979 幻想
「……じゃあいよいよだな、ジェーン、扉を閉めて動かせ」
「はい、承りました、ではえ~っと、魔王様の御部屋にですね、そのですね、そろそろですね、参りたいと思いまして……え~っと」
「時間稼ぎ禁止! サッサと動かさないととんでもない目に遭うからなっ!」
「ひぃぃぃっ! ごめんなさいですっ!」
「今の様子……この子、何か情報を持っていてそれを隠している感があるわね、もうバレバレの意図的な時間稼ぎだもの、『あとちょっとどうにか……』みたいなところがないとしないわよこんなこと」
「……確かに、おいジェーン、お前は頷いてないで早く動かせ、オラッ」
「あいたっ! 拳骨はやめて下さいよぉ~」
ここにきてまた無駄な時間を使わせようと、必死の抵抗を試みるジェーンと、セラに持たれた瓶の中で、半分居眠りをしながらその様子を見守っている副魔王。
どうやらこちらの進行速度が予想していたものよりもかなり速かったようだな、まだ魔王の方の『何らかの準備』が整っておらず、このままでは想定していた『おもてなし』が滞りなく行えないということなのであろう。
2人がどこからその情報を得ているのかはわからないのだが、きっと魔導的な手段でどうのこうのに違いない。
もちろん、その『何らかの準備』というのが逃走の準備である可能性もあるため、わざわざ待ってやる必要はないのだが。
で、魔導エレベーターを無理矢理に起動させ、ついでに不要になった元偽女王様は縛り上げて隅に転がしつつ、いよいよ魔王が待つ城の最上階へと向かった。
移動時間は本当に少し、快速なのでどこの階層にも停止することなく、まっすぐに目的地を目指す。
僅かにフワッとした感覚を感じつつ、停止したところで武器を抜き、いきなりの戦闘に備えた……
「……あの、ご到着となりましたが……この扉の向こうはもう魔王様の領域になります、くれぐれも粗相のないようお願いしたく存じ上げますが……よろしいでしょうか?」
「うっせぇ、敵に向かって『粗相のないように』って、そもそもそれがおかしいだろうよ、痛い目に遭わせてやるから覚悟しておけってんだよ全く」
「心配ですね非常に……と、あ、はい、では扉が開きます、ご注意下さい」
『うぇ~いっ!』
さらなる引き延ばしをするノリで話を始めたジェーンであったが、途中で何かに気付いたような仕草をした後、そこからはごく普通に、当たり前のように扉を開く作業に移行する。
おそらくは魔王の側からOKが出たのであろう、つまり俺達を呼んでも構わない、それなりの準備が出来てしまったということなのだが、果たして……
扉が開く、その先に続くのは暗いものの、明らかに高級な感じのする長い廊下……ではなく謁見の間のような場所か、廊下にしては幅が広すぎる。
そして副魔王とのバトルがあったホールに張られていたものとほぼ同じ、極めて強力な魔法の結界のようなものが、部屋全体に張り巡らされているらしい。
で、その最奥、長いレッドカーペットの先には巨大な、しかし人族の城にあるものとは全く異なる、禍々しいオーラを放つ玉座がひとつ。
誰か座っている、暗くて見えないのだが、どう考えても魔王でしかないそのシルエットは、俺達の入室を確認したと同時にビシッと姿勢を正したのであった……
『よく来たな勇者よ! ここは魔王の間、我と戦うというのであれば、それ相応の覚悟をして武器を取るが良いっ!』
「……いや遠いんだけど、しかももう戦闘態勢バッチリなんだけど、何? こっちから行かなくちゃならないの? そんなに遠くまで? お前が来いよ普通に」
『……流れに従って欲しいのよね、ほらこういうの、儀礼的な意味もあると思うし、違うかしら?』
「どうでも良いだろうそんなもん、ほら、早くこっちへ来て土下座謝罪しろ、全裸になってな」
『あ、え~っと、色々と準備したものとかあるし、こっちに来てくれないと困るの』
「面倒な奴だなぁ……」
『ここにきてそんなこと言われるとは、マジで夢にも思わなかったわね』
無駄な会話をしつつも、俺は魔王の他に敵が隠れていたりしないかを必死に確認。
ついでにカレンとリリィを使って、室内にわけのわからないトラップが仕掛けられていないかを同時進行で確認させる。
と、これといったものは存在しないらしいな、ついでにスナイパーが隠れていたり、床から召喚されたバケモノがせり上がってきたりなど、そういう危険性もないように思えるな。
これは魔王側の要請通り、こちら側から近づいて行っても構わなさそうだ……それについては精霊様も無言で首を縦に振って肯定している。
歩き出し、魔王が座っている巨大玉座へと近付く、あと半分というところで魔王も立ち上がり、こちらを向かえる姿勢を見せた。
手には武器など持っていない、このまま降参して、大人しくお縄になってくれれば良いのだが……まぁ、どうせもうひと悶着あるに違いない。
そんな予想をしつつ残りの距離を詰め、俺達12人の勇者パーティーは、遂に魔王のすぐ近くへ、もう手を伸ばせば届くのではないかという所までやって来たのである……
「よぉ、久しぶりでも何でもないが、ひとまずもう諦めろとだけ言っておく、俺達を向かえる準備の方は完全に無駄だぞ、もうこのまま縛り上げて連れて帰るつもりだからな、晩餐会も帰ってからやるし、その他の余興ももう十分だ」
「あら? せっかく頑張って色々と考えて、用意してあるのに、お楽しみ頂けないとは最低ね、そういうお客人はここから吹っ飛ばしてお引取り願おうかしらね」
「よくもそんなことが言えるわね、内心ドッキドキの癖に、この後どういう目に遭うか、想像してしまって仕方ないのよね? その答えを今この場で教えてあげるって言っているの、感謝なさい」
「感謝するのはそちらの方ですよ、水の精霊よ、私の究極のおもてなしを受けて、嬉しさに大泣きしながらボロボロになって帰宅するの、どうかしら?」
「……何だか知らないけど自信満々ね、良いわよ、じゃあ見せて貰おうじゃない、その最後の悪あがき兼ちょっとした余興を」
まずはお互いの徴発合戦、精霊様が勝手に前に出て、魔王を縛るために用意してあったお仕置き用のザラザラした縄と、それから凱旋の道中に引っ叩くようにと持参した痛そうな鞭を見せびらかしながら、適当な台詞で魔王を煽る。
それに答える魔王は、俺が予想していたよりもかなり余裕を持った受け答えが出来ているではないか。
てっきり逃げ出す気満々で、持ち出す非常用袋のようなものを背負ったまま、逃げ腰で『ご挨拶』をしてくると思っていたのだが、決してそうではないらしい。
この魔王の余裕は、きっとこちらの想定していない、凄まじい威力を持った『おもてなし』が後ろに控えている感じなのだが……たいていのことはこちらも予想しているのだ。
そしてもしそれを越える何かが披露されたとしても、もうここまで来た以上、全力をもってそれに対処し、こんな場所まで進んで来た目的を達成してやるのみ。
一向に何かを仕掛けてくる様子がない魔王に対し、まずはこちらから、絶対に逃げられないよう気を配りつつジリジリと詰め寄る。
完全に囲んだ、だが魔王はまだ余裕の笑みを崩さず、こちらに向かって語りかけてきた……
「ねぇ、マーサもユリナもサリナも、ちょっと後ろの方でどうしたら良いかわからない感じじゃない? それはそうよね、私と直接戦うなんてアレだものね」
「……正直なところ困ってしまいますの、どうしたら良いのやらと」
「だったら、『直接』攻撃をしたりとか、そういうことがなくて良いようにしてあげる、もちろんこの『魔王』とは戦うことになるけど」
「え~っと、魔王様、それどういうこと?」
「あら、マーサだって一度ぐらいは経験しているはずよ、仮想キャラとの戦いを、もちろん自分の仮想キャラだと思うけど」
「……あっ、前に訓練とか何とかでやったかも、なっつかしぃっ!」
「いやいやいやいや、そっちで話を進めるんじゃねぇよ、おいマーサ、その仮想何とやらってどういうことだ?」
「う~ん、えっとね、すっごいのよ、自分みたいな? 持ち物を仮想の敵に持たせて、強さも同じぐらいで、すっごいのよそれが」
「うむ、お前に聞いた俺とお前そのものが馬鹿だった、ユリナ、何だその仮想ってのは?」
「自分の持ち物、身に着けているものを装備させた、魔力体の自分のことですの、昔それを使って自分の弱点とかを探る練習をしましたわねそういえば」
「私は自分の仮想キャラと尻尾が絡まって大変なことになった思い出が……それ以来やっていませんね、私も姉様も」
「そうなのか、マーサは?」
「仮想キャラにお部屋の掃除とかさせてたの、そしたら係の人に取り上げられちゃった」
「やっぱ馬鹿だなお前……で、その仮想キャラが……魔王のを出すってのか?」
「ご明察、というかここまだ話したんだからもうオランウータンでもわかるわよね、私の仮想キャラを、勇者パーティーの『最後の敵』にしてあげるってことっ!」
「なっ、何だってぇぇぇっ!?」
「その驚きのリアクション、凄く要らないわよ勇者様……」
なんと、自分で戦うことさえしないつもりの魔王、何をしているかと思いきや、そんなわけのわからないモノを用意していたというのか。
いや、しかしそうであればこちらにとっても好都合だ、もしこの場で何かあった場合、例えば魔王が自ら巨大ロボに乗り込んでこちらに攻撃してきた場合、魔族の3人はまともに戦えない、魔王に対して全力の攻撃が出来なかったであろう。
それが『魔王』ではなく『仮想魔王』と戦うことに決まったのだ、姿形は魔王であるが、実際には魔王ではない、つまり誰もが全力でボコッてしまってOKであるということ。
そして当然その『仮想魔王』を討伐すれば、『魔王』の方も全てを諦め、もう降参ということで今回の戦いは幕を閉じるのだ。
もちろんここまで長時間掛けて準備してきたことだし、一筋縄ではいかないであろうが、幸いにも縄の方は大量に持ち合わせがある。
これから召喚されるのかどこかから入場するのか、それとも地面から生えてくるのかは知らないが、その『仮想魔王』とやらを消滅させしめればこちらの勝利という、サルにもマーサにもわかるような至ってシンプルな戦いとなった……
「それで、早くその仮想とやらの魔王を出せよ、ほら早くっ!」
「そうしたいのはやまやまだけど……ちょっと向こうを向いて欲しいの、『私の装備品』をひとつ、その仮想の私に装備させ替えないとだから」
「そんなもん、普通に外してしまえば良いだろうに、どうして俺が後ろを向いてなきゃならないんだ?」
「……パンツ」
「はっ?」
「パンツを仮想魔王に装備させるのよ私のパンツをっ!」
「馬鹿なんじゃねぇのか?」
「ご主人様、装備させるものは自分により近いもの、例えば肌着みたいなアイテムの方が、より精巧な仮想の自分を創り出せますの、だから……」
「だからパンツだってか?」
「そういうことだから早く後ろを向きなさいっ!」
「やなこった、俺がガン見しててやるからよ、とっととパンツを脱いで醜態を晒すんだな、そもそも、パンツなんかこの戦いが終わった後は不要になるんだぞ、素っ裸にして人族が大量に居る中を引き回すからなっ!」
「ひぃぃぃっ! まっ、負けられないっ! こうなったらもうこうよっ! 出でよ、もう1人の私! このパンツを装備して私となれっ!」
「すっげぇエッチなパンツだな……」
顔を赤くしつつ、何やら召喚のような呪文を唱えながらパンツを脱いだ魔王、そしてそれを空中に放り投げる。
この飛行角度なら俺がキャッチ出来そうだな、パンツを奪ってしまって、この先に起こるはずの現象をなかったことにしてしまおうか。
などと良からぬことを考えたところで、中に舞うパンツの真下に出現したのは人型の、黒く輝く光の塊であった。
これが魔王の『仮想』のものか、とんでもない魔力を有しており、それが圧縮されて人の形をしているゆえ、このように黒く見えているようだ。
いや、これはどう考えても『魔王と同じ』ものではないぞ、魔王は戦闘力をほとんど持たない、自分ではまるで戦うことの出来ないキャラであるはずなのに……この分身は明らかに強い、副魔王以上の力ではないか。
その真っ黒な魔力の塊は、やがて完全に魔王の姿に、もう強さを計測しない限りはどちらがどちらなのかわからないようなビジュアルへと変化した。
顔も同じで服装も髪型も同じ、そして真っ黒な髪色も同じであって、さらにはどちらもパンツを着用していないという点において、全くもって同じであるといえよう。
直後、『仮想』の方の魔王は片手を上に挙げ、ヒラヒラと舞い降りる魔王のパンツをガシッと掴み……普通に穿いた。
これで『魔王』として戦う権限がこの『仮想』のものへと移行し、ついでに魔力の流れも安定したようである。
それでも溢れ出す凄まじい力、いや、むしろ安定した分効率よく力が発揮出来るようになり、これはもう副魔王の比ではない戦闘力だ。
まさかこんな隠し玉があったとは、しかもわざわざパンツを脱いで、それを装備させなくてはならないような、どうしようもない欠陥を修正しないまま使ってくるとは……
「……ふぅっ、改めまして、私が魔王、しかも戦える方の魔王よ、しばらくの間よろしくねっ」
「お前ふざけんなよっ! 元々は戦えなくて、この場で無様に敗北して捕まるはずの存在だろ魔王なんて、それがこの、何というかその……めっちゃ強いのに代わりやがってっ!」
「あら? 別に良いじゃないの、これが私の作戦なんだから、これを用意していたからこそ、余裕を持って招待状なんか送ったり出来たの、もっとも最後の調整に時間を要した分、ちょっと時間稼ぎみたいなこともしなくちゃならなかったんだけど」
「おいちょっと待て、今喋ったのどっちの魔王だ?」
「私よ」
「いやだから、同じ声でほぼ横並びになって……挙手して発言しろ、じゃないとどっちがどっちなのかわからん、或いは喋る方と黙る方を決めろ」
「え~っと、はい、じゃあこっち、今からお相手してあげる『幻想魔王』の方が喋るわ、『魔王』の方は……後ろに下がらせて貰うわね、言っておくけど玉座に直接攻撃しても無駄だから、全く効果とかないからそのつもりでね」
「あっ、待てコラッ!」
そう言ってスッと後ろへ下がった魔王、玉座の前には例の如く魔法による壁が張られ、こちら側から攻撃しても意味がないのは明らか。
そしてそれよりもまず、もう1人の魔王の方をどうにかしなくてはならないのである。
コイツはかなりヤバい、普通に戦ったらガチで激アツバトルになるのが確実な、そんな強さの敵だ。
武器の方は……ナシか、魔法主体で戦うほとんどの魔族と同じように、自らの体から攻撃を放つタイプの戦闘方法を取るのであろう。
ユリナやサリナは尻尾を使って魔法を放っているのだが、魔王はおそらく……まぁ、雰囲気的に指先などから攻撃を発射するに違いない。
まさか目からビームを出したり、おっぱいがミサイルになっていたりなどということはないであろうし、パンツを脱ぐだけで恥ずかしがっているような情けない奴が、そんな尖った性能を有しているはずがないのだ。
で、その『幻想魔王』が一応の構えらしきものを取ったため、こちらは一歩退いて、いつも通りミラとジェシカを前に、その後ろにカレンとマーサ……という具合で隊列を組み、完全な戦闘態勢に入る。
敵は凄まじい魔力を全身から放ち、いよいよ攻撃を……最初は物理でくるのか、魔力の膜のようなものを全身に帯びて、その力によって巻き上げられた風でスカートが捲れている、パンツは丸見えだ。
だがその丸見えのパンツに目を奪われた瞬間、ついでに命までも奪われそうになってしまったではないか。
凄まじいスピードで接近した幻想魔王は、俺に対して強烈な一撃を……どうにかマリエルがリアル横槍を入れてくれたのだが、それがなければ俺のスピードではもう対処することが出来なかったはずだ。
「……っと、やべぇ奴だなお前、いきなり主人公様を殺しにくるとか、正気の沙汰じゃねぇぞ」
「それが裏の主人公である魔王の目的なの、勇者さえ消えれば、そうすれば今回は私の勝ち、無様に教会みたいな所で復活して、王様から情けないだの何だのと罵られなさいっ」
「イヤだよ、誰があんな王なんかに付け入る隙を与えるかってんだ、これでも喰らえっ!」
「あいたっ! 何すんのよこの変態!」
目の前でガチッと止められた状態の魔王に対し、そのおっぱいを聖棒で突くという、セクハラ兼攻撃力も有した攻撃を喰らわせてやったのだが……良く考えたらこいつは魔族ではない。
聖棒の効果は対魔族では絶大であり、今の攻撃も、例えば副魔王に喰らわせていたとしたら、それは痛みと恥ずかしさのダブルパンチでそこそこの効果を得ていたことであろう。
しかし魔王は俺と同じ異世界人、俺は女神の馬鹿からだが、魔王は別の何者かによって、俺と同じように召喚されてこの世界へとやって来た存在なのだ。
つまり聖棒の特殊効果はここでは無意味、最後の最後でどういうことだと文句を言いたくなったのだが、そもそも女神の奴、俺がここまでくるとは、ラストバトルまで到達するなどとは思っていなかったに違いない。
その馬鹿の鼻を明かすためにも、そして俺自身がこの後『魔王討伐勇者様』として世間様からちやほやされるためにも、ここはどうにかしてこの強敵を、聖棒の特殊効果という最強チートなしに成し遂げなくてはならないのだ。
かなり苦しくはあるが、それでも勇者パーティーのメンバー12人、当然全力で戦えるマーサ、ユリナ、サリナも含めて、全員で力を合わせればどうにかなるはず。
そうであると信じて、目の前の強敵、幻想副魔王に立ち向かっていくこととしよう……




