元に当てて言葉も無かった。
ルークは大きな声で「パメラ、此処で何が起きたのか教えてくれ」と言った。
パメラは痞えながらもしっかりとした声で話し始めた。
このキャンプ地を西に進むと果樹園の様な森が有り、大きな木の実が生っているらしい
しかし其処はサルのテリトリーらしく木の実を取ろうとロント達と相談していた時に、行き成り木の実を三人に投げ付けて来たのだそうだ。
雨の様に降り注ぐ固い木の実の一つがロントの頭に当たりロントは遭えなく死んでしまった。
パメラとジョーはシャドーの能力のお蔭で危機を脱する事が出来たらしい。
しかし、ロントが居なくなると道が判らない。どうしようかとジョーと相談したらジョーがルーク達を呼びに行くと言い出した。
ジョーは助けを呼びに行くと言いながらパメラを見捨てて一人で脱出するのでは無いかと不安に思ったが反対する事は出来なかった。
確かに今は助けが必要な時だと思ったからだ。
此処はロントと生前にキャンプしていた場所らしく食べ物の場所もロントに教えて貰っていたので此処でジョーの帰りを待っていたのだとパメラは説明した。
確かに此処には倒木や枝などの家作りの材料が集められていたが焚火の後や寝床の様な物は無かった。
パメラは苦笑いしながら作り方が判らなかったと説明した。
ここまで聞いてルークがジョーを発見した顛末をパメラに話した。
「ジョーとは直接話せなかったが、ジョーは確かに役目を果たした。
最後は無残な姿だったが墓を作り葬って来たから安心してくれ。」とルークは言った。
パメラは「そうだったの、ジョーを疑って悪かったわ」と言葉少なく涙した。
やはりショックだったのか、其れからはパメラは何も語らなかった。
今日はこのまま此処でキャンプする事に成った
寝床の材料も揃っていたので簡単な骨組みを作り、其処へ枝葉を重ねて風除けをルークとチャドが作った。
それからは、あっという間に焚火を中央にしてそれぞれの寝床を設えた。
流石に三日目ともなると慣れたものだった。
食事が済むとパメラはそうそうに眠ってしまった。
いつも通りの順番で休もうと云う事に成り私達もルークを残して眠った。
私が眠っているとそっとルークに起こされた。
シーと指を口の前に立てて静かに起きる様に促された。
私は「どうしたの」とルークに聞くと「チャドが戻ってこない」と言った。
夜、ルークが焚火の当番をしているとチャドが起きだして小用に行ってくると火の付いた薪を持って風下の方へと向かった。
余り離れない様に声を掛けてルークはチャドを待ったがそれっきりチャドが戻らないらしい、体感ですでに1時間は立っている。
「チャドを見てくれないか? 」とルークに言われた。
私の心臓がドキッ! とした。何を言っているのか一瞬判らなかった。
ルークは私を見つめてもう一度ゆっくりと「チャドを見てくれ」と頼んだ。
私はクーちゃんにチャドを追跡する様に頼むとクーちゃんはクルクルと回るだけだった。
その段に成ってルークは全員を起こした。
その場に居たのは私、ポニー、パメラ、とルーク
ルークはもう一度チャドが消えた事を話しパーティーに危険が迫っていると話した。
今夜は全員眠らずに焚火の火を大きくして過ごす事になり日が昇ったらチャドの捜索をするとルークは言った。
緊張した夜が明け、チャドの捜索が始まったが捜索と言うほどの事も無くチャドの痕跡を発見出来た。
キャンプ地から西へ僅か十メートルと離れていない所に焦げた薪が落ちておりチャドの靴と生々しい血痕。そして大きな獣の足跡が幾つも残っていた。
死体は無い。
ルークは信じられないと言うように私たちに向かって話した。
「俺は絶対に眠っては居なかったし、大きな物音も聞いて居ない。何かが倒れる音もだ。こんなに近くで誰かが襲われて気が付かないなんて自分でも信じられない。」
「どうして死体が無いのかしら? 」パメラが不思議そうに聞くと
ポニーちゃんが「前日に私達がジョーを埋めたから持って行ったのよ。」と答えた。
「つまり、ジョーを襲った獣が私達をつけて来たって事? 」と私がポニーちゃんに聞いた。
「多分そうだろう」とルークが代わりに答えた。
獣が人の味を覚えたのだ。
群れを追跡して群れから離れた者を襲い、そして食べた。
獣としては当然の行為だったのだろう。
すべての獲物を食い尽くすまでは獲物の群れから離れることは無いと思えた。
この時点で森に留まる事は危険すぎて出来なくなった。
西には狂暴なサルのテリトリーが有る。
一旦、北に向かってサル達を避けそれから西へ向かって川に出ようと成った。
ここから先はもう追跡する相手は居ない。
未踏破の道だった。
森の中で獣に襲われたら勝ち目は無い様に思えた。精霊達の危険を知らせる警告も昨夜は誰も感じていなかった。
大きな足跡からは想像できない程の隠密性を獣は持って居る事になる。
奇襲されれば必ず犠牲者が出るだろう。
二人の犠牲者は共に夜中に襲われている事から獣は夜行性だろうと思われた。
日が沈む前に何としても川に辿り着かなくてはならない。
川に出て視界が開ければ奇襲の危険は低くなるが果たして勝てるだろうか。
「十秒いえ、五秒、時間を稼いで貰えれば仕留められると思うわ」とパメラが言った。
「五秒? 」ルークが怪訝そうに聞いた。
「ええ、それだけあれば私の精霊は相手が何者であろうと必ず仕留めてくれるわ」と頷いた。
流石はパメラだと私とポニーちゃんは感心したがルークは難しい顔をした。
相手はジョーとチャドを一瞬で倒した獣だ。
強烈な致死の一撃を持って居るのだろう。
素手でその相手を5秒間、確実に抑えられるのかルークには自信が無かった。
ルークはその事を強がらず素直に私達に話してくれた。
私達はあれやこれやと対策を話し合ったが確実な名案は思い浮かばなかった。
それでもルークは一抱え程の丈夫な丸太を見つけて来て苦労しながらもそれを担いで移動した。
筏の土台に成るだろうし武器としても使えるかもしれないからだ。
丸太の長さはざっと四メートルは有るだろう。
乗用車なみの長さが有れば獣の攻撃も届かない、上手く牽制出来れば時間が稼げるかも知れない。
素手よりは遥かに可能性が有る。
後はパメラの能力に掛けるだけだ。
昼を大分回った頃にようやく私達は川に到着した。
「これが川? 」私は想像していた川とは掛け離れた姿に驚いた。
川幅こそ十五メートルは有るだろうか? しかし水は干上がっており中央付近に一・五メートル程の水の流れが浅くあるだけの川だった。
これでは筏は使えない!
それでも森の中よりは見晴らしは良い。
奇襲を受ける確率は大分減るだろう。
川底は大小の石で埋め尽くされていた大きな木が無く所々に下草が生えているが倒れている草が多い。
多分雨が降れば水嵩が増えて川幅いっぱいに水が流れるのだろう。
雨が降らないと森が水を吸収して川が干上がり、雨が降れば吸収しきれない水が溢れて一気に水嵩が増すのだと思えた。
私達は川の中央へ行き新鮮な水をお腹一杯に飲んだ。
その時、私は過去の記憶がよぎった。
さっそく皆に作戦を伝える。
「靴を履いたまま川に入ってたっぷり水を靴に含ませてそのまま対岸まで歩いて頂戴」
「それで如何するんだ」とルークが問う。
私は「付けた足跡をそのまま辿ってまた川に戻るのよ」と言った。
父とウサギ狩りに行った時に父から教えられた事がある。
猟犬がウサギを追うと珠にウサギが自分の足跡を逆に戻って大きく横へジャンプして猟犬の鼻を逃れる事があると。
それを思い出したのだ。
パメラが「ウサギ狩りってドミニカの前世は貴族だったの? 」と聞いた。
「判らないわ」と私は答えた。
これで獣の鼻から逃れられるかは判らないが少しでも時間が稼げれば此方の有利になると私は説明した。
私達は匂いを残さない為に流れの中を歩いた。途中で平べったいトカゲを踏んで転んだりしたが大きなトラブルは無かった。
相変わらずルークは大きな木を担いでいる。
私とポニーが手分けして木の実や蔓のロープを持ってパメラがルークの後を付いて行った。
いざと成ったらパメラ頼みだ、手が塞がっていて攻撃が遅れたなんてことが有っては成らない。
あの獣にもテリトリーが有るのならばそのテリトリーを超えてまでは追跡して来ないかもしれない。
日が沈む前に少しでも先に進もうと歩き続けた。
日が傾きかけて来た頃に今夜の寝床の話に成った。
此処でキャンプするのは危険すぎる。
森の中もだ、それで木の上に登って蔓で体を固定して眠る事をルークは提案してきた。
獣のテリトリー内に居るサルの群れが無事なのは獣の大きな体では木に登れないからでは無いかとルークは考えたようだ。
私やパメラはそんなに高い木に登れないと言ったがルークが力こぶを作ると俺が引き上げてやるよと言ってくれた。
蔓のロープは持って来ている。
筏を作る為だったがそれを利用すれば私達を木の上に引き上げる事も難しくはないだろう。
寝床の話が纏まり高い木を川縁に探しながら川下へと歩いて居た。
そもそも自然の川は蛇行しながら流れている物で森の川などは森の木が邪魔で見通しは決して良い物ではない。
皆で今夜の寝床に相応しい木を探しながら歩いて居たので、それを発見するのが遅れたのは言い訳だろうか。
大きく蛇行した川の先に大きな岩が有った。
その岩の上に深い青色をした大きな獣が蹲っていたのだ。
色合いこそ違っていたが私はこの獣をヒョウと認識した。
鋭い爪、大きな牙が口元から覗いていた。
私達は驚き足を止めた。
距離は二十メートル。
この距離なら奇襲とは成らない。
獣はやっと来たかと眠たげに起きだし私達を見回した。
その顔が笑っているようだった。
恐らくは獣は匂いを追って私達を追跡していたがトラップに引っ掛かり臭蹟を追えなかったのだろう。
そこで賭けに出たのでは無いか。
川下へと先回りして待っていたのだ、自分のテリトリーの限界点までそして、獣は賭けに勝った。
今夜も旨い人間が食えると笑った様に思えた。
ルークは前に出ると丸太を構えた。
すでに能力を発動しているのだろう四メートルの丸太を前に突き出しても体は自然体のままだった。
ルークの精霊の力は『加重』宿主の重量を数倍に引き上げ増加した重量に比例して力も増大する能力だ。
重い丸太を前に突き出しても重心がまるでブレていない。
今のルークの体重が一体何キロなのかわ判らないが多分1トン近いのでは無いだろうか。
ルークは「チャドの仇! 」と叫び更に一歩を踏み出した。
足元から小石が砕ける音がする。
更に重量が増している。
パメラはルークの後ろに獣から隠れる様に近づいて行く。
私とポニーは恐怖に震えながらもその様子を見守った。
獣はゆっくりと起き上がると岩から川底へと飛び降りた。
獣は長い丸太を突き出すルークを見るとまるでステップを踏む様に左右に揺れながら近づいて行く。
その揺れに合わせる様に丸太を操りルークは獣の足を止めようと牽制した。
突然、獣の動きが激しくなり丸太の間合いの内側へと突っ込んでくる。
丸太で跳ねのけようと左右に丸太を振るうが獣が川底すれすれに体制を低くして突っ込んできた。
獣の動きにまるで就いていけていないルークは、あっさりと間合いを詰められる。
ルークは丸太を手放して両手で獣の頭を掴もうとしたが今度は獣が立ち上がりルークの手を逃れると大きく振りかぶった前足でルークの頭を打ちに来た。
ルークはとっさに両腕をクロスさせて受け止める。
しかし、前足は両腕で止まらずそのままルークの頭を押しつぶした。
ルークの頭が肩口に半分位まで埋まってしまった。
頭が破裂して脳の破片が飛び散る。
至近距離でそれを見ていたパメラが悲鳴を上げた。
その悲鳴が合図の様に私もポニーちゃんも蜘蛛の子を散らす様に逃げた。
三人はバラバラに逃げた、申し合わせて居た訳ではない。
たまたま振り返った逃げ場所が違っただけだ。
パメラは獣から左岸へと逃げた。
私は獣に背を向け川上へと逃げた。
必死に逃げて森の手前で獣が追って来ないかと振り返るとポニーちゃんが逃げ遅れていた。
獣から右岸へと逃げようとして居たポニーちゃんだったが足が竦んでいたのか元の位置から殆ど動けていなかった。
ルークを倒した獣がポニーちゃんを見ると其方へと駆け出した。
それに気づいたポニーちゃんが必死に逃げようとしたが足が気持ちに追いついて居ない。
上体は泳ぐが足が動かず、あっさりと倒れてしまった。
その上に獣が覆いかぶさりポニーちゃんの頭に牙を突き立てた。
私はそれを見てしまった。
その事実から目をそらそうとする様に私は森へと逃げた。