976 なぜこれが
「死ねぇぇぇぃっ!」
『ブヒィィィッ!』
「ふむ、鳴き声の方は通常の豚野郎と大差ないな、ちょっと羽が生えていて強くて、あと妙に不快感を煽るってだけのことだ」
「まぁ、豚野郎の時点で『通常』ではないのだがな、主殿、そっちの塊を頼む」
「よっと、ケッ、ざまぁ見やがれってんだ、で、ジェシカよ、それは言わないルールだ、こんな敵ばかりしか思い付かないこの世界の創造者がかわいそうだろう?」
「極めて知能が低いのだな、その創造者とやらは……」
「うむ、きっと女神の奴と同等かそれ以下だぞ……っと、さらにこっちへ来たな、サリナ、しゃがんでないでもっとアピールしろ、鞭を振るえっ!」
「ひぃぃぃっ! ホントに最悪ですよこれぇぇぇっ!」
気持ちの悪い変質者が群がってくることによって、女王様の格好をさせたサリナはもう限界の様子。
もちろんもう1人の女王様、ルビアからニセモノ判定されてしまった残念な子も同じく酷い有様。
まともに戦っているドSキャラは精霊様だけだ、というかそもそも、残りの2人が居なくても精霊様だけでどうにかなってしまうのではなかろうか。
そんなことを思ってしまうのだが、やり始めた作戦を『やっぱナシ』にするのはあまり芳しいこととは言えない。
他の皆もこのことには気付いているのであろうが、やらかしたサリナと敵の女王様に罰を与える意味も込めて、この方法で戦闘を継続することとしよう。
戦いの中、次第に減っていく空飛ぶ豚野郎の数、地面には未だ原形を留めているものについては死体が散乱し、誰かの攻撃に際してターゲットにはならず、巻き込まれるかたちでダメージを喰らい、死に切れなかったそれがピクピクと痙攣している……
「ふぅっ、残りは……1万匹ぐらいか、かなり減ってきたな」
「あぁ、だが主殿、まだこの普通の少し広いだけの部屋に、人間サイズの豚野郎が1万匹もひしめき合っているということについては説明が付かないぞ、空間が歪みすぎだ、ハァッ!」
『ブヒィィィッ!』
「まぁ、もうちょい頑張って減らしていくか、明らかにおかしな状態、あり得ない、想像することさえ出来かねる状況を解消しないとだしな、それっ!」
『ブヒィィィッ!』
そんな話をしているうちに残り5,000匹程度、3,000匹程度、そしてもうほぼほぼ豚野郎が居ない、かなりまばらな状況へと変化していく。
なお豚野郎の死体については誰か、いやこの場の記録を一旦終えたpootuberが超高速で片付け、部屋のダストシュートへ放り込んでいるようだ。
基本的に『撮れ高』があればもうそれで良いらしいpootuberは、あとはもう記録を残す際に邪魔になる、現実的にあり得ない光景を排除するために尽力するよう命令されているのかも知れないな。
で、残りは50匹、次にミラが放った強攻撃で10匹まで減少した豚野郎、まだまだドSキャラへの復讐を志し、捨て身で襲い掛かってくるようだが……ここで全てが討伐され、女王様の部屋はシンと静まり返った状態となった。
念のためもう一度周囲を確認するも、もう空飛ぶ豚野郎も、それから羽化に失敗してもがき苦しんでいる通常の豚野郎も見受けられない。
俺達の完全勝利ということで良いであろう、かなり時間は使ってしまったが、このフロアについてはクリアに成功したということである。
さて、こうなったところでもうひとつ、やっておかなくてはならないことが残されているのはもう明らか。
どうしてこんなことに、豚野郎が無駄に羽化して、無駄すぎる戦いを強いられることになってしまったのかということに関連するものだ……
「さてと……サリナはそこに正座!」
「はいぃぃぃっ!」
「それと女王様だな、おいっ、安心して気絶してんじゃねぇ、ちょっと起きろっ」
「……うぅっ……こ、ここは? 豚野郎の群れは?」
「全部討伐した、お前もそこに正座しろ」
目を覚ました女王様を無理矢理に引き起こし、サリナの横に正座させる……どういうわけか大人しく従ったな。
自分が敗北したということを理解しているのか? いやそうではない、今のはナチュラルな反応だ。
となるとルビアの言う通り、この『女王様』は素の状態ではそのキャラではなく、先程までの調子に乗り切っていた姿は仮初のもの。
そして本来のこの女の性格は、素直で大人しい、そしてルビアと同じ匂い、つまり同族の香りがするということは……ドSキャラとは真逆のそれであるということか。
これは少し確かめてみる必要がありそうだな、まずは現時点、このボーッとしているような状態を上手く活用して……
「おい偽女王様、お前俺達に迷惑を掛けやがって、そういう場合はどうやって謝罪の意思表示をするか知っているか?」
「……あ、え~っと、その……へへーっ! 申し訳ございませんでしたっ!」
「よろしい、じゃあ次は……豚の鳴き真似をしてみろ」
「……あ、はいっ、ブヒーッ、ブヒーッ」
「……お前、本当は女王様なんかじゃなくて……ドM雌豚だろう?」
「あ、はいそうで……なっ? どうしてそんなことをっ? 私はこのフロアの主、数多の豚野郎を操る究極の女王様よっ! 平伏しなさいこの豚野郎!」
「今それをやっても無駄だ、しかし正気を取り戻してしまったようだな……まぁ良いお前と、それからサリナ、余計なことをしやがって、2人共お仕置きの覚悟は出来ているか?」
「へへーっ!」
「うむ、サリナはよろしい、そこで尻丸出しになって待機せよ……偽女王様は?」
「偽じゃないもんっ! 女王様だもんっ……あ、でもどんなお仕置きが?」
「罰としてお尻ペンペン、空飛ぶ豚野郎の討伐に際して少しだけ頑張ったサリナはそれだけ、偽女王様は元凶であり無様に逃げ回っていただけだからな、追加でくすぐりの刑だ、どうだ?」
「そんなっ! 女王様である私が……私が……その……ぜひお願いいたしますっ!」
「まぁ、そういうことですよご主人様、この子はやっぱり私の同類で、これまで無理をしてああいうキャラを保っていただけなんです、でももしあの状態がホンモノで、本当に自然なものであったとしたら……」
「俺の首はフル土下座によってあらぬ方向に曲がっていただろうな、頭ももう地中深くまで埋まって、地面の中で豚の鳴き真似をし続けているだけの単なる豚野郎に成り下がっていたに違いない、恐ろしいことだよ全く」
もし『女王様』がホンモノのそれであった場合の仮定であるが、やはり先程までの『豚野郎化』攻撃はもっとリアルに、凄まじい効果をもったものとなっていたに違いない。
そんな幻術攻撃に対し、最初、入室と同時に豚野郎判定されていた俺は、このフィールド上においてのみではあるが、この子に勝つことが出来なかった可能性は極めて高いのだ。
先にお仕置きの準備が整っていたサリナを抱えつつ、同時にドMらしく、極めて嬉しそうな顔をしながら尻丸出しになり、精霊様にお仕置きをおねだりする偽女王様を見ながらそのようなことを考える。
とにかくまぁ、この場はどうにか凌いだということだけは確かだな、抱え上げた小さなサリナに対し、これからお仕置きを始める旨を宣告し、大きく手を振り上げた……
「喰らえっ! ハイパー勇者お尻ペンペンッ!」
「ひぎぃぃぃっ!」
「覚悟なさいっ、大精霊様お尻叩きっ!」
「ひゃぁぁぁっ! もっとお願いします……じゃなかた、女王様に何をするのっ!?」
「今更取り繕ってももう無駄よっ、あんたの本性はバレバレなんだからっ!」
「あうぅぅぅぅっ! お仕置きありがとうございますですぅぅぅっ!」
「サリナも反省しろ、次は右と左、どちらの尻を叩いて欲しい?」
「えっと、じゃあ右で」
「なら左だな、それっ!」
「きゃんっ! まさかそれで右にくるとは……ガクッ……」
サリナは気絶し、ついで精霊様による次なる一撃を喰らった偽女王様も気絶してしまったようだ。
その後はサリナをピクニックシートの上に寝かせ、偽女王様の方は目を覚ますのを待ってくすぐりの刑に処し、どうにか2人を反省させることに成功したのであった。
その後、今度はいつも敵キャラに与えている『俺達と敵対した罰』を偽女王様に与える番である。
もう一度床に正座させた女王様、この罰は野郎であれば死刑、女の子であればこちらが任意に決定するのだが、さてどうしてやるべきか。
一応、何かこちらの役に立つようなことにこの子を使ってやりたいと思うし、このフロアで無駄な時間を費やした分を取り戻すためのものとしたいのだが、とにかく仲間から案を募ってみることとしよう……
「勇者様、やはりこの方、もう一度『女王様』に復帰させるべきなんじゃないでしょうか?」
「ほう、それでどうするんだマリエル? 何か使い道があるのか?」
「それは私に鞭打ちを……ではなくて、これ以降のフロアに居る豚野郎の方をですね、どうにかして頂けないかと思いまして」
「なるほど、他は?」
「はーいっ、私はマリエルちゃんに賛成でーっす」
「マーサ、お前マリエルの意見なら何でも賛成だな……まぁ馬鹿だから仕方ないか、仲良しだもんな、それで他は?」
「私もマリエルちゃんの意見に賛成ですの」
「ユリナ、お前も仲良しなのか?」
「仲良しではありますわよ、でもそれは置いておいて、凄く良い作戦だと思いますわよ、この子に残りの鬱陶しい豚野郎を全部討伐させて、私達は速く魔王様に会いに行くということは、どう思いますの?」
「なるほど、そこそこの時短にはなりそうな気がしなくもないな……やってみるか」
「あの、私はこれから真のドMとしてどのように振舞ったら……」
女王様から真のドMとやらへ堕ちてしまった偽女王様、だが俺達の作戦上では、これからしばらくの間はまだこの子に女王様らしい振る舞いをして貰わなくてはならないのである。
当然本人にはかなり無理を言うことにはなってしまうのだが、それでもまだ、どうにかこうにかこれまでのスタイルを貫いて、豚野郎を操ることをして欲しい、俺達はそれを願った。
悩む偽女王様、いや元偽女王様のドM雌豚、それでも本人には選択の余地がない、このフロアにおける大量の豚野郎を消費する闇のバトル、その勝利者である俺達の意見は、この子の意見を無視してでも通さねばならないものなのだから。
早速ボロボロになってしまった女王様衣装を、新しい者に着替えさせたうえでこれからの作戦を伝える。
女王様は女王様として、この先の豚野郎、もちろんジェーンを脅して、これから先のボスが『変態ハゲおじさん』であることを確認したうえでのことだが、それを討伐せしめよという指令を下したのだ。
無駄に土下座し、突き上げた尻を無駄にフリフリしながら俺の命令に従う元女王様のドM雌豚、もう少しルビアに指導させて、正しい雌豚の仕草を身に着けさせた方が良いかも知れないが、今は真逆のことをさせるのであるから問題はない。
その雌豚に対する具体的な命令としては、まず女王様の格好のまま俺達に付き添い、もちろん得意の『副魔王漬け込み液』を持ってこれからのフロアに同行すること。
そしてこちらの手を煩わせることなく、どうせ変態で、そしてドMでもあるフロアボスの豚野郎を篭絡、無理矢理にでもそれを、例のとんでもない液体を口にさせ、全身がアルコール性の病変を起こして死亡することを促すという方法だ。
俺達はもちろんやる気十分、完全に自信を喪失し、弱気になっている元偽女王様の尻を引っ叩きつつ、魔導エレベーターを起動して次のフロアへと向かった……
※※※
「さぁっ! お飲みなさいこの液体をっ!」
『ししししっ、しかし女王様、これを飲んだら50年間の大量飲酒習慣と同じ効果を受けて……この変態豚野郎めは死んでしまいますぞ』
「当たり前じゃない、あんたには死ねって言っているの、ほら、早く全部グイッと飲んで、肝硬変にでもなって死になさいっ!」
『へへーっ! あり難き幸せっ! ではグイッと一献……んぐっ、かっ、カァァァァッ! しにゅぅぅぅっ!』
「だから死になさいって言ってんでしょこのハゲッ! ほら、黄色くなってきたわよっ!」
『あっ、ああああっ、あり難き……幸せ……どびゅっ……』
「……うむ、良くやった女王様よ、しかし汚ったねぇ死に方だなこ変態ハゲおじさんは、タイプは……『DG』、台所のゴキ○リ野郎か……」
「しかし上手くいくものね、感心しちゃったわ元偽女王様ちゃん」
「は、はぁ、、お褒め頂き……最悪な気分です、罵ってくれた方が嬉しいです」
「逆に気持ち悪いなコイツ……」
すっかり俺達の言うことを聞くようになった元偽女王様、先程から魔導エレベーターのなかでは『ドM』の真価を発揮しているのだが、各フロアおいてはこれまで通り、豚野郎を操る女王様を演じさせている。
で、今倒した豚野郎、というか変体ハゲおじさんはラス前、最後の敵のひとつ手前に当たる敵であった。
ここまで頑張ってくれたのだから、最後の最後もそれなりにやってのけて欲しいものである。
で、最後のおじさんは……『typeMM』、詳細が公開されていて、資料にあるその『MM』の中身は……『マスターM』とのことだ。
つまりこの次の敵はドMの中のドM、そのマスターであり、全てのドMを統べる者と考えて良さそうなところ。
どんなドMが出現するのかは不明だが、とにかく属性がわかっている以上、やり方もごく簡単であることがわかっているというものだ……
「良かったな偽女王様、いや元なのか、最後の敵はお前が得意としている属性の相手だぞ」
「……本当にそうでしょうか?確かに私はこれまで女王様として、ドM豚野郎を統べる者として君臨してきましたが……私より上のフロアに居るドMとは?」
「むっ、確かにおかしいよな、魔王が豚野郎を配置するのであれば、その頂点に位置するのが女王様であって、これまでのような単なる変態でない、ドMの名を冠する奴については、さすがに女王様の上にくることはないような気がしなくもないよな……」
何だか嫌な予感がしなくもないラストの中ボス、元偽女王様が指摘した通り、女王様の上に位置するドM豚野郎など通常では考えられない。
だがそこに存在しているのは確かにドM豚野郎なのである、それを考慮に入れたうえで、どう戦うべきか考えなくてはならないのだが……ひとまず上に行って、その姿を目視出来る状況に身を置こう。
そう思って魔導エレベーターを動かし、俺達は最後の、魔王本人を討伐する直前の敵が待つフロアへと向かったのであった……
※※※
「はーい、ご到着でーす、これで『H₂O』との戦いも最後になりますね、頑張って下さい」
「まぁ、頑張るのは俺達じゃなくてこの元偽女王様だけどな、どんな豚野郎で、どんなタイプの変態が出て来るかはわからないが、とにかく最後ぐらいキバッてブチ殺してくれや」
「そんな軽く言われましても……いえ、とにかく指示に従います、失敗したらお仕置きして下さい」
「おいコラ、その感じじゃダメなんだってば、ここからはもう女王様モードでいてくれ、扉も開くからな」
直後、シャキッと背筋を伸ばした元偽女王様は、その『元』の部分を取り去り、ニセモノの女王様であることを再び始めた。
開く扉、最後の豚野郎にして『TypeMM』、つまりマスターMとはどのような存在なのか、それが視界に入るのはもうすぐ、ほんの僅か先のことである。
室内には無駄に煙というかガスというか、演出用のスモークが焚かれているようだが、そのせいで中の様子がまるでわからない。
開いた扉の隙間からも白いモヤモヤが入り込み、魔導エレベーター内の視界もそこそこ悪くなってきた。
敵の気配は……あるな、この先に広がるかなり広い部屋の中央付近だが、かなり大きな力を……にしてもスモークが邪魔だな、力を感じ取ることさえ邪魔するのかこの気体は。
だが力の方は感じなくとも、何かがそこに居るということについては、その存在感の大きさ、そして物理的な大きさから察することが可能だ。
身長の方は5m程度か、その辺に居る一般的な『強雑魚』とさほど変わらない感じなのだが、ボス部屋に居る以上ボスである、そして魔王の部屋へ至るルートの最後の番人であることは間違いないであろう。
と、そろそろスモークが晴れてきたな、さてどんな豚野郎が出現して……サイズ以外は普通の豚野郎だ……
「おいおいっ、どう見ても普通の豚野郎じゃねぇか、どうしてこんな何の変哲もないやつがこのフロアを守ってんだ?」
「そうねぇ、これならその辺の変態でも連れて来たら一緒じゃないの、意味がないわ」
「まぁ、とにかくこれまで通り討伐していこう、行けっ、女王様!」
「ハァァァッ! 平伏せこの豚野郎! 死ねっ! この液体をイッキ飲みして死ねっ! 私のために死ねっ!」
『・・・・・・・・・・』
答えない、そして一切動こうともしない豚野郎、データ上はドM系統の変態であり、そのビジュアルからしてもそうであることは間違いないのだが、どうして女王様の命令に一切従おうとしないのだ。
このタイプの豚野郎であれば、女王様の姿が見えた瞬間に反応し、その場に平伏して汚い舌で靴を舐めようとするはずなのだが……
「おい豚野郎! 女王様の言うことが聞けないのかしら? 自分で死ねないのならば処分するわよっ! もちろん処分量はあんたの全財産だけどねっ!」
『……ブフォッ、何の権限もない女王様モドキが何か言っているでござるよ』
「何ですってっ⁉ この私が女王様……モドキだなんてっ!」
「あ~、これもう見破られてんじゃね? ちょっと失敗じゃねこの作戦……」
ようやく言葉を発したかと思えば、目の前の女王様を否定するような発言であった。
蔑むような顔で、豚のような鼻息をブーブーと漏らしながらだ。
豚野郎の風上にも置けない奴だな、そう思うと同時に、やはりこの女王様が、本当は女王様ではないということを見破っているのではないか、そう感じてしまった……




