989 調達部隊
「え~、というわけで、生産する作物はなぜかニンジンが5割、その他の野菜が5割といった感じです」
「米は作らないのか? 時期って言えば時期だと思うぞ」
「それがですね、どうもこの付近の土壌は水耕には向いていないようでして、川も少ないですし、食用の米については外部から調達する他ないかと……現状ではそんなところであります、はい」
「なるほどな、じゃあ米はアレだ、セラの実家がある村とかから仕入れるしかないな」
「あ、そういえば王都から結構近いし、あの物体がそこまで行ってしまわないか心配ね、ちょっと様子を見るのも兼ねて、お米とか他にも主食になりそうなものを仕入に行きましょ、どうせすごく余っていて、いつも王都に売っているんだから」
「だな、ついでに今年の分もある程度予約しておこう、王都封鎖の件が知れ渡って相場が凄いことになる前にな」
今俺達が居るのは王都東側の、ほとんど家屋がない場所に開墾された、それはそれは広大な畑である。
元々国有地であったらしく、誰かを無理矢理退かしてこうしたわけではないため、特に怨念などは籠っていない。
で、開墾にマーサが関与した時点で予想通りであったのだが、作物のおよそ半分が無駄にニンジンと……まぁ、栄養価も高いわけだし悪くはないか、他が全くのゼロというわけではないようだしな。
そう考えながら畑の周りを歩いて、『偉い人の視察』が行われているような感を出していく。
正直農業については何も知らないし、適当に頑張ってくれとしか言いようがないのだが、この視察にはそれ以外の意味もあるのだ。
まず、王都に助けを求め、敵だというのに温情措置で救助された魔王軍関係者がしっかり働いているかどうかの確認である。
人族よりも様々な面で力の強い上級魔族ばかりであるから、作業の効率などはかなり良いように思えるが……思っていたよりもモタモタしているな。
きっと魔族の中でも貴族ばかりで、お嬢様として育てられ、コネで就任した魔王軍の上層部、管理を行う部署の人間ばかりゆえ、実際の労働にはあまり慣れていないためであろうと予想しておく。
それにしてもだ、どういうわけか全員が自分の力で必死になって、場合によっては素手で作業しているのが気になって仕方ない。
この世界にはもっと強力な農業用アイテムが存在しないものか、別に乗用のハイテクマシンを用意しろとは言わないが、それでももう少しまともなやり方もあるのではと感じさせる光景だ。
だがそのお陰で、なぜかスカート着用のまま屈んで作業している魔王軍関係者のパンツが見え……る前に半殺しにされてしまった、このところセラの魔法が俺を攻撃するため意外に使われていないような気がしなくもない……
「さてと、勇者様の残骸は肥料にでもして、あっちで休憩しているマーサちゃんと話をしましょ」
「ひ……肥料にしないでくれ……あとせめて記念碑を……ガクッ」
「ご主人様、そんな所で死んでいると本当に置いて行ってしまいますよ」
「・・・・・・・・・・」
お前が回復魔法を使うタイミングなのだと、ルビアにはそう伝えたかったのであるが、聞き入れられないためそのまま仲間達の後を、倒したと思いきやまだ接近して来るゾンビの如く追う。
朝早くからこちらの畑に来ていたマーサは、今は午前の小休止ということで、魔王軍に居た頃の知り合いであったらしい女の子達と楽しそうにお喋りをしている。
そのメンバーの中にはマーサの部下であったマトン……と似ているが、単に同じ種族、羊魔族というだけの知らない子や、他にも草食動物を象ったような、とにかくそんな感じの子達ばかりだ。
そしてきっと全員が完全菜食主義者なのであろうな、捕虜として強制労働させられているというのに、野菜を作ることについては何ら苦になっていない様子。
もちろんこの子達は元から、魔王軍に入る前から実家などでの農作業の経験があり、仕事が速いためこうやって休憩する時間が取れるのであろう。
そんな中に割って入り、調子はどうだとマーサを始め、その女の子達にも聞いてみる……
「う~ん、思っていたよりも難しいみたい、野菜ぐらい、誰でも一度は作ったことがあると思っていたのに」
「私もそう感じました、まさか土を手で触ることにさえ抵抗があるとは……」
「いやまぁ、都会育ちならそんなもんなんじゃないか? で、それでも作業の方は進んではいるんだろう?」
「そうね、このままだと計画していた分の野菜が全部作れるとは思えないけど」
「計算上、この町の人族は1人1日300gの野菜しか確保出来ない感じになります」
「……それ、十分じゃね?」
「何を言うんだ主殿は、1日に350gの野菜が必要だと、異世界から来たとされる伝説のポスターにも書かれていたのだぞ」
「はいはい、それ、学校の壁とかに良く貼ってあるタイプのやつな」
正直なところ、推奨されているような分量の野菜を毎日欠かさず摂っているという人間は極めて少ないであろう。
というかそもそも俺が、全人間の代表であり基準であるはずのこの勇者様が、そんな量の野菜を摂取していないのだ。
そしてその推奨される量に足りなかったとしても、程近い量まで生産することが出来ていれば問題はなく、野菜不足による暴動や打ち壊しなどといった『野菜騒動』が起こるようなことはないはずである。
「まぁ、そういうことで頑張って、可能であれば生産量を上げるようにしてくれ……特にそこの、ほら、ああいうコッソリサボっているような奴をどうにかしてな」
「あっ、サボり魔発見! 捕まえてっ!」
「ひゃぁぁぁっ! バレちゃったぁぁぁっ!」
労働するのがイヤでサボっていたのであろう魔族の女の子キャラ、農具置き場の裏に隠れていたのを指摘してやると、すぐ同じ魔族の警備隊? によって逮捕され、お尻ペンペンの刑に処されていた。
こんなことをしているから作業が進まないのであろうな、今は発見することが出来ないが、たいして仕事が出来るわけでもないのに、隠れて上手くサボる能力だけはある者が多い。
そしてサボっている者を発見し、処罰するために、さらに人員を割いてその捜索を……そのうち本来的な業務よりもこちらがメインになってしまいそうだな、食料生産についてはもう少し考える必要があるのかも知れないな。
とはいえ、単に視察に来ただけの俺が、農業ガチ勢であるマーサとそのお友達がやることに対してあれこれ言うのは無駄でしかないであろう。
最初に説明と案内をしてくれた者のように、王都の役人の中からも、農業知識をある程度以上に有する者が派遣され、作業はしないまでも頭を使って何やらしているようだし、俺が何かする必要は本当に皆無だ。
ということでこの場は任せて、俺達は不足することが確実である米を、ひとまず近場からということでセラの故郷の村へ仕入に行くこととしよう……
「……ということだマーサ、こっちは一度お願いしておく、俺とあと何人かでセラとミラの実家の方へ行っているから」
「マーサちゃん、こっちがある程度片付きそうなら追って来てね、もしかしたら数日は向こうに滞在するかもだから」
「わかったわ、じゃあチャチャッとニンジンを完成させて……」
「俺達が居なくなるんだからな、ムチャクチャなことはするな……いや、しても構わんが強い奴等が周りに居るときだけにしておけよ、やべぇことになるとアレだからな」
「はーい」
わかったのかわかっていないのか、それはわからないのだが、とにかくわからないままではどうなってしまうかわからない、というか自分が何を考えているのかわからなさすぎてわからなくなってきた。
どうせ運搬のための部隊や、実際に国や王都の行政を代理して買い付けを行う商人など、かなりの人数が必要になることだし、この畑の監視についてもそれを要請する際に伝えておこう。
まずは王宮へ行って、準備を済ませてから部隊ごと俺達の屋敷に来させれば良いな、その方が楽だし、俺達の分の荷物の積み込みも容易だ。
参加者については、俺とセラとミラ、3人はまず確定として、あと3人程度を……まぁ、初期の勇者パーティーであった6人、つまり前述の3人にルビア、カレン、リリィを加える感じで良いであろう。
残りはマーサも含めて留守番か、或いは暇だと感じた際に好きに後を追って貰うこととして、ついでに王都周辺の『物体討滅』を、可能であれば、面倒でなければやってくれと要請しておく。
それから、俺達は王都を出るに当たり、もちろん道中で発見した物体への対処をしなくてはならないのだが、もうひとつ、こちらは『発見』が主目的であり、それさえ済ませてしまえばもうどうにかなりそうなターゲットがある。
魔王の奴だ、どこへ逃げたのか知らないが、まだそう遠くへは行っていないであろうし、個人の生活能力、戦闘力などを考えた場合、流れ者として近くの町村に身を寄せている可能性が極めて高い。
そうなるともちろん、奴が何も知らずにセラとミラの実家がある村に潜伏しているという可能性もなくはないのだ。
近くて、体力のなさそうな魔王でも容易に到達することが出来、村人は馬鹿ばかりという都合の良い村なのだから。
まぁ、セラとミラの母親、というかほとんど『大人のミラ』である彼女に姿を見られれば、ピンときてしまって通報、からの即逮捕ということになるような気がしなくもないが。
とまぁ、ひとまずそんな感じで、どこかへ行く度に魔王の気配がないか、立寄ったり、旅行者のようなノリで宿に泊まっていたりしないかを確認していくこととしよう。
そしてその確認作業をスムーズに行い、魔王に逃げる隙を与えないよう、買い付けおよび輸送部隊に俺達が護衛のようにして同行しているという部分はナイショにするのだ。
かなり面倒ではあるが、そうでもしないと察しが良く、少なくとも俺の2万倍程度の賢さを有している魔王には、簡単に逃げられてしまうことであろう。
そして駆け引きをして上手く捕まえるうえでは……今回の面子だとかなり厳しいかも知れないな。
ミラのみが『賢さ高い系キャラ』ではあるが、その知能はたった俺の1万と3,000倍程度である、そして残りは俺以下という、大変に低能な6人での捜索になるのだ。
だが今回はもう仕方ないな、次以降、魔王の捜索をする可能性のある旅に出る場合には、賢さ高い系の筆頭である精霊様(対勇者比賢さ50兆倍)や、ユリナにサリナ(それぞれ2万倍、1万8,000倍程度)、あとはジェシカ(1万7,000倍)などを同行させることとしよう。
もちろんユリナとサリナは、あえて魔王を逃がしてしまうようなことをするかも知れないが、その場合にはそれとなく注意して、特に強く咎めることはしないでおくべきだな、家族が犯人を隠匿するのとおなじようなものだ……
「よっしゃっ、準備完了ですっ!」
「いやいや、荷物の方が自分よりデカいじゃないかカレンは……何が入って……聞くまでもないか」
「お肉とお肉とお肉とお肉、あとお肉です」
「着替えは?」
「あっ、忘れてましたっ」
「・・・・・・・・・・」
とまぁ、そんな感じで準備を終えた俺達は、即時出立すると言っていた国の方の連中を、屋敷の前に荷物を並べた状態で待った。
体良く無料で帰省出来るセラとミラは上機嫌であるが、俺は少し気合を入れて、魔王の痕跡を絶対に逃さないよう目配りと気配りをしておくこととしよう……
※※※
「ちぃ~っす、お迎えに上がりやした~っ」
「おっ、軽いノリのトラック野郎……じゃなかった荷馬車野郎が来たみたいだぞ」
「何よトラック野郎って?」
「無駄にカッコイイ運送業者のことだ、気にしなくて良い」
複数台の大型荷馬車に、小型のものも含めて合計で20台以上、全て民間の商人等に依頼して、国の物資を国の金で買い付けて運搬する役割を担う者だ。
で、そのうちの一部は向こうに、セラとミラの実家がある村に滞在する派遣部隊全員の荷物を運ぶものであり、俺達もそれに荷物を積み込んで……で、人間が乗る馬車はどれなのであろうか。
いくつかの客車には既に誰かが乗っていて、おそらく買い付けを取り仕切ったり、あとは王都で『これだけの物資を確保したので安心です』という内容のアピールをする、その記録を取るために同伴している役人だ。
どう見ても俺達の乗る馬車はないし、もしかして自前のものを出せということか……いや、それなら荷物を積み込むところでストップが掛かるはずだ、ということは……
「勇者殿、申し訳ありませんが護衛部隊は徒歩になります、よろしく」
「よろしくじゃねぇよこのハゲ! 殺されてぇのかマジでっ!」
「いえそういうわけではありませんが、王宮の上層部が言うには『若い者は歩くぐらいがちょうど良い、荷物を増やすぐらいならより多くの物資を運べ』と仰いまして」
「あのババァァァッ!」
ニヤニヤと笑うババァの顔が目に浮かぶ、そのまま自分の眼球ごと消し去ってしまいたいところだが、痛そうなのでそれだけはやめておこう。
しかし馬車での移動でも大変だというのに、まさか徒歩で別の村まで行かなくてはならないとは。
そんなことは考えもしなかったし、やる気満々で準備しているカレンとリリィは頭が悪い。
さて、この状況をどう打開しようかといったところで……先にルビアが動いてしまったではないか、ほぼ同時にセラも先走る……
「リリィちゃん、ドラゴンの姿になって私を乗せて下さい」
『もう変身してま~っす』
「リリィちゃん、私も乗せてくれるわよね?」
『どうぞどうぞ』
「リリィ、すまないが俺も頼む、歩くなんて冗談じゃねぇからな」
『……2人乗りが限界です』
「左様ですか……」
セラが前、ルビアが後ろに乗り込んで、残念なことにリリィの背中には俺が入るスペースなど残されていなかった。
というか重量的に限界だ、MAXで俺とセラが2人乗りの状態であるから、例えば俺とルビアの2人乗りではリリィがへばってしまうのである。
まぁ、俺よりも体力のないルビアを歩かせるのはかわいそうな気もするし、そもそもミラとカレン、そして何よりもリリィが歩きなのだ。
ここは大人としてグッと我慢を、ルビアも大人であるような気がしなくもないのだが、そこは無視して耐え忍ぶこととしよう。
で、俺達の準備が終わったことを確認した後、調達部隊の隊長らしき上級兵士が出発の号令を掛ける。
たいして強くもない癖に調子に乗りやがって、しかも馬車にまで乗りやがって、どこかで適当に『名誉の戦死』でもさせて、空いた席に俺が座ってしまおうかと思うぐらいだ。
そんな感じの邪な考えを持ちつつ、俺達の屋敷に合わせて王都の北門から外へ出た調達部隊。
敵である物体もすぐには出現しないであろう、むしろいずれかの森の中へ入ってからが本番である。
物体はきっと。壁に囲まれたこの王都よりも、退避命令の対象ではないにも拘らず、勝手に逃げ出した上級魔族が多い北の森を中心に展開しているはず。
若干ながら王都に入ることの出来なかった魔王軍の構成員ではない魔族が、城壁付近にテントを張って雨風を凌いでいるようだが……上級魔族は少なく、こちらよりは森に逃げた連中を狙うことであろう。
そして魔王軍関係者が逃げたのは王都北の森ばかりとは限らない、これから向かう東側へ走った者も居るはずだし、それを狙って追った物体も存在している可能性が極めて高い。
また、逃げ出した魔族自体が困窮し、食料を求めて部隊を襲撃してくる可能性も考えられなくはないな。
俺達が護衛に付いているとは思っていないであろうし、もしそれを察しても、空腹等で我を忘れて襲ってくるかも知れないのだ。
食料を調達しに行って、その調達部隊のための食料を奪われてしまうなど、もう完全な馬鹿でしかない。
万が一にもそうならないために、それらしき気配を察知したら直ちに討伐、余裕があれば情報などを吐かせてから惨殺してしまおう。
こうして俺達は王都の東側に、もちろん存在している気が鬱蒼と茂る森の中へ突入した。
部隊に緊張が走る、ルビア以外は全員が、もちろん一般人の商人らも周囲を警戒している様子。
ほんの少しの物音、一般の兵士でも難なく倒すことの出来る雑魚魔物や野生動物が動いたと、それが確実にわかるような音であったとしても、全体がザワザワしてしまうのはもう仕方がない……
「……むっ、あっちの影に何か居るぞ、気配がないってことはアレか、物体のひとつか」
「可能性はあるわね、でも……あの動きならかなり小さいわ、狙われるのは私かルビアちゃんでしょうけど」
「おそらくはセラだろうな、魔力は2人共突出して高いが、成長具合というか食べ易さというか……」
「勇者様、それ以上言うとミンチにして邪悪な祭壇に捧げるわよ、新しくブラック勇者を召喚するの」
「そんなもんのために俺を生贄にするんじゃねぇよ……と、近付いたぞ、全体で停まった方が良い、おいっ、誰か号令を出せっ」
「隊長、勇者殿が何か言っているようですが」
「うむ、停まれと聞こえたようだ……ウ○コでもしたいのかね?」
「そうじゃねぇ、『物体』が近くに居る可能性があるんだ、迂闊に近付くと殺られるぞ」
「まさかそんな、何の気配もないではないか、私はね勇者殿、数多の戦場で『死の匂い』というのを嗅いできて……何だっ?」
「最前列が襲われたんだ、一次ターゲットになり得るセラとルビアが遠すぎたからな」
「なんと……」
王国の連中、とりわけ後方勤務の上級兵士らには『物体の恐怖』がまるで伝わっていないらしい。
早速の判断ミスで一部の人員が失われてしまったではないか、これはこの馬鹿の責任だ。
で、慌てて部隊をストップさせ、セラとルビアを乗せたリリィ、それに続いて徒歩の3人も前へ出る。
そこまで大きくない物体だ、6人居れば十分に討滅することが可能であろうが……既に5人は食われてしまったようだな、とにかく倒そう……




