974 違う敵
「ギャァァァッ! 何なんだこの飲み物はっ!? 本当に酒であるのか……ご、五臓六腑が病変して……かはっ……でも最後に獣人美少女がお酌してくれて……幸せでしたっ!」
「あ、死んじゃった、凄く嬉しそうな顔ですよ」
「へんっ、ざまぁ見やがれってんだこの変態野朗、最後にカレンのお酌を受けることが出来た分、地獄では一層苦しむんだな、あばよっ!」
「勇者様、そんなのに構ってないで早く行くわよ」
「おうっ、すぐに行く」
これで討伐した『H₂Oシリーズ』の各タイプは合計5体、どれも似たような感じなのだが、微妙に見た目や変態の嗜好というか何というか、そういったものが地味に異なっている。
とはいえ、ここまでの敵は全て同じ作戦で、『好みの女の子が酌をしてくれる』という、気持ち悪いおっさんにとっては最高の喜びの中に、とんでもない殺戮の種を仕込ませておく感じの方法で処分してきた。
どうせ残りの連中も同じように、まぁ誰が好まれるのかは知らないが、とにかく副魔王漬け込み液を飲ませることによって殺害することが出来るのであろう。
いわば自分の風呂の残り湯が、そういう使われ方をしていることについて副魔王は怒り、悲しんでいるのだが、そもそも瓶の中で溺れ続けているので抗議の声を上げることは出来ず、単に表情と身振り手振りだけでそれを表現しているにすぎない。
で、6体目の『H₂O』はというと……『H₂O typeSS』らしい、typeの部分の文字がふたつになったではないか、もしかしてここからは『H₂O』の上位互換ということになるのか。
だがまぁ、typeを表す文字が増えたところで、どうせ戦えば弱い、その分何やら不快な攻撃をしてくる、そして次からはその度合いが増すとかその程度のことだ。
同じ作戦の通用度が落ちてしまうようであれば問題だが、今まで通りに戦えるのならそれで良い。
ということで特に気にせず魔導エレベーターを起動させ、その『H₂O typeSS』とやらが待つフロアへと向かった。
開く扉、またしても汚らしい部屋が……と、何やら異常に片付いているではないか、もちろん生活感がないというわけではなく誰かが住んでいる、単に『人間が住むに値する部屋』であるというだけだ。
しかも臭くない、風呂に入っていないおっさんが引き籠っている部屋の、この世のものとは思えないような臭いが一切せず、その代わりにちょっとしたアロマの香りが俺達を優しく包み込む。
明らかにおかしいなコレは、もしかして次の変態はそういう系、何というかその……ありがちな恐ろしいタイプの、しかもそれでいて顔立ちなどは『漢』なタイプの変態なのか……
「……気を付けろ、今回は何か違うぞ」
「そっち、その隅っこに誰か居ますっ!」
「隠れて、しかも完全に気配を消していやがるな……オイッ! 出て来やがれこの変態野郎! ブチ殺してやるっ!」
『あら? お客さんかしら、ちょっとそこでお座りして待ちなさい』
「女……の声だぞ、しかもいきなり命令してきやがった、客に向かってお座りだと?」
「というか、『H₂O typeSS』はどうしたのよ? どうして女の声がして、妙に片付いた部屋なわけ?」
「おそらく『H₂O typeSS』はドM豚野郎で、それを管理する女王様の声なのでは? 片付けとかはその女王様が不快にならないように日々させられているとか」
「そういうことか、じゃあ女! 隠しているドM豚野郎を出せっ! あとお前も出て来いっ!」
『何を勝手に決め付けたような話をしているのかしら? ひょっとして想像力に欠ける豚なの? あんた達、雁首揃えて馬鹿みたいに何やってんのよこの馬鹿、本当に豚ねぇ』
「おいっ、何か支離滅裂だがかなり辛辣な雰囲気だぞ、客に対して、どうするよこの女?」
部屋の奥から聞こえてくる女の声、『H₂O typeSS』を管理する豚野郎の主人なのかと思っていたのだが、どうやらそれを否定したいような感じの言葉を投げ掛けてきた。
コイツは女王様ではないのか? 暗がりに居るため姿の方は全くもって見えないのだが、かなり若めの、というか人族でいえば少女のような声立ちの女だ。
ひとまずもう一度出て来るように言うと、準備をするのでその場で待てとの返答が帰って来る。
しかも『お座り』しろなどと、俺様に対して命令をするとは良い度胸だ、本能で一瞬従いかけたカレンには後で拳骨を喰らわせておこう。
で、仕方ないのでそのまま5分以上も待機していると、ようやく暗がりの奥から、明らかにハイヒールを履いているものと思しき足音が響いてくる。
室内で土足、しかもハイヒールとは、これまた良い度胸をしているなとも思ったのだが、そもそもここはコイツの部屋なので気にするところでもない。
そのように考えを改めていたところ、俺の視線が届く範囲に、スッと赤い靴、あり得ないぐらいに高いハイヒールと、それから黒の網タイツに包まれた足が出現する。
それに続くのは……完全に『女王様』の格好をし、手には長い鞭を持った女性、いや少女の姿だ。
頭には角が生えていて、それが魔族の女性であることは一目瞭然なのだが、目元に装備された女王様的マスクの方が目立ってしまってそれどころではない。
身長はかなり低め、160㎝程度であろうか、網タイツと武器である長い鞭は真っ黒で、それ以外の部分、かなり布面積の少ない女王様の衣装については深紅、肌は真っ白でかなりの美人だな。
だがその凶暴性は、格好を見ればわかる通りこれまでで最悪のもの、きっと卑劣な攻撃を仕掛けてくるに違いないと、そう思わせるようなビジュアルなのだ。
しかしこの女、結局何なのであろうか、この部屋のボスであるはずの『H₂O typeSS』、つまり『変態ハゲおじさん』の何らかのタイプはどこへ行ってしまったというのか……
「ねぇ、あなたは何なわけ? 中ボスの変態ハゲおじさんはどこにしまったの?」
「変態ハゲおじさん? 何よそれ? ここの中ボスは私、『ハイパー酷いお仕置き係』の『TypeドS執行官』、略して『H₂O typeSS』よ、平伏しなさいっ!」
「……つまりH₂O違いだったと、そういうことなんだな?」
「何を言っているのかしらこの豚は? 平伏しなさいっ!」
「誰がお前なんぞに頭を下げ……あっ、へんぎょぽっ!」
「ちょっと勇者様、どうしてそんな子の言うことを聞いているわけ?」
「か……体が勝手に……タスケテ……」
「これは幻術の類ですね、そこそこ強力ですよ、でも私達にはなぜか……」
「そりゃそうよ、だって私の幻術、私自身が『ゴミクズ豚野郎』であることを第一印象で察した相手にしか効かないんですもの、コイツは『ゴミクズ豚野郎』よね? だから効いたの、しかも相当に効き目が強いわね、とんでもないゴミクズの、これ以上ない豚野郎だったってことかしら?」
「なるほど、そういう系統の術式でしたか」
「何でも良いから早くタスケテ……」
このさいディスられ気味であることはもうどうでも良い、このままだと首の骨がどうにかなってしまうのだ。
それほどまでに強く、まるで重力が2万倍になったかの如く地面に押さえ付けられている俺は、もう全く身動きが取れない状態である。
そんな俺の姿を見て、敵の女王様は嬉しそうに、そして蔑むような笑顔でこちらを見つつ、足を俺の頭の上に……コイツ、絶対に許さないぞ。
だがそうは思っても反撃が出来ない、俺は豚野郎などではないというのに、この女王様に豚野郎であると判断されてしまった以上、それはもう豚野郎であるということか。
この状況をどうにかすることが出来るとしたら、おそらくサリナの力で……クソッ、後ろで指を差して笑っているではないか、後でお仕置きだなこの悪魔は……
「プププッ、ご主人様のああいう姿は面白いですね、悪魔心をくすぐられます」
「サリナ! お前あとで全身をくすぐってやるからなっ! 覚悟して、あと……いでででっ! タスケテ……ハヤクタスケテ……」
「豚が喋ってんじゃねぇよこのっ! 豚野郎!」
「ギョェェェェッ! じゃなかったブヒィィィッ!」
「あ、これはヤバいですわよサリナ、ご主人様が完全な豚野郎になってしまいますのっ!」
「そうですね、じゃあそろそろ救助を……はい解除!」
「ギャァァァッ! 蹴飛ばすんじゃねぇっ! 脇腹が取れるっ!」
「だって衝撃を与えないとですから、でもちゃんと解除されましたよ」
「あ、ホントだ、だがサリナはお仕置きだっ!」
「ひゃはははっ、くすぐったいですっ、ギブッ、ギブッ!」
「フハハハーッ、良いではないかーっ、良いではないかーっ!」
敵の術式からようやく解放された俺は、救出の役目を担うはずであったサリナが、笑っていたせいで対応が遅れたことにつきお仕置きしておく。
もちろん半分、いや8割方はふざけているのだが、その光景を見ていた女王様は……かなりキレているようだ。
どうやら自分を無視して、しかも自分の支配から勝手に脱した豚野郎が遊んでいることが気に喰わないらしいな。
常に自分が女王様であり、常に注目されるのは自分であり、常に自分が指定した人間を、豚野郎として調教し続ける。
それがひとつでも奪われた場合、この女王様は猛烈に怒り、周囲に当たり散らかす本当に迷惑な奴なのだ。
で、そんな感じで手に持った鞭を床に打ち付けまくり、こちらに『怒っている』ことをアピールしてくる女王様。
たいして強くはないのだが、幻術使いである以上、それなりの攻撃をしてくるものであるということは明らかだ。
もちろんそんなものを、今もう一度喰らうかといえば……と、また俺の方を見ているではないか、もしかして……
「お座りっ!」
「はっ? あっ、ギョェェェェッ!」
「フンッ、豚野郎の分際で私を無視するとは、許し難い豚野郎ねあんたは、この豚野郎!」
「う……うるせぇ馬鹿……俺以外にも攻撃してみろよ……」
「だから~っ、それが出来ないんだってば、私は対豚野郎専門の戦士、まぁ、魔王様が私をここに配置したのは、この下に居る変態の豚野郎が魔王様のお部屋に、うっかりでも近付かないようにするためなんだけどね」
「……じゃああなた、私達をここに足止めする必要はないんじゃないの? その豚野郎は私達のモノなわけだし、そろそろ解放してこっちに渡してよね」
「あ~っ、そういうの無理だし、この私、一度手許に置いた豚野郎は死んで腐り始めるまで手放さないの、もっとも3日以上生きた豚野郎は居ないけど……この豚野郎はそこそこタフそうだし、30年ぐらいは楽しめそうね」
「話にならないわねこの子は……」
極悪の精霊様も呆れてしまうほど、女王様の傍若無人ぶりは凄まじいものであるということか。
というか早くもう一度助けて欲しいのだが、仲間達は俺のことなど気にせず、普通に今後の対策を協議し始めたようだな。
ちなみに議題は『豚野郎の占有をいかに回収すべきか』ということらしい、誰が豚野郎なのか、しかも誰が『モノ』として『占有』されていたのかは一目瞭然のものだが、もうそれについてツッコミを入れている余裕はない。
このままではまた首の骨がどうにかなってしまう、恐ろしいのは敵にそれをやられている、つまり敵のパワーを用いているわけではなく、自分のパワーで、それも勇者たる力の全てを用いて自分の首をアレしにいっているということだ。
もちろん仲間達も、本当に俺の首がアレになってしまう前には助けてくれるのであろうが……どう考えてもこのところ、俺ばかりが狙われすぎではないか、そんな気がしてならないのである。
と、ここでサリナが何かに気が付いたかのように、おしゃべりしながら片手間で俺を救出してくれた。
先程と同様、今度は罰として尻尾の先端を思い切り抓み上げてやるのだが……またしても女王様を怒らせてしまったではないか。
だがこの隙に、どうして俺ばかりに攻撃するのかということを聞いておくべきだな。
サッと距離を取って、俺を直接狙うことを困難にしてから動くこととしよう……
「やい女王様テメェ! どうして俺なんだ? ほら、こっちの『明らかなドM』を狙いやがれっ! この変態をなっ!」
「あぐぅぅぅっ! ご主人様、もっと強く抓ってっ、お尻が取れるぐらい抓ってっ!」
「フンッ、そっちを攻撃してもしょうがないじゃないの、魔王様から頂いたこの『業務指揮書』によると、やって来た集団のうち、どう考えても豚野郎だと思う1匹を嬲り殺しにせよ、それが無理であれば可能な限り時間を稼ぐこと、ということなのよね」
「また魔王の奴か、その業務指揮書とやら、最初から手元にあったのか?」
「いいえ、ついさっき送られて来たばっかね、CCに入っている名前は私以外に……あら、『H₂O』ばっかりじゃないの、それとあの薄汚い、そしてデカい豚野郎ね、そんな感じ」
「魔王め、俺達がこのルートで来ているのを知って、急遽そんな……メールなのか?」
「ご主人様、アレは魔王城内でのみ有効の『魔導文書通信』ですわよ」
「また余計なモノを作り出しやがって、となると副魔王以外にも、ここの魔導エレベーターで繋がっているフロアの連中は……冗談じゃねぇぞマジでっ!」
俺ばかりが狙われる『本当の理由』については、おそらくこの女王様はおろか、これまで殺害してきた『H₂O』の連中も知らなかった、知らされていなかったに違いない。
もちろん副魔王の奴は詳細を知り、知ったうえで行動していたのだが……やはり当人を痛め付ける以外、魔王の部屋に到達する前にそれを知る術はないということだな。
このままでは俺の身がもたないし、そうすれば魔王や副魔王の目的、『勇者であるこの俺を始末し、仲間達がその影響下から脱すること』というのが達成されてしまうこととなる。
俺の勇者としての影響から、もし万が一仲間達が外れてしまった場合に何が起こるのか、それについてはわからないのだが、そうさせてはならないということだけは確実。
そしてあくまで予想ではあるのだが、俺を失った仲間達が相当の弱体化をしてしまうということは、話の流れ的に明らかなことである。
そもそも俺達は異様に強すぎるのだ、いくら何だとはいえ、僅かな修行や戦いなどで、極端にその力を増してしまうという、実に都合の良い展開がこれまで続いてきたのだから。
きっと通常の『成長率』を有した者、特にこの世界において最も軟弱な人間である『普通の人族』であれば、どれだけ修業を重ねようとも、今のセラヤミラ、ルビア、マリエル、ジェシカのような域には到達しなかったはず。
カレンはまぁ、人族ではあるが特殊な存在であり、何とも言えないのだが、それでも現状の力は異常と言わざるを得ないな。
体のサイズとか頭の強さ(弱さ)と比較して、その戦闘力が突出しすぎているような気が……気のせいなどではなく明らかだな。
とにかく、今の勇者パーティーにおける『異常な状態』というのが、俺を失うことによって『通常の状態』へと戻ってしまうという可能性は極めて高い。
今はそれをさせないための行動を、どちらかといえば俺を守り抜くような行動を、取っていかざるを得ないのではないかといったところだ……勇者様なのに仲間の庇護下に入るというのは、それはもうたいそう情けないことではあるが……
「……ということだ、ルビア、お前の後ろに俺が隠れるっ!」
「主殿、回復魔法使いの後ろに隠れて戦うというのはちょっと……ダサすぎる気がするのだが?」
「うるせぇっ、やむなくこういうかたちになったわけだし、俺はもう戦線離脱だ、頑張って守ってくれっ!」
「何を考えているのかしらこの豚野郎は……」
「おいテメェ……って今の精霊様の台詞かよっ⁉」
「あら、うっかり豚野郎扱いしてしまったわ、ププププッ」
「許さんっ! 俺様の必殺……あっ」
「隙ありっ! 私の前に平伏しなさいっ!」
「ギョエェェェッ!」
「何をやっているのかしらこの豚野郎は……」
精霊様に全身全霊の攻撃を加えようと試みて、その際にうっかりルビアの後ろから出てしまった、つまり敵の射線上に姿を現してしまったということなのだが、もう一度例の攻撃を喰らい、無様に土下座することとなってしまった。
サリナは半分笑いながらそれを助けてくれる……今にも吹き出しそうな感じだな、相当に面白かったらしい。
で、精霊様はわざわざ俺から距離を取った場所で大爆笑している、今度寝ている隙などに悪戯をしてやろう。
だがその『今度』が、この場でモタモタしていればなかなかやって来ないというのもまた事実。
早めに終わらせなくては、俺以外の仲間がそこそこ本気を出すことによって、この女王様との戦いを完全に終わらせなくてはならない。
やるべきは物理攻撃か魔法攻撃か、それともそれ以外の方法を取ってやるべきなのか。
もちろん例の『漬け込み液』を使うことは出来ない、そんなことをすればこの女王様がかわいそうなことになってしまうからな。
となるとあとは……そうだ、ドS女王様にはそれに応じた、ドMをぶつければ良いのである。
何かこう、そういう感じでS力とM力が相殺し合って、凄く良い感じになるのではないかと、俺はそう思うのだ……
「ルビア、出番がやってきたぞ、お前のドMパワーを見せてくれ、あのドS女を成敗してやるんだ」
「あのご主人様、私はどちらかというと、いえ、確実に『成敗される方』が好きなんですが、そこは……」
「……確かにそうではあるが……まぁ細かいことは気にするんじゃない、おい女王様、こっちはこのルビアを代表選手として出す、それで良いな?」
「わかったわ、じゃあこっちは……来なさいっ!」
「え? あの、何だか地響きが……アレはっ!?」
「どう? こっちは私が召喚した『2万匹の豚野郎』が相手よっ」
「卑怯者がぁぁぁっ!」
俺は『タイマン』をさせるべくルビアを前に出したのだが、女王様はそれ受けたような素振りを見せつつ、まさかの豚野郎を2万匹も召喚してきた。
部屋の奥に溢れる豚野郎、どれもこれもが先程まで戦っていた中ボス並の強さで、そして同等の気持ち悪さだ……これはヤバいかも知れないな……




