986 王都へようこそ
「おうおうっ、北門はえらい騒ぎだな、しかも魔族の女の子ばっかり……む、あの事務服の子は結構タイプだぞ……」
「ちょっと勇者様、どこを見ているのからね一体?」
「おっぱいだが、何か問題でもあるのか?」
「フンッ!」
「ぐげりょぽっ!」
魔王城からの帰還、それを果たす直前になってセラから半殺しにされてしまったではないか。
単発の魔法攻撃ではなく、どこにそんな力が残っていたのだと思えるほどの連続攻撃である。
俺は単に王都北門に集合している魔王軍の、避難することを許された方々の様子を見て、ついでにそのおっぱいのサイズや形を目視にて確認していただけだというのに。
そのぐらい見ていても良いではないか、そう思いながら意識を消失させようとしたところで、回復魔法が飛んで来てグチャグチャの肉塊となり果てた俺を元に戻した。
で、どうやら王都周辺に避難して来た、そして魔王の命令通り、恥も外聞も捨てて敵である人族、その本拠地に助けを求めている関係者の数は1,000以上。
さらに魔王軍とは無関係であり、あの城下町のような場所で一般的な事業を営んでいたような、その辺の店主だとか何だとかといったキャラが3,000程度、門付近ではなく城壁に寄り添う感じで待機しているのも気になる。
既に商売を再開している逞しい奴も居るようだが、生活の本拠であった魔王城が大変なことになり、皆そこから逃げ出してきたばかりであって、買い物などをする余裕がある者はほとんど居ないようだ。
で、ここに集まっている以外にも、自己判断で降伏するような真似をせず、王と北の森の方へ逃げたりなど、とにかく方々へ散って行った関係者も多いらしいということは、ジェーンがボソッと呟いた、数が少なすぎるという言葉から推測出来る。
それと、中には本当の女の子ではない、助かりたいがために女装して、避難の許可が出ている者に成りすましたりしてここへやって来た不届き者も居るのであろう。
もっともそういう奴はここへ来ず、別の場所へ逃げて行った可能性が高いのだが……それでも1匹や2匹……どころではないようで、見渡す限りで5匹はそれらしき馬鹿が見つかるではないか……
「むっ、アイツも野郎だな、てか筋肉ムキムキじゃねぇか、すげぇ目立ってんぞあの馬鹿」
「きっと知能が足りないんですね、ここに集まっているのはどう考えても戦闘員とか将校じゃないですから、女の子キャラであっても、人族に恨まれている、直接間接問わず攻撃に参加したような方は、危険を避けるため自己判断で別の場所へ逃げたはずです」
「まぁ、そういうことだろうな、ここへ逃げて来たのはあの可愛い子みたいに事務員系のキャラとか、あとは向こうの壁沿いに展開している非魔王軍の一般人とかだ」
「それで、王都側はどういう感じでこの受付をしているのかしらね?」
「う~ん、これを捌き切るのはちょっと大変そうだぞ、何か簡単に済ます方法を取っているんだろうな、とにかく近付いて確認してみよう」
混乱している王都北門付近、半開きにされた城門には、いつものやる気があるのかないのかといった感じの門兵ではなく、エリート感溢れる槍の部隊が待機し、無許可の者は断固中に入れない構えだ。
もっとも、集まっている魔王軍関係者のほとんどが上級魔族、というか不正にやって来ている馬鹿を除けば全てそうであろう。
いくら非戦闘員とはいえ、そんな連中に人族の兵士が敵うわけもないし、もし誰か1人でも強行突破を試みれば、それこそ崩壊のキッカケとなり、王都内に魔王軍関係者がなだれ込んでしまうに違いない。
今のところはそのような行動に出る感じの者はいないようだが、この先どうなってしまうのかはわからない。
早めに責任者とコンタクトを取って、この状況について説明すると同時に、上手く裁く方法を考えるべきだ。
早速城門付近の兵士に向かって手を振り、大声を上げて俺達が帰還したことを伝える……
「お~いっ! 大勇者様が帰還したぞ~っ!」
『おっ、勇者様だ、あの馬鹿面は間違いなく勇者様だっ!』
『勇者殿のご帰還だぞーっ!』
『ようやく情報を得ることが出来るな、この状況について』
「……何か失礼な奴が居なかったか? まぁ、それは後で始末するとして、とにかく戻ったぞ、勇者パーティーは全員、それからコイツが魔王城内を案内してくれた敵キャラのジェーン、それと……セラ、瓶を出してくれ」
「あ、はいはい、これが副魔王ね、小さくなっちゃったけど、すぐに元に戻るらしいわ」
「ちなみに魔王はとんでもない事態を、この世界を崩壊に導くようなやらかしをして逃げた、本当に卑劣な奴だ……で、実行犯のうち生存していたのがこいつ等な」
「なんとっ、では魔王は捕らえていないということですかっ?」
「無能だ、この勇者は無能だ……」
「勇者パーティーに勇者さえ居なければ、もっと違った結果になっていたかも知れないのに」
「マジで殺すぞお前等、リリィ、ちょっとそのおっさんを竹馬で足蹴にしろ」
「はーいっ! それっ!」
「ギャァァァッ!」
「てかいつそれ回収してたんだよ……」
そういえばいつの間にか竹馬を取り戻していたリリィ、だがそのお陰で、俺様に対して失礼な言葉を吐き掛けた馬鹿兵士に、断末魔の叫びをはかせることに成功したのであった。
で、そんな馬鹿は放っておいて、俺はそのまま兵士のうちもっとも上級と思しきおっさんに対し、現状がどのようなものなのか、どういう感じで『世界がヤバい』のかについての説明をする。
同時に何かここに集まった連中をどうにかする方法を考えなくてはならないこと、可能な限り素早く、全てを王都内へ入れて城門を閉じるべきことを伝えた。
驚く兵士達、こちらの説明には頭が付いてこないようだが、生物でも何でもない、米粒程度のサイズでも、下級魔族……もちろんここらの兵士よりも数段上の戦闘力を持つものだが、その程度であれば一瞬で消化吸収してしまう『物体』など、話を聞いても想像することが出来ないのだ。
そしてその物体が、米粒程度などではない、そこそこ大きなものも含めて無数に、魔王城から漏れ出してしまっているということについても、そのヤバさを察することが出来ない様子。
とにかくこちらの要請である、少なくとも魔王軍関係者の女の子キャラのみを中へ入れてやれということに関しては……なんと、こちらに一任するような態度ではないか。
他人のことを無能などと罵っておきながら、自分達はこの状況にどうすることも出来ない。
本当に無能なのはどちらなのかと文句を言いたいのだが、今はとにかく動くことを優先しよう……
「さてと、まずは対応すべき人数を絞るところから考えていかないとだな」
「ご主人様、魔王軍は一応細かい部署や班に分かれて動いている組織です、だからそれぞれまとまって貰って、そのうちから上級の者を代表として出させましょう」
「それで受付すれば少しは早まりますわ、中に変な奴が紛れ込んでいないか、王都に入っても暴れたりしないで指示に従うと約束出来るかなど、その代表者に責任を負わせるかたちでいくんですのよ」
「なるほどな、じゃあサリナの案を採用しよう、まずは……と、ここで真打の登場だな、お~いっ!」
「おうっ! 勇者殿達が戻ったと聞いてな、例の弱体化の森付近の調査から戻ったぞ」
「……俺達が帰って来たのはついさっきなんだが……まぁ良いや、筋肉団もちょっと協力して、この避難民かつ捕虜達の受付をしてくれ」
「おうっ、では受付セットを用意しようではないか」
どこからどうやって、今帰還したばかりの俺達について情報を得たのか、かなり距離のある王都西のエリアから徒歩で移動して来た様子のゴンザレスとその部下達。
既に受付のセットは設置が完了し、今は避難民に対して、それぞれ魔王軍内部において行動していたグループに分かれ、代表者を選出するよう要請している。
グループの人数は20から50程度、代表となる者が顔と名前を知っている状態であれば、可能な限り大きく集まって欲しいとの要請に従って動いてくれているらしい……さすがは『軍』だけあって統率が取れているな、いや、賢いキャラばかりゆえにそうであるだけなのかも知れないが。
で、そのようにして集まって貰えば、およそ1,000の魔王軍関係者に対して、受付をする対象は30程度と、かなり少なくて済むこととなる。
まとまって、点呼を取ったり何だりするまでに少し時間は掛かるはずだが、それもテキパキと、代表者の責任で進めていって欲しいところだ。
そしてある程度落ち着きが見えてきたところで、魔導スピーカーを持ったマーサがやたらと出しゃばって、各々に対して案内を掛ける……
『はーいっ! 代表じゃない人はまとまって座って下さーいっ! 代表の人はこっちでーっす!』
その言葉を受け、ほかが座っても立ったままであった代表者達は、俺達が配置されている受付のテーブルが並んだ場所へと移動を始める。
いや、そちらはどうでも良い、肝心なのは代表者ではない魔王軍関係者が、体育座りをしていることによってパンツが、俺の方から丸見えになっているという事実だ。
なかなかエッチなパンツを穿いている子も居るようだな、今のうちにチェックをしておいて、後にコンタクトを取って……と、セラに睨まれているのでやめよう、もう魔法が目の前まで飛んで来ているので手遅れではあるが……
「へぶろぼっぷっ!」
「どうしたんですかご主人様、急にグチャグチャにされてますよ?」
「セラが暴行したんだ……ガクッ」
「あ、ご主人様が倒れました、どうしましょうか……」
「回復魔法……」
隣に座っているのに何もしないルビアに、ギリギリの力を振り絞って指示を出し、どうにか回復魔法を使わせる。
そんなことをしている間にも3人が、俺の目の前にやって来て受付を済ませようとしているではないか。
うち2人をセラとミラのコンビ、それからジェシカと精霊様のコンビに振って、俺の方は真ん中に居た、一番好みのタイプの女の子を『受付』してやることとした。
何やら角が生えているようだが、それは可愛らしい帽子で隠していて気にならない、尻尾はなくて、いくつかの魔族の混血のようだが……うむ、戦闘力はほとんどないようだな。
おそらくは人族の兵士が5万集まれば、それが全て死に絶える頃に疲れ果て、白旗を上げる程度の力しか有していないその女の子キャラは、さすがは数十人を束ねる部署の長だけあって堂々としている。
ひとまず名前と人数と、それから誓約書にもサインをさせて……ふむ、集合している部下の数が『53マイナス2』というのはどういうことであろうか……
「……このマイナス2はどこへ行ったんだ? ここに集合しなかったのか?」
「いえ、私が指揮していた魔王軍報酬委員会ですが、女性については全てここへ集合していて、私も含めて52です」
「じゃあ最初の53は?」
「女装した馬鹿が『2』紛れ込んでいたということです、魔王様におかれましては、男性は非戦闘員であっても残って戦うようにとの意思で、あのようなかたちの避難命令を出されたはず……それなのに逃げ出そうとするとは……ちなみに、その『2』については全員で袋叩きにしたうえで拘束してありますが、如何致しますでしょうか?」
「うむ、その辺に居る筋肉モリモリの生物に渡すよう言ってくれ、で、これが誓約書で……なぁマリエル、この連中、王都に入ったらどこへ送られるんだ?」
「えっと、まずは王都の地下牢屋敷が300名程度収容、広場に臨時で作る予定の囲いに300名程度収容、それから頭部と西部、マーサちゃんが食糧自給計画のために開墾した畑にそれぞれ150名程を収容ですね」
「……残りの100程度は?」
「まぁ、私達のお屋敷の周りに固めておけば良いでしょう」
「すげぇことになりそうだな……」
で、早速今目の前に居る女性幹部率いる部隊、『魔王軍報酬委員会』といったか、まさかの指名委員会等設置会社なのかといったところだが、とにかくかなり上位に位置する、レベルの高い集団であることは間違いないため、大人しくしてくれるであろうという理由で俺達の屋敷に収容するうちのひとつとする。
代表者である女性に、『勇者ハウス周辺』行きの札を渡し、係員の指示に従うようにとの要請をしつつ、その部隊が立ち上がって移動を開始するところまでを見届けた。
ついでにジェーンと、それから単独で後ろの方に並んでいるのが見える、いつの間にか脱出していたらしい元偽女王様も、一緒に俺達の屋敷へ向かうよう伝えておくこととしよう。
で、次にやって来た比較的小規模な集団は……食糧管理部隊のようだな、代表者はマーサと親しげに話していたようだし、この連中は畑の方に送っておくべきであろう、きっと役に立つはずだ。
そもそも、これから王都内の畑をグレードアップして、王都周辺に撒き散らされた例の物体から身を守るための篭城の準備が必要なのだ。
他の場所へ送った魔族も、そのうちにそこへ派遣して少しばかりの、いやそこそこに強度が高い労働をして貰うことになるであろうな。
しかし、野郎の方の副魔王が引き起こしたダニ、ノミ、シラミ事件から発展し、始まった王都の食糧自給計画が、まさかこんなところで活きてくるとは思いもしなかった。
この計画を前に進めるには土地の問題など、そこそこ苦労する面もありそうだが、『魔王城の陥落』によってこれだけの捕虜が集まり、また、戦争に対応していたこちら側の人員も裂くことが出来る以上、これまでよりも早くことを進めていくことが出来ると、そう期待してしまって構わないであろう……
「え~っと、はい次の方、35人ね、てか君可愛いね、どこのどんな部隊なのかな?」
「しょ、書庫の管理をしています、結構広くて、その、これだけの人数が必要になって……」
「そうかそうか、じゃあウチに来ると良い、まだスペースはあるから、これで締め切りだけどな」
「勇者様、こういう方々はなるべく王宮の近くに送った方が、後から労働させるときに便利ではないですか?」
「まぁまぁ、マリエルは黙っておけっ!」
「ひぎぃぃぃっ! 頬っぺたを抓らないで下さいっ!」
この子の部隊は絶対に戦闘員系ではないし、書庫という職場上、ガヤガヤとうるさいような奴もいない可能性が高い。
俺はここで受付をしているという立場を利用して、なるべくトラブルの少なそうな、賢そうな連中を自分達の預かりへ、勇者ハウス付近の収容とする権利があるのだ。
逆に面倒臭そうな奴等は他へ送り、それによって生じる不都合を眺めて指を差して笑ってやる。
そうすることで魔王に逃げられた鬱憤も少しは晴れるであろうし、何よりも楽しい気持ちになるのだ。
ということで俺達の屋敷周辺に招くのはこの子の部隊で打ち止め、次の明らかに血の気が多い、アマゾネスのような魔族の率いる集団は、まぁ地下牢屋敷にでも送っておこう、放っておくと何をするかわからないのが目で見てわかるような連中だからな……
「は~いじゃあ次の……あら、もう終わりなのか、意外にあっけなかったな」
「思ったよりもまとまっていてくれたからね、さて、私達はどうする? 一旦帰るかそれとも……」
「王宮への報告は後にして、最初に集まっている2つの集団とジェーンと元偽女王様か? その辺りにご案内を差し上げることとしよう……っと、何だ、副魔王入りの瓶が騒がしいぞ」
「あらホントね、バッグの中で何か言っているわ、どうしたの?」
『もしもーっし、あ、やっと気付いてくれました、ほら、あそこに残っている小集団ですよ、見覚えがありませんか?』
「残っているのはほんのちょっと……あっ、お前直属の部下か、そうだな?」
『そうです、あの子達はその、勇者さんのお屋敷で収容して下さい、この町に直接攻め入っているので、場所によっては民衆にいじめられたりしないとも限りませんから』
「そうだな、カレン、リリィ、ちょっと奴等を裏口へ案内してやってくれ、俺達は北門から普通に入って戻るからな」
『はーいっ!』
ということで副魔王の部下にはカレン達に声を掛けさせ、城壁に勝手に設置した裏口から王都入りさせる。
残りは普通に北門から戻ることとし、あとの始末、とりわけ魔王軍の構成員ではない一般の魔族の案内については、筋肉団やその他の連中に任せてしまった。
屋敷へ戻ると、既に門の前には人集りが出来ているうえ、騒ぎを聞きつけた近所のジジババも集まり始めていてかなりカオスな状態。
今のところ屋敷の中は見えないのだが、きっと中で待っているアイリスも、それから他の面子も困惑しているはずだ。
そんな魔族の大集団の中へと分け入り、まずは可能な限り屋敷の中へ、庭へと入るようにと指示を出す。
もちろん代表者は確実に俺の前に来てくれと、ついでに道に広がるのは迷惑だからよせとも伝え、集団を動かした。
屋敷の庭から溢れた分は、隣の居酒屋の敷地と、そらから魔将、魔将補佐収容所の庭部分にも移送しよう……というかこの人数、これからいつまでウチで預からなくてはならないのだ……
「え~と、まずは最初の50人ちょっとからだ、こっちへ移動して、こっちこっち、屋敷の裏と城壁の間で~す」
『ガヤガヤ……』
「喋ってないで動きなさ~い、鞭でシバくわよ~っ」
「じゃあ精霊様、そっちは任せた、あとシルビアさんも呼んで一旦管理していてくれ、俺の方はこっちだな……30人とちょっとでも大変だぞこりゃ」
およそ1,000人も居たうちのたったの100人弱、それだけでも捌くのにこれだけ苦労するというのは、やはり俺が勇者として大人数を動かした経験があまりないことも原因のひとつなのであろう。
だが一旦はまとめることに成功し、どうにか道に溢れることなく、、魔族達を収容することが出来た。
この連中をどうするか、どのような立場に置くのかは後程考えるとして、今は王宮へ報告をしに行くことを考えなくては……




