966 こちらで最後になる予定です
「……ってことなんだよ、なぁマーサ?」
「魔王様に会っちゃったわ、色々大丈夫だって、ちゃんとご飯食べてるって」
「それは良かったですの、で、その魔王様の指示で、今から上の階層へ向かうんですのね?」
「確かに魔物の攻撃も止んだ、というか全部退いて行きましたし、きっとそういうことなんでしょうね」
「まぁそういうことだろうよ、とにかく行くぞ、今度はガチで最後の戦いだっ!」
『うぇ~いっ!』
仲間達と合流し、魔王と顔を突き合わせて話をしたことを伝え、同時にその指示によって、今すぐにひとつ上の階層へと向かうべきであることも伝えておく。
真上からは数多くの敵の、数多くの禍々しい気配が、まるで気圧で押し付けるかのように、そして俺達に早く来いと腕を引っ張るかのように感じ取れる。
元々居た場所から少し離れた地点にあった階段を上り始めると、そのプレッシャーというか何というか、とにかく圧が凄まじいものへと変わった。
同時に敵軍の声も聞こえ始め……何やら喧嘩をしているようだ、どうも元々の持ち場を離れ、広いホールとはいえひしめき合った状況に置かれているのが気に食わないらしい。
また、それぞれがそれぞれのボス部屋にて、自分の有利なように戦いを進めることが出来るはずであったのに、何もない格闘場のようなホールでは、その真価を発揮することが出来ないという点について、かなり苛立っている者も多いようである。
もしかするとこれはチャンスなのかも知れないな、このまま突っ込んで行くよりも、少し待って敵の『ギクシャク』を増幅させてから動いた方が良いのは火を見るよりも明らかだ……
「ストップ、ミラ、ジェシカ、ちょっと停まれ」
「ええ、私もそうした方が良いような気がしていました、ここからは慎重に進んで、敵に発見されないようにそっと覗き込むことにしましょう」
「そうだな、この騒ぎぶりは利用出来る、利用して、戦闘後に少しでもこちらの体力、魔力が多く残るように取り計らうべきだ」
「あぁ、じゃあここからは匍匐前進で行こう、俺は最後尾を行くから、後衛も先に進んでくれ」
「勇者様、どうして勇者様が最後尾に回るわけ?」
「馬鹿だなセラは、『階段匍匐前進』の最後尾だぞ、前を行く人間のパンツを拝見するために決まっているだろう、ジェシカはスカートじゃないから役立たずだがな」
「精霊様、勇者様を処断する武器を貸してちょうだい」
「はい、処刑人の斧、さっき拾ったからセラちゃんにあげるわ」
「ありがとう、そりゃぁぁぁっ! 一刀両断!」
「ギョエェェェッ! すみません先頭をお任せ下さいぃぃぃっ!」
「わかればよろしい、ほら勇者様、早く行きなさい」
「へ、へい……」
一刀両断され、縦に真っ二つの状態で、それぞれの『半身』を這い蹲らせて匍匐前進する。
ルビアめ、笑っていないで早く回復魔法を掛けろ、そうしないと進み辛くて敵わないではないか。
で、結局自分から要請して回復魔法を掛けさせ、元の状態に戻った俺は、そのまま階段を匍匐前進で進み、上層の様子を確認してみる。
階段の先には早速ホールがあり、そこには数多くの敵キャラがひしめき合っている状態。
ボスキャラの数は10かそこらであるが、それ以外、例えばボスに付随して出現するお供のような魔物の数が多すぎるのだ。
そして最初にその声が届いた時点と比較して、その連中のギスギス具合はかなり加速しているらしい。
所々で殴ったり蹴ったり、足を引っ掛けて転ばせたりと、物理的な暴行や嫌がらせも始まっている様子。
しかも敵キャラの中には、当然『臭っせぇ奴』が多くあり、その体臭や漏れ出すガスによるとんでもない臭気が、連中のイライラをより活発化させているような印象だ。
もちろんこのままいけば、連中の中だけで勝手にバトルを始め、血飛沫が迸る殺戮へと変わるのは時間の問題であろう。
俺達はそれを待つべきであり、すぐに来いと言った魔王には申し訳ないが……と、ホールの端、かなり高い場所に、そして全体に張られた魔力障壁の向こうに、その魔王の姿があるではないか。
この戦いを、俺達がこんな汚らしい連中と泥臭く戦い、消耗する様子を、安全な場所から眺めて、あまつさえ指を差して笑ってやろうという魂胆のようだな。
だがそうはさせない、魔王もそろそろ気付いていることであろうが、俺達がこのままやって来ないとなると、それはそれでかなり面倒な事態(敵にとって)へと移行するのだから……
「ふぅっ、戻って来たぜ」
「どうだった勇者様?」
「敵はかなり混乱、というか場が混沌としている様子だったぞ、このまましばらく様子を見よう、待機だ待機」
『うぇ~いっ!』
俺達が戦うのを、指差して笑いながら見ようと試みている様子の魔王、そして副魔王もそのうち来るのであろう。
だが俺達が逆に、『なかなかやって来ない敵』として振る舞い、奴等の困り果てる様子を見て笑ってやるのだ。
もちろんそうはさせまいと、早く上の階層に上がるよう促してくる案内係のジェーンについては、猿轡を噛ませたうえで縛り上げ、その行動を封じておいたので問題ない。
ついでにpootuberだが……こちらはなかなか弁えているようだ、というか、単なる記録係であるため、こちらに何か指示を出して行動をさせようなどということはしないのである。
最初は散発的であったのだが、徐々にそこかしこで、しかも大きなものが生じ始めているようすの争い。
本当に仲間内でそのようなことをするのかと思うが、こういう連中は血の気の多いのを集めている点において、そういうことが起こってもおかしくはないのだ。
それがかなりの大騒ぎへと変化したところで、再び階段を上へ、そしてコッソリとホールの様子を覗き込む……遂に死者が出た感じだな、これはどんどんエスカレートするぞ。
そしてその様子を高い所から見ている魔王も、かなり苛立った様子であるのだが、隣に副魔王が参上し、それを宥めているのが先程と変わったところだ。
これ以上の覗きはやめた方が良いな、魔王はともかく、副魔王はこちらの気配を察知することが出来るわけだし、見つかってしまってはこの作戦の意味がなくなってしまう。
ということでもう一度階段を戻り、仲間達と共に休憩しつつ、そのバトル専用階層と思しき場所のホールから漏れ聞こえる音を拾っておく……
『テメェェェッ! 邪魔なんだよボケェェェッ!』
『うるせぇ死ねオラァァァッ!』
『ギョェェェェッ! 死んだぁぁぁっ!』
「……派手に殺ってやがんなあの馬鹿共、このまま全滅してしまえば良いのに」
「そうですわね、ちょっと臭い方が多いようなので、出来れば『死骸の片付けまで終了した後』に入室したいところですわね……魔王様には大変申し訳ないことですが……」
「大丈夫だユリナ、それについては俺の指示でそうしたということを、魔王の方でも察しているだろうからな、マーサ、ユリナ、サリナの3人が奴に嫌われたりはしないし、もし文句を言うようなら完全に向こうが悪い」
「まぁ、それならそれで……でもやっぱ申し訳ないので、ちょっとだけ戦うノリでいきた……凄い魔力を感じますのっ! 副魔王様のものですわっ!」
「何だっ……て……あ、どうも」
「あ、どうも、じゃないですよっ! どうしていつまで経ってもそんな所に隠れているんですかっ? ちゃんとホールに入って、殲滅戦をやって消耗して貰わないとっ」
「だってよ、臭っせぇし面倒だし、行っても良いことがないんだよあのホールには、だからもうちょっと待って、奴等が勝手に自滅するのを眺めていようと思ってな、悪いか?」
「悪いに決まってるじゃないですかっ! とにかくほら、早く上に……臭いっ! これは想像以上ですね、何というかおじさん100人がワンルームのマンションで共同生活しているような、そんな匂いです」
「な、最悪だろう? だから行かないんだよ俺達は、そっちの対応がおかしいんだからな、もしこの先へ到達して欲しかったら、そっちで『お片付け』をしてから声を掛けろってんだ」
「はい、えっと……まぁ、ちょっと魔王様に聞いて来ますね、だから待っていて下さい、帰らないで、あとジェーンを解放してあげて下さい、何か息が出来なくて紫色になりつつあるので……」
そう告げて立ち去っていく副魔王、このホールの空気を肌で感じ取り、さすがにそこへ行けという要請がおかしなものであるということを確認したようだ。
で、そこからはしばらく、階段のさらに下、馬鹿共の揉める声も、その動いた際に発せられるトンデモな臭いも、どちらも感じ取ることが出来ない位置にてゆっくりさせて貰う。
魔王はこれについてどういう判断を下すのであろうか、さすがに状況を聞いて譲らないということはなさそうなのだが、それでもこちらの力を削ぐための、何かイヤらしい提案をしてくるのではないかと勘繰ってしまうところである。
そのような疑念を抱きつつ、半分寝てしまっているカレンにちょっかいを掛けつつ、しばらくの間待機していると……突如として響き渡った轟音、例のホールからのようだ。
もしかして馬鹿共の揉め事がエスカレートしすぎて、そのうちの誰かが極大魔法でもブチかましたのか?
だとすればこれにて片付けは完了、俺達は安全に、何も気にすることなく上へ行くことが、そして最後の戦いに臨むことが出来るのだが、果たして……
「みなさ~ん、お片付けが完了しましたので、早く上がって来て下さ~いっ」
「はっ? 副魔王お前、どうしてそんな所から出現するんだ? ずっとホールに居たってのか?」
「ええ、一度魔王様に確認して、許可を得て使えないクズ共を一掃しました、ついでにクリーンアップもしておきましたので、もう臭くも汚くもありませんよ」
「……と、あまりにもまともな対応で驚いたぞ、てっきりもっとアレな感じのことをしてくると思ったんだが……罠じゃないよな?」
「罠ではありません、そう断言しておきますよ、魔王様ともお話ししたんですが、これ以上凶悪な変態勇者の怒りを買わない方が良いんじゃないかと……」
「その発言の後半が既に怒りの対象なんだが?」
うっかり口を滑らせ、思っていたことを俺に聞かれてしまう副魔王は、慌てて口をふさぎ、ジェスチャーで今の発言を取り消すような仕草を見せている。
だが今更それはないし、さすがに遅すぎであるから、討伐後にはこれまで想定していたよりも少しだけ、ほんの少しだけ厳しい刑罰を科してやることとしよう。
しかしそれを本人に告げるのは今ではない、ここは許して貰えたと錯覚させておいて、後で厳しく追及するというのが、俺流の相手を追い詰めるやり方なのだ。
ということで勝手に安心し、上から手招きしている副魔王の指示に従って階段を進んで行く。
ホールは確かに真っ新の、先程までは有象無象の山が出来ていたとは到底思えない綺麗な状態であった。
きっと換気の方もバッチリなのであろう、どんな魔法を用いたのかは知らないが、爆発と同時にそのゴミ共の塵となったものを、どこか別の場所へ吹き飛ばしてしまったに違いない。
そして特筆すべきは、それだけのことをしてもなお、これから最後の戦いが執り行われるホールには、傷ひとつ付いていないということ。
壁も床も天井も、普通の石造りのようであり、非常に脆い素材のように見えなくもないというのに、これは相当な技術で建造されているな、周囲、というか魔王の座る観客席の手前に張られた魔法結界の効果かも知れないが……
「う~む、凄いわねここのコレ、ほら、床を破壊しようとしても全く壊れないわ、リリィちゃん、ちょっとそこ、チョップしてみてくれない?」
「いきますっ! ドラゴンチョーップ! あれ? チョーップ……壊れませんね全然……」
「フフフッ、凄いでしょうここの設備? あ、もちろん観客席の魔王様には、直接攻撃したり、罵倒したりといったことは出来ませんからね」
「いや罵倒は出来るだろうが、魔王のバーカ、バーカバーカ……」
『バーカバーカ、馬鹿って言う方がバーカ!』
「……直接脳内に戻って来やがった」
「言ったでしょう? ここでは魔王様の悪口を言えば自分に帰って来ますし、痴漢的な言葉を投げ掛ければ、あの人族の町の憲兵に自動で通報されます、帰ったら家の前で待っていますねたぶん」
「どんなシステムなんだよ……」
確かに凄い部屋である、まさか俺様の超必殺技である罵倒が使えず、そしてセクハラ行為や痴漢行為に至っては、なんと憲兵に通報されてしまうとは。
これでは最大の武器を封じられているも同然なのだが……いや、それは障壁の向こうに居る魔王に対してのみそうなのであって、今この場に居る副魔王に対しては……きっと効果がないものなのであろう。
ここは少し試してみるか、戦いの前の余興として、そして敵の出鼻を挫くため、最大限に卑猥な言葉を副魔王のその少し尖った耳に送り込んでやるのだ……
「おい副魔王、戦いの前にちょっと良いか?」
「あ、はい何でしょう? お金なら差し上げませんよ」
「いやそうじゃなくてだな、まずお前の『不適切発言』がさ、俺のこの『不適切発言』によって『不適切発言』してさ、なぁ、ちょっと想像してみろよ、なぁっ!」
「ひぃぃぃっ! 何ですかこの変態はぁぁぁっ!?」
「主殿! その発言は許し難いぞっ!」
「そうよ勇者様! 制裁を受けなさいっ!」
「面白いことになりそうね……」
「あ、え? ちょっとまっ……ギョェェェッ!」
ここでいきなりの戦闘開始となてしまった、しかも勇者パーティーVS副魔王という構図ではなく、唯一俺だけが、俺以外の全員である女性陣からフルボッコにされるという、なんとも言えない対立構造。
直接的に『不適切発言』を投げ掛けられた副魔王、そしていつもキレがちなセラやミラ、ジェシカなどはわかるのだが、今回に関してはその他の仲間も、楽しげな表情で暴行に参加しているではないか。
特に急所を突いてくるルビアのキックが痛い、こんなことをして後でどのような目に遭うのかわかっているし、わかっているからこそあえてやっている感もまた凄いのであった。
で、無様な肉塊になり果てた異世界勇者様たるこの俺様は、暴行犯でもあるルビアの回復魔法によってジワジワと再生しつつ、観客席で指を差して笑っている魔王の奴を睨み付けておく。
奴め、この期に及んで俺を笑うなど良い度胸だ、この後副魔王が倒され、そしたら次は自分の番。
当然戦うことの出来ない、戦闘力がイマイチな魔王は、アッサリと逮捕されて俺達に連行され、侵略戦争を起こした罰を受けることとなるのだ。
今のでかなりムカついたことだし、魔王は、そして副魔王もだが、王都に凱旋する際には素っ裸にして、しかも恥ずかしい格好になるよう縛り上げて、神輿にでも乗せて引き回すこととしよう。
その程度の辱めで、この俺様を笑った、馬鹿にしたことが許されるわけではないが、残りの部分についてはその後、お仕置きのお尻ペンペンを追加するというかたちで精算させていけば良い。
そしてそんなことを考えている間に完全回復した俺は、ふざけたり怒ったりするのをやめた仲間達に合流、隊列を組んで、最強の敵である副魔王へと向き合った。
対して構えも取らず、余裕の表情でこちらを見ている副魔王、良く見ると優しく微笑んでいるのだが、それが逆に不気味で仕方がない。
コイツはこれから俺達に敗北するということがわかっているのか? もちろん敗北した際に『どうなるか』については重々承知であるはずなのだが……もしかして何か作戦があり、勝利したり、または脱出することが出来たりすると、そう考えているのではなかろうか。
だとしたら愚かである、ここまで話が進んでしまった以上、この俺にとって非常に都合の良いことばかり起こるいい加減な世界においては、話の流れ的に、もうこちらの勝利は揺るがないのだ。
それについて教えてやるべく、2人の副魔王にもう一度あり難いお話を聞かせてやろう、いや4人になったのか、実は後ろにも居て8人であったのだが、まさか16人であったとは思いもしなかった……
「……ねぇ、お前何でそんなに居るわけ? さっきまで1人だったと思うんだが……気のせいかな?」
「きっと気のせいですよ、私は最初から32人でしたから、そもそもです、そちらが12人なのにこちらが1人というのはさすがにおかしくないですか?」
「確かに、じゃあ今まで気付かなかっただけで、魔王軍の女性副魔王は最初から32人居たんだな」
「まぁ、そういうことになりますね、よろしかったですかね?」
「うむ、まぁそういうことなら仕方ないな、なかなかの誤算ではあるが、こっちが勘違いしていたのであれば文句も言えない」
「勇者様、どうしてそんな嘘に騙されてんのよ……」
「……えっ、嘘なのっ?」
「ええ、私自身もまさか騙されるとは思わず……申し訳ありませんね」
「・・・・・・・・・・」
まさかの嘘であった、副魔王は最初から32人であったということではなく、普通に分身の術を用いて32倍に増えていただけであったのだ。
確かに若干色が薄くなってしまっているような気がしなくもないが、それで強さの方がどうなるのかという点については今のところ不明である。
しかしここで微妙な空気を作り出し、やる気満々であったこちらの戦闘意欲についてリセットしたという成果は得たのだ。
この茶番はここでお終いにして、早く元の姿に、1人の副魔王に戻ってアツいバトルを開始……いや、そのまま戦うつもりなのか?
こちらは12人しか居ないというのに、まさかの32人で、しかもその全部が強大な力を持つ副魔王ということ。
それはさすがに卑劣ではないかと、強く抗議したところで、また観客席の魔王に笑われてしまったではないか。
仕方ない、まずはこのまま戦うことして、分身を徐々に潰しつつ本体を探すというような、ありがちすぎる方法で、この女を攻略していくこととしよう……




