980 やべぇの
「ウォォォッ! 勇者ダイナマイトスラァァァッシュ!」
「技名が限りなくダサいし、そもそもそれ、普通の薙ぎ払い攻撃より弱いわよね?」
「それは言ってはならないルールだっ、叫びの方に注力しているからどうしてもそうなる」
「頭が悪いの?」
「いや逆に天才だ!」
「……やっぱ馬鹿なのね、予想していた通りだわ」
「うっせぇ、勇者ミラクルアイアンクローを喰らえぇぇぇぃっ!」
かなりの素早さで、こちらの攻撃をスイスイと回避しやがる魔王、というかそのパンツを装備した魔力体の幻想魔王。
俺のスピードでは到底攻撃を当てることが出来ない、もう少し消耗させてから攻撃に移行した方が良さそうだな。
素早さ的に俺は一旦後ろへ下がって、今はギリギリで対応出来ているマリエルの後ろに入るべきだ。
狙われるのはどうしても俺になるわけだし、ここで前に出ていてはもう迷惑なだけである。
このまま攻撃をやり過ごし、仲間達がこの魔王の体力を奪ってから勝負に出る、もちろん聖棒の効果はないが、それでも『棒で急所を突く』という行為によって、相当なダメージを与えることが出来るのは確実、もちろんコイツが弱っていればの話ではあるが。
ということで後退……と、もう少し下がっておくか、セラと精霊様、それからリリィによる防御のカバー範囲内に居ればそこそこ安心だし、ルビアとも近い方が良い。
そこであれば何かあってもすぐに救助してくれるはずだし、さすがのルビアも回復魔法の使用に関して、明らかに差し迫った状態が目の前にあるというのに、指示待ちなどということはしないであろう。
「このっ! ちょっとっ! どうして後ろに下がるわけ? 勇者さえ、勇者さえどうにかすればこちらの勝ちなのにっ!」
「そりゃ、俺がやられたらこちらの負けっぽい感じだからだよ、てかさ、もうどういう理由で『勇者一本狙い』なのかをハッキリしてくれよなそろそろ」
「いや、もしかして知らずに戦っていたとでもいうの? 私達が勇者狙いを決め込んでいるのはとっくに知っていたはずなのに……確かにその件については秘密ってことにしてたけど、そもそも自分で調べたりとかしなかったわけ?」
「調べねぇよそんなもん、この世界に来てからはな、調べるよりも拷問して吐かせた方が早かったわけだし、もうそのやり方が染み付いてしまって取れないんだ、で、今回は実に口が堅いようで、それで困ってしまってな」
「なるほど、一理……ないと思うわ、だからもう教えてあげないっ」
「そうかそうか、じゃあお前を討伐した後、鞭でビシバシとシバきながらゆっくり聞くことにするよ、今は良い、今はな」
「恐ろしいことを言うわねぇ……」
などと他愛のない話をしていたのだが、この間も超高速で、それこそ全員が音速を越えるスピードで移動しつつ、その僅かな停止時間、方向転換などの時間を用いて会話をしていたのであった。
こちら側のキャラにおいて、この幻想魔王を上回るスピードを有しているのはカレン、マーサ、そして当然に含まれる精霊様の3人。
物理的なパワー面ではリリィと精霊様ぐらいか、魔力になってくると誰も単体ではコイツの上に立つことが出来ない。
そんな強力な相手ではあるが、ひとつ、弱点らしきモノを見つけたような気がしなくもないのである。
それは唯一、この幻想魔王が最初から、濃厚な魔力の塊の状態で有していたわけではないアイテム……魔王から譲り受けた当人のパンツだ。
魔王の穿いていたパンツ、以下魔王パンツと呼ぶことにするが、この幻想魔王の状態が安定して、魔王として戦い続けることが出来ているのは、全てこの魔王パンツのお陰なのである。
ではもし俺達の手によって、その魔王パンツが奪い去られたとしたらどうか、幻想魔王は魔王としての存在をキープ出来なくなり、単に強力な魔力を帯びた謎の塊、そういうことになってしまうはず。
もちろんのこと、その際に何が生じるのかはわからないし、話の流れ的にろくでもないことになるのは確実、それがこの異世界の理であり、俺達の冒険の常なのであるから。
そのまるで決まっているかのように生じる『やべぇ現象』と、この強敵をどうにかしてしまわなくてはならないという現状、そのどちらがより苦痛で、やっていられないことなのか、それを天秤に掛けていく必要がある……
「どうする精霊様? 幻想魔王が装備している魔王パンツ、取っちゃう?」
「そうねぇ、わかって貰えれば高く売れそうだけど、魔王がそれを穿いていたという証拠がないとダメだわ、例えば本人がその場で脱いだとか、そういう証明が欲しいのよ、じゃないと価値を有しているとは言えないわ」
「いやその、売れる売れないとか価値のあるないじゃなくてな、魔王パンツそのものだよ、アレを剥ぎ取ったらどうなるのかってことを聞きたいんだ俺は、わかる?」
「あ、そっちね、それはまぁ……いつもの如くよね、きっととんでもないことになるわ、私でさえ知らない次元のバケモノが登場してしまうかも知れないし、その場で世界が消滅するかも知れない……まぁ、その可能性は極めて低いけど」
「……ちなみにだが、その場で世界が消滅するその極めて低い確率ってのはどのぐらいだ?」
「ほんの僅か、0.000001%程度ね……ちなみに何事もなく無事に終わる可能性はその0.000001倍だけど、つまりほぼほぼ0ってこと」
「全く救いがないってやつだな、だが……ルビアはどう思う?」
「わかりません」
「ですよね」
他の仲間、もちろん前で必死になって幻想魔王を食い止めている者は除くのだが、とにかくどちらの方が良いのかということについては判断に迷っている様子。
俺はどちらかというと魔王パンツを奪ってしまう方が、そしてその後は出現した『やべぇ何か』をどうにかする方が楽なのではないかと、そう思っているのだが、果たしてどうなのかといったところ。
そしてこのままではこちらの方が先に崩れてしまう、そうなる可能性は少しばかり、そうならない可能性よりも高いのではないか、つまり『やってしまう』方が良いのではないか。
これはmore likely than not程度のことではあるのだが、やはりどちらを選択すべきかという場合においては、その『やってしまう』方を選択すべきであろう。
例えばミラはもう息が上がっている、回避をしているカレンやマーサとは違い、そして比較的スピードのない、全身で守るタイプのマリエルやジェシカとは違い、動きながら敵の攻撃を受け続けるタイプのミラは、こういう戦いにおいて消耗も激しいのだ。
そしてその後ろ、カレンも先程うっかり一撃を喰らい、ダメージはルビアの魔法によって治癒したものの、そこからは恐れが入った動きとなり、まともに喰らって吹っ飛ばされるのは時間の問題。
一方、後ろは後ろでなかなかであり、広い範囲に炎を撒き散らして牽制する役目のリリィが、そのドラゴン状態の巨体ゆえ消耗が激しく、その炎の勢いが徐々に低下していっている。
ここはもう決断すべきだ、今のまま、人間の形をした素早さの高い超強敵と相対したままではなく、もっと別の可能性を模索すべきときがきているのだ……
「セラ、やっぱり魔王パンツを奪うぞ、マーサにやらせるが構わないか?」
「ええ、勇者様が決めて良いわよ、狙われているのは勇者様なわけだし、自分が都合の良い方を選択する権利はあると思うわ」
「……ちなみに責任の所在は?」
「もちろん勇者様よね、やってもやらなくても、勝手も負けても……いえ、もし勝ったら皆の功績、負けて帰ったら勇者様の責任ってところかしら?」
「やべぇなそれ、女神とかに転嫁しようぜその責任、それか駄王のせいだ、もし負けたら奴を生贄に捧げて、今回の戦いをなかったことにして貰えるよう邪神とかのアレな奴に祈ろう」
「生贄のランクがちょっと……駄菓子並みじゃないのそれ」
確かに駄王など生贄にしてもたいしたものにはならないのだが、それでも俺が1人で、単独で責任を負ってしまうのはよろしくない。
盛大に送り出された勇者様が敗北し、魔王城から逃げ帰るなど、もはや全裸号泣謝罪会見で連続フル土下座を決め込まない限り許されることはないであろう。
そうならないためにも、この作戦には逃げ道を用意して……やはり女神の奴か、もし俺達が負けたらアイツのせい、あの馬鹿がまともにサポートしなかったせいということにしてしまうのだ。
そうなればもちろん、全裸号泣謝罪会見を開催するのは女神だし、その後しばらく、というか俺達が魔王軍をどうにかしてしまうまでの間、王都の広場にでも括り付けて民衆の好きなようにさせてしまえば良い。
誰かの不満のはけ口さえ用意しておけば、俺達はもうやりたい放題なのだ、もちろんこの場で魔王パンツを幻想魔王から剥ぎ取り、とんでもない何かを爆誕させてしまったとしても……よしっ、やってしまおう……
「マーサ! ちょっと後ろへ、俺の所へ来るんだっ!」
「ハッ、ホッ……どうしたの? 今忙しいんだけどちょっと」
「作戦がある、上手くいけば大活躍の功労者のMVPだし、失敗しても女神に全部責任を押し付けることが可能な激アツの作戦だ」
「何それ? 意味わかんない……でもちょっと面白そうね、良いわ、私がどうすれば良いの?」
スッと戻ったマーサに対し、俺は『魔王パンツ』についての情報を伝え、それを剥ぎ取るのが今回のミッションであることを同時に教えてやる。
さすがに意味がわかったのか、驚愕の表情を見せるマーサ……というかドン引きしているようだな。
まぁ、さすがにあの幻想魔王を持するためのキーアイテムを奪ってしまうなど、この戦いにおいてあってはならないことだ。
もちろん後ろに控える、自分は戦わない癖に偉そうに座っている魔王も、俺達がそんなことをするなどとは夢にも思っていないことであろう。
焦るマーサには静かにするよう、相手に気取られないよう注意するよう言い付け、時間もないし限界も近いので、特に何も考えず、どうなっても構わないという気持ちで作戦を遂行するようにと命じる。
……どうやらわかってくれたようだ、未だドン引きの顔をしてはいるが、それ以外にもう、こちらがジリ貧になって敗北することを防ぐ手段がないのだとわかってくれたらしい。
で、作戦としては……マーサ単体では厳しいか、誰かが幻想魔王を押さえ付けて、その隙にマーサが魔王パンツを脱がせる、そういう感じの動きが必要だな。
押さえ付ける係としてはもちろんミラとジェシカ、いやミラはもう厳しいから、マリエルと、それから精霊様もそちらに向かわせることとしよう。
まずは幻想魔王の行動範囲を一気に絞り、捕らえ易くするところから始める必要がありそうだな……
「リリィ、ちょっとキツいとは思うが、魔王の両サイドを炎の海にしてやれっ!」
『はっ、はいっ、フゥゥゥッ!』
「セラは後ろを、ユリナは……リリィのバックアップに回れっ! サリナはこっちの動きが悟られないよう、ちょっと幻術で敵の視界を弄ってくれっ!」
『うぇ~いっ!』
こうして作戦は開始された、まず動いたのはリリィと、それからバックアップのユリナ、そして再び前に移動したマーサがマリエルとジェシカに作戦を伝える。
タイムリミットはミラとカレンが、2人だけで幻想魔王を抑え込めている、その時間が終わりを告げるまで。
もし失敗したらこちらはガタガタ、もう今回は諦めて帰る以外に選択肢がなくなってしまう。
そんなリスクを孕みつつ、あっという間に内容を理解したジェシカ、そして色々と察したマリエルを、さらにはマーサに後れて前に出た精霊様を巻き込み、幻想魔王の抑え込みに入ったのであった……
※※※
「それぇぇぇっ! ちょっと魔王様! お願いだから大人しくしてっ!」
「何をしても無駄よっ! 今回は私の勝ちだわっ! ほらマーサ、早く離れて……えっ?」
「パンツ、頂くわよ魔王様、ごめんねっ!」
「やっ、やめなさい、それだけは絶対にダメ! マーサ、わかっているのあなた?」
「……ホントにごめんっ!」
「ひゃぁぁぁっ! ちょっと、とんでもないことになるわよぉぉぉっ!」
「承知のうえだ、マーサ、一気に脱がし切ってしまえっ!」
「はいっ、ほいさっ!」
『ギャァァァッ! アァァァアアアァァァアァァッ……アァァァッ!』
やはりパンツを剥がれることには必死の抵抗をした幻想魔王、そして玉座で戦いの様子を眺めていた魔王も、まさかという顔をして立ち上がっている。
マーサが魔王パンツを完全に剥ぎ取り、まるで首を獲ったかの如く掲げた瞬間、幻想魔王の声は魔王のものではなくなり、その悲鳴は地獄の底から聞こえてくるような、実に禍々しいものへと変わっていった。
そして次第にその姿も、魔王そっくりのものから変化していく、徐々に黒くなり、形さえも保っていられずグズグズと、それはもう禍々しいオーラを放ちつつだ。
やはりとんでもないものが誕生してしまうのか、今攻撃する……のはかなりヤバそうだな、それこそこの世の終わりを迎えるキッカケを作ってしまいかねない。
先程までは幻想魔王であったその何かを抑え込んでいた仲間達も距離を取り、魔王パンツを剥ぎ取ったマーサも、そのパンツを大事に抱えた状態で俺の所へと戻る。
パンツは貰っておこう、こんな状況ではあるがパンツはパンツだ、魔王は可愛いし、それが魔王のものだ都わかっている俺には相当な価値を有するものなのだから。
で、そのパンツの本来の持ち主である魔王は、玉座から立ち上がった状態で茫然自失、いや、ここで『なんということをしてくれたのだ』という表情へと変わったな。
完全に想定外、そして俺達の作戦は一応成功を得たということ、この先果たしてどうなるのか、それがわかっていない以上は、まだ手放しで喜ぶわけにはいかないのだが。
で、そのしてやれれた魔王は、ここで自ら移動し、俺達の居る側へと障壁を越えてやって来る。
同時にジェーンを外側へと逃がし、ついでに力の大半を失っている小さな副魔王、その閉じ込められた瓶も同じように逃がすよう、所持者のセラに頼むような仕草を取った。
魔王の奴、あっという間に落ち着きを取り戻しやがったな、もちろん焦りの表情は若干ながら見せているし、額には冷や汗が光っている状態。
そして何か俺達に対して、ありがたいお言葉を投げ掛けてくるようだ、どうせ『幻想魔王であったモノ』の変化が停止するまでにはまだまだ間があるのだし、ここはそのお話しを耳に入れておくこととしよう……
「あのね、もう掛ける言葉もないわ、マーサに何をやらせてくれたの? わかっているのかしら自分が命じたことが?」
「知ららねぇよそんなもん、アレ、結局何になるんだ? スライムみたいにドロドロになってんぞ、真っ黒だけど」
「アレはもう生物とか魔物とか、そういう次元のモノじゃないわよっ! 闇の力の塊なの、小さな魔界なのよあのドロドロの中はっ!」
「ふ~ん、で、それはどうやべぇんだ?」
「ヤバいとかっ、もう表現出来ないぐらいのシロモノなのっ!」
「要領を得ない答えだな、もしかして魔王お前、馬鹿なのか?」
「フンッ!」
「あいたっ、殴らなくても良いだろうに……」
かなりご立腹な様子の魔王、わざわざ俺の目の前まで来て言い放ったのはわけのわからない、解説になっていない解説と、それから貧弱な右ストレートのみ。
というか、この場で魔王を縛り上げて、普通に連行してしまうことも出来るのだが……まぁ、それをしてもどうにもならない、する意味がないぐらいに『やべぇ状況』であるということか。
ひとまず俺達はパーティーメンバー全員で隊列を組み直し、俺とマリエルの間に魔王を挟むという、本当に異常な状態のまま、蠢く黒い塊に向き直る。
それが何かの形を成すようには思えない、本当にスライムのような、ドロドロ……いや、かなり凝縮され、今ではプルップルのプリンのような材質だな。
もちろん魔力の塊であり、暗黒の力も感じることが出来るのだが、ビジュアル的にはあまりヤバいようには見えない。
魔王がこれほどまでの反応を見せるのも、どこか滑稽に感じてしまうような、そんな感じの『何か』なのである。
……さて、そろそろその『何か』の蠢きも少なくなり、状態がかなり安定してきたようだな。
ひとまず攻撃を仕掛けてみるか、いや、その前に精霊様の意見でも拝聴しておこう……
「精霊様、どうよ?」
「どうよって、想像していたよりもちょっと危ないわね」
「あの変なのがか? そうは思えないんだよな俺には……」
「まぁ、あんたは魔力とかほとんどないし、知能が低いからわからなくてもしょうがないわ、でもほら、このユリナちゃんの表情を見なさい」
「……うむ、『ヒィィィッ!』みたいな感じのままフリーズしてんな、そこそこ面白い顔だぞ」
かなり彫りが深くなり、驚愕と絶望と、それから何か良くわからないものが混在したような雰囲気の顔をしているユリナ……と、セラやルビア、サリナ辺りも同じ感じなのか。
このメンバーが感じ取っているのは、間違いなくこの何かが『魔力的にとんでもないモノ』であるということだ。
だがそれが凶暴で、俺達に襲い掛かるような性質のものであるとは限らないではないか。
もしかしたら非常に安全で、かつそこから凄まじいエネルギーを取り出すことが出来るような、夢の物質が誕生してしまったのかも知れない。
だとすればこの作戦は成功であり、これにて魔王軍との戦いはお終い、あとは魔王を捕縛して王都に凱旋するのみである。
つまり今回は俺達の完全勝利で幕を閉じ、これからはもう、誰も魔王軍の恐怖に怯えさせられることはないのだ。
そう思い、さて魔王を連れて帰ろうかと皆に声を掛けようとした瞬間、障壁の外に出ていなかった記録係のpootuberが、その真っ黒な物体に……パックリと喰われてしまったではないか……




