969 消滅?
「オラオラッ! 痛いかオラァァァッ!」
「ひぃぃぃっ! そろそろやめて下さいっ、ほら、こっちのターンですから次はっ!」
「ターン制の戦闘にした覚えはねぇんだよっ! こいつめっ! 聖棒を喰らえっ!」
「イヤッ、ちょっ、そこはやめてっ」
「逃げんじゃねぇよ、これでカンチョーしてやればお前はもうお終いだっ!」
「イヤァァァッ!」
ここまで追い詰められてなお、ちょこまかと逃げ回る副魔王、だがその逃げた先々では、俺の仲間達が待ち受けているのであった。
そこへ到達する度に殴られ、蹴られ、まるで虫けらのように這い蹲りながら、どうにか致命的なダメージだけは免れようと必死になっている。
さすがにそろそろかわいそうだな、いくらこれまでの悪行があるとはいえ、ここでイジメのようなことをして良いようなキャラ出はない。
この副魔王にはしかるべき罰を、正当な方法で科してそれで勘弁してやるというのが道理だ。
もちろん魔王の奴も同様なのだが、それはまたこの次ということで、まずはコイツをどうにかすることを考えよう……
「ほらっ、そろそろ大人しくなさい、抵抗なんかすればするほど辛いだけよっ」
「そうよねぇ、もうこれ以上の策がないのなら、大人しく降参した方が身のためだと思うわよ……って、こんなこと言うのも二度目よね……」
「おいセラ、それもうフラグとしか思えないぞ」
「降参……降参するぐらいならいっそ……」
「あら、本当だわ」
「ほら見ろ、我が身さえ滅ぼしそうなぐらいの思考に陥ってしまったじゃないか、おい副魔王、正気に戻れ、ほらっ」
「正気に戻って降参……いえ降参するぐらいならいっそ……正気に……瘴気、瘴気を使えば……」
「やべっ、言葉のチョイスを間違えたぞ、余計なものを連想させてしまったな」
どうしても降参だけはしたくないらしい副魔王、これまでは散々逃げ散らかしてきたというのに、ここでは魔王が見ている、というかここで副魔王が逃げ出せば、魔王に類が及ぶのが確実ゆえ、それだけは絶対に避けたいということなのであろう。
で、そんな感じで考えをめぐらせている間に、ちょっとした『余計な言葉』を耳に入れさせてしまったため、正気から瘴気へ、勝手に脳内で意味を返還し、それにまつわる何かについて思い起こそうとし始めたのである。
おそらくは『瘴気』、つまり魔族がやたらに持っているタイプのやべぇアレを用いて、何か一発逆転を志す行動に出るに違いない。
その一発逆転がどういった方法で成され、どういった結果を招くものなのかについては、今のところ判明してはいないのだが……可能であれば危険でない方法を取って頂きたいものだ……
「ふぅっ……わかりました、最後の最後、ここで負けないため、私は瘴気を全て解放しますっ!」
『やめなさいっ! やめなさいそんな危険なことっ! どうなっても知らないわよっ!』
「魔王様、申し訳ありませんがやると決めたことはやります、どうか見届けて下さい」
『……しょうがないわね、気を付けなさいよ』
瘴気を用いて何とやら、観客席で叫んだ魔王の反応から、それが瘴気、いや正気の沙汰ではないということだけは、何となく窺い知ることが出来たのであった。
一度は立ち上がったものの、再び席に着いた魔王は、余裕の表情でポップコーンを齧るのをやめ、神妙な面持ちで事態の推移を見守っている。
というか、魔王軍最後のときが非常に近いというのに、この戦いに敗北すれば、副魔王が俺達に倒されればそれで自分が終わりだということを魔王は認識しているのであろうか?
いや、そうであればこの光景を見ながらポップコーンだの、それこそ瘴気…・・・ではない、正気の沙汰ではない、狂っているという表現以外にそれを言葉にして表すことは出来ない。
まぁ、もう達観して全てを諦め、後は流れに身を任せて、今はこの瞬間を目いっぱい楽しもうと考えているのであれば話は別だが。
でだ、そんな魔王の様子についてはまた後で考えれば良いとして、問題となるのは副魔王の方だ。
何やら凄い術を使うということだけはわかっているのだが、今のところはまだ瘴気が噴き出すような様子もない。
ただ静かに、残ったエネルギーを体力と魔力とを問わず、ひたすらに掻き集めているようなのだが……もしかして自分の体を維持するためのエネルギーも、全て何らかの形に、攻撃用のエネルギーに変換してしまうつもりなのであろうか。
だとしたらヤバい、もちろん攻撃を喰らう俺達もヤバいのだが、副魔王の存在自体が危機に陥ってしまうことは言うまでもない。
すぐに止めさせないと、引っ叩いてでも止めてやらないと、そう思って動いた瞬間、副魔王の周りには真っ黒な霧がバッと出現した。
これは完全に瘴気、かつて魔族領域に突入する際に、人族が触れると禿げるので注意とされた瘴気。
そして魔王軍の幹部らが、自らの力を見せ付ける際に、そのエフェクトとして用いていた瘴気である。
その瘴気は副魔王の周りに……いや、副魔王そのものからもジワジワと滲み出ているではないか。
本当に自分の全てを使って、使い果たして攻撃するつもりであるに違いない、このヤバさはこれまでの比ではないな……
「おいコラッ! 魔王にも言われただろうが、そういう危険なことはやめろっ!」
『……そんなこと言ったってもう止まりませんよ、ここまで力が変質してしまえば、もう逆行して元に戻すことなんて出来ませんししたくありません……これは私の最後の一撃です』
「そんな悲しいこと言わないでちょうだい、これまでそこそこ楽しく戦ってきたのに、やっつけてお仕置きする前に消えて逃げるなんて卑怯よっ!」
『すみませんね、でも……もはや話も出来なくなってきました、さぁっ、私の全てを賭けた最後の一撃をご覧に入れましょうっ! ハァァァッ!』
「ぐぬぬぬっ、凄い力だ……皆固まって耐えろっ! カレンとかサリナとか、絶対に吹っ飛ばされるんじゃないぞっ!」
副魔王の叫びと同時に生じた真っ黒な、目視出来るほどに真っ黒な衝撃波、それが俺達を襲い、立っているのがやっとの状況まで追い込んでくる。
だがそれは攻撃の準備段階にすぎず、単に『エネルギー充填完了』を示すアクションのような、とにかくそういった類の動きでしかない。
つまり本当の攻撃はこの後すぐに発動され、現時点でこの状態であれば、それを防ぐことは到底出来ないということ。
可能な限り接近し、こちらから刺激を与えてどうにかしようとした精霊様も、結局は皆の前で盾になっているリリィの後ろへと戻った。
直後、周囲に散っていた瘴気が一ヵ所に、副魔王が立っている、いや立っていたのと同じ場所に集中するのが見える。
その後ろには副魔王……であった何かだ、もう体の方はボロボロになり、経年劣化した泥人形とでも言うべきか、カッサカサの状態で崩れ始めているではないか。
そして次の瞬間、一カ所に集中したまるでブラックホールの小型版のような、本当に真っ黒な玉が、俺達に向かって発射されたのであった。
身構える、そしてリリィも踏ん張る、体の軽いカレンとサリナは俺とジェシカの後ろにそれぞれ隠し、セラと精霊様がそれぞれ、水と風の防御幕をリリィの前に展開する……
「くるぞっ! 今はとにかく耐えるんだっ!」
「ひぃぃぃっ! ご、ご主人様動かないでっ!」
「すまんカレン、俺もかなり限界で……着弾すんぞっ!」
『キャァァァッ!』
誰かの悲鳴、もはや誰のものなのかもわからない悲鳴、そのような声を上げたのはおそらく全員であろうが、誰が誰なのかを判別している余裕はない。
その合わさった悲鳴以外に聞こえるのは、ズズズズッという、まるで大地を丸ごとシェイクしているような、全てを粉微塵にしていくような音。
耐え切れずに横倒しになってしまうリリィ、そしてその防御が破れたことにより、後ろに隠れていた俺達の方へも衝撃波がモロに伝わってくる。
俺の後ろでカレンが転倒し、そのまま吹っ飛ばされて行ったのを確認、どうにか受け身を取ったらしい音だが、そのまま周囲の障壁に押し付けられ、相当な圧を受けていることは間違いないであろう。
そして凄まじい熱も、こちらの体力をゴリゴリ削っていくのだが、それだけを限定して回避することは出来ない以上、耐え続けてやり過ごすしかない。
通常の人間、もちろん人族と魔族とを問わずであるが、こんな攻撃を喰らった経験がある者はこの世界にいないであろうし、そもそも喰らった瞬間、いや最初の準備完了時における衝撃波で消えてなくなってしまうであろう。
そんな凄まじい熱と衝撃と、それから魔力による圧は5秒、10秒と続き、それでも完全に発散し切るのはまだまだ先といった感じ。
既に立っているのは俺と、比較的(装備に)重さがあるジェシカ、マリエルぐらいのもの、精霊様は蒸発してしまったようだし、倒れているリリィ以外は吹っ飛ばされ、障壁に押し付けられている状態。
唯一ノーダメージであるルビアも、この状況下では回復魔法が上手く発動出来ないようである。
というかせっかく飛ばした魔法も、それそのものが吹っ飛ばされ、無駄に壁を回復しているに過ぎない。
しかし、それが時折その壁、というか障壁に押し付けられている仲間にヒットするため、乱発自体は決して全くの無駄ではないようだな。
仲間達は継続してダメージを受けているが、上手くその回復魔法を受け続ければ、戦闘が可能な状態でこの受難を終えることが出来るはず……とも思ったのだが、そうではなさそうな感じだ……
『あっ、あぁぁぁっ! 障壁が……』
「どうしたっ? ルビアの声が聞こえた気がするぞっ」
『・・・・・・・・・・』
仲間達は俺の問い掛けに応えない、何かを話す余裕はないようだ、仕方なく俺が、バランスを崩して吹っ飛んでしまうリスクを覚悟で振り向くと……ホールを囲っていた障壁が一部ブチ抜かれているではないか。
もちろんブチ抜いたのは先程声を上げたルビア、どうやら衝撃や圧が強すぎて、女神から借りパクした箱舟が障壁に強く押し当てられた、そしてその箱舟の『聖なる力』に敗北し、割れてしまったということだ。
当然障壁から外へ飛ばされたルビア、魔王の居る観客席と同じエリアに落下し、今はどうにも出来ないでいる。
全力で体当たりすればもう一度障壁を破壊し、中へ戻ることが出来なくも……出来ないな、穴を空けた瞬間にまた吹っ飛ばされて終わりだ。
となると残りの時間、この攻撃が続く限りは、回復魔法ナシで全員が耐えなくてはならないということ。
どうにか耐え切れるか、それともこのままEND、相討ちという結果に終わってしまうのか、終わりが見えない以上、良そうも立てられないのだが、今は耐えるしかないのである……
※※※
「……グッ……少し弱まってきたか?」
「……いや……これは急激に収束しているぞ、少し余裕が出てきた」
「私もです、この槍を突き出すスタイルで空気抵抗を抑えて、さらに姿勢を(どうのこうの)してやり過ごせそうです」
「そうか、良くわからんがナイスだな……と、本当に弱まってきたようだな、もう会話も出来るし、後ろの仲間は……バラバラになったか、カレンとかサリナとか、もうどこに居るのかわからんぞ」
『うぅっ、私はまだ立てません……』
「リリィ殿は無理をするな、相当なダメージだぞ」
徐々に弱まってきた副魔王最後の攻撃、どうやら今会話したメンバーについては、『そこそこの大ダメージ』程度で凌ぐことが出来たようだ。
だが問題はそれ以外、特に後衛の仲間達は紙のような防御性能であるため心配である、精霊様も上の方で水蒸気になってモヤモヤしているようだし、外に出てしまったルビアも、こちらから指示を出してやらないとどうにも出来ない様子。
そしてそんなことを考えている間にも、副魔王が発した魔力と瘴気の大爆発は徐々にその勢いを弱め、収束していく。
真っ黒な瘴気も次第に霧散していき、残ったのは……床にも張られていた障壁にさえヒビを入れる、凄まじい力の暴走の痕跡であった。
副魔王はどうなったのか、仲間達も心配ではあるが、その術者本人のことも非常に心配である。
無茶をして消滅、もちろん『不死』であることは確認しているのだが、それでも肉体を失えばどうなるのかわからない。
とはいえ先に仲間の救出だ、攻撃がほぼほぼ止んだことを確認し、俺とマリエルジェシカの3人は後ろへ、吹っ飛んで行った仲間達の下へと向かった……
「お~いっ! カレンはどこだ~っ?」
「サリナ様、サリナ様は何処へ? あ、ユリナ様は障壁の下で気絶しているが……その上か……」
「カレンも居やがった、張り付いてしまって、というかもう圧着されてんなアレは……お~いっ!」
『わうぅぅぅっ……もうボロボロです……誰か骨付きのジューシーお肉を……』
「おう、大丈夫そうだな、カレンの回復は後回しだ、サリナは……気絶っと、セラもひっくり返っているな、飛んで来たミラがぶつかったらしい」
「2人共パンツ丸見えではないか、はしたない」
「ジェシカに言われたくはないと思うけどな……」
メンバー全員、もちろん予めどこかから避難していた、つまり隠し通路から障壁の外へ脱出していたジェーンとpootuberも含め、大丈夫には大丈夫なようである。
もちろんルビアが障壁をブチ抜いてしまった分、その穴から色々なものが漏れ出し、完全に無事というわけではないようだが……魔王のポップコーンも全て吹き飛んでいて良い気味だ。
で、ルビアにはもう一度障壁を体当たりにて破壊し、こちらへ戻るようにと命じておく。
その後はすぐに回復行脚だ、比較的ダメージの大きい、壁役となったリリィを中心に、蒸発したままの精霊様を除く全員に、順番に回復魔法を掛けて貰おう。
そして俺とマリエル、ジェシカの3人はまだギリギリで動くことが可能なため、消えてしまった副魔王について考え始める。
まさか障壁の一部が破壊され、攻撃が僅かに飛び出してくるとは思っていなかった様子の魔王は、観客席で髪の毛を逆立てたまま呆然自失。
奴は使い物にならないようなので放っておいて、こちらだけで捜索を開始することとしよう……とはいえボロボロに崩れ去り、肉体を失ったのは目視にて確認済みなのだが……
「う~む、こりゃもうダメだな、副魔王の奴、完全に消滅してしまったのかも知れないぞ」
「しかし主殿、死ぬことはないし、あれだけしたたかな女が、いくら何でもそのような選択をするとは思えないのだが?」
「いや、そこはどうかと思うぞ、副魔王がああいう性格であって、いつも逃げ回っていたことも確かだが、今は魔王のため、自分が魔王を守らなくてはならない立場にあったんだからな、普段からは考えられない行動もするものだろう」
「となるとやはり、副魔王さんは罰も受けずに消滅して逃げ出したと……一応、これも逃げ出したことにはなりますね」
「あぁ、考えようによってはそうだ」
悪い奴、真犯人、本当のゴミ野郎、そういった連中に共通して言えるのは、『死んで逃げがち』という点である。
それが不死の副魔王に関して言えば、『この世から消滅』することによって同じように逃げ出したと、そう考え得るものであることは俺にもわかった。
だがそうではない、いやそうではなく、副魔王が魔王のために、身を挺してあの術を使ったものだと、それは自己犠牲の精神に根差したもので、決して逃げ出そうとしたわけではないのだと、そう信じてやりたい。
既に回復魔法を受け、完全な状態で捜索に参加しているパーティーメンバー達だが、やはり副魔王の痕跡を発見することについてはあまり期待していない様子。
こうなってしまった以上、どうにかして装備品の一部などを見つけ出し、後に魔王に対してでも変換してやりたいところなのだが……もうそういったものの捜索に移ることとしよう……
「よぉ~し、ここからは遺留品探しだ、魔王が気を取り直して、逃げるなり何なりのアクションをする前に済ませるぞ」
『魔王様は逃げ出したりしませんっ!』
「ん? いや、誰か何か言ったか?」
『わぁぁぁっ! 踏まないでっ、ちょっとそこっ、踏まないで下さいっ!』
「……ご主人様、足元に何か居ますよ、アマガエルぐらいの生き物です」
「……ホントだっ! てかコレすげぇちっさい副魔王じゃねぇかぁぁぁっ!」
『ようやく見つけてくれましたね、さっきからアピールしていたのに、なかなかこっちに気が行く方が居なくて』
「当たり前だボケッ! そもそもお前何でそんな感じになってんだよっ!」
『いえ、力を使い果たしまして、肉体の99%以上を失って……このような形になりました』
「失い方がそういう感じなのかよっ! で、どうやったら元に戻るんだ? 一生そのままなのか? 哀れすぎるぞそれはっ!」
『大丈夫です、良く食べて良く寝れば、次第に元の大きさに戻っていきますから』
「そこはアナログなんだな……まぁ、とにかくお前が消滅していなくて良かったよ、ミラ、ちょっと臭っせぇポーションの空き瓶でも貸してくれ」
『ひぃぃぃっ! そんな所に閉じ込めないでっ!』
「うっせぇよ、心配させた罰だっ! ほれ入っておけっ!」
『くっさぁぁぁっ!』
意味不明な形で『体組織の99%以上を失った』副魔王、明らかにそうではないし、色々とおかしいと思うのだが、この世界におけるその『失った』は、ごく小さくなってしまうことを言うらしい……いや言わないであろうが。
で、その副魔王は臭っせぇ瓶の中に閉じ込めて、しばらくそこで反省させることとし、次のターゲットに視線を向ける。
そこでハッと気が付いた様子の魔王、瓶に入れられた副魔王の生存を確認し、今度はホッと胸を撫で下ろす。
だが次は自分の番であるということを、その時点ではまだ認識していなかったようだな、この後のこともまるで考えていないらしい。
俺達は遂に王手をかけたのだ、あとは観客席の魔王を襲撃し、縛り上げて王都へ連れ帰るだけの簡単なお仕事である……はずだ……




