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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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972 エイチツーオー

「……何か居るぞっ、気を付けろっ!」


「どうせ雑魚じゃないのかしら? ひとまずここから魔法で……あ、何かヌメヌメした感じのアレね……」


『フハハハッ、我が名はオイリー豚野郎、どこにでも居る普通の豚野郎だ』


「豚野郎なんだ、しかもそんなビジュアルで普通を標榜しているんだ、やべぇなお前」


「キャハハハッ! きも~いっ!」


『黙れっ! 笑うんじゃないこの野郎共! オイリィィィッ、クラァァァッシュ!』


「ギャァァァッ! 何か飛んで来たぁぁぁっ!」



 一撃で始末して先へ進もうかと考えていたエレベーターで向かった先の中ボス①、格好は先程重石に使われていた豚野郎とほぼ同一なのだが、何かとオイリーでサイズもかなりのもの。


 それが体表面を保護すると思しきオイルの一部を、腕を振り下ろすようなかたちで飛ばしてきたのだから気持ちが悪い。

 幸いにもセラが魔法で吹き飛ばしたのだが、それがなければ俺達の乗るエレベーターの内部は、奴のオイルでベチョベチョにされてしまったであろう。


 で、そんな危険な人物……生物に立ち向かうため、案内係のジェーンと記録係のpootuberを除く全員で外に出て、その300年以上は掃除していないであろう、薄汚いおっさんの部屋へと降り立つ。


 何に使ったのか、部屋中に散乱しているのは丸まったティッシュのゴミ、それが異様な臭いを放ち、立っているだけでクラクラ……カレンとマーサが倒れてしまった、地面に体が触れないように保護してやらなくてはならない。


 同時にリリィもフラフラで、どうやら毒の状態異常を喰らっている様子、3人はひとまずエレベーターの中へ下げるべきだな、これ以上の被害はさすがに看過出来ないし、残りのメンバーで一気に討伐してしまおう……



「ミラ、すまないが3人を後退させてやってくれ、横倒しにするなよ、こんな場所に腹や背中を付けさせるのはかわいそうだ」


「わかりました、では一旦離脱しますっ!」


『フハハハハッ! もう3匹もダウンしたというのか、本当に弱っちいな人族や一般の清潔な魔族というのは』


「うっせぇし臭せぇな、お前のような奴が特殊で……いや、こんなんばっかだなこの世界の『キモ敵』ってのは、とにかく死ね、セラ、切り刻んでやれ」


「無理よ、いつものことながら、体表面のオイルで刃物の類から肉を守っているわ、風の刃でも同じだと思う」


「水でも落ちないわね、そうなると……」


「私の出番ですのっ! ごく小規模な大爆発をお見舞いしてあげますわっ!」


「ごく小規模な大爆発とは? まぁ良いや、とにかく殺ってやれ」


「はいですのっ!」



 ユリナが放つ火魔法、確かに威力の方はかなり抑え気味なのだが、これを喰らったら間違いなく灰も残らない、完全な消滅というENDが待ち受けているという規模のもの。


 それが火の玉というかたちで薄汚い中ボスの所へ……到達と同時に搔き消されてしまったではないか。

 まさかの不燃性、オイリーではあるが、そのオイルが燃焼しないのは完全に想定外であった。


 これはつまり物理攻撃で殺るしかないということか、だが例の如く、本当に近付き難いキモさを放つ豚野郎だ。

 敵が出現するのは一向に構わないのだが、こういうキャラで攻めてくるのは本当にやめて欲しいところである。


 で、これもいつもの如くなのだが、仲間の女性陣に対してこの気持ち悪い奴に接近し、目の前で攻撃を加えてブチ殺してやってくれなどとは言えない。


 そして今は心強い味方、ついこの間まで一緒に居たような、紋々太郎やフォン警部補などといった、俺よりも『汚れ仕事向き』のおっさんフレンドが存在していないのだ。


 皆の視線が集まるのは必然的に俺であり、物凄く期待されているということが感じ取れる状況。

 周囲を見渡し、『やはり自分ですか?』というアイコンタクトを送ると、次の瞬間には全員から肯定の仕草が発せられた……



「クソッ、どうして勇者様たるこの俺様がこのようなことをしなくてはならないのだ、おかしいだろう普通に考えて」


「まぁ、それもそうよねぇ、この冒険終盤において、未だに『こういう系の敵』ばかりと戦わされるんだもの、巨悪とかスタイリッシュな貴族系強敵キャラとか、そういうのと対峙するフェーズのはずなのに」


「全くだ、この世界を構築しているどこかの馬鹿は何を考えているのであろうか、私も疑問に思うときがあるぞ」


「まぁ、頭が悪くて引き出しが少ないんだろうよ、だからこういうワンパターンな敵しか思い付かないんだ」



 悪いのはこの俺様ではなく世界の構築者、もちろん管理者である女神もアホだし、もう代わりに戦って欲しいぐらいであるが、本当に頭が悪いのは俺達が触れることも、感じ取ることも出来ないどこかの馬鹿だ。


 その馬鹿のせいで苦労させられていることをつくづく感じつつ、そして致し方なしという気持ちを抱きつつ、俺は前に出て、限りなく気持ちの悪い豚野郎と対峙した。


 構えを取り、聖棒をまっすぐ前に突き出す……ダメージを一点に集中させるのと同時に、オイリーな豚野郎に触れてしまう面積を最小限に抑える意味も込めてだ。


 いくら聖棒には除菌と消臭の特殊効果が付与されているとはいえ、触れたくないものは触れたくないわけだし、そもそもその汚物に触れてしまったブツを、大事に抱えてこれからの冒険をするというのも気が引ける。


 まぁ、聖棒については後でキッチリ浄化し、最悪神界にオーバーホールを依頼することとして、ひとまずは目の前に立ちはだかる敵の始末からだ……



「おいこの豚野郎、気持ち悪いから動くんじゃねぇぞ、今ブチ殺して、もっとマシな生物に転生することが出来るよう取り計らってやるからよ」


『何を言うか、我が肉体はこれにて完全体、ブリーフを脱ぎ去ることは魔王様によって禁止されてしまったが……』


「絶対に脱ぐなよ、というかもう死ねっ! 勇者クラァァァッシュ!」


『甘いわっ! 我がオイリーボディのそんな棒切れなどき……かっ……なげろぱっ!』


「破裂しやがったぁぁぁっ!」


「うわ~っ、もう勇者様ベッチョベチョじゃないの」


「これは……1人で階段を使って上へ行って貰うしかないですわね」


「ちょっと待て、ちょっと……ギョェェェェッ! すんげぇ毒のオイルじゃねぇかっ! 溶けるっ、溶けるぅぅぅっ!」



 たったの一撃で片付いてしまったクソ雑魚の豚野郎、だがその『置き土産』が相当にアレなものであった。

 腹を使って余裕で聖棒を受け止めた豚野郎はその効果によって破裂し、様々な汁を撒き散らしながらこの世を去ったのである。


 その汁を当然に浴びてしまった俺はベッチョベチョのベチョ達磨となり、しかも猛毒を付与されて身動きさえ取れないような状況。


 遠くからルビアの回復魔法が飛んで来るのだが、そもそもブッカケされてしまったこの汁だのオイルだのを取り除かない限り、根本的な解決とはならないのである。


 だが継続した回復によりどうにか立ち上がり、1歩歩くごとに受ける毒ダメージを受忍しつつ、俺はどこか洗浄が可能な場所を探した……



「ちょっ、ちょちょっ……マジで何か……」


「勇者様、この液体を被ってみて下さいっ!」


「ん? 何だこの水は、だがもう何でも……すげぇっ! 超絶洗い流されたぞっ! ミラ、何なんだコレは?」


「副魔王さんを漬け込んだ汁です、何やらお酒の超強化版みたいになっていて、それで全身の不浄なものが洗い流されたんです」


「ホントだっ、服の黄ばみまで全部取れて……まるで全身を消毒して、さらに漂白までしたかのようだっ!」



 後ろで倒れた3人を介抱していたミラが、俺の所へ投げて寄越した小さなボトル、その中には先程、副魔王へのお仕置きとして使った精霊様の聖なる水が、『副魔王エキス』を抽出し切った状態で封入されていたのである。


 それを頭から被ると、全身の汚れが嘘のように落ち、衣服は洗い立てのフワフワ真っ白な状態に、髪の毛もギシギシであったところ、サラサラのストレートヘアへと変化したのだ。


 おそらくは精霊様の水の効果に、副魔王から溢れ出す何らかの力がブレンドされたことによって起こった奇跡。

 この水を量産して売れば相当なアレになるぞ……と、今はとにかくエレベーター内へと戻ろう。


 綺麗になった俺は、そこだけ異様に洗浄された床の場所を離れ、仲間達が待つエレベータへと、極めて清浄な状態を保ったまま戻った。


 そして戻ったと同時にやるべきことはたったひとつ、ミラのバッグから副魔王の入った瓶を取り出し、またしても寝ているところを叩き起こす……



「おい起きろ副魔王! お前に用があるっ!」


『……んっ? あ、ハイィィィッ!』


「よろしい、というかお前、最初よりちょっとデカくなっていないか? アマガエルぐらいだったのが、何かこう、アレだ、イボガエルぐらいになっているような……」


『アマガエルとイボガエルのサイズ差には詳しくありませんが……食べて寝た分元に戻ったんでしょう、それで、今回は何の御用でしょうか?』


「精霊様、やってしまえ」


「はいお水をどうぞ」


『はっ? えっ? あがぼぼぼぼっ……』



 隣でドン引きしているジェーンは無視して、瓶の中の副魔王を一気に水責めとする……と、何かが抽出されているようには見えないが、これで先程『例の水』が生成されたのと同じ状況だ。


 むしろ副魔王のサイズ、そしてその分の力も回復している分、先程よりも強力な『例の水』が完成するに違いない。

 瓶を振ったり逆さにしたり、とにかく副魔王からエキスが出るように、淹れたての麦茶のパックから茶色を抽出するように、様々な動きをしてみる。


 そして意識を集中する……どうやらかなりエキスが出たようだな、水そのものから相当な力が感じられるではないか。

 このままであれば、麦茶のように箸で突いたりとかそういうことはしなくても大丈夫そうだ。


 もっともそんなかわいそうなこと、優しさに溢れる勇者様のこの俺様には、頼まれたとしても出来ることではないのだが……



「う~ん、そろそろ良さそうね、これ以上やるととんでもないモノが出来てしまいそうだわ」


「いやまだまだ、可能な限り強烈な、凄まじいアイテムを生成するんだ、よしっ、このまま次の中ボスを殺しに行くぞ」


「あのね、どうなっても知らないわよコレ……」



 無駄な忠告をしてくる精霊様だが、そんなものは軽くあしらって副魔王の漬け込みを継続する。

 先程から息の苦しさと水の冷たさを受け、瓶の中で泣き出しているようだが、きっとその涙もかなりの力を『例の水』に付加することであろう。


 で、エレベーターの扉を閉じ、まずはジェーンに『次なる中ボス』についての質問を投げ掛ける。

 どうせろくでもない奴が出現するのであろうが、今回のようにいきなりトンデモな奴が出現するよりは、して血た方がまだマシであるに違いない……



「で、どうなんだよ次は?」


「え~っと、お次の中ボスさんは……『H₂O typeD』という方ですね」


「H₂O……水を使うボスなのか?」


「わかりません、ここはその方のお名前以外の情報がほとんど開示されていませんので、でもどうしてその名称で水だとわかるんですか?」


「いやちょっとな、こっちの、というか異世界の話だ、『typeD』ってのについてはちょっと不明だが、きっと水魔法の使い手、ないしは水そのもので構成された敵に違いない」


「あら、私のパクリじゃないの、確実に葬っておかないと、後々遺恨を残しそうな敵よね」


「だな、まぁ女の子キャラじゃない限りは滅ぼすことになるだろう」


「え~っと、あ、性別は『男』と出ていますので、殺してしまって結構です」


「ジェーンお前、魔王軍の一員としてそれで良いのか本当に……」



 どう考えても水を操るタイプの次なるボスキャラ、野郎だということで安心して殺せるし、精霊様の商標を保護するためにも殺しておかなくてはならない。


 まぁ、蒸発させるなり吸水シートでどうこうしてしまうなり、やり方は無限に存在するはずだし、特に気にせず戦いを進めることとしよう。


 ということでエレベーターを起動させ、先程と同じ『快速』のボタンを押して出発する。

 このまま次のボス部屋まで一直線だ、すぐに片付けて、どんどん次へ進んでしまうべきだな……



 ※※※



「はい、そろそろ到着です、扉が開きま~す、ご注意下さ~い」


『はいは~いっ』


「さてと、どうせ水だらけのフロアに水のバケモノが……普通の部屋じゃねぇか」


「しかも見て下さいご主人様、さっきの、その……豚野郎の方に似ているような変な人が……」


「ブリーフ一丁のハゲだな……おいジェーン、階層を間違えていないか?」


「いえ、ここで合っていますよ、あの方が『H₂O typeD』であることには疑いの余地がありません」


「ぜんっぜん水キャラじゃねぇぇぇっ!」



 フロア到着と共に開いたエレベータの扉、その向こうにあったのは先程と同じ、どう考えても1人暮らしの汚いおっさんの部屋。


 そしてその中央に居るのは明らかな豚野郎、またブリーフ一丁で、特徴としては完全にハゲているぐらいのものか、それが先程の豚野郎との僅かな差異だ。


 で、こちらの存在に気が付くと同時に、腹の肉をゆっさゆっさと揺らしながら歩み寄って来る。

 どのように声掛けをしたら良いのかさえわからないのだが、とにかく挨拶だけしておくこととしよう……



「おいゴラァァァッ! テメェこっち来んじゃねぇボケェェェッ! FUCK! 死ねっ! この豚野郎!」


「おいおい、失礼なことを言うもんじゃないよ、そもそもここは小生のフロアなのだからね、勝手に入って来てその言い草はないと思うぞ」


「うっせぇこの馬鹿! 俺達はな、『H₂O typeD』とかいう敵と戦うために来たんだよっ、お前じゃねぇんだそもそも、チェンジ! どっか行くか死ぬかしやがれっ!」


「……小生がそのtypeDなのだが?」


「どこがだよ? H₂Oはどこへ行ったんだ?」


「いやいや、小生は『H₂O typeD』、『変態ハゲおじさんtypeデブ』なのだよ? もしかして何か勘違いしていたのかね?」


「ざっけんじゃねぇぇぇっ!」



 俺が予想していたものと明らかに異なる『H₂O typeD』、まさか『変態ハゲおじさんtypeデブ』の略称であったとは、そんなこと思いもしなかったのである。


 だがまぁ、先程の豚野郎と比較して、体表面のオイリー感がなく、サイズも小さい……ということは単にデブでハゲで、変態なだけのおっさんということか。


 こちらの方が始末し易そうだな、結局俺が戦うことになるのはビジュアル的に明らかだが、それでも数秒で片付けて、次のボスを殺しに行くことが出来そうだ。


 前に出て、再び聖棒を突き出して攻撃の姿勢を取ると、変態ハゲおじさんも、何やら格闘技のような構えを取ってこちらを向く。


 一閃、ノロマのデブには到底対応出来ないであろうスピードで繰り出した俺の勇者技は、いとも簡単にデブの腹に大穴を……空けなかった。


 確かにヒットしてはいるのだが、その腹の肉さえも破れず、もちろん先程の豚野郎のように破裂してしまったりはしない。

 単にブニュッと、その気持ちの悪い脂肪だらけの腹に聖棒が食い込んだのみで、変態ハゲおじさんには一切のダメージが入っていないのだ。


 俺の攻撃が失敗したわけではない、どうやらコイツの防御力が異常に高いものであるようだな。

 一旦後ろへ下がり、もう一度攻撃を繰り出せる姿勢を取り直し、今度は目玉をブチ抜いてやろうと一撃を繰り出す。


 だがこちらもダメ、全く効いていない様子だ、それどころかニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を作り、格闘技の構えもやめて余裕を見せているではないか。


 もはや俺の攻撃が通用しないということを確認した、そんな感じの雰囲気なのだが……次の瞬間には後方から、セラの風魔法が比較的強烈な威力を保ったまま俺の頭上を越え、変態ハゲおじさんの首を……飛ばさなかった。


 魔法さえも効かないというのか、どういう防御力をしているのだこの変質者は……



「ふむ、小生はだな、これまでの人生でハゲだの変態だの、気持ち悪いだのと言われ続け、今現在も誰かに会うたびにいじめられ、蹴られたりバールのようなもので殴打されたりしているのだ」


「……それがどうした?」


「だから、自然と凄まじい防御力が身に着いたというわけだ、小生はな、こう見えてまだ53歳なのだぞっ! それを寄って集って悲惨な目に……もうどこへも行きたくないのだっ!」


「53歳って……至極妥当な年齢じゃねぇか」


「ご主人様、魔族の53歳はまだお子様ですよ、私だって姉様だって、これでも300歳を超えているのをお忘れですか?」


「あ、そうかそうか、人族の53歳じゃなくて魔族の……じゃあこのハゲ、もしかして本当に子どもで……」


「そういうことになりますね、生まれつきこういうビジュアルだったものかと……」


「わかったかな? 小生はこれでもまだピッチピチの、人族の貴族等でいえば学院の初等部に通っているような年齢なのだ、まぁ、度重なる飲酒と喫煙、それに生まれつき付与されていた五十肩とメタボリックシンドロームでもうボロボロだがな」


「本当に可愛そうな奴だな……しかしこのままじゃ……」



 この変態ハゲおじさんが、実はまだほんの小学生程度の年齢であるということは十分に理解した。

 だが見た目も中身もおっさんであることから、殺してしまうという点について問題は生じないであろう。


 その問題は生じないのだが、どうやって殺すべきなのかという問題が生じてしまっているのが現状。

 攻撃力は皆無に等しい単なる雑魚なのだが、防御性能としてはひたすらに高ランク、この場に居る誰の攻撃でも打ち破れない装甲なのである。


 ここはどうにか搦め手で、上手くダメージを与えて始末してやらないとだな……普通の攻撃が効かないとなると……毒の類でどうにかすることが出来ないであろうか、これは少しだけ、試してみる価値がありそうだな……

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