スタフロス砦
丁度、ディックとドミニクがジェイドと話している頃、スタフロス砦の一室、ジャミール副団長の部屋に二人の隊長が呼ばれていた。
一人は如何にも武人然とした偉丈夫。
名はランス・シャザム
もう一人は珍しい女性隊長のローラ・。フロレンス。
どちらもラーズ団長に見いだされた生え抜きの隊長達だった。
ジャミールは二人を長椅子に案内し自らも向かいの席に着いた。
「お前達ならもう察しは付いて居ようが団長の件だ」とジャミールは重々しく話し始めた。
団長失踪からすでに三日が経って居た。
そろそろ話しが有って然るべきと二人とも承知していた。
頷く二人にジャミールは情報の共有から始めようと言い、今判っている事件の概要を説明しはじめた。
事の起こりは嵐の去った後だった。
彼ら騎士団の最重要事項はスタンピートを未然に防ぎもしスタンピートが起これば、その被害を最小限に止める事だ。
森の生態系の異常がスタンピートの原因とされている以上。嵐が通過した後の森を調査する事は当然の任務だった。
騎士団はモンドールの森の調査の為に数隊に分かれて調査していた。
その一隊が川辺に倒れる女を発見した。
衰弱が激しく喋る事も出来ない状態だった。
隊員達は女を保護しスタフロス砦に運んだ。
幸い外傷は殆ど無く栄養と睡眠で彼女は随分と回復できた。
当直の隊員による聞き取り調査の結果、彼女はパメラと名乗り精霊憑きだと判明した。
スタンピートと精霊憑きの出現に因果関係が有るのかは判らないが森の異常と考えれば精霊憑きの出現は十分に警戒すべき情報だった。
隊員は直ぐにラーズ団長へ報告し彼女の処遇は団長の一存に任された。
「この時、団長はパメラと面談しているが何故か団長は人払いし二人だけで話をされていた」とジャミールは隊長達に話した。
「面談内容は判らないと言う事ですね」
女性隊長のローラが確認する。
「その通りだ」とジャミールが応じて続きを話した。
その夜、ラーズ団長は消えたのだった。
パメラが精霊憑きと判明してからは監視を強化し病室からは一歩も外へは出して居ない。
砦は通常警戒態勢だったが夜に出入り口を開けた形跡は無いし夜間の監視も怠って居なかった。
団長はいつも通りの時間に就寝しそれ以後、部屋から出て居ない。
朝食の準備が出来たので団長を起こしに行った団員が団長の不在を不審に思い探したが見つからない。以後団長は消息不明だった。
部屋には一滴の血痕も無く争った跡も無かった。
団長は忽然と消えたとしか思えない状況だった。
何処から聴きつけたのか、その日の昼前にはもうカリュシュ騎士団長のバッカスが砦を訪れて団長不在の事実を確認した。
この時点で王国騎士団は今回の事件の裏にカリュシュ騎士団が絡んでいると疑っていた。
バッカスは唯一の手掛かりと言って良いパメラを連れてカリュシュ市へと引き上げて行ったのだった。
「王国騎士団は団長探索を禁止され通常業務のみが許されている」と目頭を揉みながらジャミールは言い。
「だが、現場の状況を見るに団長が生きておいでになる可能性が高い。このまま手を子招いて居ては団長がお戻りに成られた後でどんなお叱りを受けるか判らん」と言う。
団長失踪から既に三日、猶予は無かった。
「諸君には秘密裏に団長探索の任務に就いてもらいたい」ジャミールは二人を見た。
「お任せください! 」とランス・シャザムが即答する。
続いてローラも「喜んで」と答えた。
「では、君達の考えを教えて貰えるかね」とジャミールが訊く。
ランスはパメラとカリュシュ側が結託しているのは確実だと言った。
何としてでもパメラを拉致しラーズ団長の居所を吐かせ、ラーズ団長を救出すると話した。
ローラはそんな事をすれば最悪、証拠隠滅の為にラーズ団長が殺されるのでは無いかと言うがランスは聞かない。
「そんな度胸がカリュシュ伯に在れば団長は初めから死体で発見されていたはずだ」と言う
ローラは乱暴過ぎると苦言を呈した。
「そもそもこの任務は極秘裏に行う任務なのに之では台無しではないか」とランスに言う
「では、ローラ隊長の考えを聞きたい」とジャミールが促した。
「まず、パメラと言う女を主犯と決めつけるのは危険です」とローラは答えた。
「以前からカリュシュ伯がラーズ団長を煙たがっていた事は周知の事実でしょう。
しかし、だからと言ってこの様な凶行に及ぶ程、追い詰められて居たとも思えないのです」
とローラは困惑気味に答える。
もっと広い視野を持って事件解決に臨むべきだとローラは提案した。
「具体的には如何する積りなんだね」とジャミールが訊くと
「隊の中にカリュシュ側に通じている者が居る事は間違いないでしょう。でなければバッカス隊長があの様に早くに団長失踪の事実に気付けるはずが有りません。まずは裏切り者を炙り出します」
「手緩い」とランスが机を叩く。
「その様に悠長に事を構えて居ては団長の身に何が有るか判らんでは無いか」とランスが睨んで来た。
「如何にも怪しい女を煙幕に使い本当の犯人は別に居る事もあるのですよ」とローラは切り返した。
ジャミールは腕を組んで考え、おもむろにローラを見て遣ってみたまえと指示した。
翌朝からローラとその部下オスロ・ヴァンピィが休暇願を出して受理された。
団長失踪から四日が経っていた。
その間、砦の不民の多くが解雇され交代要員が補充されていた。
バッカスの指示だ。
バッカスは砦内の不安要素として不民を上げた。
裏切り者が居ると仮定して騎士の交代などは出来ないが不民ならば可能だ。
出来うる限り早期に砦内部を正常な状態に戻す為に取られた措置だったが、恐らくバッカスの息が掛かって居る不民を砦から離す為にやった事だろうとローラは考えていた。
見え透いた手口だったが軍規は絶対だ。逆らえなかった。
入れ替えられた不民のリスト作りからローラは始めた。
リストの中に裏切り者が必ず居るとローラは睨んでいた。
真っ先に解雇された不民は軍馬の世話をしていた不民達だった。
ローラとオスロは解雇された馬番を探す事にした。
しかし、馬番達が何処に行ったのか消息が判らない。
カリュシュ市に向かい情報を集めているとジェイドの名前が挙がった。
ジェイドはこの辺りの不民を束ねている顔役の男らしい。今は伐採場で不民達の指揮をしていると情報が有りローラ達は伐採場へ向かった。
ジェイドは襤褸を纏った三十代の男だった。
ガッシリとした体格で如何にも働き盛りと言った感がある。
ローラが訪ねると切り株にどっかりと座り何の用だと横柄に返事をした。
「無礼だろう!」と部下のオスロが気色ばむがローラは気にしない様で手でオスロを制した。
相手は不民と言っても顔役だ。
カリュシュ市は大きな町だ。その都市機能を支える為には平民だけではとても支えきれない。
穀倉地帯での農作業やここでの伐採作業など不民は無くてはならない労働力だった。
その顔役ならば其れなり立ててやらねばならんだろうとローラは承知していた。
ローラはスタフロス砦で働いていた馬番達が今は何処にいるのかと単刀直入にジェイドに聞いた。
ジェイドは判らないと答えると「ちょいと興味本位で訊くんだが、そんな事を聞いてどうする積りなんだい? 」
「なに、少し聞きたい事が有っただけだ。邪魔したな」とローラは言うとさっさと伐採場を後にした。
ローラはジェイドが見えなくなるとオスロを手招いて小声で指示を出した。
「ジェイドを見張って頂戴。上手く行けば馬番の場所に案内してくれるわ」と言うと何処から出したのか襤褸服をオスロに渡してウィンクして見せた。
オスロがとても嫌な顔をしたのは当然だろう。
ジェイドは仕事が終わるとカリュシュ市の城壁にこびり付く様にある集落へと向かった。
集落と言っても難民キャンプと言った方がしっくり来る作りだった。
集落の周りには不民達が勝手に畑を作っていた。
其れなりの秩序が保たれている証拠だが城壁外部で不民が勝手に畑を作るのは違法だ。
オスロはカリュシュ騎士団は何をやっているのかと憤った。
それでもジェイドを見失わない様にオスロは気を付けて後を付いて行った。
闇夜だったが確かにジェイドが掘っ立て小屋に入って行くのをオスロは見た。
話を盗み聞こうと忍び寄り聞き耳を立てようとした時に後ろからジェイドに声を掛けられた。
飛び上がる様に驚きしどろもどろになる。
「何をしてやがるんだ」とドスの聞いた声でジェイドが言う。
「おや、昼間のお貴族様じゃねえか、どうしてそんな襤褸を着てこんな所に居るんです? 」
ジェイドはオスロに気づいて声色を変えたが目が座っている。
オスロは何とか言い逃れようと必死に頭を回すが良い考えが浮かばない。
ええいと気持ちを切り替えて大声で怒鳴りだした。
「何いってやがるんだ。馬鹿野郎、行き成り後ろから脅かすんじゃねえよ。びっくりしただろうが、どこを見たら俺様がお貴族に見えやがるんだ目玉が着いてねえのか馬鹿野郎」と捲し立てると周りから驚いて不民達がワラワラと飛び出して来ていた。大勢の不民達に囲まれながらオスロほ必死に捲し立ててその場を大股で歩き去って行こうとする。
「待て! 」の声が掛かった。
途端にオスロは全力で逃げ出した。
日頃から騎士団で鍛えているオスロだ。
逃げ足でも不民達には負けないだけの体力が有った。
何とかジェイドを巻いてローラの元に戻って行った。
ローラは騎士団内では其れなりに顔が知られている。
市内の宿は取れない、南方街道の脇道で野営していた。
背の低い木の根元で焚火をしてオスロの帰りを待っていると酷く、くたびれた様子のオスロが戻って来た。
「首尾はどうだった? 」とローラはオスロに聞いた。
「申し訳ありません。失敗してしまいました」
とオスロは言うと膝ま付いて頭を下げた。
事の顛末をローラに報告していると何とジェイドが現れた。
「送り狼が逆に送られて来たようね」とローラは冷静に言った。
ジェイドはさも当然と言うように焚火に掛けてあったポッドを取ると勝手にカップへ茶を注ぎ飲み始めた。
「走りどうしで喉が渇いちまった。構わんだろう」とカップを掲げてローラに言う。
「どうぞ」とローラは短く答えた。
「若い女がこんな所で野営して、あんた一体何者なんだ」とジェイドが訊いた。
「お前、本当に私の顔を知らないのか? 」とローラは言った。
「お貴族様の知り合いは少ないのでね」とジェイドは答えた。
「私の名前はローラ・フロレンス。スタフロス砦で百人隊を任されている」とローラが答えるとオスロが慌てて目配せをしてきた。
ローラは平然としたものでオスロに向かって説明する。
「此奴なら明日にでも私の事を探り当てるさ。今私が身分を明かしても大差ない。」と言いジェイドに向き直る。
ジェイドは目を丸くして心底驚いている様子だった。
身分制度が厳しいこの国に在って女性の身分は総じて低い。それが男社会の典型とも言える騎士団で百人隊長が女だとは本来、直ぐには信じられない事だった。
しかし、ジェイドは信じた様だった。
「嘘の匂いはしていない。信じるよ」とジェイドは言った。
「スタフロス砦の関係者だとは思っていたがまさか百人隊長様だったとは驚きだ」とジェイドは改めてローラを見た。
「要件は大体察しているだろう。馬番に合わせてくれ」とローラは言った。
ジェイドは首を左右に振りそれは出来ないとローラに言う。
不民には不民の仁義があるのだとジェイドは言った。一回でもジェイドが不民を貴族に売ればもうジェイドは不民の顔役を出来なくなる。
だからローラに馬番を売るような真似は出来ないと言った。
「そんな事で私が引き下がると思うのか? 」とローラがジェイドを見る。
「どうなさるんで? 」とジェイドが返す。
ローラが傍らの剣を手元に引き寄せるとオスロも自らの剣を構えた。
「俺を切っても馬番には会えませんぜ」とジェイドが言うとローラは「そうでも無いだろう。お前が今夜、訪れた集落には畑が有ったそうじゃないか? 不民が城壁に勝手に畑を作る事は違法だと知らないのか」と伺うようにローラはジェイドを見た。
「お前が居なければ騎士団で不民どもを拘束して馬番を見つけるのは半日と掛かるまいて」とローラは言った。
ジェイドが此処で死ねば集落へ危機を伝える者が居なくなる、後は畑を作った罪を理由に不民達を拘束する事は容易いだろうとジェイドも思った。
「惨い事を考えるもんだ」と呆れたようにジェイドは答えた。
「此方も切羽詰まっているのでね。無理もするさ」とローラはジェイドを油断なく見つめる。
ジェイドの目に危険な光が揺らめく。
何時の間にか人影がジェイドの隣に現れていた。
ローラとオスロはその異形に目を奪われた。
「俺がカリュシュ市で五人しかいない精霊憑きだと知らなかったのか? 」とジェイドは言った。
「二対二だ。簡単に遣れると思わんでもらおう」
とジェイドは立ち上がった。
オスロはあの集落で掘っ立て小屋に入って行ったのはこの豹頭の怪人だったのかと今更ながら思い知った。
ローラは驚きながらも降参だと言わんばかりに両手を上げてジェイドに座ってくれと言った。
ジェイドが見かけ以上の強敵だと考えたのだろう。
私の調査が失敗すれば今度はランス・シャザムと言う百人隊長が出て来るだろうとローラは言った。
ジェイドの顔色が変わる。
「ほう、私の事は知らないがランスの事は知って居そうだな」とジェイドに言った。
苦虫を嚙み潰したような顔でジェイドは知っていると答えた。
ジェイドの顔色を見てローラはジェイドのランス評を聞いてみたいと思ったが今は辛抱した。
「ランスが出てくれば秘密裏に事を運ぶなどと器用な事は出来ないだろう。町で大きな騒ぎになる」とローラは言った。
不民達にも色々と影響が出る筈だとジェイドに言う。
「私に協力してくれないか? 」とローラは言った。
不民を売る事は出来ないがパメラと一緒にオベリスクから出てきた精霊憑きなら紹介しても良いとジェイドはローラに言った。
ローラが目を剥いて驚いたのは無理からぬ事だろう
想像すらして居なかった展開だった。
直ぐに合わせろとジェイドにせっつくがジェイドは駄目だと言う。
明日、例の集落に来てくれれば会わせると言う。
「今夜は駄目だ」とジェイドは頑なに拒否した。
「それも仁義って奴なのか? 」とローラが訊くとそうだとジェイドが答えた。




