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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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981 分裂する物体

「おいっ! 何か喰われたぞっ! 大丈夫なのかアイツはっ?」


「もう無理! アウトに決まっているでしょっ! 危ないからあんたもサッサと離れなさいっ!」


「う、うむっ……何なんだよ一体……」



 記録係として、これまで俺達の進軍に同行して来たpootuber、それがあっという間に謎の物体に取り込まれ、何の抵抗もなく一瞬で消化された、というかエネルギーの一部となってしまったのである。


 おそらくはその場で最も狙い易い位置に居て、最も狙い易い弱さであったpootuberが、その物体、元々は幻想魔王であった『何か』のターゲットとして最も適切な存在であった、そういうことなのだ。


 当初は危険がないのではないかと思っていた、そう思い込ませるようなビジュアルを有している方が悪いのだが、その俺の考えは完全に誤りであったらしい。


 この真っ黒な、人間と比較すると半分程度のサイズのスライム様の『魔力体』は、何も喋らない、言葉を発しないものの凶暴で、今も俺達を喰らってやろうと、自らの糧にしてしまおうと狙っているのだ。


 全員さらに距離を取って、ついでに体が小さく、狙われ易そうなカレンとサリナ、そして敵ではあるが戦闘力のない魔王を後ろへ、最も安全と思しき精霊様とリリィの後ろへ隠してやる。


 逆に前を担うのは俺と……どうやら俺だけのようだ、こういう敵に立ち向かうのは常に俺であると決まっているかのようだな……



「なぁ、これはどう戦ったら良いんだ? 何かもうウネウネして……伸びるぞっ!」


「後ろよっ! サリナちゃん気を付けてっ!」


「ひぃぃぃっ! 私ですかっ! イヤッ!」



 スライム状の物体の表面が蠢くと同時に、その一部がまるでイカの触腕か何かのようにニューッと伸びる。

 それは一番前の俺を上からスルーし、その後ろもスルーし、確実にサリナを狙う動きを見せた。


 サリナは要注意として強固なガードの裏に居るゆえ、狙いとしては明らかに効率が悪いのだが、この物体はそれを考える力を持ち合わせていないようだ。


 ただ本能的に、『サイズが小さいなどで捕食し易い』ものであって、『それにより摂取出来る魔力の値が高いもの』を狙っているだけなのである。


 伸びたその触腕のようなものは、セラが放った風魔法の刃によって切断され、残り、本体と繋がった部分はマーサによって引き千切られ、見事にふたつの欠片が……それぞれ動き出したではないか……



「おい切るなっ! 増えるぞコイツはっ!」


「ユリナちゃん、すぐにその破片の方を燃やし尽くしてっ!」


「はいですのっ!」



 ボッ、ボッと、その破片の方、小さなスライムに火を掛けるユリナ……魔力体とはいえ普通に燃焼するようだ。

 どこか苦しんでいるようなモーションを見せながら、それは完全に燃え尽き、灰も残さずに消滅した。


 ついでに本体の方にも攻撃を仕掛けてみる、だがこちらは魔力の大きさゆえか、セラの攻撃もユリナの攻撃も、そして精霊様の特殊な攻撃さえも受け付けない。


 むしろ積極的に千切れるように仕向けて、その増えた部分を各個撃破していく方が、そしてその感じで徐々に本体のボディーを削って行く方が効率が良いのか?


 それとも増やしすぎると対応出来なくなり、結果としてこちらが不利な状況に追い込まれてしまうのか……というかそもそもだ、この物体を生み出すキッカケを作ったのは魔王である。


 ここは当人に対応策を考えさせるのがベストな選択肢であり、そしてもしかしたらこういう状況になった場合に備え、何か緊急停止装置のようなものが……あるようには見えないな、魔王の動きからして。


 だが責任は責任、勝手に後ろへ隠れているようなことをせず、率先して前に出て、その力をもって対処すべきところだ……



「おい魔王! お前はちょっとこっち来いっ!」


「イヤよ、そっちで何とかしなさいっ、そもそも私、そんなに強くなんかないんだからっ!」


「ふざけんなよお前! どうにかしろ、自分で召喚したブツだろうがっ!」


「変な風にしたのはそっちでしょっ! 私はもう一切知らないわよ、好きになさい」


「……精霊様、ちょっと魔王のスカートを没収するんだ、丸出しになっても構わん」


「そうね、じゃあ魔王ちゃん、あなたみたいな子はこうよっ!」


「ひゃぁぁぁっ! 何をするのこの変な精霊はっ⁉ 返しなさいっ、スカート返してっ!」


「ついでにお尻ペンペンよっ、それっ!」


「うにゃぁぁぁっ!」



 元々パンツを穿いていなかった魔王は、スカートを奪われたことによって完全に尻丸出しの状態にされてしまった。

 次いで、精霊様には魔王の上着と、高校の制服を模したシャツを奪うように告げるが……どうやらもう許して欲しいようだ。


 引っ叩かれた尻を押さえて座り込み、降参の意思表示をする魔王、セラが促して立ち上がらせると、そのままの状態で前へ、俺の横へとやって来た。


 一応は自分も戦おうという意思の表明らしいが、もちろんこれまでの非礼について許してやるつもりはない。

 両手が尻を押さえていることによって塞がっているため、上から攻撃を、そこそこの力で拳骨を喰らわせてやった。


 涙目になる魔王、その襟首を掴んで前に出し、この状況をどうにかせよと命じてみるものの、どうしようもない、何も出来ないとしか答えない。


 もう一度、今度は頬っぺたを思い切り抓り上げてみても返答は同じ、コイツを生贄にするわけにもいかないし、そもそも魔力がたいしたことない時点でその価値はないのだが……そうか、また持ち物をこのスライム上の物体に装備させれば良いのか……



「精霊様、ちょっとその『魔王スカート』をこの物体に与えてみてくれ」


「ええ、そうしたら元に戻るかも知れないわね」


「……無理だと思うわよ、もう完全に私のモノじゃないものその物体」


「やってみなくちゃわからんだろぉがっ! 弱気発言には罰だっ!」


「いでっ、拳骨はやめなさいっ!」


「じゃあ尻を押さえるのをやめろ、さっき精霊様にされたみたいに、今度は俺からお仕置きしてやる」


「それもやめなさいってばっ!」


「贅沢な奴だな、何なら良いんだよ?」


「暴力以外にしなさいよね……」



 いちいち命令口調で指示してくる魔王、もちろんそれに従うつもりはなく、隙あらば尻を引っ叩いてやる予定だ。

 で、そんな魔王と俺の頭上を、セラの風魔法に乗せられた魔王スカートが、ヒラヒラフワフワと舞いながら移動して行く。


 そのスカートは謎の物体の真上まで到達し、そこからハラリと落ちて、物体の上に着陸した……どんどん溶かされ、あっという間に吸収されてしまったのだが、果たしてどうなることやら……



「さて……むっ、何か反応し出したぞ、真ん中辺りが割れてきて……」


「細胞分裂のようね、小さい、というかハーフサイズの物体ふたつに分離するつもりだわ」


「じゃあスカートを投げ入れたのは?」


「餌をやっただけに過ぎなかったみたいね、大変残念なことに」


「……おい魔王、これもお前のせいだ、反省しろ」


「どうしてそうなるのよっ⁉ やったのはあっちの精霊だし、やろうって言ったのはあんたでしょうがっ!」


「知るかよそんなもんっ! オラッ、せめて片方だけでもどうにかしやがれっ!」



 魔王に罪を擦り付けつつ、まるで細胞のように分裂してしまった謎の物体に向き直る……少しは弱くなっているようだが、その魔力の強さは半分になったわけではなく、どちらも元々の6割程度は有している様子。


 もちろんこれから様々な獲物から魔力を吸収し、また分裂出来る状態になったら分裂、それがまた魔力を蓄えて分裂と、そういう感じで個体数を増やしていくつもりなのであろう。


 もしも当初、幻想魔王が変身したばかりの状態のものが大量発生したらどうなるのか、それこそこの世界の終わりだ。

 人も魔物もその他の生物も、全てこのバケモノの餌として生きていく、暗黒の世界がやって来るに違いない。


 最終的にはこの世界の生きとし生ける何者も、コイツの増殖したものによって喰われ、居なくなってしまうことになる。

 そうなったら魔王軍も人族もない、この世界はもう、全てから見放されて『サービス終了』ということになってしまうのだ……



「主殿、ひとまずこれをここから出さないように、これ以上何かを吸収することがないようにしなくてはならないぞ」


「だな、ここに閉じ込めておく限りは、もう他の魔力を有する生物に出会うこともないし、それが犠牲になることも……何だっ?」


『うぇ~いっ、魔王城最上階うぇ~いっ……はっ? ギョェェェェッ!』


「……何かうぇ~い系の変な奴が入って来て……そして喰われたぞ」


「今の、どう見ても攻撃魔法の使い手系の上級魔族ですわね、それで……喰らった方がかなり大きくなりましたの」


「意味がわからんぞ……」



 何だか知らないが、突如として入室し、障壁の中にまで入り込んだ上級魔族、もちろん物体に喰われてしまった。

 魔王が頭を抱えてしゃがみ込んでいるということは、そういう行動を取る系の迷惑な魔族であったということであろう。


 人族のうぇ~いでさえ相当に迷惑なのに、魔族の、しかも高い魔力を持っているタイプのうぇ~いが、この魔王城の中にまだ相当な数残っているはず。


 もしそういう連中が先程の馬鹿のように侵入し、このわけのわからない危険な物体にうぇ~いしてしまったらどうなるか。


 もちろん物体は巨大化し、相応の力を有するものになっていくことであろうし、その数も増殖してしまうのは明らか。

 そして増殖した後には、数にものを言わせて魔王の間に張られた結界のようなものを無理矢理打ち破って……などということになりかねない。


 徹底的な食い止めが必要なのだが、そのためにはまずこの場所を立ち入り禁止区域に設定し、何者も侵入しないように取り計らう必要がある。


 しかし、そういう区域に設定するとどうなるかということは、まぁもちろん前に居た世界での経験からもわかる通り、どうしようもない奴等が面白半分で侵入するというのがありがちな結末だ。


 それを食い止めることは出来ないし、現状ではむしろ、この物体がここから脱出してしまうことよりも、どこかの馬鹿がこの物体を脱出可能な状態へとグレードアップさせてしまうことの方が警戒すべき事象なのである。


 入るなと言われれば入りたくなる心理、それをどこかの馬鹿から取り除くことは不可能であるし、もし取り除くとしたら、それはもうそいつごと、その命ごと取り除かなくてはならないのである……



「おい魔王、さっきの馬鹿みたいな奴、この魔王城にはあとどのぐらい居るんだ?」


「それはもう星の数ほどってやつよ、本当にどうしようもない馬鹿ばかりで」


「どうしてそんなもんを採用したんだ? 普通に面接とかで落として、魔王軍に入れないことにすれば良かったろうに」


「幹部の子弟とか、コネで入ろうとするどうしようもないのが断り切れないの」


「……どこの世界でもそういうのがあるんだな、ドンマイとしか言いようがないぞ、もちろんお前の責任だがな」


「それに関しては痛感しているわよ……」



 どうしても一定数は出現してしまう『ああいう感じの馬鹿』、もちろん家柄が良く、甘やかされて育ったことに起因しているのだが、この魔王軍という巨大組織においては、やはりそういう奴の数もそれなりということだ。


 そしてそんな連中に好き放題させていては、この世界が終わりを迎えることはもう言うまでもない。

 一旦魔王城内の全ての敵キャラを集め、公開で処刑すべきは王都に連れ帰り、それ以外のやべぇ奴については、もうこの場で焼却処分してしまおうか。


 いや、町ひとつ分程度はあるこの魔王城を隈なく捜索し、そういう奴、というか隠れている敵を全て見つけ出すのは容易なことではない。


 きっといい感じに取り逃して、しかもその取り逃した奴こそが最もやべぇ奴で、結果として大変なことになってしまうのはもう言うまでもないな。


 ならばどうにかこの場で、この謎の物体を食い止めるということ以外に選択肢はなさそうだ。

 幸いにしてこの物体、今は片方が分裂したての状態で、そこまで強い力は有していないように思える。


 ならば速攻だ、これ以上先程の馬鹿のような奴が乱入し、余計なことをする前にコレを片付けてしまおう。

 何も出来なさそうな無能魔王は後ろへ放り投げ、先頭の俺が聖棒を構えてより前に出る……



「よし皆、やんぞっ!」


「頑張って勇者様、陰ながら応援しているわ」


「いやお前等も頑張れやっ!」


「しょうがないわねぇ……ちょっと怖いけど戦ってあげるわ」


「ここまで来ておいて怖いとか……まぁ、コレは今までの何とも違うタイプの敵ではあるが……」



 かなりビビッている様子なのはセラやユリナ、サリナなどの魔法使い系、もちろん先程狙われた、捕食されそうになったサリナはもう完全に戦意喪失状態だ。


 逆に俺のような『絶対に狙われないタイプ』、つまり魔力などカスほども有していないようなキャラは平気である。

 そして先程は狙われるかも知れないとして後ろへ隠してあったカレンも、今は前に出てやる気満々の様子。


 ここは物理攻撃主体で、魔法使いは後ろから援護する感じで戦っていくべきだな……一応、魔力の高い、つまりターゲットになる可能性がなくはないマーサは、気を付けながら戦わせるようにしなくてはならないが。


 それと、先程もそうであったのだが、この物体の最優先ターゲットとなるのは完全にサリナだ。

 体が小さく食べ頃で、それでいて高い魔力を持っているのだから仕方がないが、念のためこれまで以上に用心しておこう。


 ということで隊列の方を軽く変更、俺とミラ、カレンが前衛に立ち、その後ろをマリエルとジェシカ、マーサの3人で固める。

 ジェシカはリーチ的に攻撃が出来ないが、ここは守備中心で活躍して貰うこととしよう。


 そしてその後ろには精霊様と、それからドラゴンの姿を取ったリリィを配置していく。

 精霊様は攻撃もこなすが、リリィはもう完全に防御キャラだ、というかガス欠の如くブレスが出ない。


 で、セラとユリナ、ルビアが3人で、最も危険なサリナと魔王の馬鹿を固めて守る感じで配置される。

 サリナは一応戦わせた方が良さそうだな、もちろん幻術を使って相手を攪乱し、主に自分自身を狙いにくくするのが精一杯だが……



「じゃあいくぞカレン! ウォォォッ!」


「それっ! はぁっ……ちっとも斬れませんっ!」


「だがダメージはゼロじゃないっ! サクッといった場所から少しだけだが魔力が漏れ出しているぞ、すぐに修復してしまうようだが、その感じで攻撃を続けろっ!」


「私もいきますっ! こっちの大きいのを牽制しておきますからっ! ハァァァッ!」



 聖棒でザクッとその物体を突く、そしてカレンが凄まじいスピードで攻撃を繰り出し、それを切り刻む。

 それで本当に僅かずつだがダメージが入る、もちろん完全に切断しまうようなことは出来ないが。


 だが、敵の方も攻撃を繰り出してくるタイミングがあるはずだ、先程もそうであったのだが、触腕のように伸ばした部分であれば、俺達の後ろに居るジェシカでも、手が届く限り攻撃し、斬ってしまうことが出来るはず。


 そうなればまた、ユリナの魔法によって焼き尽くしてしまえば良いのだ、小さい破片であれば攻撃が通じることは確認済みだし、大きすぎるのであれば、マーサが踏み潰すなどしてまた小さくしてしまえば良い。


 とにかく今は攻撃を、ひたすらに攻撃を加えていこう、俺とカレンが中心になり、出来る限り敵を消耗させるのだ。

 もう1体、大きい方をどうにかしているミラが疲れ切ってしまうまでは、この方法でどうにかしていくこととしよう……



 ※※※



「そりゃぁぁぁっ! あっ、ちょっと千切れましたっ!」


「ホントだっ! マーサ、踏み潰してもっと小さくしろっ!」


「それっ! ほっ! ふたつに分かれたっ!」


「退きますのマーサ! どっちも燃やし尽くしますわよっ!」



 カレンの攻撃が薄く入った際、サリナを狙って動こうとしていた物体の一部が、スパンッと斬れて地面に落ちた。

 それをマーサが踏み潰してさらに半分に、拳大の物体ふたつに分離させたところで、ユリナの火魔法が炸裂する。


 燃え尽き、跡形もなくなる物体、この作戦始まって以来のダメージを与えることに成功したようだ。

 そしてその一部を失ったことによって、敵の物体は……今度は2箇所同時に、触腕のようなものを伸ばそうとしているではないか。


 まだ姿勢が回復していないカレンを待たず、俺がそのうち一方を聖棒で突く……小さい破片がひとつ零れた、これもユリナの魔法の餌食だ。


 そしてもうひとつの触腕は、やはりサリナに向かってまっすぐに伸びていくらしい、これはジェシカが大振りで切断、比較的大きかった破片の3分の1は反転に成功したカレンが、そしてもう3分の1はマーサがパンチを喰らわせ、こちらはいくつかの本当に小さな破片にしてしまう。


 さらに敵の触腕攻撃、さらにさらに……ここにきて攻撃が増えてきたな、相変わらずのサリナ狙いなのだが、どうしてこうも危険を冒して捕食に走るのか……



「きっと栄養、というか魔力が不足していることを感じ取ったのね、それで手近な『餌』を求めているんだわ」


「そういうことか、じゃあこのまま攻撃を続けていけば……」


「ええ、さらに捕食行動主体の動きになるはず、そしたらもっと攻撃して、最終的には潰してしまえるわ」


「だなっ、でも魔王、お前何もしていないからな、敵なのに守られているだけだからな」


「それは正直すまないと思っているわよ……」



 徐々に削られ、そして削られたことによってさらに削り易くなっている『小さい方の』物体。

 もう一方、先程の馬鹿を吸収した大きい方は、今のところどうにかミラだけで押さえている、ダメージは与えられていないが上出来だ。


 まずはこちらを潰して、もう一方をどうにかするのはその後だ、そう思ったのだが……いかにせよサイズが小さくなり過ぎではないか、そうも思ってしまう感じである……

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