983 新たなミッションの開始
「あとちょっとですっ!」
「良いぞっ! このまま削り切れっ!」
「今回は漏れ出したりしていないようだな、サイズも攻撃を受けたことによる分、それなりにしか小さくなっていないようだ」
「えぇ、床に穴とかは見えないし、さっきの穴はもう塞いでしまいましたから、今回は間違いなく大丈夫でしょう」
「お前等、すっげぇフラグ擁立してくんな……」
今回は大丈夫、そういう発言を、まだ戦闘が終了しない中でしてしまうミラとジェシカ。
こういうのは、戦闘中であってこちらが押している際と、それからようやく倒したであろうというタイミングでは禁物だというのに。
2人もそのうっかりに気付いたようで、ハッとなって周囲を見渡す……特に何もないようだ、この物体が外に漏れ出すような脱出口は、今の時点で見える範囲には確かに存在していない。
そして物体のサイズはもう抱えて持ち上げることが可能な、中型犬程度のものであるから、既にパワーも弱く、防御を無視してひたすらに攻撃するのみの、少しHPが高すぎる雑魚へとなり下がっているのだ。
ということで、最後の最後だけ油断したり、うっかりフラグを建ててしまったりすることさえしなければ、もうこちらの勝ちが確定するような状態。
念のため他の仲間にも黙って戦うよう、目線で指示を送り、戦闘に集中させる……と、孫んことを考えている間にもまた小さくなったようだな、もう猫かそのぐらいの大きさになった……
「……良いこと考えた、おい、最後の一撃は俺がやるっ、セラ、俺の飛び上がっての強攻撃に風の力を上から付加してくれ」
「ちょっと勇者様、何をするわけ? また余計なことを……」
「余計なことじゃねぇよ、最後の必殺技『ファイナルファンタスティック勇者クラッシュ(FFYC)』だっての」
「勝手にヘンな技を開発して……しかもいい加減な略称まで用意するなんて……」
ファイナルファンタスティック勇者クラッシュ(FFYC)とは、普通に聖棒を敵の頭上から振り下ろし、その加速した先端部分を直撃させる……だけではなく、そこに上からセラの風魔法を加え、さらに勢いを増して、さらに風属性まで付与して攻撃する、まさに渾身の一撃なのだ。
これは絶対に折れることのない、神界物干し竿を素材に用い、女神の力を付与された聖棒だからこそ出来る技。
そこら辺のしょうもない伝説装備などでは、負荷に耐え切れず途中で、いや攻撃の開始時点で粉々になってしまうことであろう。
そんな危険な技を今ここで繰り出す理由は何か、それは『強敵に対する最後の一撃』は『物語の主人公である勇者様』が直接加えなくてはならないためである。
俺のFFYCを喰らったこの謎の物体は、断末魔の叫びこそ上げたりはしないであろうが、とにかく良い感じでやられた系のモーションをし、その後はこれまた良い感じの、ありがちなエフェクトを伴って消滅していくのだ。
……という説明をセラにすると、本人は馬鹿なのでなるほどと納得していたのだが、その後ろに居たユリナやサリナ、精霊様が渋い顔をしているではないか。
どうやらFFYCの効果を疑っているようだな、そんな攻撃を実際にやってのけることが本当に出来るのかと、きっとそう思っているのだ。
だがその心配は杞憂に終わることが確定している、努力家である俺は、いつかこういうが来るものであると考え、既にこのFFYCについては3回も、屋敷の庭で練習を済ませているのだから……
「ということだセラ、ここは絶対に失敗が許されない、一回限りの真剣勝負なんだ、頼んだぞっ」
「わかったわ、じゃあまずはその棒切れに風魔法を付与して……これをコントロール出来るように……」
「ちょっと待ってちょうだい」
「何だよ精霊様、効果のほどが疑問か? それなら心配には及ばないぞ、俺様は常に完璧だからな」
「でもね、ほら一応、はい水のヘルメット、これ被って」
「うわっ、だっせぇし冷てぇな……」
「あとこっちも装備なさい、万が一に備えて」
「水のチ〇コガードかよ、格好悪りぃな……」
「あとモザイクも入れておきましょう、グッチャグチャに潰れるかもですから」
「・・・・・・・・・・・・・」
何だかすさまじい装備を提供されてしまったではないか、しかも基本的に水で出来ているため冷たく、あとズボンの股間部分が凄くウェットな感じになってきた。
その姿を見て、力を使い果たして休憩していたリリィが指を差して笑う、それに反応して一瞬だけ振り向いたジェシカが吹き出して転倒した……鏡などはないが大惨事ビジュアルとなっていることは間違いないな、確認するまでもない。
しかしこの攻撃は非常にカッコイイ感じのものであり、成功すれば俺の伝説の勇者様としての地位は確固たるものをなる。
記録係であったpootuberが、物体に喰い殺されてしまったのは残念であるが、この様子は口伝によって、というか俺達の宣伝によって人々の知るところとなり、語り継がれるはずだ。
ということで攻撃の準備、まずは良い感じの位置に立ち、そこから一気に敵の頭上を目指すことが出来るタイミングを見計らう。
セラの魔法は常に聖棒の先端付近に宿り続け、これが遠隔操作によって発動すると、俺の攻撃、振り下ろす誤動作が凄まじく加速するという寸法だ。
物体に接近して戦う仲間達の場所と、それから触腕のように伸びて、サリナを狙って繰り出し続けている攻撃の、その一瞬の間を狙って、一撃で全ての部分を消し去ることが出来るタイミングは……今しかない……
「ウォォォッ! 勇者ファイナルアタックファンタスティック!」
「技名が変わったような気が……あっ、それっ!」
「ちょっ、タイミング……ギャァァァッ!」
「何か凄くズレたけど入ったわっ!」
「アホなんじゃないかと思いますの……」
俺が技名を言い間違えたのも少しは原因となっているのだとは思うが、それによって魔法の発動タイミングを間違えたセラの罪は重い。
予想外のところで前のめりに、そして手に握り締めた聖棒の先端が勢い良く前に倒された俺は、そこから凄まじい勢いで回転し、最後は狙いの場所、物体のど真ん中に聖棒と、それから自分自身を叩き付ける感じで落下したのであった。
勢いがあった分、攻撃の威力はかなりのものとなり、スライムのような姿をした物体は大きく凹む。
さらにその攻撃がヒットした、凹んだ部分から魔力が、中に蓄えられていた力が一気に漏れ出す。
まるで風船に小さな穴を空けたかのような、そのまま破裂してしまうかのような勢いで、物体は轟音とともに弾け飛んでしまった……そして勢い余った俺は、そのまま床に叩き付けられる……
「かっ……かへっ……す、凄まじい攻撃であった……よいしょっ」
「あっ、待つんだ主殿、まだ立ち上がってはいけないっ!」
「は? え、あっ……穴空いてんじゃん、しかも衝撃波の戻りが……あぁぁぁっ!」
「だから言ったのに……」
空中に散らばった、そして攻撃、FFYCの余波によって周囲に飛び散った粉々の物体。
もちろんその大半は、魔力を喪失して消滅していったのだが、比較的大きな破片についてはそのまま空中を、巻き上げられた風に乗って漂っていたのである。
で、爆心地の俺がいきなり立ち上がったことにより、その『着弾』の衝撃によって床に空いていた小さな穴が露わになる。
次の瞬間には衝撃波の揺り戻し、攻撃によって下がった爆心地の気圧が元に戻る現象、様々な事象でそこへ空気が集まって来た。
当然、空中を漂っていた物体の破片もそこへ、ついでに言うと元々この部屋よりも気圧が低いらしい下層へと繋がる穴へ、一斉に吸い込まれていく。
慌てて穴を塞ごうとしたがもう遅い、崩れた部分については既に下へ、この場所からでは手の届かない所へと落下してしまったのである。
しばし焦ってバタバタし、最後は自分が腹這いになってその穴を塞ぐという、なんとも勇者らしからぬ方法で物体の流出を止めることに成功した。
残った部分のうち、手が届くものについてはその場で手足をバタバタさせるなどしてどうにか破壊し、これでようやく魔王の間に存在していた物体が消え去ったのである……
「クソッ、せっかくの大技だったのに、最後の最後でコレかよ」
「しかも相当な量、いえ量はそこまででもないけど、物体の数が流れて行ってしまったわね、米粒ぐらいの大きさでも、下級魔族ぐらいなら簡単に吸収しちゃうわよアレ」
「あぁ、だから最低でも女の子キャラ(魔王軍関係者)だけでも避難をと……おい魔王、そっちはどうなっているんだ?」
「あ……あっ、ちょっと待ちなさいっ、えっと……あ、もしもし私だけど―っ……うん、そうなのヤバいの……うん、えぇ、そういうことでお願い、あっ、早急にね、はーい、はいはいはーい、じゃお願いしますーっ……OK、どうにかなったと思うわよ」
「何なんだその至極現代的な通信手段は……」
明らかに電話すような仕草をしている魔王だが、その手元には端末など存在しておらず、単に魔力で作られた何かがあるのみ。
きっと電話などよりも遥かに進んだ通信装置であり、この世界の人族はおろか、元々居た世界においても存在しなかった凄いモノなのであろう。
もちろん通信料は無料であり、それでいてお昼の時間帯でも繋がりにくくなるなどということがない夢の連絡手段なのだ。
で、その通信でどこかに居る部下に、『魔王城内の女の子キャラのみ』を外へ逃がすよう、魔王のせいで漏れ出してしまった例の物体の小型のものが、その子らに被害を及ぼすことがないよう指示を出す。
魔王の言葉なわけだし、この城の連中は素直に従ってくれることであろう、もしこの状況で俺達が、『魔王は既に捕えた』として同じ命令を出したとしても、無駄に反発してくる奴ばかりでどうにもならなかったはずだ。
という点において、魔王の積極的な協力が得られたのは非常に良いことなのだが……まぁ、そうしてくれたからといってコイツを赦してやろうなどとは思えないな。
これまでさんざん俺達に敵対し、部下を使って人族を虐殺させ、最後の最後でとんでもないバケモノをフリーダムにしてしまうという最悪の事態のキッカケを作ったのだ。
罰として鞭打ち10万回、いやその程度ではないな、しばらくの間は痛め付けられることを覚悟して貰わなくてはならない……
「……うん、避難が始まったようね、何が起こったのかは下の方ではわかっていないみたいだけど、それでも指示通り動き出して……女装してまで逃げ出しているのが多いわね……」
「まぁ、察しの良い奴も居るんだろうよ、何かやべぇことになったとか、魔王軍自体が危機に陥っていることを感じ取ったりしてな……てかどうしてそんな状況が把握出来ているんだ?」
「そりゃこの城の主だからよ、特殊な能力で、城内のことや魔王軍のことは全てお見通しなの、本当に全てね……ただしちょっと意識して見ないとわからないけど」
「すげぇな、俺なんてそんな、たった12人だけの勇者パーティー内の様子も……」
「ご主人様、お腹空きました」
「うむ、言われるまで全然わかんねぇんだよこれが」
どうやら俺の知らない特殊な能力を有しているらしい魔王、おそらくはこの世界にやってくる際に、何者かによって付与されたチート能力なのだとは思うが、果たして俺のように良いモノを自ら選択することが出来たのであろうか。
と、まぁそれは良いとして、ここからどうすべきなのか、流出してしまった例の物体を、一体どのようにして回収し、この世から消し去っていくべきなのかを考えなくてはならない。
今現在、この時点であれば比較的小さく、俺達の力があれば各個撃破は余裕であろうその物体。
だがこの部屋から流出したものが、どこへ行ってしまったのかについてはわかるはずもないのだ。
となると、発見するまでの間にその辺の雑魚を取り込んで、自らの魔力へと変換して巨大化する……などということが考えられるし、むしろそうなる可能性が極めて高いのである。
なるべく早めに対処しなくてはならない、だがそれをやっていると、俺達が魔王城から帰還するのがかなり先延ばしされてしまう。
どうにかサッサと事を済ませて、隣で余裕の表情を見せている悪の魔王を縛り上げ、王都に凱旋したいものなのだが……そうか、この魔王の力を使えば良いのだ……
「なぁお前、この魔王城内の様子が事細かにわかるってことで良いんだよな?」
「えぇ、どこかの勇者だか何だかと違って優秀なの私は」
「引っ叩くぞテメェオラッ!」
「あいたっ……それで、その私のすまーとな能力を何に使うっての? 言っておくけど悪事には加担しないわよ」
『お前が言うなぁぁぁっ!』
全員からのツッコミを受け、タジタジになってしまった魔王に対し、これから魔王城内において、流出した例の物体の殲滅作戦を敢行すべきであることを告げる。
そしてそのために、魔王の特殊な能力を用いて、どこかで誰かが例の物体に喰い殺されたなど、そういった現象について確かめて貰うのだ。
まぁ、そのためにはまず気を取り直して貰って、その作業に十分に集中して頂く必要があるな。
以前俺が魔王城に潜入していたときに、魔王の奴はすぐ近くを通ったのにまるで気付かなかったからな、相当な注意が必要なのであろう。
もちろん協力するのは当然のことであり、逆に協力しなければ罪が増えるだけであるということは、魔王自身も認識しているはずだ。
ゆえに何のインセンティブも提示せずに、ただただ従うよう、俺達の言う通りにするよう命令してしまって構わないのである……
「え~っと、じゃあまずはどうしようかしら……ここの下の階層よね、そこから順に、降りて行くような感じで捜索していきましょ、出来るわよねそのぐらいのことは?」
「あ? あ、私ね、その程度のことならもちろん可能よ、ただし、協力するうえでひとつ約束を守って欲しいのよね、良いかしら?」
「あんた、自分が何かお願いとか出来るような立場だと思っているの? 違うわよね? 犬のように首輪を付けられて、鞭でシバかれながら引き摺り回されないとわからないわけ?」
「犬にそんなことしないわよね普通は……でね、お願いってのはね……」
「シャラァァァップ!」
「ひぎゃんっ! 何するのよっ⁉」
「うっさいから尻を叩いた、それだけだ、なお質問は受け付けません」
「それよっ! そろそろ私のパンツと、それからスカートを返しなさいっ! このままだと外に何か出られないわよっ!」
「何を言っているのかしらこの魔王は? パンツとスカートを返しても、外に出る際には素っ裸に剥いて縛り上げなくちゃならないのよ、だとすると無駄なんじゃないかしら? 普通にそのままの方が手間が省けるんじゃないかしら?」
「言ってやるなセラ、コイツは意外に馬鹿なんだよ、わざわざパンツを穿いて、それを脱がされることに喜びを感じているのかも知れないがな」
「・・・・・・・・・・」
ここでどういうわけか黙ってしまった魔王、小さく溜息を付き、仕方がないなというような顔で俺達から目線を逸らす。
どうやら自分が馬鹿で、無駄でかつ時間を要するアホな行為に出ようとしていたことを思い知ったようだな。
これから、当然例の物体が全て片付いてからにはなるのだが、上に着ているものも全て没収され、その姿を王都に住む、これまで魔王軍から散々迷惑を掛けられてきた人々に見られるということを、ここでようやく理解したということだ。
そんな魔王の頭を小突き、早速魔王城内、かなり上層部分の探査を始めさせる……先程は比較的余裕を持って状況を把握していたのだが、比較的広い範囲で誰かが喰われたとか襲われたとか、そういうところまで見るとなると相当な集中力が必要なようで、そこそこ真剣に様子を探っているようである。
そして所々で何かを感じ取ったような小さな声を出し、その地点を必死に記憶に留めようとしている様子。
どうやら『事が起こっている場所』は複数あるようだな、確認にはなかなかの時間を要している……
「……う~ん、こことそこと……あっつもそうなのね、かなりの数がアレしちゃっているみたい、死者は今のところ……10名程度ね、皆なかなかに上手く逃げているわ」
「そりゃあ一部人員の避難があったぐらいだからな、残った奴等も相当に警戒していただろうよ……まぁ、ここで助かったとしても、今残っている奴等はどうせ俺達によって処刑されるんだがな」
「酷いわねぇ勇者ってのは……それで、一番の大騒ぎになっているのは『第107魔法攻撃小隊』の部屋ね、魔力が高い上級魔族で固めていたし、あとおっさんばっかりで誰も避難していないはずだし、あの物体が狙うのにちょうど良い場所だわ」
「なるほど、じゃあそこに案内しろ、早く、今すぐにだっ!」
「ひにゃんっ! だから叩くのはやめなさいっ!」
「命令してんじゃねぇぞボケッ!」
「ひぎぃぃぃっ!」
引っ叩くなと言われたので抓ってやったのだが、防御力の低い魔王にとってはそこそこのダメージであったらしい。
まぁ、自業自得なのだが、歩けなくなってしまうと困るのでそろそろ勘弁してやることとしよう。
で、忘れてはいけないのが障壁の外に出した2人、案内係のジェーンと、それから瓶の中に閉じ込めた状態の副魔王である。
2人にはもうこのエリアが安全であり、こちらへ来るようにと……いや、副魔王の奴は瓶ごとフワフワと浮遊しやがったではないか、このままだとそのうち、容易に闘争できる感じになってしまうな……うむ、瓶を縄で縛って繋いでおくべきであろう。
ということで作業を終え、ジェーンも魔王と並べて安全な場所に配置し、俺達はすぐに戦うことの出来る状態のまま魔王の間を後にした。
とにかくあの物体のみを掃討すれば、あとはもう、王都を目指して凱旋のための移動をしていくだけだ……




