978 女王様タイム
「死んで下さいっ、バーカバーカッ!」
『……つまらなくなってきたでござるね、そろそろ本当にネタ切れでござるか?』
「うるさいですよこのバーカッ、やーいっ、お前の両親チンパンジー!」
「いやそれだとコイツ、普通にチンパンジーだろうが……」
「ダメね、さっきからミラの言葉攻撃は制裁を欠いているわ」
「それで、敵の豚野郎にも飽きられてんのか、情けない奴だな本当に」
「あの、私が傷付くんでやめて下さい……」
無自覚に放たれた言葉のナイフがミラを傷付ける、かわいそうだが、いつもミラが俺に対してやっているようなディスりに比べたらまだまだ浅い攻撃である。
で、そのミラにはそろそろ交代の時間が来るゆえ、今しばらく粘って、その薄汚い変態豚野郎に対して辛辣な言葉を、思い付く限りで投げ掛けておいてくれと要請した。
伝書鳩のような何かはまだ帰還しない、王宮の連中め、文書と一緒に老眼鏡も送ってやった方が良かったかも知れないな、きっと返事を書くのも辛かろうに。
と、そんなジジババの心配をしている暇ではなさそうだな、現場ではそろそろ本当にミラがヤバいではないか。
所々で黙り込んでしまうようになってきて、言葉のチョイスも馬鹿だのアホだのキモいだの、こんな奴相手にわざわざ口に出して言わずとも、誰でも見ただけでわかってしまうような罵倒が多くなっているのだ。
対する変態ハゲおじさんのドM豚野郎の方は、徐々に余裕を取り戻し、小生だのござるだのと、なぜそのような一人称や語尾になるのかと、改めて聞いてみたいような気持ちの悪い喋り方で、そして時折爆笑している……
「おいミラ、もうちょっと頑張れ、押され気味だぞ」
「そうよ、こんな豚野郎との舌戦で負けたりなんかしたら、子々孫々までの恥晒しになるんだから」
「大丈夫、お姉ちゃんやお父さんみたいな恥晒しよりは幾分かマシだと思うわ」
「ぎゃふんっ!」
今度はセラがダメージを受けてしまったではないか、言葉というのは目に見えないのだが、時に鋭く、あっという間に他人をズタボロにしてしまう凶器となり得るのだ。
そんな危険物をこんな連中に持たせてしまっているというのは……うむ、今度から用のないときは、皆の口をガムテープで塞いでおこう。
などとつまらないことを考えていたのだが、そういえばミラをサポートして、どうにかこの戦局を盛り返さなくてはならないのであったな。
とはいえ『女王様性』を一切帯びていない、今後帯びる予定もない俺や仲間達が加勢したところで、その放った言葉のナイフは豚野郎には届かない。
何か有効そうな罵倒を考え付いたとしても、それはミラの口から、それも不自然さを、言わされている感を極限まで排除したかたちで発せさせなくてはならないのだ。
これはかなり難易度が高いことだが、『舌戦のヒント』というかたちでミラに提供してやれば、本人の口から自然にそれが発せられることと期待しよう……
「ミラ、アイツを良く見るんだ、肩の所に『半額!』ってシールが貼られているぞ」
「あら、本当ですね、もしかしてあの……服は着ていないので、肉自体が半額ってことでしょうか?」
「あぁ、きっと見かねたどこかの店員さんが貼ったんだ、どうせ閉店まで売れないし、こんな肉を売っている店はすぐにアレなことになってしまうと思うがな」
「全くです、豚野郎の癖に非常に肉質が悪くて、食肉処理することさえためらうような臭さですからね、こんな肉じゃあ、どれだけ優しい女王様であっても購入してくれないでしょうね……あ、だから売れ残ってこんな所に居るのか、理由がわかりました、この豚野郎!」
『ブブモォォォッ! ちょっと復活したでござるな、だがその程度の力では小生の防御を破ることは出来ないでござる、そろそろ本当に諦めてとっとと帰るでござるよ』
「やはりこのままではダメなようですね、勇者様そちらの作戦の進捗はどうですか?」
「おう、そろそろマリエルガはなった伝書鳩がだな……来たようだ、ミラ、すまないがもう少しだけ粘ってくれ、こっちの準備を済ませる」
「わかりましたっ! バーカバーカ! 豚野郎は変態のバーカッ!」
攻撃としては全くの無駄であるのだが、少しばかりの時間稼ぎとしてはかなり有効であるいい加減な罵倒作戦を継続するミラ。
というか、別に時間稼ぎなどしなくとも、敵はそのままその場で待っていてくれるようだな。
むしろ時間稼ぎをしたいのは敵の方なのだ、魔王が何かをする暇を作り出すために配置され、ここで散っていくのがコイツの役目なのだから。
だがまぁ、頑張っているミラにそうであると伝え、無駄な攻撃を止めさせるのも野暮なことだ。
こちらはこちらでそのまま継続させ、そして俺達の方は、戻って来た伝書鳩の持つ文書を確認することとしよう。
こちら側から送った際に、『魔王討伐のためにどうしても必要であること』が示されているため、その点について王位の一時的な移譲を否定されたり、普通に馬鹿だと思われて終わりになってしまうことはないはず。
あとはどのような文面での返答となっているのかというところなのだが……鳩のような形状をした謎生物の足に括り付けられた書簡はかなり高級で、普段のやり取りで使われることなど絶対に無いようなものであった。
ミラが戦いながら、豚野郎を無駄に罵倒し続けながらもこちらをチラチラと見ているということは、この書簡が相当に価値のあるもの、おそらく純金製のものということであろう。
そしてマリエルガその書簡を開封し、中に入れられていたB5版程度の紙切れを……なんと、金箔が全面に貼り付けられた『金の紙』ではないか、こちらも非常に価値が高いもののようだ。
そして駄王と、各国務大臣の偉そうな印章がしっかりと押されているし、ついでに言うと文書のタイトル部分に『王位』という文字が見える。
これは確実にアタリだな、早速マリエルにそれを読み上げさせて、どういう感じなのかはわからないが王位をゲットしたことについての確認を済まさせ、それがそうであると表示されるような状態にして貰おう……
「どうだマリエル? 王位は一時的にゲット出来たんだよな? だとしらた早くそれを表明してリアルな女王様に成り上がるんだ」
「ええ、そうですね、え~っと、注意書きがあって……なるほど、『王位の一時譲り渡し』はするものの、3時間というのはあまりにも長いため、この文書を魔法で有効化したところから30分間のみとさせていただきます』だそうです、どうしますか勇者様?」
「30分って、3時間もそう変わらないだろうに……だがまぁ、時間的余裕がない感じになってしまったのは事実だな……そしてこんな場所で遊んでいる暇でもないというのもまた事実か、よしっ、サクッと作戦を遂行しようぜ」
『うぇ~いっ!』
後はマリエルが何らかの魔法を用いて、この文書を有効化してやるのみの簡単なお仕事である。
そうすれば30分間、いや3時間コースにして欲しかったのだが、とにかく王の座はしばらくの間マリエルのもの。
それをもって敵の変態豚野郎が要求しているもの、即ち『ホンモノ女王様』が一応の完成を見るのだ。
もちろん趣旨が違っているというか、マーサの考えた作戦なので極めて適当なのだが、一応は攻撃を試してみることが出来るというもの。
時間が短いので予め準備は完全にしておかなくてはならないが……ひとまずマリエルに女王様衣装を着せて、鞭を持たせてみることとしよう……
「はい、じゃあマリエルちゃんはこれに着替えてこれを持って、ちなみに通常の衣装がなかったから、なぜか『超々ハイレグTバック女王様』なのよこれ」
「あ、それで良いです、鞭の方は……これは痛そうですね、後で実際に打たれてみたいと思います」
「シッ、マリエル、一応は敵にMであることを悟られないようにしろ、『趣旨違いのホンモノ女王様』効果で一瞬だけでも奴を騙して、大ダメージを与えることが可能かも知れないんだからな、あとそれで今から豚野郎を打ち据えるんだ、汚くて敵わないぞマジで」
「あ、そうでした、では早速こちらの衣装に着替えますね、一度全裸になってから」
念のため、既にミラの戦いから興味を失い、こちらの推移を見守っていた仲間達に、着替えを済ませるマリエルの姿を隠させる。
こういうときブルーシートは便利だ、誰が何のために持って来たのかはしらないが、一応は敵の前で着替えることも想定していたのであろう。
で、もちろん俺はそのブルーシートの裏側を、マリエルの着替えがバッチリ見えるようにと気を遣いつつ眺めていく。
まずは素っ裸になって、その尻に思い切り食い込む『超々ハイレグ女王様衣装』を……パッツパツではないか。
どうやら精霊様のサイズに合わせて設計されたものらしく、マリエルのおっぱいだとか尻だとか、そういったものには対応し得ない大きさなのだ。
ゆえに様々な『はみ出し』どころか『モロ出し』が見受けられ、どちらかというともう着ていない方がエッチではないのではないか、全裸の方がマシなのではないかといった印象である。
そして鞭を持たせると、マリエルはそれなりの、いやかなりのエッチさを誇る女王様の姿となった。
あとは文書の方をどうこうして、それで実際の女王様を創り出すのだ……
「え~っと、ではこの文書の、30分間だけ有効であるという王位継承をやってみますね」
「うむ、ミラはもう限界みたいだからな、早めに済ませてくれ」
「わかりました、では……『王位、それは唯一無二にして不可分の存在、この国にふたつの王座はなく、競合はし得ない。その王座に就く者は王であり、王としての名を持つ。王の名はマリエル、これより、マリエルの命ある限り永久に』……永久という文字を二重線で訂正して、30分間に変えてありますね……あ、では続きを『これより30分間、この者が国王となる』、だそうです」
「へぇ~っ、これって定型文に名前を入れるだけなんだな……と、おいマリエル、何かすげぇ光ってんぞっ!」
「これが王の証ですね、私は今、30分だけですが女王の座に就きましたっ!」
「よっしゃっ! じゃあ早速ミラとバトンタッチするんだっ! 戻れミラ、ホンモノ女王様の御成りだぞっ!」
「ようやくですか、じゃあ変態さん、あなたの相手はもう疲れましたので、こちらの、本当にお望みのお相手にチェンジしますね。それでは、二度と私の前に現れないで下さい、同じ空気も吸わないで、同じ世界に存在しないで頂けると幸いです、気持ち悪いんで」
『ブモッ……最後の台詞、少しゾクゾクしたでござるよ、それで、小生のお望みのお相手とは……こっ、これはっ、ブモォォォッ!』
「……マリエル女王陛下とお呼びっ! この豚野郎!」
『ブヒィィィィィィッ!』
「豚の癖に鳴き声を上げるなっ! 静かに食肉処理されていろっ!」
『イッ、イィィッ、ィッ、イィィィィッ!』
何だか知らないがツボに嵌った、というかもは秘孔を突いてしまったらしいな、豚野郎は興奮し、完全なる豚と化してマリエルの前に這い蹲っている。
だがこの豚野郎、マリエルの今の口調が、女王様のそれらしい言葉が、全て演技であることには気付いているはずだし、それを踏まえてこの反応をしているとでもいうのか。
確かにマリエルはホンモノの女王様であって、それがいかにも女王様らしい、しかもその中でもかなりエッチな部類に含まれるのであろう格好をしているのだが……本当にそれだけで良いというのであろうかといったところ。
まぁ、正直なところ俺の知ったことではないのだが、今のマリエルはこの変態ドM豚野郎のとっての弱点属性であり、その適当に、慣れない手つきで振るった鞭が……凄まじい量のダメージを与えた。
これはもしかするともしかするかも知れないし、もしかしなくても現実にダメージが入っている状況。
まさかまさまのガチアタリ作戦、何も考えていないマーサが何も考えずに提出した茶番によって、難攻不落の豚野郎を追い詰めてしまっているのだ。
「女王様とお呼びっ! 女王様とお呼びっ! 女王様とお呼びっ! 女王様とお呼びっ!」
『ブヒィィィッ! ブヒィィィッ! ブヒィィィッ! ブヒィィィッ……じょ、女王様、どうか小生を、これから丸一日このような目に遭わせて欲しいでござるっ!』
「何を言うかこの豚野郎! 貴様の全財産を投げ打ったとしても、女王様である私のサービスを受けることなど本来は出来ないのだっ! 今はそう、本当にトクベツな理由で『30分コース』のみを提供してやっている、それで満足しろこの腐った豚野郎!」
『ブッヒィィィッ!』
都合により女王様タイムが『30分に限定されてしまっている』ということを、実に上手く誤魔化してしまったマリエルであった。
豚野郎はその気になったようだ、マリエルが女王様であり、30分コースを提供してくれているものだと信じ、その鞭でダメージを与えられている。
だがまぁ、この感じであれば30分も持つことはないであろうな、マリエルの振るう鞭がヒットする度に、相当量のダメージがこの変態ドM豚野郎には入っているのだ、もちろん喜んではいるのだが。
このままのペースでいけば10分、いやダメージの入る量は加速度的に増加しているからな、きっと5分もしないうちにこの変態ドM豚野郎は(あの世へ)逝ってしまうことであろう。
今現在感じている喜びを、可能な限り長く味わおうと『我慢』している変態だが、そもそもそうい気合のようなものでどうにか延命が出来るわけではない。
戦闘センス、というか武器の類を扱うのが非常に上手なマリエルは、たとえ得物が鞭であっても、本来は自分がそれで打たれたいものであったとしても、しばらく使用すればあっという間に自分のものにしてしまうのだ。
次々に繰り出されるマリエルの鞭攻撃、そして当たり前のようにそれを、しかも急所で受け止めていく豚野郎。
もはや豚野郎のその部分はグチャグチャに潰され、目も当てられないしモザイクが必要な状況となっている。
そしてこれまでにないクリティカルな一撃が、偶然なのかも知れないがマリエルの攻撃として放たれた……
「喰らいなさいっ! クイーンリアルウィィィップ!」
『ブモォォォォッ! ブッヒィィィッ! こ、これは天にも、天にも昇る気持ちでござったぁぁぁっ!』
「生憎だが貴様が天に昇ることはない、地獄に堕ちて、生まれてきたことそのものを悔い改めるが良いっ! 留めの一撃を受けろっ!」
『ブヒッ……ブゥゥゥッ! ヒィィィッ!』
マリエルが留めの一撃とやらを繰り出すと、それを腹で受けた豚野郎の薄汚いボディーが真っ二つに裂けた。
そしてその分裂した両端が、まるで砂のお城でも崩壊させるかのごとくザラザラと、端から順に消滅を始めたのである。
これは完全に決まったな、ある意味で俺達を苦しめた変態豚野郎はもはやこれまで、本当に逝ってしまい、こちらの勝利が確定したのだ。
汚くなってしまった鞭を投げ捨て、こちらに帰還するマリエル、まさに圧勝である、そしてそのマリエルよりも、作戦の立案者であるお馬鹿のマーサの方が得意げな表情をしているのが気に食わない。
まぁ、確かに功労者ではあるし、圧倒的でかつそれ以外に何の打開策も見出せなかったのではあるが、それはたまたまであって……ダメだ、完全に調子に乗ってしまったではないか……
「ふふんっ、どうかしら私の最強作戦は? マリエルちゃんを使えばきっと上手くいくと思ったのよね、すっごく褒めて良いわよ、頭撫でる?」
「あー、はいはい凄い凄い、頭は撫でないが尻を引っ叩いてやる、それっ!」
「きゃんっ! もっと、もっとぶって……」
「このド変態ウサギがっ!」
「ひぎぃぃぃっ!」
「勇者様、私も活躍したので、その分のお尻叩きを下さいっ!」
「変態王女もかっ!」
「ひゃぁぁぁっ! 今は女王様ですぅぅぅっ!」
この勇者パーティーは、しつこいようだが俺の趣向を反映したことにより大変なドMのキャラが多い。
こればかりは仕方のないことなのだが、いつかどこかでバランス調整など、しなくてはならないときが来るかも知れないな。
で、その後しばらくして、マリエルからは完全に女王様性が失われ、これまで通り、王位継承権などとっくの昔に剥奪されたダメ王女へと戻ってしまった。
いや、マリエルはこの方が良いな、こんな奴が女王様になってしまうなど、既に世も末である駄王の治世が、さらにトンデモなものへと変異してしまうに違いない。
どうせくだらない政策で、例えば肉屋にも魚屋にも八百屋にも、かならず『ケーキバイキング』を用意せよなどという、突拍子もないお触れを出し、誰彼構わず困惑させるのだ。
そんな時代が来る可能性は今のところ全くないのだが、それが確定しているというだけでも、この世界にどれほどの安定性をもたらしているのか、その効果は計り知れないのである。
さて、変態ドM豚野郎の気配が完全に消滅していることをもう一度確認し、次のステップ、いよいよ魔王の下へと突撃をかます段階への移行について話し合おう。
だがこの部屋はあまりにも薄汚いため、ひとつ上の何もない、エンプティーなフロアにて作戦会議だ。
狙うは魔王の捕縛と人族側、つまりこの戦いにおける勇者パーティーの完全勝利である……
「よしっ、じゃあいよいよだぞ、皆準備は良いか?」
『うぇ~いっ!』
「ということでですね、作戦会議を始めたいと思います」
『うぇ~い?』
「主殿、もう作戦を立てても時間の無駄だぞ、魔王自身には戦闘力がないとのことだし、このまま突入して全てを終えよう」
「……え~っと、じゃあそうしちゃう?」
『うぇぇぇぃっ!』
ジェシカの一声で作戦タイムはナシに、おれたちはこのまま最上階を、魔王が待ち受ける最後の部屋を目指すことに決めたのであった……戦いの終焉はもうすぐそこに迫っている……




