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「おいぼっち野朗、下向いてないで話を聞けっ! 向こうに魔族の気配がすんぞ、しかも上級魔族が複数匹だ、お前の知り合いかどうか確かめろ」
「知り合いとは……顔を見たことがある程度であれば良いのか、それとも会話をしたことがあるのを知り合いというのか……」
「やべぇなお前、友達……というかアレか、下級魔族とか中級魔族みたいな、自分より弱い奴としか絡んでいなかったんだなずっと」
「本当に気持ち悪い方ですね、ちょっと、もう少し離れて下さい、変な菌がうつってしまいますから」
「・・・・・・・・・・」
「まぁ良いや、次の奴も普通に襲撃して捕まえようぜ、このぼっち野郎だけじゃ心許ないし、餌のストックがもう少し必要なようだからな」
「・・・・・・・・・・」
また黙りこくってしまったぼっち上級魔族、まるで中学生の雑魚が小学生の、しかも低学年を引き連れて町を歩いていたかのような、そんな感じであの部下共を率いていたのであろう。
そして部下を全て失い、完全なぼっちキャラに戻ってしまったうえに、もうこの後殺されずに済む可能性が極めて低いという現状にも置かれ、ほぼほぼ絶望してしまっている。
まぁ、もしこのまま『早く殺してくれ』などとやかましく主張してきたり、まだ『使用』が終わっていないのに、勝手に自害しようとしたり、そういった場合には俺達が全力で止めるので安全だ。
コイツには魔王の行き先に関して情報を得るための情報源を釣るための餌として、しばらく役に立って貰わなくてはならないため、勝手に死んで貰っては困るのだから……
「ということでそのまま進むぞ、ミラ、悪いがあのゴミ指揮官に出発の号令を出すよう言って来てくれ」
「わかりました、ではサッサと進めこの能無し豚野郎と告げて来ます」
ミラを派遣してしばらくすると、まるで豚の鳴くような音が聞こえ、それがそのまま出発の号令となった。
指揮官はもうその程度の扱いで十分であると、今回の『勇者パーティー選抜軍』のブレインであるミラがそう判断したのだから、もうそれでいこうではないかと思う。
で、進み出したこちらの部隊の様子を見て、行き先に隠れていると思しき上級魔族の集団は……スッと移動したな、襲うつもりはないのか?
いや、慎重に様子を窺っているだけで、こちらに対して何かしてやろうという気配は、殺気となって俺の下へ届いている。
そこそこ賢さの高い奴が居るようだが……いや、他が馬鹿すぎるだけでこれが通常のやり方であろうな。
とにかくこちらはその動きに気付いていない、というかその魔族複数匹の存在にさえ気付いていないような感じで、かつ能天気な人族の雑魚兵士共が主力の、ガチ物資運搬専従部隊のような装いで近づいて行くのだ……
「……どうだ敵の様子は……うむ、動こうとしないな」
「かなり警戒しているわね、襲ってこないと思うわよあれじゃ」
「しかし逃げもしないだろうな、こっちの強さを察知していて、少し離れた場所に隠れたままやり過ごす気だ」
「きっと認識しているのはリリィちゃんの力ですね、ちょっと際立っていますし、さっきリリィちゃんが道端で何か見つけて動いたとき、敵に動揺が走ったような感じがありましたから」
「そうか……ちなみにリリィ、道端で何を見つけたんだ? 物体じゃないよな?」
「これです、何か落ちてました」
「財布じゃねぇかっ……あ、馬車の免許入ってる……上級魔族のだな、おいお前、コイツの名前に見覚えはあるか?」
「……あ、それは確か魔王軍の、というか魔王城の警備隊の1人で……城を脱出したときに見かけたような気がするのだが、いや、向こうは俺のことなど知らないかもだが」
「なるほど、じゃあ魔王城から脱走して、ここでうっかり財布を落としたか、或いは……」
「あのスライムみたいなのに食べられちゃったってことですかね?」
「まぁ、どちらかだろうな、どちらとも言えない感じではあるが……と、そろそろ敵が射程圏内に入るぞ、動きはしないようだがな」
「こっちから仕掛けるしかないです、私が行きましょうか?」
「ちょっと待て、ヤケクソになって反撃されるとアレだからな、通過しつつ、最短距離まで詰めたうえで攻撃していくぞ」
「はーい」
「ミラも頼むな」
「わかりました、その代わりそっちの財布の中身は……」
「カラッポのようだ、上級魔族とはいえ貧乏だったらしいな」
「・・・・・・・・・・」
実行はミラとカレンに任せ、万が一の場合にはセラが魔法で全てを吹き飛ばす、敵は死んでしまうかも知れないが、こちらの人員に被害が及ばないようにするのが優先だ。
で、ハッキリと確認することが出来た敵の数は3匹、全てが上級魔族であり、そこそこの力を有している。
もし俺達の護衛がなかったとしたら、おそらく早々に襲撃を仕掛け、部隊の全員を数秒で抹殺、荷物を奪い去ってしまったであろう敵。
だがその全身から滲み出す強さを、ほとんど隠そうとしていないリリィが含まれていることで、敵はこちらに絶対に敵わない強キャラが存在していることを察知し、襲撃を見送ったというわけだ。
とはいえ、敵が強キャラだと認識しているのは現時点でリリィだけのはずであり、その姿を目視し、子どもであると、そしていきなり襲ってくることがないとわかったのであれば、あえてリスクを冒し、全速力で逃げ出すようなことはしないであろう。
間違いなく隠れたまま、3匹全てがその場を動かないはずだ……とまぁ、あまりの恐怖に我を失ってしまったらどうなるかはわからないが……
「……もうちょっとだぞ、2人は準備してくれ」
「わかりました、じゃあカレンちゃんが先ね、私は逃げようとしたのを捕まえるから」
「わうわうっ」
普通に歩きながら、さも隠れている魔族などには興味が無いように、というか気付いてさえいないように振舞いつつ、その連中の居る場所の横を通過する。
気配が変わる、リリィが通過するタイミングだけ、相当に緊張しているようだが……うむ、やはりその姿を見て一瞬気が緩んだようだな。
危険極まりない、巨大な力を持つ存在が、まさか子どもであったとはといったところだ、これで敵は安心して、そしてその背後に迫った危険に気付かずにその瞬間を待つこととなるのだ。
……と、動いた2人以外、俺とセラ、ルビアの顔を見られてしまってはアウトだな、リリィは『凶悪なドラゴン』ということで通っているのであろうが、俺達は肖像画などで敵の上層部にその顔を知られているはず。
先程捕まえ、今は荷馬車に積み込んである雑魚上級魔族でも俺が勇者であり、そして勇者が魔王軍関係者にとってどれほど恐ろしいものなのかという情報を有していたのだ。
ぼっち野郎ですらそうなのだから、しっかり友達が居る、それゆえ3匹で行動している魔族が、俺について何も知らないということは考えられないことなのである。
ということで少しばかり荷馬車の裏に隠れ、隙間から『現場』の様子を窺っていると……カレンが動いたようだ、魔族の野郎らしい小さな悲鳴が聞こえ、次いでドタバタと大捕り物が始まったらしい……
「ギャァァァッ! 何だっ? 勇者パーティーだとっ⁉」
「ひっ……うるさいっ、声が大きいですっ!」
「はぐっ……ぶべろぽっ!」
「あ、カレンちゃんちょっとやりすぎですよ、もっとスマートにやらないと」
「だって急に大きな声を出すんですもん……あ、何か逃げた」
「ひぃぃぃっ! ばっ、バレたぁぁぁっ!」
「どこへ行くんですか? そっちに行っても、もちろんここに残っても良いことはありませんよ、ほら待ってっ」
「ふんぎょぽっ!」
あっという間に制圧された上級魔族の3匹、そしてそのうち1匹は、カレンの怒りを買ってしまったことによりもう虫の息となっている。
すぐにルビアの回復魔法で蘇生させ、まずは魔王軍の関係者であることを確認していく……大丈夫だ、全部間違いなどではなく、れっきとした魔王軍の、しかも魔王城からの脱走兵のようだ。
そして既に捕獲してあったぼっち魔族をその連中前に引き出し、知り合いかどうかだけ確かめておく。
もちろん『初めて見た奴だ』との回答が返ってきたのだが、このぼっち野郎はどれだけひとりぼっちであったというのだ。
ともかく、これで情報源の元となる『餌』は4つに……いや、そもそもこの連中が情報を持っていないか確かめておくこととしよう……
「おいお前等、魔王がどこへ行ったのかを吐け、さもないとこの場で殺す」
「知らんぞ! 魔王様は俺達に、あの何かの物体が蔓延する魔王城に残るようにと、そう命じられたと聞いたんだ、それ以降の消息はわかっていないし、そもそも我々にはそれを知る権限がない」
「あと俺達、魔王様に一度もお会いしたことない……」
「チッ、上級魔族なだけでそこそこの下っ端だったか、まぁ良い、それで、他にこの付近に逃げ込んでいる奴は?」
「……この先にある村へ向かったというのが2名、それが偵察を終えて戻ったら、改めて襲撃が可能なのかどうか、もし制圧するとして、こちらに被害が及ばないかどうかを検討する予定だ」
「この先にある村って……」
「間違いなく私達の村よ……」
「やべぇな、物体の方は大丈夫かと思ったんだが、上級魔族に目を着けられているじゃねぇか……」
考えてみればこれもあり得る事態であった、魔王がどこかの町村に逃げ込むのはあり得ることだと思っていたのだが、それ以外、勝手に魔王城から脱走した魔族についても、同じような行動を取る可能性がないとは言えない。
もちろんその町村を制圧したことが王都に、そして勇者パーティーである俺達にバレてしまえば、それでもう人生が終わりとなることは目に見えているし、逃げたところで絶対に捕まり、残虐処刑されるのではないかとも考えるはずだが。
とはいえ、魔王軍の中にもうぇ~いな奴が居たり、かなり賢さが低いタイプの魔族が居ることもわかっているのだ。
そういう連中は後先考えず、ごく当たり前のように弱い人族の拠点を襲って……ということになりかねない。
これはセラ達の故郷の村も、そしてこれまで俺達が関与してきた、王都付近にあるいくつかの町村も、そこまで数は多くないし、徒歩で行ける範囲内にはそれこそあまり存在していないとはいえ、ヤバいにはヤバい状況だ。
これは少しペースを上げて目的地へ……と、既にミラが走ったようだ、隊列中央の豪華な馬車の戸を足蹴にし、中に居る無能指揮官に早く再出発するようにと命じている……
「よし、動き出したみたいだな、ここからは止まらずに、俺達が前に出て露払いをしつつ先へ急ごう」
「そうね、なるべく目立って、魔族とかなら逃げ出すようにしながら進みましょ」
この先は余計なことを考えずに、ひたすらにセラとミラの故郷である村を目指す感じのムーブでいこうと思う。
物体に関しては襲撃があることも考えられるが、可能な限り隊列を止めずに対処してしまいたい。
魔王城から脱走した魔族に関しては、そもそも残れという命令、直接そう言われたわけではないのだが、普通に考えればそうであるとわかるはずの魔王の言葉があったのだから、それを無視して逃げた時点で情けない奴等であることが確定である。
そんな連中が、俺達勇者パーティーの半数を伴っている、そのことを大々的に表示している人族の集団に対して、わざわざ危険を冒してまで襲撃を仕掛ける可能性は極めて低い。
もちろん最初の集団のように、一部が俺達のことを知らなかったり、相手の強さを推し量る能力を有していなかったり、あとは普通に空腹等が限界を迎えるなど、切羽詰まっていたりという場合には別であるが……
※※※
「あとちょっとね、かなり疲れが見えているみたいだけど……勇者様達は荷馬車に乗り込んでいるから大丈夫よね……」
「馬鹿な、歩くのをサボっているわけじゃねぇ、この魔族共が逃げ出さないように監視しているんだ、キッチリ使用して、さらにその後で処刑もしなくちゃならないんだからな」
「でもその馬車、勇者様達しか乗り込んでいないじゃないの……」
荷馬車のうち、最前列に位置するものへ乗り込んだ俺とミラ、そしてしばらくしてから同じように乗り込み、眠いとひと言伝えて眠ってしまったカレン。
最初からリリィの背中に乗っていたセラとルビアは、結局そのリリィが疲れ果ててしまったため、歩かされるどころか逆にルビアがリリィを背負って移動する……という地獄を見ているのが実にざまぁだ。
もちろんルビアも俺たちの居る荷馬車に乗り込もうとするが、ダイエットのために少し歩けと言って拒否してやった。
かわいそうだが、反省してこれからは弁えるという意思の表明をするまで、このまま徒歩行軍をさせることとしよう。
「うぅ~っ、もう疲れました~っ、乗せて下さいよ~っ」
「ダメだな、遅れてしまわないよう紐を付けて引っ張ることぐらいは出来るが、乗せてやるのはまだまだ先だ、というか到着の方が早いかもな」
「そんなこと言わずに~っ……あ、魔族の気配がありますよ、ほらあっち」
「またまたそんな冗談を……と、マジだな、動きがおかしいぞ、何かを探しているような……まさかこっちに気付いていないってのか?」
「その可能性もありますね」
「ちょっと面白そうだな、セラ、俺とルビアで様子を見に行って、可能であればボッコボコにして引き摺って来る、リリィをちょっと頼む」
「わかったわ、ほらリリィちゃん、荷馬車に乗ってね、ルビアちゃん達ちょっと用事があるみたいだから」
「むにゅ……ふぁ~い……」
リリィは俺が乗っていた荷馬車の、カレンの隣に寝かせておいて、面倒臭そうにしてはいるが、第一発見者としての責任があることはそこそこ感じ取っているらしいルビアを引っ張り、魔族らしき何者かが単体でウロウロしている森の中へと入って行く。
しかし本当に動き回っているようだな、何かを探しているというのは間違いないようだが、一体こんな場所で何を……と、見えてきたではないか。
木々の隙間に見えるのは、どう考えても豚の……オークやそういった類の魔物ではなく、普通に『ブタ面』というだけの上級魔族のようだ。
それが地面付近を注視し、やはり何かを探している感じで右往左往しているのだが、もうトリュフを探している豚にしか見えなくて笑ってしまう。
ひとまず優しく声を掛けて、何か困りごとがあるのなら手伝ってやろうかと、もちろんあの世に行くことを手伝ってやることについては触れずにコンタクトを取るべきだな……
「おいそこの豚野郎! お前だよお前! ちょっとこっち来い!」
「豚野郎! 豚野郎! こっち来い豚野郎! バーカバーカ!」
「……ルビアも挑発することにしたのか?」
「いえ、何となくやってみただけです、それで豚野郎の人……全然気付きませんね」
「だな、ちょっとそこに埋まっていた黒トリュフでも投げておくか、それっ!」
『あいたっ……と、黒トリュフだとっ? どうしてこんなモノが空から……っと、財布財布……』
「財布を探していたみたいですね、もしかして……」
もしかして、この豚のような顔面の薄汚い上級魔族が探しているのは、先程リリィが拾った財布のことではなかろうか、いやそうに違いない。
そういえば馬車の免許証も入っていたことだし、財布自体は捨ててしまったわけではないため、身分の確認が出来れば返還は可能だ。
ここは少し、財布の件に触れつつ、ついでに俺が敵の異世界勇者様であることも明かして話をしてみよう。
どういう反応をするのかが見ものだが、果たして逃げるのか、それとも命より財布の方が大切なのか……
「お~いっ! 財布をお探しか~っ?」
『……んっ? あ、ゲェェェッ! その頭の悪そうな顔はぁぁぁっ!』
「あ、どうも勇者です、俺のことを知っているということは、きっと魔王軍の関係者なんだろうが……財布を失くしたんだよな?」
『どうしてそのことをっ⁉ いや逃げなくてはっ、ぶっひぃぃぃっ!』
「あ、ちょっと待って下さい、お財布なら私達が拾ったんです、お返ししたいんですが……」
『え? あ? どういうこと? 勇者って凶悪で知能が低くて、それから……』
「おやおや、さすがは魔王軍だけあって、俺達についてかなり誤解しているようだね、あのね、魔王軍で教わったのかも知れないが、まぁ敵である以上もちろんそうするとは思うけど、俺達はね、そんなに悪い奴等じゃないんだ、むしろ慈愛に満ち溢れているんだよ、なぁルビア?」
「ええ、先程も3人の魔王軍関係者の方を救助しましたし、その前にも1人、敵とはいえ食糧とかなくて困っているところを見捨てておけないということで」
『そ、そうなのか、そうだったのか……じゃ、じゃあ俺の財布も? この先新しい仕事を探すのに必須な馬車の免許も?』
「もちろんお返しするよ、俺達は優しい勇者パーティーだからね、さぁ、こっちへ来てくれ」
『わかった、元敵とはいえ良い奴等だ、その厚意に甘えようではないか』
「はい、じゃあ行きましょうね~」
コロッと騙された豚のような顔面の馬鹿魔族、上級魔族とはいえ相当に知能が低いらしい。
当たり前のように、凄く嬉しそうにしながら俺とルビアの指示に従ってくれた。
全く、少し考えればこれまでに俺達と戦った魔王軍関係者が、とりわけ自分のようなキモキャラがどうなったのかなど、調べるまでもなくわかると思うのだが。
で、そんな感じで連れて来た馬鹿な豚に対してどう接していくべきなのか、隊列の先頭付近で待っていた仲間達にアイコンタクトで伝えておく。
……どうやら理解して貰えたようだ、同時にセラが走り、別の荷馬車に押し込んであるその他の上級魔族にも、余計なことを言えばギリギリ死なない程度に切り刻んで回復させてを5万回繰り返した後に焼き殺すと伝えたようだ。
さて、この豚魔族がどの程度の情報を持っているのか、あまり期待は出来ないのだが、セラ達の実家がある村に到着するまでの間、フレンドリーな感じを醸し出しつつ聞いていく事としよう。




