995 対話
「よっしゃ、そういうことで下山すんぞ」
「何? 私はこのままついて行って良いってこと?」
「その通りだ、可能な限りフレンドリーな感じで、『大勇者にお救い頂きましてありがとうございます』な感じを醸し出しながらな」
「難しい要求ね、しかも大勇者様って自分で言っていて恥ずかしくないのかしらこの男は?」
「うるせぇっ! 魔王じゃなくて大魔王とか自称している奴も居るじゃねぇかそこら中にっ!」
「少なくともこの世界には居ないわよ……居ないと思うわよ」
「こういうことに関して含みのある言い方をするんじゃねぇよ……」
フラグかとも思ってしまうような魔王の発言、そうはならないことを祈りつつ、作戦に成功した俺達と、それから逃亡に失敗し、無様に捕まった魔王は山を降り、セラとミラの実家がある村の人里へと向かう。
俺達も温泉に浸かっておけば良かったかとも思ったが、良く考えてみれば今後もここへ、この村付近へ来る可能性は高く、それも頻繁なことになるはず。
そもそも例の『物体』については、まだ何も片付いていないどころかどうにかするための作戦が始まっていないような状況。
もちろんあのようなブツがここまで来るとは思えないが、王都側からと、そしてこの村側からと、東に関しては挟み込むような感じで、アレが存在していないとは限らないエリアを入念に捜索していかなくてはならないのだ。
……という建前で、実際には完全な状態になり、一般的に利用が可能な状態といえる感じになった温泉を利用してやりたいだけではある。
まぁ、物体どうこうはあるのだが、そもそもの人族の敵であった魔王の方に関しては、今こうして捕まえることに成功したわけだし、しばらくすれば普通に、プライベートでこういう場所へ来たりということが出来るに違いない。
「さーて、村へ到着よ、これからどうするかだけど……特にその魔王」
「うむ、まずはほら、そこに集合している総数500程度の馬鹿な魔族共、それに対して魔王発見の報告と、それから魔王直々のスピーチをさせるんだ、お前もそれで良いな?」
「よくもまぁあんなに集めたわね、どうやったのかしら? それで、スピーチって何を言えば良いのよ?」
「余計じゃないこと、俺達が言って欲しいと思っていることをだ、なお、少しでも不審な動きがあれば、後ろに立っているカレンが直ちに『背中を掻いてくれる』らしいからな」
「わうっ、これでいきます、シャキンッ!」
「……それは切り刻まれるやつじゃないの……わかったわ、余計なことは言わずに、『敵だったはずの勇者パーティーに助けられました~、感謝』みたいなことを言っておけば良いのね?」
「うむ、理解が早くて助かるぞ、で、その後はまぁ、公会堂に……何かあるかな?」
「地下に特別室がありますよ、鉄格子が付いて非常に安全な、臭い飯付きのスウィートルームです」
「だってよ、良かったじゃねぇか魔王、食料が少なくなっていたんだろう?」
「まぁ、そおこは素直に感謝しておくこととするわ」
臭い飯で満足するほど困窮していたわけではなさそうだが、このまま放置されればいずれはそうなっていたことが確実である魔王。
食事をやることによって、俺達は本来的な意味で魔王を『救ってやった』ことになるのだから、これからの馬鹿魔族共を前にしたスピーチで、前払いのようなかたちで感謝の言葉を述べさせても嘘にはならないであろう。
で、それの内容についてはもう魔王に、この世界にやって来る前から賢い系であったはずの女に任せ、俺達は食糧調達のために派遣されている部隊の連中に話を通しに行く。
魔王を捕獲したことを報告し、その連行のため、サッサと買い付け交渉を済ませ、荷物を積み込んで王都を目指すのだということを伝えるのだ。
こんなド田舎の村で、しかも公会堂の、アホな酔っ払いを一時留め置くような留置所に、人族全体の敵である魔王軍の親玉を置いておくわけにはいかないのだから……
「……というわけでだ、早くして欲しい、てかどんだけモタモタしてんだよ? 買い付け交渉と積み込みぐらいバシッと1日でキメとけやこの無能指揮官が」
「いや、その、特別手当が1日ごとの計算になっていて……とととっ、ところでだ、やはりあの壇上で、こんな夜中に魔族共に対して何やらスピーチしているのは……」
「魔王に決まってんだろう、今俺が言った言葉の中で、そのことが確実だと判断出来ないでいちいち聞いてくるとはな、お前、どれだけ無能なんだよ?」
「その無能さでは報酬も特別手当も意味がありませんね、お金の使い方、わからないでしょう? 代わりに私が貰っておいてあげますから、あなたは速攻で終わるはずの買い付けがこんなにも時間を要したことについての責任を取って死んで下さい」
「あ、それと道中で物体に襲われたときに犠牲になった方々、そっちの分も忘れちゃいけないぞ、遺族への見舞金はお前の財産から捻出だ、そして死ね」
「ミラ、勇者様、そんな低能な人間と会話すると馬鹿が移るわよ、ということで明日には出発出来るようによろしく」
「よろしくーっ! キャハハハッ、無能! 無能! 無能!」
「・・・・・・・・・・」
ゴミのような能力しか有さない、つまり単に邪魔で処分すべきであるというだけの指揮官に対して、明日中、いや明日の午前中にはここを出立することが出来るよう、責任を持って準備を終えるようにと命じておく。
まぁ、交渉の方はまだ半ばであり、どれをどれだけ持ち出すべきなのかということについて本格的に決まるのはこれからなのであろうが、それを明日の午前中にやっていただきたいところだ。
もちろんこの村にも、王都側にも損がないようにしなくてはならないのだが、この無能な馬鹿にそんな上手い取りまとめが出来るかどうか、そこは非常に心配である……
「ご主人様、本当にあの人に任せていて大丈夫なんでしょうか? 私、お米が食べられなくなるのはイヤですよ絶対」
「う~む、それもそうだな、まぁ明日物資の内容を確認して、もしアレな感じだったらあの馬鹿を殺そう、そして一番重要な米のみに関してササッと再交渉するんだ、せめて俺達の分だけでも確保するように……と、魔王の奴が戻って来たぞ」
「そのまま逃げなかったなんて偉いじゃないの、それで、あの馬鹿な上級魔族共はしっかり盛り上がったのかしら?」
「大丈夫、そちらが要望するところから大きく外れてはいないはずだわ、それと、お腹空いたんだけど私」
「贅沢な奴だな、しかもこんな夜中に腹が減ったなど、クソデブになっても知らんぞ」
「良いじゃないの、どうせこれからストレスとか屈辱とかで痩せるんだし、何か食べさせなさい」
「どんなダイエットだよ全く……と、その前にこっちへ来い、スウィートルームへ案内してやろう」
「確実にジメジメしているわねこの先は……」
スケスケネグリジェ姿のままの魔王、もう恥ずかしいという心さえ消えてしまったのであろうが、とにかくその手を引っ張り、施設の地下にある村共有の地下牢へと誘う。
幸いにして今は使われていないようだ、というか明日も平日であるため、ここに捕まっているような酔っぱらいは居ないし、居たとしてもそいつはここではなく、もっと厳しい矯正施設に放り込まなくてはならないであろう。
で、そんな場所に魔王を、ついこの間までは魔族の軍団を束ねる者として君臨し、贅沢な暮らしをしてきたのであろう人物を放り込む。
あまりの汚らしさに戸惑う魔王、せっかく温泉に浸かったのになどと文句を言うのだが、ここに捕まっているのはそもそも自業自得だと言い聞かせ、『引っ越し』を諦めさせる。
仕方なしという感じで奥のベッド……ではなく木の板が少し高くなっただけの何かに腰掛け、虫などが居ないかと周囲を見渡す魔王。
朝までそこで反省しておくようにと、どうしようもない小悪党に告げるようなことを言い放ち、地下から抜けると……建物の前に魔族の馬鹿共が数匹、いや十数匹も待ち構えていた……
「……何かあったのか?」
『魔王様はどちらの部屋へ行かれたのだ? せっかく助かったというのに、こんな狭苦しい建物の中では落ち着くことも出来ないだろうに』
「いや、もう疲れて寝ているから、今は広いとか狭いとか関係ないはずだ、それよりも明日ここを出立する予定でな、お前達はどうするんだ? もちろん……」
『魔王様が行かれる場所へ向かう』
「……うむ、そうだな、だが明日向かうのは人族の地の中心、王都なんだ、だからこれだけの数の上級魔族が一気に来るというのはちょっと……そうだ、事情を説明するから、3日遅れで来てくれ、場所は……『王都北門』を指定しておこう、物体に気を付けるんだぞ、じゃあな、おやすみ、これで話は終わりで鵜す、以上!」
『3日か、わかった、ではここにて3日待機し、その後に指定の場所へ向かうこととしよう、魔王様のために』
「ここに居るって、村にも相当な迷惑が……いや、何でもないんだ、こっちの話でな、じゃあなっ!」
ここで、俺は少し失敗をしてしまったことに気付いた、今日までのこの馬鹿魔族共は俺が救い出されたということを信じ、勇者であるこの俺に付き従う勢いであったのだが、今はそうとも言い切れない感じなのだ。
おそらく本来の精神的支柱である魔王が目の前に姿を現し、そしてスピーチしたというインパクトの強い事象が関係しているのであろう。
もちろん、最近になって突然上位者として現れた、というか元々は忌むべき敵であった勇者と、本来の上位者である魔王と、その2人が並べばこの馬鹿共の気持ちがどちらへ傾くのか、それは一目瞭然であった。
しまったな、やはり魔王は見つからなかったこととして、コッソリ王都へ連れ帰る作戦の方が良かったかも知れないな。
その方が馬鹿共に無駄な捜索などさせ、それが無意味であることを知っている俺達は、陰で馬鹿な奴等だと指を差して笑うという楽しみを得られたかも知れないし、今回のはやはり判断ミスであろう。
とはいえ、どうせこの連中は今だけの『お友達』であって、そのうちに捨ててゴミと……はしないか、娯楽用、王都民のストレス発散用の死刑囚として、最後の最後まで楽しみ尽くしてしまう予定だが、そんな感じなので別にどういう心情であろうが構わない。
しかし、俺や勇者パーティーの『正義性』を疑うような奴がこの中から出現し、行動としての『魔王奪還』に走った場合が厄介だな。
もし魔王本人にその気があれば、また上手く逃げ出して行方をくらましてしまうようなことも考えられるのだ。
一応、そのようなことになる前に魔王と馬鹿共を隔離すべきだな、というか問題は今、今夜である……
「セラ、すまないが俺はここへ泊まる、魔王にもしものことがあるとアレだからな、朝になったらそっちへ行くから先に帰っていてくれ」
「ええ、といってももうそのうちに朝になるわ、じゃあまた後でね」
「うぃ~っ」
明日の午前中さえ乗り切れば、帰りは勇者特権、寝てない人特権をフルに使い、最も楽な方法で移動する権利を確保してしまえば良い。
ということで徹夜を決意した俺は、公民館内で必死になって何かの計算をし、明日までに物資の調達を終えなければならない王都の役人や商人の邪魔をせぬよう、魔王を放り込んでいる地下へと向かった……
※※※
「よぉ、寝ていないのか?」
「当たり前じゃないの、こんな場所で寝たら、あっという間にクモとかムカデの餌になってしまうわ、それよりも1人で来たわけ? 仲間を連れて来なくて良かったわけ?」
「おいおい、せっかく心配して来てやったというのに、その言い草は何だよ全く」
「心配して……せっかく捕まえたのに逃げ出さないかが心配で見に来ただけでしょうに……」
「まぁ、そうとも言うな、それよりもお前、これ以上あの魔族共とコンタクトを取るな、俺の信頼度が薄れてしまうと色々面倒だからな」
「あら、私の方が魅力的な指導者だから、それを隠そうと……わかったわ、そういうことは思っても言わないからその鞭をしまいなさい」
「思うことすらすんじゃねぇよ……」
魔王の方が勇者よりも魅力的である、それはもちろん魔族という存在にとってはそうなのであろうが、それを指摘される、つまり一定の条件下においてであれ、この異世界勇者様たる俺様が、魔王などという悪の権化よりも劣っているという事実を突き付けられるのは本当にムカつく。
まぁ、鉄格子を隔てて中と外、どちらがどのサイドに居るのかということを考慮に入れれば、まさに勇者様であるこの俺様の方が優れていたがゆえに、こういう結果がもたらされたのだと主張することも出来なくはないが。
で、結局のところ何をしに来たのだという魔王に対し、見張りをしなくてはならないが、徹夜をするに際して話し相手が欲しいのでここへ来たという、建前でも何でもない実際の気持ちを打ち明け、その相手をさせる。
魔王は寂しい奴めなどと調子に乗っているのだが、どうせ自分も心細かったに違いない。
口に出してそうは言わないが、暇な俺の相手をしてくれるのはそういうことゆえなのだ。
魔王城から単独で脱出して、森の中を1人で彷徨ってやって来た場所で、久しぶりに他人と会話をしているという現実が、どれだけ嬉しいものなのかをもう一度良く考えて欲しいところである……
「……それで、あの物体だけどさ、どこからあんなモノを召喚したんだ? 魔界だとしたら魔界のどの辺り?」
「知らないわよそんなの、色々と書籍で研究して、とやかくやっているうちに完成したシロモノなんだから、今から同じものを作れと言われても、お城へ戻ってデータを見直さないと無理ね」
「それじゃ、あの物体の何たるかは一生解明出来ないってことか? 魔王城の中のを全部倒さない限り?」
「う~ん、でもまぁ、完全に忘れてしまったとかそういうことなわけじゃないし、どうにかなるかも知れないから頑張りなさい、責任を取って」
「責任があるのはお前だっ! というかちょっとは思い出せよな、弱点とか、ほら、塩を掛けると溶けてしまうとかさ」
「ナメクジじゃないんだから、それに弱点はたったひとつだったはずよ、術者から受け継いだ装備品を剥がすと、形状を保てなくなって……」
「あの物体になってしまうと……なるほど、お前は『幻想魔王』の状態まではキッチリ研究して自分で作ったけど、その後、『魔王パンツ』を剥ぎ取られた後のあの物体については何もわからないと、そういうことだな?」
「その通りよ、だからもうこれ以降に得た情報だけでどうにかしていくしかないのアレは」
「ちょっとキツいよなそれは……」
なかなかハードモードとなる予定であったこれから先の戦い、もちろんあの物体の討滅のための戦いだ。
今の時点でわかっている情報はかなり少なく、それも相当な強さがないとごく小さな1体さえも相手に出来ないというような、あまり良いとは言えない情報ばかり。
しかも奴等は増えるのだ、主に魔王城から近い王都北の森、そこに逃げ込んだ数多くの魔王軍脱走兵を喰らい、それが居なくなれば森の魔物を、迷い込んだ何も知らない人族を、そしてその辺の野生動物なども飲み込んでしまう。
それらが全て魔力に変換される頃には、周辺の森に蠢くものは全てあの物体になってしまっているはずだ。
もちろん意思を持たないゆえ、そう効率良くことを進められるとは思わないが、いつかはそうなってしまうのである。
そのことについては俺も知っていて、王国の上層部も理解していて、そして今この場で魔王もわかっているということを確認した。
どうにかするためにはお互い協力する必要があると、ここまでいがみ合い、殺し合ってきた人族と魔王軍だが、ひとまず今回の戦いの清算が終われば、一時的にでも手を取り合ってあの物体に対抗しなくてはならない……
「まぁ、そういうことね、どうなるかわからないけど、この世界に送り込まれた私達は、お互いに戦わされただけで終わりじゃないってこと」
「うむ、というか物体はお前のせいだがな」
「あんたのせいでもあるでしょっ!」
「と、それは置いておいてだ、物体を全部倒した後なんだが……どうするつもりだ?」
「それって、かなり先の話になりそうじゃない? そんなところまでまだ決めていないわよ」
「計画性のない奴だな、俺はな、この世界の様々な秘密を暴いて回ろうと思っているんだよ」
「秘密を? この世界に何の秘密があるっての?」
「全く、本当に世間知らずな奴だな」
「凄くムカつくわね何だか……」
そういって膨れる魔王に対し、俺はこの世界にかつてあった事象、魔族領域が瘴気に包まれ、人族が変異し、様々な種族や人族の亜種に変わっていったことなどを、懇切丁寧に教えてやる。
魔王はこれまでに一度もこの話を聞いたことがなかったらしく、大層驚いている様子だ。
俺達のように旅をせず、魔王城に引き籠っていたのだから無理もないような気がするが、ここは俺様の勝ちである。
で、さらにこの世界についてだけでなく、神界と魔界の繋がりというか、その同一性についても話を進め、神の中にもやべぇ奴が居て、そのうち1柱が様々な事象の黒幕ではないかと、そういう予想も伝えておく……
「えっとさ、じゃあさ、これから神と戦って、場合によっては滅ぼすつもりってこと?」
「もちろんだ、というか俺達、ついこの間もニートの神をボッコボコのスクラップにしてやったから、その後女神に連れ去られてどうなったかは知らんがな、超強かったぞアイツ、ニートの分際で」
「思っていたよりもとんでもないことをしているわね……でも、私もこの世界の様々なことについてはちょっと興味があったりしたのよね、魔王城の書庫で調べても、明らかに情報統制されていて手が届かない部分もあったし……こっちも独自で調べてみようかしら……」
などと話をして、魔王の方もそこそこ乗り気になってきたところで、遂に夜が明けたらしく、上部の窓から外の、地面付近の明かりがチラリと差し込む。
さて、今日は移動日になるのだが、果たして物資の方は上手く獲得されるのであろうか……




