967 集中攻撃
「いくぞ副魔王! 貴様の悪行も今日この場で……なぁ、誰に話しかけたら良いんだこれは?」
「どの私も私ですから、好きな子にどうぞ」
「そうか、じゃあちょっと待て、こっちの副魔王はちょっとおっぱいがアレで、だがこっちのは尻が良い感じで……」
「あの、どれも完全に一緒です」
「そうなんだ、じゃあお前に決めたっ、いくぞ副魔王! 貴様の悪行も今日この場で……いや動くんじゃねぇよわかりにくいな」
「そんなこと仰ってもですね、動かないと撹乱の意味がありませんから」
32人に増えた副魔王、それが地味に入れ替わったり、無駄な動きをしたりして、こちらのターゲット選定を鈍らせるのであった。
戦いは始まったばかり、いや実質始まってもいないというのに、この時点でもう混乱させられている俺達は、果たしてどうこの戦いを乗り切ったら良いのか。
そのような不安も感じるのだが、実はこの状況、素晴らしいものでもあるということに今気が付いた。
副魔王1人に付きおっぱいはふたつ、それが32人に増えたのだから、合計64のおっぱいが、攻撃と称してもみ放題なのである。
もちろんそんなことをされれば、ショックを受けた分身副魔王は消滅してしまうのであろうが……まぁ、実際にやってみた方が早いであろうな、動き回る中からターゲットをどうにか絞るのが難しいのだが……
「勇者様、ちょっと良いですか? 私に狙いがあるのでそこを退いて下さい」
「何だマリエル? その槍で分身を串刺しにしようっていうのか?」
「いえ、この槍、実はこの間改造して貰いまして、このボタンを押すとっ!」
「あっ、何か緑のがピュッて出た……カラーペイントなのか……」
「ひぃぃぃっ! 分身27号が汚れてっ!」
「ね? とても凄いでしょうこの機能、ちなみに魔導ペイントなので数時間で消えてしまいますが」
「お、おう……」
自らの武器に物凄く都合の良い、この状況を打破するためだけに開発されたのではないかと思えるような機能を、予め搭載してあったマリエルは逆にヤバい。
だがとにかく、これで最大の問題が解決したのである、魔導カラーペイントを付けられた『分身27号』とやらは、いくら動いたところでその場所がわからなくなってしまうことはないのである。
つまり狙いを絞ることが可能であり、そして途中で見失い、わけがわからなくなってしまうようなこともないということ。
あとはもう攻撃を加えるだけだ、果たしてどうなるのか、どのような攻撃をしてくるのかなど一切謎なのだが、やってみないことには永遠にわからないのでやってみるのだ……
「じゃあ皆、援護を頼む、俺は副魔王分身27号のおっぱいを揉むっ!」
「いきなり最低な攻撃ですね……まぁ、でもそれしかないのであればサポートしますが」
「おうっ! じゃあいくぜっ!」
「ひぃぃぃっ! 目が恐いっ、目が恐いですっ! やめてぇぇぇっ!」
叫びながら身を守る、というかおっぱいを隠そうとする分身27号と、それを守らんとするその他の分身およびどこかに存在しているはずの本体。
ターゲット以外の31体のうち、5体が俺に向かって直接の物理攻撃を、そして残りの26体は少し距離を置いた場所から魔法攻撃を、それぞれ一斉に仕掛けてくる。
だがその威力はそこまでのものではない、物理にしても魔法にしても、副魔王が普段見せているような力からは程遠い、ごくごく一般的な強キャラのものだ。
これには俺がターゲットに選定している分身27号を巻き込まないためという意図もあるのだろうが、おそらくはもうひとつの理由がかなり大きいのであろう。
そう、こういう『分身する敵』にありがちな、『分身すればするほどにその1体ごとの力は弱くなる』という、なんともお粗末な現象だ。
そしてそれが確かだとすれば、今の副魔王はそれぞれ32分の1の強さしか有していないということ。
ならばそのそれぞれは俺にとって敵ではない、さらに俺を援護する仲間達にとってもである……
「ウォォォッ! 大勇者様おっぱい鷲掴み拳!」
「ひっ! イヤァァァッ!」
「っと、消えてしまったか、さすがは分身だな」
「そんなっ!? 一撃で分身27号を……しかも他の分身にもこの揉まれた感じが伝わって……クッ……」
「ほう、分身が揉まれると他の分身も揉まれた感じになるのか……じゃあこれならどうだっ! 必殺、大勇者様スペシャルアーマーブレイクッ!」
「キャァァァッ!」
「……うむ、服が破けるところまでは伝染しないんだな……あ、また分身が消えたぞ、大丈夫かお前等?」
分身が揉まれると他の分身も揉まれた気になる、だが分身の衣服を剥ぎ取っても、他の分身には一切影響しない。
これは何が違ってこうなっているのであろうか、そして分身はともかく、本体の方はそれによってどんな影響を受けるのか。
この辺りについてはまだ見えてこないのだが、ひとまず残った副魔王は元々居た本体も含めて残り30体となった。
この後また増えたりするわけでなければ、どうにか数を減らしていくことが出来るであろうな、もちろんマリエルがマーカーを付けるという作業を間に挟まなくてはならないのだが。
或いはこの中から本体を探し出し、それを最初に叩くことによって、分身の消滅どころか戦いの勝利を捥ぎ取るか……それもなかなか良い作戦であることは間違いない……
「それっ! 今度はそこの分身ですっ!」
「ひぃぃぃっ!」
「わうっ、次は私がいきますっ、わうぅぅぅっ!」
「あ~れ~っ!」
「良いわよカレンちゃん、さっ、他もどんどん潰していきましょっ!」
「あ、俺の揉む分も残しておいてくれべぽっ! 殴ることないだろうっ!」
一斉に攻撃を始めた仲間達、敵である分身および本体の副魔王が比較的弱いということもあり、畳みかける感じでの集中攻撃だ。
その仲間達からの攻撃を次から次へと受け、全て一撃とまではいかないものの、次第に姿を消していく分身副魔王。
ちなみに俺がおっぱいを揉んだものに関しては一律、数秒後には完全に消滅してしまっていた、揉み攻撃はかなり効くらしい。
ついでに言うとおっぱいだけではなく、後ろから尻をガシッと掴んでやった分身も、それなりの悲鳴を上げて瞬間敵に消滅した。
こちらもかなり効いたようであり、また、こういった攻撃を喰らわせると、他の分身の動きが僅かに停止するため、仲間達も非常に戦い易くなるというメリットも存在している。
で、分身の数は本体も含めて残り5体、そのうち1体にはセラの魔法攻撃が、1体には精霊様の攻撃が、そしてミラとジェシカがうち1体、マリエルが1体を引き受け、残り、最後の1体は俺がいつも通りのエッチな攻撃を……消えない?
「ひぃぃぃっ! やめて下さいっ! ちょっと、どこ触ってんですかこの変態!」
「おいっ、この副魔王は消えないぞっ! てかそれ以外が消えたのか……コイツが本体で間違いないっ! このやろっ、このっ、喰らえっ」
「イヤァァァッ! き、緊急脱出!」
「あっ、逃げやがった、待てやオラァァァッ!」
「やれやれ、ようやく元の状態に戻ったわねぇ……いえ、そうでもないのかしら?」
「どうしたんですか精霊様? 顔が水色ですよ」
「いえ、だって副魔王の魔力……私達のものが混ざっていないかしら? 気のせいじゃないわよね……」
ようやく本体を特定したところで、後ろに居るルビアと精霊様が不穏な話をしているのを耳にした。
副魔王の中に俺たちの魔力が混ざっている? それは一体どういうことなのか、イマイチ理解出来ない。
そしてその理解していないのはルビアも同様らしく、隣のセラも首を傾げている、ユリナもだが……サリナは何かわかっているような感じだ、ちなみにリリィは話しそのものを聞いていない様子である。
これはもう何かあることが確定だな、もちろん最大の敵であろう副魔王のことだから、このような茶番劇で討伐が完了するというようなことはないはずだが、それにしても異様なこと。
そして俺の揉み攻撃から脱出し、体勢を立て直したその副魔王は……こちらも何か意図がある感じの顔をしているではないか、一体何のつもりなのだ……
「ふぅっ、やれやれです、少し計画から乖離してしまいましたね、本来は勇者さんの力を取り込む予定だったのですが……あの攻撃ではちょっと……」
「どういうことだっ?」
「え~っと、先程まで討伐されまくっていた私の分体ですね、アレ、敵の攻撃を吸収しちゃう系の擬似ターゲットだったんですよ……そもそも、分体とはいえあんなに弱いと思いましたか? まさか『分身の力は等分になる』みたいなベタな展開を予想していたなんて言いませんよね?」
「……言ったらどうする?」
「笑ってしまいます、てかホントにそんなこと……プププッ……」
「笑ってんじゃねぇぇぇっ! オラァァァッ!」
「おっと、さすがは凶暴な異世界人ですね、でもほらっ」
「グッ……これは風魔法の障壁……セラの技じゃねぇかっ!」
「あ、こんなのもありますよ」
「ギョェェェェッ! 精霊様の技がっ!」
副魔王が繰り出すのは他人固有の技、そしてなぜか俺だけがサンプル的にそれを喰らっている状況。
何なのだこれは、とダメージを受けながら考えるのだが、確実なのは先程、分身した副魔王を倒していく際に皆が見せた技であるということ。
そして魔法だけではない、副魔王の右手には、本来両手で用いるはずのジェシカが使う大剣が、手の甲にはマーサが装備しているパンチ増幅用の手甲が。
そして左手にはカレンの爪武器と、さらにはミラが装備している盾が、『輝く光の装備』というかたちで具現化されているではないか、ついでに背中にはマリエルのものと同じ形状の槍が背負われて……
コイツ、そんなことまで出来てしまうオールマイティー戦士であったというのか、魔法や精霊様の水攻撃を受けてみたところも、もはやホンモノを遜色ないレベルの威力だし、相当なコピー能力である。
いや、コピーというよりは、本人の言うように『他人の力を取り込んだ』というのが正解であろうな。
なぜか俺の『揉み攻撃』は吸収されていないようだが、それについての不満は特にない。
で、ユリナとサリナは様子見のために参加していなかったのでセーフ、そして攻撃参加者のうち、リリィだけは本来の力を用いず、人間の姿で、素手で戦っていたためセーフと。
あとはルビアか、最近ではさすがに回復魔法を相手に使用してしまうようなことはなくなったため、これも吸収されていないと考えて差し支えないであろう。
だが勇者パーティーの12人中、7人の能力を使うトンデモな敵キャラが出現してしまったことだけは事実。
これを切り崩すためには、こちらもかなりガチで戦わなくてはならないところなのだが……どうしたら良いのかわからない……
「なぁ、結構ヤバくねぇかこの状況? セラとか精霊様並みの火力と、カレンとかマーサ並みの素早さと回避力、あとミラとジェシカ並みの固さを持った強キャラだぞ、しかもリリィの総合力も取られていると考えて良さそうだからな、マジのバケモノだ」
「……でも勇者様、その力、一体どうやって維持しているんでしょうか? 見た感じだと、あと自分の感覚でも、力そのものを吸収された感じはしないんですが」
「技だけパクられたってことだな、となるとその技を用いるための原動力は……自力か」
「そうみたいね、ならガンガン叩いて、技を使わせてエネルギー切れを狙うのがベストだと思うわ、てかそれしかないわよっ!」
そう言って特大の攻撃を放つ精霊様、対する副魔王はそれと全く同じ攻撃を繰り出し、俺達と自分との中間地点で攻撃同士をぶつけて相殺する。
精霊様は少し考え、今度はかなり練習が必要と思しき3連撃……副魔王は1発目と3発目を同じように相殺、通ってしまった2発目については、ミラのものと同じ盾で弾き飛ばしてクリアした。
いや、いくら何でも精霊様の強攻撃を盾で弾くことが出来るか? ミラ本人であれば無理に違いないし、今頃はきっと吹っ飛ばされて壁に刺さっていたことであろう。
となると、技は同じであってもその力は副魔王のものを参照する、つまり精霊様の攻撃頻度には及ばないが、威力に関してはそこそこ追い付いたものを、さらにミラやジェシカなど、『人間』の技をコピーしているものに関しては、オリジナル以上の力を発揮するということ。
これを悟った前衛の4人は、少し距離を取って防御に徹する態勢に入る……攻撃しても無駄である、同じ内容で、自分よりもハイレベルなものとぶつかり合うことは無駄でしかない、そう考えたためだ……
「主殿、マリエル殿も、ここは防御に回ろう、攻撃は後衛と、それからリリィ殿に任せるんだ」
「……いや、俺は前に出た方が良いかもな、そもそも今日は全部アウトレットで買った普通の服しか装備していないしな、防御性能は皆無だ」
「この大事な局面でなんというモノを装備しているのだ……」
「金がないんだからしょうがないだろうよっ!」
「……ご主人様、ジェシカ、魔王様に笑われていますわよ」
「ホントだっ! しかもポップコーン食いながら観戦していやがるっ!」
あり得ない技を使い、こちらを追い詰める副魔王に対し、俺達の方はもうガタガタで、上手く陣形すら組むことが出来ていない、組もうとしても揉めてしまうような状態。
その様子を見て観戦席の魔王が楽しそうに、まるでコメディ映画でも鑑賞しているような態度を取っているのは実に気に喰わないことである。
魔王め、お前にはこの後たっぷりと『臭い飯』を食わせてやるから覚悟しておけよと、心の中でそう告げながらそそくさと後ろへ下がった俺、ひとまず文句を言ってきやがったジェシカの後ろに隠れてしまおう。
で、前衛として4枚、ミラとジェシカが前でそれをサポートするカレンとマーサであるが、さらにその並んだ穴を埋めるように、比較的硬さがあるマリエルを中央に配置して防御陣とした。
その頭の上を越えるように、セラとユリナ、精霊様の攻撃を飛ばし、ドラゴンの姿で飛び上がったリリィが、移動しつつ要所要所でブレスを吐き掛ける、そんな感じの方向性である。
あとは副魔王の攻撃に際し、ターゲットをブレさせる効果を持つ何らかの魔法を発動し、継続しているサリナ。
そしてルビアに関しては絶対にダメージを受けることがないため、自由にさせておいて良いであろう。
最後に残った俺は……まぁ、ひとまず『やっている感』でも出しておくか、聖棒が良い所にヒットすれば、たとえ副魔王でもひとたまりもないわけであって、この一見サボっているかに見える俺様が、実はフィニッシュを決めるための重要な役割を担っているのだ……ということにしておく。
「……さてと、そろそろ布陣は完了でしょうか? 攻撃しても……大丈夫ですよね?」
「あぁ、やってみるが良い副魔王よ、お前の攻撃如き、簡単に弾き返してくれるわ……そこの5人がな」
「勇者さんは何もしないんですね、ではっ!」
「きますっ! 全員構え……なくて良いですね、曲がりました」
「そうか曲がったのか、で、こっちキタァァァッ! ギョェェェェッ!」
副魔王の攻撃、それはセラのものをパクッた風魔法を主体とし、その他の一般的な属性全てがそれをサポートしているような、極めて強烈といえるものであった。
もちろん前衛の5人が居ればどうにか出来ないことはないのだが、直進するかに見えたそのビームのような、バトル漫画にありがちな光線のような攻撃は、ミラとジェシカの目の前でクイッと上へ……そしてある程度の高さから、俺に向かってまっすぐに降り注いだのである。
まさかこういう攻撃を自在にコントロール出来るとは、しかもどうして俺を狙うというのだ。
ここは通常通り、ガードを決め込んだ前衛のど真ん中に当ててくるのが筋だと思うのだが……悪の組織の大幹部にはその決まりがわからないらしいな。
「勇者様、喰らってないでちょっと退いてっ! いくわよユリナちゃん、精霊様!」
「っと、そちらも合わせ技できますか、そういうことならこちらも受けて立ちま……ひぎぃぃぃっ! 何ですか後ろからっ!」
『あ、私でーっす』
「ドラゴン⁉ いつの間に背後へ、しかもブレスではなく足蹴にするとは……」
『こういうのもありますよっ』
「キャインッ……いでででっ」
セラ、ユリナ、精霊様の三位一体攻撃……かと思わせておいて、かなり離れた場所から動きを止め、滑空してきたリリィによる鍵爪攻撃。
そして驚いているところに、こちらは紹介程度のものであったのだが、長い尻尾を用いた鞭のような攻撃。
副魔王は二度に渡って吹っ飛び、服はズタズタに破れて出血さえもしている様子。
いくら何をしたからといっても、たとえ凄まじい力で強力な防御性能を誇る装備品を具現化していたとしても、不意打ちによる攻撃には弱いということがわかったな。
この先は警戒してしまって、そう簡単には喰らってくれないとは思うが、ダメージを与える方法を編み出しただけでもこれは収穫であるといえよう。
立ち上がった副魔王は、今度は物理攻撃でこちらへ突っ込む構えを見せ……次の光景ではミラが吹っ飛ばされていた、次いでマリエルも、そして視界がグルグルと……
「ギャァァァッ! だから何で俺なんだよぉぉぉっ!」
「それはナイショですっ、ハァァァッ!」
「あぶれぽっ!」
「……この方、やられ方が雑魚キャラのそれなんですが?」
「ご主人様はいつもこんな感じですの、普段から雑魚キャラ然としたムーブをしていたところ、色々と雑魚キャラっぽくなってしまいましたのよ」
「か……解説してないで助けて……へぶぽっ!」
どういうわけか俺だけを狙い、仲間達が対応出来かねる速さで連続攻撃を仕掛けてくる副魔王。
コイツは俺に何の恨みがあるというのだ、心当たりは多すぎて色々とアレなのだが、その理由を説明して欲しい。
その後、散々蹴飛ばされた俺は最後に強烈なアッパーを喰らい、頑丈すぎる障壁の天井部分にぶつかり、おえちゃんこになってヒラヒラと舞い降りたのであった……これはどうにかしなくてはなりませんな……




