997 凱旋時の出来事
「ヒィィィィィィッ! どうしてこんな高い場所に私を掲げるのっ? これじゃ目立っちゃうじゃないのっ!」
「だから目立たせてんだよ、悪の権化である魔王がだな、こんな情けない姿で、しかも民衆からカラーボールなんか投げ付けられて、王都中を引き回されるのを見てだな、誰もが平和の訪れと、人族側、いや俺達勇者様方の勝利を確信するんだ、わかるか?」
「わかりたくないわよっ! とにかく、石ころとかぶつけられないようにちゃんとガードしてよねっ、あんた達と違ってその程度でも大ダメージを受けるんだからっ!」
「へいへい、その辺りのことについてはご安心を~っと……腐った卵ぐらいは飛んで来るかもだけどな」
「絶対に、何があっても私にぶつかる前に受け止めなさいよっ! もしちょっとでも喰らったら二度ということ聞かないからっ! わかったわねっ!」
「だから捕まっている分際でこの俺様に命令する奴は……」
「あっ、超ごめんなさい反省してます、ホントにすみません……ねぇっ、ごめんなさいって言ってるでしょっ? ひぎゃぁぁぁっ! おっ、お許しをぉぉぉっ!」
部隊の全て、もちろん荷馬車の後ろの先も含めて森を抜け、基本的に物体の襲撃リスクがなくなったと思われる地点において、まずは筋肉団が持って来た神輿のようなものに魔王をセットしていく。
無様な格好のまま、荷馬車の一部として紛れ込んでいた秘密の1台から魔王を、本当に哀れな姿のソレを取り出すと、何も知らない一般の兵士や同行していた商人の一部からどよめきが上がる。
まぁ、兵士に関しては知らせていなかったのでそうであろう、いきなり知らない美女が、あられもない格好で縛り上げられたまま出て来たのだから驚きだ。
だが商人の一部、お前等のその反応は相当にヤバのではないか、そう思わない自分がもっとヤバいのではないかと、この辺りでそろそろ気付いて欲しい。
どう考えても情報が不足しており、全てを知っている部隊の上層部や俺達からその『魔王捕縛に関する情報』を、ここまで仕入れなかったのは商人として非常にアレだ。
次からは気を付けて、もっとアンテナを張り巡らせて欲しいものだとは思うが、どのみち今驚いた顔をしている商人は、もう俺達が個人や勇者パーティーという団体として利用することなどないであろうな……
「ひぃぃぃ……どうして私がこんな格好を……」
「何だ? その格好に不満なんだったら、もっと凄まじいスタイルを提供してやろうか? 素っ裸で杭に縛り付けられるとか、そういうのの方が良いのかな?」
「こ、こっちの方がマシよ、そんなあられもない格好にはしないでちょうだい」
「そうか、これで満足か、じゃあもうちょっと尻が良く見えるようにしないとな、ついでに手形も付けておくべきだ、それっ!」
「ひゃいぃぃぃんっ! 痛いわね、てか見てんじゃないわよ他人のお尻を……あっ、ごめんぶたないで、調子に乗った発言については謝るから……ひぎぃぃぃっ!」
「勇者様、そろそろ動き出すって、良いかしら?」
「OKだ、いつでも動いてくれって、早く晒し者になりたいって魔王も言っているぜ」
「言ってないわよ……と、なんでもありませんごめんなさい……」
『では王都へ向けて出発する!』
『ウォォォッ!』
向かうは王都の東門、そこから入ってまずは中心部へ、そこから王宮の周りをグルッと回る感じで移動しつつ、民衆を王宮前広場に集める。
王都の主要な場所を回った後には、そこで魔王を捕らえたこと、また食糧についても当面の心配はないことなど発表し、人々に安心感を与える作戦だ。
もちろん明日以降、物資がかなり不足している中ではあるが、それなりの戦勝記念祭を開催するのは言うまでもない。
魔王と、それから捕らえてある副魔王を始めとした魔王軍関係者を晒し者にしつつ、人族の、いや異世界勇者の勝利を祝うのだ。
……と、ここで王都の城壁を乗り越え、こちらへ飛んで来る小さな影がひとつ……精霊様のようだな、情報を聞きつけてやって来たのであろう。
すぐに俺達が居る場所、というか魔王が晒し台の上に乗せられている状態なのを発見したらしく、速度を上げてこちらへ向かう精霊様。
嬉しそうに手を振っているということは、何かトラブルがあって急いでいるわけではないということだ。
きっとこれから俺達が王都内を練り歩くのに参加したい、むしろ自分が一番目立ちたいという魂胆なのであろう。
そうはさせない、俺が、この異世界勇者様がもっとも目立たなくてはならないのだと、そう伝える予定を立てつつ、まっすぐ飛んで来た精霊様を迎え入れた……
「やっぱり、魔王を捕縛したのね、どこに居たの? どうやって捕まえたの? これからどんなお仕置きをするつもりなの?」
「まぁ落ち着け精霊様、今回は普通に凱旋して、その際に引き回しをするだけだ、魔王を捕縛したぞっていうアピールだな、ところで……」
「投げ付けるためのアイテムを買い占めていないわっ! 何でもっと早く言ってくれなかったのよっ!」
「いや、普通に察してくれるかと……すまんね」
「やけに防犯グッズ屋とか腐った卵屋が繁盛していると思ったのよね、そういうことだったの」
「いや防犯グッズ屋はさておき、腐った卵屋って何だ? それは商売が成り立つのか?」
腐った卵屋というのは、どうやら食料品店からもうダメそうな卵を処分価格で搔き集め、晒し刑や、公開処刑の前の罪人が引きたてられたタイミングでそれを現地価格にて販売し、差額で利益を得るビジネスらしい。
もっとも腐った卵程度であれば各々が自分で用意していたり、そもそも刑吏が汚れてしまうのでそういうのは投げないで下さいなどと注意されることもあり、現在は専ら防犯用のカラーボールが投げられるとのこと。
まぁ、罪人にカラーボールを投げる習慣がどの世界のどの場所からやって来たのかは謎だが、今回も一部の硬派な連中を除き、汚い、腐敗した卵が飛んで来るようなことはないのであろうと予想しておく。
それから……魔王の格好はかつての世界の有名女子高の制服風なのだが、これも汚れてしまうのは、というか汚れが落ちなくなってしまうのはあまり良いこととは言えないな。
ベースが制服だけあり、魔王はこれからの生活においてもこの服装を、それが魔王であるということを示すためにしていくわけだし、それが防犯用魔導カラーボール(油性)の汚れでとんでもないことになっているというのはよろしくない。
となると、今販売されている、そもそも犯罪者に投げ付けることによってそれにマーカーをする、しかも洗っても落ちない魔法(油性魔法)が施されているカラーボールではダメだ。
新しく『水性』のものを開発し、今回の引き回しにおいてはそれ以外のモノを投擲してはならないことにしなくては……
「……精霊様、ちょっと良いか? 実はだな、この魔王の服装はアレでコレで、そういうわけでこんなかんじのかくかくしかじかなんだ、わかるか?」
「……わかったわ、じゃあ先に王都へ行っているから、ついでにこの件も伝えて、お触れにさせておくわよっ」
「頼んだぞ~っ」
「ちょっとっ、これ以上私に何をするつもり? カラーボールとか腐った卵とか、罰が重すぎると思わないのかしら?」
「いやそれで終わりじゃねぇぞ、後でタップリと鞭をくれてやるからな、それと、今のはお前のためにしてやったことだから感謝すると良い」
「本当に何を企んでいるのかわからないわね、怖いから防御魔法とか周りに張って欲しいんだけど」
「それなら大丈夫だ、もしヤバそうなブツが飛んで来たりしたら、速攻で誰かが弾き落とすから、誰かがな」
「ねぇそれ、その瞬間になったら『きっと誰かがやるだろう』とかなって、結局誰も動かないパターンよね?」
「そういうケースもあるにはあるな、我慢してくれ」
「・・・・・・・・・・」
台座の上の魔王と他愛のない話をしつつ歩いて行くと、集団はようやく王都東門の前へと到達する。
門は未だ閉じられ、例の物体対策としてはそこそこ厳重な様子、いやこれぐらいでないとダメか。
念のため俺達のような派遣部隊のメンバーも、どこかに物体のごく小さなものをくっつけていたりしないかのチェックを行ってからでないと入城出来ないことと決まったらしい。
そもそも、本当に小さな物体であってもその力は絶大であり、服にチョビッと付着するぐらいであれば、普通にその個体を丸吞みにしてしまうのではないかと思うが……王都の中の連中は未だに物体のホンモノを見たことがないのだ、きっと予想で『こういう感じなのであろう』と決めつけているのだな。
まぁ、それに関してはこの先、実際に物体の被害を受け、少なくない犠牲者を出したこの派遣部隊のメンバーが、それぞれ証言することによってその『実際の姿・脅威性』が、国の中枢連中にも見えてくることであろう。
で、何やら魔導機械……空港の金属検査で用いるハンドタイプのアレにしか見えないのであるが、それを持った兵士が城門に設置された小さな扉からワラワラと出現、前から順に何らかのチェックを掛けている。
『はーいっ、ここからここまでの方は反応なし、前へ進んで待機して下さーいっ!』
『次の10名、前へ出て下さーいっ!』
「……なぁセラ、あの装置でのチェックって」
「まるで意味がないと思うわよ、そもそも単なる魔力計だしアレ」
「絶対に国の方々を騙して売り付けた人が居ますよ、悪い商人です」
まるで効果がないのに効果的だと謳った金属探知機のような魔力計測装置、その嘘に政府機関までもが騙されてしまったということになるのだが、やはり世の中にはあくどい商売をする者が存在しているのだなと思う。
そしてもちろんのこと、この装置の売れ残りと思しき新品が、いくつか俺達の屋敷に、その地下の倉庫に保管されていたのである、これは後に気付いた。
犯人は屋敷に残っていた2人の『商売人』のうちどちらか、まぁ、元々商売人である方は信頼も重要なのだから、そういうしがらみがない、今必死で『水性のカラーボール』を製造している方の商売人の仕業であろうな。
調子に乗った罰として収益没収の刑などを科すと同時に、再発防止に取り組むことを約束させるという、なんとも文明的な解決方法を選択したのは、そのまた後のことであった。
そしてテンポ良く進んでいたチェックは俺達の所へ……早速ルビアが反応しているではないか、単なる魔力計なので、普通に強者に対して反応をしてしまうのだ……
「えっと、あの……どうしてでしょうか? 少し追加チェックを」
「いえ、それはもう普通に無意味かと……」
「ちなみに私も鳴ると思うわよ、ほら」
「あっ、ビーって……こっちもビーッ!」
「おいおい、勇者パーティーは全員鳴るんじゃねぇのかそれ?」
「あ、いえ勇者殿だけ無反応ですね」
「魔力的に劣っているのよ勇者様は」
「・・・・・・・・・・」
何だかわからないが凄くムカつく気持ちになってしまったため、こんな俺を見てケラケラと笑う晒し台の上の魔王に一撃、強烈な鞭を喰らわせてやった。
それがキッカケとなり、またやいのやいのとやり取りをしている間に、俺達の後ろに控えていた連中、もちろん半数程度が強烈に反応し、ニセモノの物体発見装置を鳴動させていた筋肉団員も、滞りがあったにせよチェックを終え、王都への入城を許可される。
もう一度隊列を組み直し、魔王を乗せた晒し台付きの神輿のようなものを中心に据え、さらに『汚れても良い服装』をした兵士らがそれを担ぐ。
城門が開かれると、中には凄まじい数の民衆が、列を成して待機しているのが見えた……きっと俺達勇者パーティー選抜部隊の活躍を賞賛するために集まったのであろうな……
※※※
『ウォォォッ! 食料万歳!』
『魔王も悪い奴だけど可愛いぞっ!』
『死ねっ、このヘタレ勇者!』
「うわっ、ちょっ、腐った卵を投げるんじゃねぇっ! てか何で俺に投げるんだよ……あっ、またたま……爆弾じゃねぇかぁぁぁっ!」
「ちょっと勇者様、傍に居ると色々危ないからもうちょっと離れてよね」
「クソッ、なんで俺がこんな目に」
凄まじく盛り上がる民衆、そのうち半数は、魔王などそっちのけで食料の確保に対して喜び、そして3割程度は魔王に対して何やら言いつつ、許可されている水性のカラーボール、もちろん精霊様が独占販売したものを投擲している。
で、残った2割程度なのだが、それらはどうしてか、禁止されているはずの油性カラーボールや腐った卵、手榴弾などを持ち込み、しかも勇者様であるこの俺様に向かって罵声と共に投げ付けているではないか。
奴等は敵の手先か? いやそもそも現状における敵とは? 様々な疑問が生じてしまうのだが、とにかく隠れないと、このままだととんでもない目に遭ってしまう、ほら、また魔導ミサイルが飛んで来た。
「おっとっ、危ない危ない、王都の外に投げないとだ」
「ねぇご主人様、そんなのまで飛んで来るの、さすがにおかしくないですか?」
「うむ、俺もそんな気がするんだが……ミサイルを発射したのはあそこのフードを被った……砲兵隊みたいな連中か、すげぇ装置を持ち込んでいやがる」
「あっ、あっちの方に魔法攻撃隊みたいなのも居ますよ、建物の上です」
「ほうほう、こっち、というか俺をピンポイントで狙って……暗殺しようと企んでいるのか」
「節操のない連中ね、こんな時ぐらい静かにしておけば良いのに、攻撃が食料に当たったら嫌われるのは自分達なのよ」
「いや……俺の心配は?」
異世界勇者様たるこの俺様ともあろう者が、この程度の攻撃、たかだかミサイルだの大集団による集中魔法攻撃だので殺られてしまうことはまずあり得ない。
それでも暗殺犯共が攻撃を仕掛けてくるということは、俺をどうにかしてしまおうというのが本来の目的ではなく、もっと何かアピールしたいことがあるのではないか。
例えば、『勇者が町中で攻撃を受けるぐらいには嫌われている』ということを世に知らしめたいとか、そういった理由で連続攻撃を仕掛けているのだとしたら、このまま受け続けるのは間違いなく俺にとってマイナスだ。
この辺りでフェードアウトして、民衆には俺が認識出来ないような状態になっておくべきかも知れないな。
目立ち、賞賛を受け止めることがなくなるのは残念……いや、そもそも俺に賞賛の言葉を贈っている民衆は全くのゼロか……
『死ねぇぇぇっ! このゴミ勇者がぁぁぁっ!』
『お前に処刑された友の恨みぃぃぃっ!』
「あら、勇者様、遂に直接飛び掛かって来るタイプの襲撃ですよ」
「面倒臭せぇな、てか今日は多すぎだぞ、魔王よりも俺が犯罪者みたいじゃねぇか」
「あいてっ、自業自得よ、きゃんっ、これまでやってきたことを、あぐっ……このカラーボール、当たると結構痛いわね、ひゃんっ」
「魔王お前、ちょっとこの状況に順応しすぎだろう?」
俺が攻撃されるのはともかく、魔王が当初の状態とは異なり、もう完全に平気な顔をしてしまっているのが気掛かりだ。
もちろんモノを投げ付けられれば痛いし、恥ずかしい格好でパンツも半脱ぎ状態になっているという屈辱は消えないのであろうが、それにしても順応力が高すぎである。
まぁ、この世界に放り込まれて、何やかんやで勇者としてやっていけている俺が言うのもアレだが、魔王が魔王としてここまでやってこられたのは、やはりこの環境に対してあっという間に順応する能力ゆえだと思う。
そしてこのような最悪なショーのネタにされているという事実をアッサリ飲み込むことが出来るのだから、この先は物体との戦いのため、そしてその先のことのため、俺達に協力するということ、それに至るまでの変化はどうということもないはず。
魔王には罰を与えて、王都の方、人族の側は戦勝記念祭を執り行って、それが済んだら少しばかり休憩して、そしたらすぐに新たな冒険を始めることが出来そうな、そんな予感だ。
もちろん、今現在俺に攻撃を加えてきているような、わけのわからない敵への対処なども考えなくてはならないのだが、それはまた今度、時間のあるときにまとめて殺ってしまえば良いであろう……
「……っと、隠れた甲斐があって静かになったな奴等」
「そうね、あんたが居なくなってもこのパレードの盛り上がりは変わらないものね、ぶっちゃけ要らないんじゃないの勇者って?」
「魔王、お前性格悪いな非常に、そんなんだと鞭で打たれる回数が増えるだけだぞ今後、てか今喰らえっ!」
「ひぎぃぃぃっ! あっ、でもあんた、気配を消してないと……」
「しまったっ! すげぇデカいミサイルがっ!」
うっかり姿を現してしまった俺に対し、どこからともなく巨大魔導ミサイルの群れが襲い掛かる。
相当に金持ちな奴がバックに付いているのは間違いないなこのテロリスト共、しかも逃げ足が速い。
で、その後も事あるごとに攻撃を受け、凱旋パレード兼魔王の引き回しが終了し、王宮前広場に到着する頃には、俺はもう疲れ切ったシナシナのきゅうりのような状態となり果てていた。
迎えてくれた居残り組の仲間達も、ここまで何があったのだというような顔をしているのだが、普通にミサイルや爆弾で狙われていただけである。
で、今は王都の中枢を担う連中がステージに立ち、今回の遠征によって食料を調達することが出来、王都内での生産分も含めれば、当分の間飢餓に陥る者は出ないであろうとの見解が示され、当然に盛り上がっているのだが……どうやら次に予定されていた俺のスピーチは注視らしい。
ここまでさんざん攻撃を受けていたのは誰もが見ていたゆえ、それがここで起こらないという保証は一切ないのだ。
そしてもし攻撃を受けた場合には、周囲に被害が出てしまうであろうという予想のもと、俺が壇上に立つのは控えて欲しいとのことであった。
結局魔王捕縛の件については駄王がしどろもどろで報告し、何だか締まらない感じのまま、この後開催される戦勝記念祭の予定が発表されたのである……




