962 召喚獣
「はい、失礼しま~っすと、うわっ、トラップだらけじゃねぇか、とても女の子の部屋には見えないぞ……」
「ようやく来たわねこの豚野郎! 何? 手土産もナシってこと? 辛いわ~っ、こういう常識のない馬鹿の相手するのホントに辛いわ~っ、ねぇカスロリ、あなたもそう思うでしょ?」
「……ん、よくわからない」
「なぁ~にがよくわからない、よっ、あんたはもうちょっと喋りなさいよほらっ! 殺人トラップばっかり仕掛けてないでっ! この豚野郎を侮辱してやりなさいっ!」
「……その、こんにちは」
「あ、はーいこんにちは、どうもどうも~っ」
口が悪く、いちいちうるさい感じの『ゲスロリ』に対し、凶悪な即死トラップを造り、全ての者を消し去ろうとしている『カスロリ』の方は大人しく、無口な感じであった。
ゲスロリはピンクを基調とした衣装に白が混ざったもの、そしてカスロリの方は白を基調とした衣装にピンクが混ざったもの。
デザインは同じだが、色を裏返したような格好をした2人は、その顔も、そして長く伸びた金髪も同じ、裸に剥いてしまえばどちらがどちらかわからなくなるような、極端な同一性を帯びている。
で、戦い方としては2人で共闘、ゲスロリの方が直接的な攻撃を仕掛け、カスロリの方がサポートをする、そんな感じなのであろう。
ゲスロリの方は直接的な戦闘と、それから魔法を使った遠距離攻撃の両方が得意だな、カスロリは……幻術に回復、それから仲間の強化など、徹底したサポート要員だ。
この姉妹はかつて敵として戦ったユリナとサリナが、かなりその攻撃のバリエーションを広げてきた、そしてどちらもがロリガキとなったと考えて良さそうなもの。
もちろん今の俺達にとっては敵ではないのだが、殺したり傷付けたりすることが出来ないため、慎重に戦わざるを得ない分、少しくろうしそうではあるかもなといった予想だ。
まぁ、まずは対話から開始することとしよう、もしかしたら最初の段階で、俺達には勝てないと悟って降伏してくれるかも知れないからな……
「……おいお前等、ちょっとさ、この戦いって不毛じゃない? どうせ俺達には勝てないってわかるだろう? ならもうやめたらどうだ?」
「やめて……それでどうするつもり? あんた達のような汚らわしい豚に従うぐらいなら、この場で自爆した方がマシじゃないかしら? もっとも、負ける気なんか微塵もないけど、あんたみたいな豚にはねっ! この豚! 死ねよ豚! 豚小屋に帰って首でも括れこの豚! 豚! 豚! 豚!」
「テメェ! この勇者様を豚扱いしてどうなるかわかってんのか、ブヒッ! だいたい他人に対してそんな態度を取ることがブヒッ、どれだけいけないことブヒかわかってブヒんのブヒかブヒッ! ブヒブヒ!」
「……ミラちゃん、ご主人様が何かヘンです」
「カレンちゃん、勇者様がヘンなのは生まれつきよ、でも……サリナちゃん!」
「もうご主人様はそっちの白い子、カスロリちゃんでしたっけ、その子の術中です、永遠に元に戻らないかもです」
「ブヒッ、ブヒッ、ブヒィィィッ!」
「そうですか、でも普段とさほど変わった様子はないので大丈夫でしょう」
「ええ、たいした影響がないようで安心しています」
「ブヒィィィッ!」
猿野郎が豚野郎に変化しただけだ、そういう主張をしている仲間の一部については、後にこのゲスロリとカスロリと共に、尻を並べさせて罰を与えなくてはならない。
で、俺の様子をみてゲラゲラと、それはそれははしたない大声で笑うゲスロリ、対する術者のカスロリは、顔を隠して申し訳なさそうに笑って……いや、蔑む笑みを隠したいだけだ、コイツも相当に性格が悪いぞ。
で、そんな状態に追い込まれた俺は、もはやブヒブヒと言うだけで、何も行動が出来ない真の豚野郎となってしまったのだが、まだ他の仲間はそうではないのだ。
この2人に少しばかりの危険性を感じ、ミラとジェシカが真っ先に動いて制圧に掛かった……のであったが、どういうわけか普通に負けてしまったではないか。
ミラはゲスロリが放り投げた小銭に反応し、ジェシカはカスロリが掲げた禁書に指定されるレベルのエッチな本に反応し、それぞれ手元や足元がどうにかなってしまったようだ。
そして嵌まるのはカスロリが設置したと思しきトラップ、ミラは謎のロープに足を取られ、逆さ吊りにされて無様にパンツを晒している、ジェシカは……言うまでもなく触手に陵辱され始めている……
「ふふんっ、よくやったわカスロリ、さぁっ! 残った連中も掛かってきなさいっ、いくらあんた達が強かろうが、私達のホームであるこの部屋においては豚同然、そこの豚野郎みたいに惨めな姿を晒して、私達の面白話のネタとして悠久の時を生きなさいっ!」
「じゃあ私がやっつけますっ! 覚悟して下さいですっ!」
「無駄よっ! そっち系の敵なんか対策済みなんだからっ、それっ!」
「わふっ!? わぅぅぅぅっ!」
「ちょっとどうしたのカレンちゃん、尻尾が、あっ、私も……ぴゃぁぁぁっ!」
「ブヒィィィッ! ブヒブヒ(クソッ、雷魔法で静電気を起こしやがったなっ!)」
徴発してきたゲスロリ、それに近付いたカレンと、続いたマーサの2人が一気に戦闘不能に陥ってしまった。
いずれも尻尾の毛や髪の毛が逆立ち、動く度にパチパチと音を立てていることからも、明らかに静電気を喰らっているのがわかる。
で、そんな現象に恐れをなしたカレン、マーサの2人は、豚野郎、ではなく豚語しか喋ることが出来なくなってしまった俺の後ろに隠れてしまったではないか。
もちろん静電気を帯びた状態でそうしてきたため、俺の方もまたパチパチと……凄まじく不快な感じだな、これは獣耳と獣尻尾の2人には耐えられそうにない。
「ふふんっ、どうかしら私の攻撃力は? これであんた達、前衛が全滅しちゃったわね、最初から役立たずの野郎も……あ、それは戦力的にどうでも良かったみたいね」
「ブヒィィィッ! ブブッヒィッ(お前調子に乗ってっと痛いぞ、覚えとけよこのクソガキがっ!)」
「豚が何か言っているみたいだけどスルーね、それで、次のターゲットは……」
「来るなら来なさいっ、この私が『王女槍術』でお相手して差し上げますっ!」
「ターゲットは後ろの魔法使いよっ! カスロリ、やってしまいなさいっ!」
「……ん、じゃあトラップ発動」
「ひゃぁぁぁっ!」
「あらっ、私もですかぁ~っ」
「……王女槍術で……その、すみません」
順当に、規則通り自分が狙われる番だと確信していたマリエルであったが、ロリ姉妹の狙いはその後ろ、まさか自分達のところへ攻撃がくるとは思っていなかったセラとルビアであった。
もちろんルビアには一切の攻撃が通用しない、かつて女神から借りパクした箱舟によって護られているのだが……どうやらその範囲を出て、自ら攻撃を貰いに行ったような印象だな、でないと喰らうはずがないのだ。
そして『ルビアがあえて攻撃を受けた』という事実を裏付けるもの、それはカスロリが発動させたトラップの中身、『雷撃の三角木馬』である。
セラもルビアもガッチリとそれに固定され、雷魔法を受けて身動きが取れない状態になっているようだ。
ビリビリと、もちろん2人は至極嬉しそうなのだが、攻撃を受けてそこから逃れられないということに変わりはない。
それに加えて付属品の雷撃鞭が背中に飛び、ダブルの雷攻撃が2人の体力をガンガン削っていく、既にHP総量の0.000001%程度のダメージは受けてしまったはず、まぁ放っておいても大丈夫であろうな……
と、目立っているのは三角木馬に跨ったセラとルビアの2人なのだが、そのさらに後ろ、何やら倒れている陰がいくつか、というか3人分だけ見えているのだが、これは一体どういうことだ?
「うぅっ……痺れますの、麻痺毒でしたの……」
「あら? ユリナちゃん、サリナちゃん、それに精霊様も、どうしてしまったんでしょうかいきなり?」
「さ、さっきからずっと倒れていたのよ……そこのテーブル、『ご自由にどうぞ』って書いてあるクッキーを食べたら……痺れて」
「迂闊でした……まさか罠だなんて思いもしなくて……」
「ブッヒィィィッ(馬鹿なんじゃねぇのかお前等?)」
「仕方ないですね、こうなったらやはり私が王女槍術で戦うしかないようですっ!」
「ブヒッ、ブヒッ(好きだよなその王女何とかっての、今日考えたのか?)」
「勇者様が何やらブヒブヒ言っていますが……とりあえず覚悟なさいっ!」
「おっと、あんたはちょっと身なりが良いわね、ほら、興奮してないで高級な紅茶でも飲んで落ち着きなよ」
「あ、これはありがとうございます……はびびびびっ……麻痺毒……がっ」
「ブヒブヒィィィ(どうしてそんなに頭が悪いんだお前は?)」
頭が悪すぎて倒れてしまったマリエル、まさか攻撃を繰り出した瞬間に、相手がカウンターとして取り出した麻痺毒入りの紅茶を普通に飲んでしまうとは。
常識では考えられない馬鹿具合を発揮したマリエル、それから後ろで倒れている3人のせいで、もはや立っているのは豚野郎と化したこの俺と……それから聳え立つ2本の棒、竹馬である。
当然その竹馬の上にはリリィが、こちらの様子を見下ろしながら、竹馬から器用に両手を離し、腹を抱えて笑っているのであった。
リリィはここまで戦闘に参加してはいないのだが、それこそ戦闘と呼べる行為をまるでしていないような状況につき、参加のタイミングを逸しただけなのであろう。
もちろんこの不毛な、馬鹿げたバトルに参加することには、一切の意義がなく全くの無駄であるということも、もしかしたらわかって……リリィのことだからそれはないか……
「さて、残ったのはそこのガキんちょだけみたいね、お姉さんがお仕置きしてあげるからサッサと降りて来なさいっ! てか何で他人様の部屋の中で竹馬なんかに乗ってんの? 馬鹿なの? どんだけ頭悪いの? ねぇっ?」
「キャハハハッ、何か面白いですねっ、あ、ちなみに降りませんよぉ~っ、私はこのままバトルするんです、だってこれならトラップとか踏んでも大丈夫だし」
「……ん、設置したのが全部無効」
「この卑怯者! 降りろっ! 降りて自分の足でトラップとか踏みなさいっ! あんたさえ倒れればもう私達の勝ちなんだからっ! ほら早く降りてこの連中みたいに馬鹿を晒してよっ、ねぇっ、馬鹿なんだからそのぐらい出来るでしょ? この豚野郎ほどじゃないにしても馬鹿は馬鹿なんだからっ!」
「知らな~いっ! それじゃあいっきま~っす!」
「あ、ちょっと待ってそんなんで突撃されたら……ひゃぁぁぁっ!」
「……あ~れ~っ」
「よっしゃっ、でかしたぞリリィ……っと、喋れるようになったか」
竹馬に乗ったまま、床のトラップを蹴散らしながら突撃したリリィ、ゲスロリとカスロリの2人は吹っ飛び、そのうちカスロリの意識がこちらから逸れたことで、俺に掛かっていた豚野郎術式の効果も途切れたようだ。
で、もちろん竹馬で蹴散らしたぐらいではKO出来ていないのだが、ここからは俺とリリィ、2人で攻撃を仕掛けていけばもう何の問題もない。
床に所狭しと並んでいた即死トラップも、リリィの活躍によって大半が排除されたことだし、俺も十分戦闘に参加出来そうである。
静電気にやられたままのカレンとマーサをそっと剥がして床に座らせておき、聖棒を構えて攻撃の姿勢を取った。
同時に『聖棒の何たるか』を知っている様子のゲスロリがギョッとした表情を見せたが、ここまでしてしまった以上、聖棒攻撃ナシで許してやるようなことは出来ない。
「さてと、リリィはカスロリの方をもう一度攻撃してやってくれ、俺はまずこっち、ゲスロリを成敗しておく」
「クソッ! クソッ! もうちょっとで勝利だと思ったのにっ! 勇者パーティーを撃退して、ご褒美のお菓子2万年分をゲット出来ると思ったのにっ! そこのクソガキドラゴンのせいよっ! 馬鹿の分際で! 帰れっ! お前なんかもう帰れっ!」
「え~っ? ご主人様、私達って招待されたんじゃなかったんですか?」
「そのはずだぞ、だがそうやって呼ばれて来た客人にこのような態度を取るとは……ジェーン、このロリはどう始末を付ける?」
「え~っと、まぁ、その、通常であればお仕置きとして正座500年が科せられるかと……でも戦闘中なのでその限りではありませんが」
「そうよっ、戦闘中なら何をしても良いの、客をディスることぐらい、お仕置きになんか値しないわ、そんなこともわからないほどに馬鹿なのねこの異世界チンパンジーは、バーカバーカ!」
「しょうがない奴だな、まぁ良い、それなら俺からキツめのお仕置きをプレゼントしてやろうか、まずは聖棒でチョップしてやるっ! オラァァァッ!」
「ひぃぃぃっ!」
「逃げんじゃねぇオラッ! 成敗! 成敗! 成敗!」
「ひぎぃぃぃっ! ひょえぇぇぇっ! あうぅぅぅっ!」
ゲスロリを追い掛け回し、次から次へと聖棒による攻撃を加えていく、それと同時に、逃げ回ったことによって部屋の中に残っていたトラップを踏み抜いているから、それも追加的なダメージとなっているようだ。
そしてリリィの方は竹馬のまま、あまり動きの速くないカスロリの方を蹴飛ばし、転がして遊んでいる。
全く表情が変わらず、悲鳴を上げたりもしないカスロリだが、一応ダメージは入っているらしく、徐々にボロボロしてきている感じだ。
俺の方もしばらく攻撃を続け、ゲスロリの動きがかなり弱弱しくなってきたところで、一旦手を止めて降伏のチャンスを与える……
「オラこのロリガキめ、そろそろ白旗を揚げたらどうだ? このまま攻撃を受け続けるか、それとも早めにお仕置きの方へ移行するか、どっちが特になると思う? 馬鹿だからわかんないかな~っ?」
「くぅぅぅっ、降参なんか絶対にしないわよっ! カスロリ! ちょっとブチ転がされてないでこっち来なさいっ! おばあ様を呼び出すわよっ!」
「ん、わかった、そっち行く」
「あっ、待てぇぇぇっ!」
与えてやった降伏のチャンスを活用せず、無駄な反撃をしてくるつもりらしいゲスロリと、それに乗ってどうにかリリィの嵌め技から脱出したカスロリ。
呼び出すのは『おばあ様』とのことだが、この2人の直系尊属でも現れるというのか? いや、もしそんな奴が居るのであれば、最初からこの場に登場して、2人のサポートをしたりしていた方が良かったはず。
おばあ様というぐらいだから歳も重ね、その分賢さも高まっているのであろうから、それをしないのが、呼ばれるまで待機しているのがとんでもない無駄だということは認識しているであろう。
もちろんそれが本当におばあ様であって、この2人が勝手にそう呼んでいるに過ぎない、何か別のモノではなかったと仮定した場合なのだが。
で、並んで立ったピンクと白のゴスロリ衣装がクルクルと回り、何やら儀式めいたことを始める。
呼び出す、というかこれは召喚の類だな、やはり『おばあ様=この2人の祖母』というわけではなく、何か別の存在であるようだ……
「ハァァァッ! マジカルゥゥゥッ!」
「……マジカル大召喚」
「出でよっ! 我らがおばあ様!」
「……力を貸して」
「おっほぉぉぉっ! 何か光りましたよご主人様! しかも何か居ますっ!」
「クッ、眩しくて見えないが……やはり召喚獣かっ?」
「いかにもっ!」
「あ、何か喋ったぞ、すげぇ年寄りの声だな、何者なんだ一体?」
「良くぞ聞いた、我が名は『魔法老女アンプリティエイジング』、全系統を極めし古の魔導師である」
「まっ、魔法老女……単なるババァじゃねぇかっ! てか何だよその服装は? ねぇっ、そのハートみたいなの付いた魔法のステッキも何? キモいよっ、恥ずかしくないのその歳で?」
「古の魔法業界ではこのスタイルが通常であった、最も、我ももう少し歳若かったがな……全盛期は17歳であったか……」
「十代でやめろやその格好はぁぁぁっ!」
光の中から出現したのはしわくちゃのババァ、しかもピンクと白を半々で用いたような、いかにもな感じの魔法少女……魔法老女である。
手に持ったピンクのステッキにしても、明らかに女児向けの玩具のような、とても実用性があるようには見えないもの。
そして腰は若干曲がり、手足も細く立っているだけでやっとではないかという……いや、何であろうかこの感じは……魔力が、セラやユリナ並の強大な魔力が感じ取れるのだが……それはこのババァが有しているそれなのか……
「ちょっ、リリィ、コイツはとんでもない召喚獣だぞ、2人で戦えるかどうか……」
「とりあえず降りますね、ほっ、しょうがないので2人でやっつけましょう、結構強そうですけど」
「フフフッ、この魔法老女に2人で勝てると、そのような考えは早く捨てた方が良い、たとえ異世界勇者であれ、ドラゴンであれ、古の魔導師という存在の大きさに勝てるはずがなかろう」
「さぁな、やってみなくちゃわからないだろ、案外俺達の方が強いかも知れないぜ、若いからな」
「若さだけで突っ走って後悔したことが我にもあるっ……例えば、一度決めたら何万年経ってもチェンジ出来ないこの魔法衣装などだな」
「やっぱ後悔してんのかその格好は……」
物理的なやり取りでは確実にこちらが上、なぜならば敵はヨボヨボのババァであるためだ。
しかし魔法という点からすれば、おそらく数千年に渡る研鑽を積み上げたババァの方が上。
というか俺もリリィも、魔法という魔法を使うことが出来ないのであるから、ぶつかり方によっては向こうが有利になってしまうようなパターンも考え得る。
どうにか俺とリリィが有利となるかたちに持っていきたいのだが……魔力だけでなく、賢さの面でもこのババァの方が俺達よりも圧倒的に上だな。
頼みの綱の精霊様、おそらく唯一このババァよりも賢さが高いキャラは、賢くとも馬鹿でああったため未だ麻痺毒の影響下にある。
さて、どうしたものかといったところだが、ここは本当に若さだけで突っ走る、いや突っ込む以外の選択肢がなさそうだな……




