992 大捜索の開始
「ほぉ~、じゃあこの身分証を使って、魔族領域のどこかの町でリスタートを、そう考えていたんだな?」
『そうだ、もう魔王軍はお終いみたいだし、魔王様も城から逃げ出して、東へ向かったし、俺も東へ行くつもりだったんだ』
「魔王がっ!? あっ、いやいや何でもない、それでそれで?」
『ま、魔王様を俺は確かに見た、俺が知らない出口から魔王城を出て、そのまま東側の森の方へ、1人で歩いて行くのを見た、大きい荷物を背負って、魔王様がだ』
「どこかへ行くアテがあったとか、そういう感じは? 話し掛けてみなかったのか?」
『それはわからない、あと、俺みたいなのが魔王様に話しかけることは出来ないし、不潔極まりないので近寄ることも許されていない』
「チッ、使えねぇな……あっ、いやいや何でもない、それでそれで?」
なんと、こんな使えない野郎の分際でそこそこの情報を持っていたやけに豚面の上級魔族。
ここまで捕らえてきた奴が何であったのか、ゴミなのかというぐらいの有力な情報だ。
しかしこれだけでは魔王がどこへ向かったのか、正確に掴むことは出来ていない。
もちろん俺達も東へ向かっているのだから、時間と距離的にもう魔王が目と鼻の先に居てもおかしくはないのだが。
魔王が近い、案外この付近を捜索すれば捕まるかも知れない……とはいえ、まずはセラ達の村へ行くのが先決だ。
そこを拠点にして、付近で『魔王捜し』を進めるのが安全かつベストな選択、そうであるに違いない。
というわけでその豚のような顔面の、しかも臭い芝居に騙されるような知能の低い馬鹿な魔族を、予め黙らせてある他のゴミ共と一緒に荷馬車に乗らせ、そのまま運搬していく。
しばらくするとセラ達の村が見えた、ここまでの長い道程には様々なことがあったが、村の方はいたって無事らしい。
偵察に来たという、そして襲撃の計画を立てる算段であったという2匹の魔族は発見することが出来ていないが、勢い余って襲撃を始めてしまったなどということはないようだ。
この程度の村、いくらモブキャラとはいえ上級魔族であればどうなるか、間違いなく単体で、しかもあっという間に制圧が可能であり、万が一それをやられたら悲惨なことになってしまっていたであろう。
そして俺達は村へ入る……と、セラとミラの実家がさらに凄いことになっているではないか、増築に増築を重ね、もはや大豪邸になっているのだが……飲んだくれオヤジは元のまま、結局縁側にゴザを敷いてその上で酔い潰れているではないか……
「ちょっとお父さん、そんな所で寝ていないで仕事してよね」
「……ん? あ、セラか、ちょっと酒買って来てくれ」
「・・・・・・・・・・」
セラとミラが勇者パーティーで頑張っているお陰で、元の極貧生活を脱することが出来たセラのオヤジ。
だがその現状が誰によってもたらされたのかを一切認識せず、久しぶりに会う長女に対して酒を注文しているのがゴミの証である。
まぁ、セラはこちらのオヤジ似なので何とも言えないのだが、ミラが似ている方、セラとミラのまともで高知能な母親は……普通に田んぼで仕事をしているらしい、どうしてこうなった。
で、その2人の母親を訪ねてセラ達の実家の田んぼへ、既に水が張られ、いかにもこの時期の田んぼといった感じである。
用水路には巨大なナマズが紛れ込み、リリィがそれを狙っているのが気掛かりだが、まずは田んぼのど真ん中、見覚えのある顔に話し掛けてみることとしよう……
「ちぃ~っす、どうも勇者で~っす」
「……あらいらっしゃい、そういえば王都の大部隊が来ているって話しだったけど、あなた達だったのね」
「ええ、ちょっと米をゲットしに来たっす、それから……こういう奴見かけませんでした?」
「それは……あぁ、雑誌に乗っていた魔王の肖像画ね、そういえば魔王城から逃げ出したとか何とか、それもその雑誌に書いてあっただけだけど」
「どこの雑誌にその情報スッパ抜かれてんですかこの国は……」
「とにかく村では誰も姿を見ていないわ、残念なことにね」
「そうでしたか、じゃ、後でまたお会いしましょう」
国家機密クラスの情報であっても、この世界のザルどころか大穴の空いたセキュリティではどうしようもない。
まるで小学生が友達と共有した秘密であるかの如く、あっという間に広まってしまうものなのだ。
とはいえ、その程度のことで大混乱になる可能性は極めて低い、どうせ裏取りもせずにそういうのを書いてしまうような雑誌は3流なわけだし、読者も話半分で聞いているようなところがあるはず。
ということでこの件についてはそこまで気にすることなく、そしてセラの家族への挨拶を終えたということで、俺達は部隊が最初に向かった先、村の公会堂へと足を運ぶ。
公会堂の前では、部隊構成員のうち数名が、どうやら俺達を待っていたかのような動きを見せる。
先程までに集めた魔族、その処理について聞きたいことがあるようだな、余計なことをされても困るし、ここは俺達に任せて欲しいと伝えておく。
で、未だ荷馬車の上に乗ったままの魔族共合計5匹なのだが、助かった、そして俺達が本当は良い奴だと思い込んでいる豚面の上級魔族以外の連中は、顔を青くしたまま、極力余計なことを言わないようにと下を向いている。
なお、豚面はそれを励まし、これから勇者や人族の助けによって新しい仕事が得られると、そして魔王軍に居た頃よりも評価され、良い暮らしが出来るのだと、自分の勝手な予想をもとにして饒舌に語っている様子。
まさかこの後自分が利用され尽くし、裏切られ、無様に処刑されるとは思ってもいないのであろうな。
こういう奴を地獄のどん底に突き落とし、さんざんいじめ倒してから命を奪うのが面白いのだ……
「あ、どうもどうも、悪いな、馬車の上なんかで待たせて」
『そんなことはない、助けて貰ったうえに財布まで拾ってくれて、それで、俺達はこれからどうしたら良いんだ?』
「そうだな……うむ、実はな、その魔王城から逃げ出した魔王なんだが、アイツは確かに俺達の宿敵であって忌むべき存在だ、だがな、俺達はそんな奴であっても助けてやりたいと思っているんだ……きっと仲直り出来ると信じてな」
『だが魔王様はどこへ行ったのかわからず、もし近くに居たとしても、俺達のような雑魚構成員が呼び掛けをしてそれに応じるとは思えない』
「大丈夫だ、誰かが、もちろんおれたちのような敵じゃなくて、味方の、魔王軍の構成員が直接探しに行けば良いんだ、それで見つけたら説得……は俺達に任せろ、本人には見つからないようにして、居場所だけ教えてくれれば良い」
『わかった、それで魔王様がこの逃亡生活の苦しみから逃れられるというのなら』
「そうかそうか、チョロ否お前馬鹿だけあって……いやいや何でもない、それでな、魔王以外の知っている奴、まぁ魔王城から脱出していた魔族だな、それを発見したら、そっちについては声掛けをして、勇者がそんな危険な生物ではなかったことを教えてやって欲しい」
『教えて、助かると言って連れて来ても良いのか?』
「もちろんだ、勇者パーティーは平等だからな、誰でも救うんだ、もちろん、その新たに助かった連中にも魔王の捜索を手伝っては貰うがな」
『わかった、この周辺の森にはまだ別の魔族の臭いがする、今から探しに行って来るし、ついでに黒トリュフも探して来る』
「おう、夕方には戻って来てくれよ~っ」
嬉しそうに走り去って行く豚面魔族、途中でふと思い出したようにして戻り、他の連中も誘おうとしたのだが、さすがにこいつ等は逃げ出したりしそうなので同行させるわけにはいかない。
そこでその勧誘行為を止めるため、豚面魔族には『この4人はもう少し休ませてやった方が良い』とだけ告げ、諦めて単独で捜索にでるようにと要請し、その通りにして貰う。
あの豚面の目が届かない場所であれば、この腐った4匹に再教育を、少なくとも『俺達が良い奴で本当に助かっている』ぐらいの演技をすることが出来るよう、調整してやることが可能だ。
まぁ、それは後でやってしまうとして、今はセラとミラの実家へ戻ってゆっくりさせて貰うこととしよう。
部隊の連中は米の買い付けを必死になってやっているし、それの相手をする村の人間の邪魔をするわけにもいかないからな。
ということで戻った俺達は、起き上がっていたセラのオヤジから酒を振舞われ、適当にそれを飲みつつ、特にやることがない暇な時間を潰した。
夕方、そろそろ夕食のことも考えなくてはならないなと思ったところで、村人の複数人が農器具を持ち、大変慌てた様子でやって来たではないか。
なんと魔族の大群、しかも上級魔族と思しき奴等ばかりが、周囲の森から続々とやって来ているというのだ。
そしてその中心となっているのは……豚のような顔面をした、極めて不快なビジュアルの上級魔族であるとのこと。
なるほどそういうことか、あの豚面がかなりの数の魔族を森や山で発見し、連れ帰って来たということだ……
※※※
『勇者よ、森に逃げ込んでいた仲間を連れて来た、皆助かると喜んでいるが、一部は勇者が優しいなどと信じることが出来ず、そのままどこかへ去ってしまった』
「そうかそうか、300匹……人ぐらい居るみたいだな、それで、魔王の気配は?」
『残念ながら魔王様は見つからなかった、途中で仲間になった者は全員で捜したのだが』
「チッ、クズばっかりだ……いやいや何でもない……」
「ちょっと勇者様、ボロが出そうだからあまり喋らない方が良いわよ、ここからは私とミラが話を聞くわ」
そんな話をしている間にも、上級魔族共は続々と村の公会堂前へと集合し続けている。
300どころか500に達しそうな勢いだな、これらが全て、この豚面の話を信じ、さらに俺達のことを信じているということか……すげぇ馬鹿だな。
で、もちろん賢い奴はこんな場所へやって来てはいないのであるが、逆にこういう馬鹿ばかりの方が使い易い。
しかし最初のぼっち野朗など生かしておかなくとも、この豚面だけ居れば良かったのだなとつくづく思う、さらに、その後捕まえた3匹については影も薄いしまるで不要だ。
これからあの4匹を使うとしたら、当初予定していた仲間集めとはまた別の用途だな……まぁ、俺達が良い奴だということをアピールするだけでなく、逆に魔王軍の中で勇者を恐れる者が悪い奴だと、そういう印象を持たせるための操作に使えるかも知れないな。
で、夕食の前の腹ごなしとして、俺は村の公会堂の演説台を借り、この場に集まった魔族共に対して『要請』をすることとした。
もちろん魔王の捜索に関してだが、ここまで頭数が集まっている以上、このタイミングを逃さずに、そして魔王が東へ向かったという情報からも、今の接近しているであろう状況を逃さずに、必ず今回の作戦で奴を捕縛するべきなのだ。
壇上に立った俺は、勇者が凄く良い奴であって、魔王軍の関係者であっても絶対に助けてくれる、もちろん魔王本人も例外ではないということをアピールする感じで話し始めた……
「え~っ、お互いに色々とありましたが、基本的にですね、憎らしくなるようなことを言い合っていたのは過去の話です。皆さんはですね、勇者がこのような発言をした、どのような態度を取っているとか、相対した者がどんな目に遭ったとか、非常に攻撃的な印象をですね、仲間である魔王軍によって植えつけられていたと思いますし、それが当然です。しかし、真実はここにあるのです! 皆さんが想像していたような悪辣な勇者はどこにも居ません。ここに居るのは慈愛に満ち溢れ、全ての者、もちろん人族も、魔族も、どんな存在に対しても平等に接する、本当に優しい勇者なのですっ! さぁ、その真実を見て下さいっ! そしてそれが真実だと、これ以降に出会った魔王軍の関係者に伝えて回るのですっ! 最後にっ、勇者は優しく、慈愛に満ち溢れているっ! 以上、これが真実なのですっ!」
『ウォォォッ! 勇者は優しい! 慈愛に満ち溢れているっ! これが真実だっ!』
本当に馬鹿ばかりで逆に不安になってしまうのだが、まぁこちらに都合の良いように働いているうちはこれで良いものとしよう。
で、この様子をすこぶる悔しそうに眺めているのが、最初のぼっち野朗と次の3匹、『大嘘を付きやがって』というような顔をしているのだが、別に嘘など付いていない。
確かにこの俺様は魔王軍の関係者を救ってやっているのだ、今この場で安心を与え、そして最終的には惨たらしい死という、この連中に相応しい『救済』を与えてやることにしている。
もちろんその結末については、顔がキモくて悪い奴で、しかも頭が悪いという、このどうしようもない連中が受忍すべきものであって、その結末に向かわせるためのサポートをしてやることは、それこそ慈愛に満ち溢れた活動であると言って良いことなのだ。
そんなこともわからない低能の4匹は……これは何かをやらかしそうだな、もちろん今夜辺りに。
まぁ、放っておいた方が面白いことになりそうなのは確実だから、少しこのままにして様子を見ることとしよう……
「よっし、じゃあ俺達はセラとミラの実家へ戻ろうぜ、夕飯の準備もしないとならない」
「お酒は近所の人が持って来てくれるわ、食糧は……ま、私達が王都から持ち込んだものを使ってしまいましょ」
「だな、ということでいってみようっ」
『うぇ~いっ!』
既にそれぞれが動き出し、小さなグループを作ったりして森へ山へ、魔王の捜索や仲間集めのために分け入っていく魔族共。
良く見ると中級、下級魔族のような連中も紛れ込んでおり、そいつらについてはあまり必要がなさそうであり、馬鹿すぎて余計なことをしそうで恐いのだが……まぁ、平等感を出すためにこのままにすべきだな。
で、俺達は一旦セラ達の実家へ引っ込み、そのうちに戻って来るであろう魔族共の報告を待ちつつ、バーベキューなどに興じておいた……
※※※
『うぬぬぬっ、魔王様はまだ見つからない、結構激しく捜索しているというのに、魔王様は見つけられない』
「チッ、見つかってから報告に来い……あっ、いやいや何でもない、じゃあ今日はゆっくり休んでくれ、明日の朝、明るくなったらまた活動を開始すれば良いさ」
『そうする、仲間も少しは増えたし、明日こそは魔王様をお救いするつもりだ』
「あ、はいはーい、頑張って下さーい、おやすみなさーい」
食事中にやって来て、その薄汚い顔を見せやがるクソのような魔族、これだけでも万死に値するのだが、今はまだ作戦のために我慢しなくてはならない。
そんな不快なことがあったという事実自体を忘れるために、俺は仲間達と、セラとミラの故郷の人達と、酒を酌み交わしながら大騒ぎをし、そして夜は更けていった。
さてそろそろお開きにしようかと、そう思ったところで、あの不快な豚面と、それからこれまた気持ちの悪い顔面の、どうしてそんな顔で生きていようと思ったのだと思えるぐらいにブサイクな馬鹿が、またしても俺達の所へやって来たのだ。
何であろうか、先程のが食事中の嫌がらせだとすると、今度は寝る前の嫌がらせと言った感じか。
食事中に汚い顔で不快にさせるのと同様、今度は寝る直前に汚い顔を見せつけ、悪夢を見せようという魂胆なのかも知れない。
そう思ったのと、あと酒が入っていたことで危うくブチ殺してしまいそうになったのだが、今は『良い勇者』の演技中であったということを思い出し、ギリギリで思い留まる。
ひとまず話を聞いてみよう、魔王の行方について何か有力な情報を得たのかも知れないからな……
「どうしたんだこんな夜更けに? いや、この手に持ったバールのようなものはアレだ、襲撃かも知れないとか思ってだな、で、何?」
『実は……俺が助けられたとき既に居た4人が、何やら不穏なことを言っているのだ』
「不穏なこと? 例えば……どういう内容なんだ?」
『勇者は本当は凄く悪い奴で、俺達は騙されて利用されているだけだと、この後魔王様が見つかって、用がなくなったら惨たらしく殺されてしまうと、そんなことを言っている……まるで魔王軍に居た頃にそう聞いていたことかのような内容だ』
「……そうか、それはちょっとアレだな……いやな、実はあの4人はな、ちょっと魔王軍による悪辣な術式がなかなか解けなくてな、それによって受けた影響が強いんだ、だから皆と一緒に行動させたりしなかったんだよ、ほら、急に発狂して襲い掛かってきたりとかしないとも限らないからさ」
『では、彼等を救うにはどうしたら良いのだ? というか救えるのか?』
「今は徹底的に無視するしかない、あの4人の話を聞かないことだ、そしてもし呪い、じゃなかった術式? 何だっけ? の解除が難しいという場合には……」
『場合には?』
「殺すしかない」
『……わかった、そうならないように気を付けるが、万が一の場合には元々仲間であった我々の手で』
「うむ、イヤな役回りを押し付けてしまって大変申し訳ない、こちらも何か打開策がないか調べておくこととするよ、では疲れているであろうからそろそろ寝てくれ」
打開策など調べるまでも、考えるまでもない、ということで俺は普通に何もせず寝た。
で、余計なことを口にした馬鹿共はブチ殺す、もちろん他の連中の目の前で、いや他の魔族に殺させるのがちょうど良いか。
そしてその反逆者の処刑をもって、本日結成された『魔王捜索魔族団』の団結をより深めるのだ。
さらに、どんどんこちらの良い奴ぶりを浸透させ、馬鹿な奴等が本気で信じ込んだところで落とす、その楽しみも逓増していくであろう。
明日はやることがないし、俺達も魔王の捜索に参加することが出来るはずである。
奴等と行動を共にし、友情を深めて『友達』のような関係になっておくのが、絶望させるための第一歩となるのだ……




