971 垂直移動
「おいっ、起きろ副魔王、お前の出番だぞっ、おいっ!」
『……ん? もうちょっと寝る~』
「ざっけんじゃねぇオラァァァッ!」
『ヒギィィィッ! 大音響!?』
「目が覚めたかこの馬鹿、いつまでもそんな所で寝てんじゃねぇよ、捕まったんだからちょっとは情報を提供しやがれこのタコッ! 張り倒すぞオラッ!」
『あのぉ~、どうしてそんなに怒っているんでしょうか……』
「お前には関係ねぇよボケェェェッ!」
『再び大音響ぉぉぉっ!』
元のサイズに戻るために、瓶の中で居眠りをしていた副魔王に対し、その本当に近くで大声を上げ、凄まじい振動として中へと送り込んでやる。
これではさすがに寝てなどいられまい、飛び起きた副魔王を地面に置いた瓶の中で正座させ、まずはマップを見せて今どの辺りに居るのかを伝えた。
なぜここで叩き起こされたのか、俺達が何を質問したいのか、それについては言わずとも察したようだ。
答えて良いものか悪いものかと、こちらに目線を合わせず、少しばかり考えている素振りである。
魔王城の本当に中央、ど真ん中にある謎の四角い空間、大黒柱にしても範囲が広すぎるその場所で、さらに空洞だというから謎は深まる、副魔王の奴には、キッチリ説明するまで許さない態度で臨まなくてはならないな……
「……ということだ、もうわかっていると思うが、この壁の向こうには何があるんだ? 全くの空洞らしいから階段じゃないだろうし、もちろんそんな感じで柱になっているとも思えない、どうなんだ?」
『さ、さぁ? 私は知りませんし知らされてもいませんね……断熱材でも詰め込まれているんじゃないでしょうか……あはは、きっとそうですよ』
「そんなわけあるかよ、空洞だって言ってんだろうが、あとお前が何も知らないはずなかろう」
「それと、知らないフリが以上にヘタクソよ、目が魚になって泳いで……どこかへ行ってしまったわね」
「本当だっ! プランクトンみたいな魚が瓶の中で泳いで……あ、戻って行ったぞ、それで、答えないならまたシェイクするぞ、良いのか?」
『ひぃぃぃっ! それはやめて下さいっ! 今度こそホントにカクテルになって……』
「じゃあ爪楊枝カンチョーだな、しかもさっきよりさらにブスッといくぞ」
『それもダメですっ! 何かそういう感じのおつまみみたいになっちゃいますからっ!』
「じゃあどうして欲しいんだよ? 今度は熱湯と一緒に封入してやろうか? 魔導自販機の『あったか~い』の所へ入れてしまうとか?」
『どれも地獄でしかないんですが……とにかくその場所、無駄に破壊したりしないで下さいね、ガチで高価だし色々と危険だと思うんで』
「結局答えないつもりかよ……」
なかなか口を割らない副魔王、一旦シェイクするモーションを見せてみたのだが、それでも目を瞑り、防御姿勢を取って耐えるような行動に出たあたり、本気で喋りたくはないのであろうといったところだ。
そのまましつこく聞き出そうとしたところ、最終的には質問責めに耐えかねたのか、耳を塞いで丸くなってしまったではないか。
あまりストレスを掛けると良くないな、元のサイズに戻るためのプロセスに影響を及ぼしてしまうかも知れないし、正確が捻じ曲がってしまうかも知れない。
で、そうなると副魔王も諦めて、もちろん先程何も答えないことが判明したジェーンも諦めて……残るは記録係でしかないpootuberぐらいんものか。
だが基本的にコイツは喋らないし、普段はもうどこに居るのかもわからない次元で裏方に徹しているし、あまり、いや一切期待は出来ないため放っておこう。
これで『敵キャラ』からの情報獲得はなくなってしまったな、あとはもう、独自の調査いよってこの場所の正体を探っていく他ないのであるが……やはり破壊してしまうのはよろしくないか……
「勇者様、ここはやはり私に任せて下さい」
「どうするんだマリエル? 槍を構えている時点でアレだと思うぞ、余計なことをするなと怒られるパターンだぞ」
「いえ、もちろん槍で突くのですが、ほんのちょびっと、先っちょだけちょんっといく感じで……如何でしょうか?」
「それ、絶対に失敗するやつだからやめた方が……もう手遅れか」
「必殺! 王女ランス(ドリルVer)! この壁を穿てっ!」
「……ボゴォォォッ! っていったんだが?」
「でっかい穴が空いたわね、あら、リアルで空洞だったのね、真ん中に……縄のようなものが垂れ下がっているけど」
「ご主人様、この縄はきっとお仕置き用の縄です、この下には『M』ぶら下がっているに違いありませんっ!」
「……まさかそのための空間なのか?」
いやそんなはずはない、確かに空間で、その中央に複数のロープが、まっすぐ下に向かって垂れているのはわかる。
だがその先端に縛り上げられた『M』がぶら下がっているなど、それに一体何の意味があってそうしているのだとツッコミを入れざるを得ない。
もちろんこの空間は、魔王の部屋のすぐ横にまで繋がっているのだから、魔王の娯楽のために用意された『M』が、無駄に吊るされて苦しみを与えられているとか、そういったことである可能性がないとは言えないのだが……さすがに考えすぎであろうか。
まぁ、ひとまずはこの空洞の中を確認してみよう、と、その前に大穴を開けてしまったどこかの馬鹿王女に制裁を加えることとしよう。
俺がマリエルをとっ捕まえ、尻を引っ叩いている間に、その空洞に興味津々であったカレンが中を覗きこんで、様子の方を確認してくれたらしいが……真っ暗で何もわからないのだそうな。
となると、この空洞は『人間が中へ入って使う』タイプの設備などではないということか。
もちろん『M』は人間ではない、舞いも苦情は人間であっても実質豚扱いであるため、それが利用する場所であるという可能性はまだ消滅していない。
そしてそれ以外となると……あとはダストシュートぐらいのものか、魔王の部屋からゴミを捨てると、この空洞を通ってどこか下の、清掃班が待機しているような場所へ送られるのかも知れないな。
しかし、だとするとそんなものを隠す、用途について質問されても一切答えないということは考え難いのである。
普通に『ゴミを捨てるための空洞』であると言えば良いのであるし、そもそもだが、このようなど真ん中、重要そうな場所にそんなものを設置するとも思えない。
そう思ってジェーンの方を見ると、何やら青い顔をして冷や汗を垂らしている、これを見られたのは相当にヤバいことであるらしいのが明らかにわかる表情。
さらに瓶の中の副魔王は……さらに丸くなり、もはやこの世界とは関与しないつもりのようだ。
自分だけの妄想の世界に旅立ち、今は美しい、無限に広がるお花畑を走り回る、そんな夢を見ているのであろう。
pootuberに至っては、記録係であるというのにこちらを見ずに、何やら風景を撮影して誤魔化しているし、俺達が今ここで、魔王軍か魔王城か、或いはそのいずれもなのか、とにかく重大な秘密を目の当たりにしてしまったのは確実のようだな……
「カレン、すまないがもうちょっとしっかり中の様子を確認してくれないか、明かりを使っても良いぞ」
「わうっ、じゃあこれを使って……よいしょっ」
「おいおい、頼むから落ちるなよ、戻って来るまでに凄く時間が掛かりそうだからな」
「……ホントにそうです、明かりで照らしても下が見えませんよ、もしかすると……一番下まで? 続いているかもですこの穴」
「一番下って魔王城のか? そんなもん凄まじい高さだし、このロープがそこまで続いているとは思えないんだが……他には何かあるか?」
「え~っと、この穴の反対側なんですが、扉みたいなのがあります、こっちからは開きそうもないですけど」
「扉があるだと? ちょっと、カレン戻って、ほら、マップだとどの面に扉があるんだ?」
「ここです、たぶんここ、凄く大きな扉でしたよ」
「そうか……セラ、ここへ行ってみるべきだと思うよな?」
「まぁ、間違いないわね、その扉を開けても空洞は空洞でしょうけど、ほら、こっちの2人がさっきより余計に青くなっているわけだし、行った方がいいのは確実よ」
顔面が真っ青になっているジェーンと瓶の中のミニ副魔王、もはや最初からそういう色ではなかったかというぐらいに見事な青なのだが、それが本人らの危機を示す色であることは疑いの余地がない。
早速ルートを再選定すると、どうやら回復の泉に立ち寄りつつ、そこを目指すことが可能である。
とにかく移動を開始し、その扉の先がどうなっているのか、空洞の用途は何であるのかなど、色々と探ってみることとしよう。
マップを確認しながら歩き、先導をやめて諦めた様子で後ろから付いて来るジェーンを無理矢理に引っ張りつつ、ついでに回復の泉にて膳回復を成し遂げたうえで、俺達はその扉の場所へ到達したのであった……
※※※
「ほぉ~っ、でっかい扉ですね、早速入ってみましょう、こんにちは~っ!」
「おいちょっと待てリリィ、その向こう、空洞になってんだぞ、リアルに危ないからよせ」
「はーいっ! じゃあいってきまーっす」
「いや話を聞け、聞いたのであれば理解しろ」
どう考えても墜落ENDとなる扉の向こう、開くのはまぁ構わないのだが、その先へ進むことだけは断固として止めなくてはならない。
落下した先に何か危険なものがないという保証はないし、奈落の底から簡単に這い上がることが出来るという保証さえも一切ないのだから。
で、ひとまずどうしようかという協議の後、まずは扉をオープンして、改めて中野洋右を確認してみることとした。
開くための取っ手は……存在していないようだな、またブチ抜くのもアレだし、少し探してみることとしよう。
と、ここでミラが前に出て、その何も引っ掛かるところがないように見える両開きの扉の、ピッタリと閉じた中央のラインに指先を捻じ込んで……無理矢理に開けようと試みている。
だが1万体の魔物の群れを片手剣のひと振りで消滅させるほどのミラのパワーをもってしても、その扉はごくゆっくりと、ほんの僅かずつしか開いてこない。
全力でやっているようだが、これは複数人で協力しなくてはならないようだな、ジェシカと、それから下ではカレンにリリィが手伝って、4人の力を合わせる感じで力を込めていく……
「ふぬぬぬっ! おっ、かなり開いてきたぞ、皆もう少しだ、踏ん張るんだっ!」
「ぐぅぅぅっ! もうちょっと、もうちょっとです……あっ、一気に開いたっ!」
「やったじゃないかっ……で、結局中は真っ暗な空洞と、真ん中のロープが良く見えるようになってきたな、一体何なんだこれは?」
「さぁ? こんな超絶ロングドロップの縛り首なんか見たことがないし、もちろんやったこともないわよ」
「そりゃ罪人の首が千切れてしまうからな、まぁ、それはそれで面白そうではあるが、で、この扉以外には何かあるか? 壁とか、天井とか」
「ねぇ見てよ、私、ここに来たの初めてだけど、凄くそれっぽいものを見つけたわよ」
「どうしたマーサ、そこに何か……ボタンがふたつか……いやこれってアレだろう? ほら、知らんかこの世界の人間は……」
「アレって何? まぁ、とにかく矢印が付いているわね、上と下で……私は上昇志向が凄いから『↑』を押すわよっ、ポチッと」
「また勝手にそういうのをっ、えっ? 何か振動とか凄くね?」
「ゴゴゴゴッていってます」
アホなマーサが勝手にボタンを押してしまったことにより、何やら『装置』のようなものが起動してしまった様子。
まるで地獄の底から響き渡るような振動と、そして開いた扉からは強めの風が吹き始めた。
それを、そのボタンが何なのかということ、それを明らかに見たことがあるものではないかということを考えているのは俺だけのようで、他の仲間達はこれから起こる現象に興味津々である。
中央に垂れ下がったロープはかなりのスピードで動いており、そしてその先端には重石が……縛られた豚野郎がスーッと、下に向かって通過して行ったではないか。
しかも目が合ってしまった、ブリーフ一丁で吊るされた変態と目が合ってしまったのである。
気持ち悪い、そう思って目を逸らした瞬間、かつての世界で見慣れていた例の装置不随の箱が、下からパッと出現した。
これは間違いない、文明の利器のうち最高のもの、究極の『バーチカルな移動手段』、エレベーターだ。
どうしてこんなものが魔王城に……いや、どう考えても魔王の入れ知恵なのであろう、余計な物を作りやがって。
しかもアレだ、箱を上下させるための重石として、生きている豚野郎を用いるのは如何なものか。
あんな気持ちの悪い生物を用いずとも、もっと無機質で効率の良い何かがあったのであはないかと……それは後で指摘することとしよう……
「おいジェーン、副魔王もだ、お前等はこれを隠していた……てことで良いんだよな?」
『そ、そうです……』
「これで上に、魔王の所まで上がることが可能だってところも」
『・・・・・・・・・・』
「答えろオラァァァッ!」
『は、はいっ!』
「よろしい、おい皆聞いてくれ、コイツはエレベーターって言ってな、すげぇバーチカルな移動が可能な伝説の設備なんだ、神々をも凌駕する超技術が使われている」
「超技術の割には豚野郎がぶら下がっていたような……」
「きっと『超豚野郎』なんだろうよ、普通の豚野郎よりもかなりキモかった気がするしな、とにかくだ、今は上を押してあるから……このまま乗り込もう、そうすれば一気に魔王の部屋まで……違うのか?」
「えっと、各階に停止しまして、その……5階層ごとにボスキャラとのバトルになります」
「相当に面倒臭せぇな……」
だが明らかなのは、このまま入り組んだ魔王城内を徒歩で進み、いちいち階段を使って最上階まで到達するよりも楽であるということ。
各階層のボスも、扉が開いた瞬間に一撃を喰らわせ、エレベーターの箱から出ることなく済ませてしまえば良いのだし、どう考えてもこちらを選択すべきだ。
で、調べによると魔王の部屋まではあと……ボス部屋10回と少しか、その11回目のボスが、これまでの冒険における全ての敵の中で、本当にラスボスとなる魔王なのである。
箱の中が安全であることをキッチリと確認した俺達は、すぐに乗り込んで魔王の部屋を目指す。
なお、残念ながらリリィの竹馬はここまでとなってしまったが、帰りに回収することだけ約束し、どうにか諦めさせることに成功したのであった……
※※※
「はい、では早速起動しますので、え~っと、次の階とその次の階にはボスとか居ないんですが、一応お宝はあります、どうしますか?」
「ほう、どのぐらい激アツで、手近な所にあるんだ? それ次第だな」
「次の階では……そろそろ開きますね、はい開きました、ここは『猛毒の沼地と毒ガスが蔓延する生き地獄の階層~季節の凶悪モンスターを添えて~』となります、宝箱は主に一番奥の沼の底ですね、入ったら1分で骨まで溶けますが、入らないとゲット出来ません」
「……して、その宝箱の中身は?」
「体力回復ポーション(賞味期限切れ)ですね、さぁどうしますか? この階層を探検しますか?」
「するわけねぇだろぉぉぉっ! 停まってんじゃねぇよこんな階層!」
「臭いっ、毒ガス臭いので早く閉めて下さいっ!」
「もうフラフラです~」
ジェーンめ、わざとこういうことをしているのではなかろうかとも思えるほどに、どう考えても無駄な階層でいちいち扉を開け、俺達の時間を奪いやがる。
先程までこの『魔王部屋直通エレベーター』の存在を頑なに隠し通そうとしていたことについてもそうなのだが、どうも俺達がそこへ到達するのを可能な限り遅らせたいような、そんな感じの動きだな。
おそらくは魔王が逃げ出したり、俺達を煙に巻くための準備に時間が必要なのであろう。
だがわざわざ招待しておいてそういうことをするのは許し難いな、こちらも少し考えを巡らせて、敵の裏をかくべきだ。
そう思って周囲を見渡してみると……ジェーンが1人で操作している『魔導コントロールパネル』の中に、何やら明らかに『強く上に進む』感じのマークが存在しているではないか。
それを押したらどうなるのか、俺が今現在期待しているようなことは起こらないかも知れないのだが、少なくとも『各駅停車』状態の現状よりも悪くなることはなかろう。
次の階層は絶対零度の大氷河エリアであり、扉が開いた瞬間に冷気が流れ込んだのだが、ジェーンを引っ叩いてすぐにクローズさせ、ついでに床へ組み伏せて俺がそのポジションを奪ってやった……
「あっ、ちょっと何するんですかっ? いてっ、いてててっ、足で押さえ付けるのはやめて下さいっ、ちょっと、イヤァァァッ!」
「やかましいな、少し黙らないと痛いぞマジで、で、このスイッチを押すとどういうことが……」
「ひぃぃぃっ! その『快速スイッチ』は押したらダメですっ! それをしてしまうとボス部屋ごとにしか停まらなくなって……あ、え~っと、何でもありません」
「どういうことだ? 快速スイッチがあったのに、わざわざ鈍行で進むのには何か理由があったんだろう?」
「いでっ、いててててっ……ごめんなさい、そういう流れだったので、ホントですホント! えぇ、ホントに……ごめんなさい嘘です……きゃいんっ!」
「遅延行為の罰は尻1,000叩きの刑だ、精霊様、直ちに刑を執行してやれ」
「はいはいっ、いくわよぉぉぉっ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! ひゃぁぁぁっ!」
ボロを出したジェーンは精霊様がシバき、それをしつつ『快速』でボス部屋を目指す。
ひとつ飛ばしてその次の階層がそうなのだが……なるほど、扉が開いていきなり敵が出現するタイプなのか。
真っ暗なバトル専用ホールにジワジワと明かりが灯り、巨大な影がヌッと姿を現した……




