960 ここでも
『うぇ~いっ!』
『うぇいうぇ~いっ!』
『うぇいうぇいうぇ~いっ!』
「……ホントにうぇ~いって言ってんな、何なんだよ一体?」
「きっとうぇ~いな人材ばかりを集めた業者が、中で泉を元の状態に戻そうとしているんですよ、そんな業者が本当に居るのかはわかりませんが、ねぇジェシーさん」
「そういうおかしな業者、魔王軍は使わないと思うのですが……」
「まぁ、ですよね、となると……」
明らかにうぇ~いな感じの業者が、おそらく回復の泉の沸き立つ場所へ潜り込み、そこに流れ込んだ魚だの半魚人だのの死体を清掃しているとみえる現在の状況。
しかしそんな信用ならない業者に、魔王軍ともあろう組織が仕事を、しかもそんな重要な業務を請け負わせるとは思えないのである。
そんな連中がもし原泉を破壊してしまったら、温泉の素のように、単なる井戸水を回復の泉とするための薬剤を添加する魔導装置にふれてしまったら、それはとんでもない事態となることはもう明らかなためだ。
ここで考え得るのはふたつ、まずひとつはその『うぇ~いな感じの連中』が全く関係がないどこかの馬鹿者共であり、今回の復旧工事とは全く関係のない何かをしてうぇ~いしているということ。
そしてもうひとつ、こちらが最も恐れるべき事態なのであるが、春先に新しく社会人になったり何だりと、とにかくわけのわからない連中がバイトや社員として加入し、それが大暴れしてしまっているという可能性だ。
もし後者であればとんでもないこと、あの王都の武器屋だの魔法薬ショップだのに入り込んだバイトテロリストでさえあのような状況であったのだから、魔族がそれをすれば、その『テロ』の規模はさらに大きく、影響も甚大なものとなることが容易に想像出来る。
というか、もしかするとあのバイトテロリストが、人族の身でありながら魔族の業者に紛れ込んでいるのでは?
そう思ってしまうほどに、あの馬鹿気た連中のインパクトは大きなものであったのだ……
「勇者様、とにかくあのうぇ~いがどんなうぇ~いなのかを調べるべきよ、そうしないとちょっとヤバいことになるかも知れないわ」
「だな、セラの指摘通りだ、ここはひとつ、余計な動きにはなってしまうが、『うぇ~い調べ』をしておかなくてはならないと思う、皆はどうだ?」
「そうですわね、回復の泉が使えなくなるのは非常に痛手なので、ここはリスクとなり得るもの、つまりうぇ~いを排除するなり、それがこの泉の件と無関係であることを確認するべきですの」
「それと、もし無関係であったとしても、うぇ~いな奴等は殺しておかないとならないわね、私達の与り知らぬところで、勝手にパーリィされて大変なことになるかも……というか確実になるわね」
「うむ、じゃあ決まりだな、ちょっと選抜メンバーでこの回復の泉の……大元の部分へはどうやって行くべきなんだ? 業務用の通路とかあるのか?」
「え~っと、確かこの辺りにあったと思ったんですが」
「何だジェーン、何か隠されているのかそこに?」
「ええ、侵入者からは絶対に見えないようにしている分、私達も見つけるのが大変なのですが……あったっ、バックヤードの入口です、ホントはスタッフオンリーな場所なんですが、事情が事情だけにそんなこと言っていられませんね、どうぞ中へ」
「お、おう……案外システムがしっかりしているんだな魔王城ってのは……」
回復の泉とはまた別に、壁が動くことによって出現した通路のようなものは、俺達の歩いている一般用の進軍ルートに並行するようにして走る、かなり小さなトンネルであった。
完全に壁の中に埋没されていて、広さとしては4人、いや3人が限界であろうといったところ。
そしてそのトンネルから伸びる脇道は、きっと魔王城を維持するための設備の、それぞれの重要な部分へと繋がっているのであろう。
早速メンバーを選定していくのだが、まずは俺が1人、パーティーリーダーとして行かなくてはならない。
そしてもしも狭い隙間に入らなくてはならない場合などに備え、一番体の小さなカレン、これは妥当な選択だ。
そして最後の1人、ここは単に『うぇ~いな連中を殺害したい』というだけの精霊様が立候補してくる。
まぁ、水源を調べるということもあって、『その他の理由』をもって精霊様を連れて行くのも悪くはないか……
「よし、じゃあメンバーも決まったことだし、とっとと行ってどうにかすることとしよう、行くぞカレン、精霊様、あとジェーンも当然来いよな」
「あ、え、私もですか? あの、暗くて狭い場所は苦手でして……特にその脇道を入った辺り、凄く狭いからイヤでして……」
「そうか、じゃあジェーンは一緒に来てくれないと、そしてこの戦いが終わった後、俺達への協力を拒否した罪で、クソほど狭い箱の中に封印されて、真っ暗な中で刑の期間を終えるまで待つと、その方が良いということだな?」
「ひぃぃぃっ! それは勘弁して下さいっ! 行きます、行きますから私!」
「よろしい、では行くとしよう、カレン、先頭を任せたぞ」
「わうっ、ちょっと臭いけど頑張ります」
暗くて狭い場所が苦手、つまり暗所恐怖症であって閉所恐怖症であることが発覚したジェーン。
まぁ、ガチでかわいそうなのでそれ系統の責めをするのは、相当に聞き出したい何かがあるときだけとしておこう。
で、凄まじい腐臭は先程の『回復の泉1』と比較してかなりマシな感じであるこの『回復の泉2』であるが、元々がどうこうというわけではなく、片付けが進んだことによって、徐々に本来の神聖な力を取り戻しているに違いない。
しかしそうなっている、そう変化しているということは、少なからず業者による清掃がなされているということなのだが……だとしたら聞こえてくる『うぇ~い音』は何だというのか。
もしかすると過去に魔王城へ突入し、志半ばにして倒れた『うぇ~い冒険者パーティー』の霊かも知れないし、その怨霊が俺達の侵入に反応し、興奮するかたちでうぇ~いしているのではなかろうか……なども考えたが、明らかにあのうぇ~いは生者のものである。
そんな感じの予想をいくつか立てながら、ジェーンが指し示す方向に向かうカレンと、それを追って狭い通路を進んで行く俺達。
侵入者が入って来ることは想定していないため、トラップもなければ敵も出ない、非常に快適な道だ。
だがその分アイテムも落ちていないし、もし落ちていたとしても、どこかの魔族、それも下っ端野郎の落し物である。
地面に落ちていた身分証ケースのようなものを拾おうとしたカレンに、それは汚いから触れるなということ、そして鍵や財布以外のドロップアイテムには、この場においては手を付けないようにと忠告しておく……
「あ、また何か落ちて……っと、この壁の向こうでうぇ~いしていますよ、道で行ったらもうちょっと掛かりますけど、どうしますか?」
「ほう、この先は……おいジェーン、壁の向こうには何があるんだ?」
「ズバリ、回復の泉の水源です、というかこの壁、厚さ5mあるはずなんですが、どうして中の音が聞こえたりするんでしょう?」
「わうっ、耳が良いからです」
「もはやそういう問題ではないような……」
まるで原子炉ではないか、そうツッコミを入れたくなる程度には厳重な管理がなされている様子の『回復の泉の水源』、壁は破壊しない方が良いであろうな。
しかしそんな厳重な中に、適当に流してしまった半魚人や腐った魚の死体などが流れ着いたり、そしてカレンの主張が正しければ、うぇ~いな連中が入り込んでしまっているということ。
厳重なようで詰めが甘く、最終的にはその『厳重』の効果を全て無に帰すほどのとんでもない瑕疵が見つかってしまう。
魔王軍もそうだが、この世界の人間、もちろん人族も魔族もだが、そういったミスが多すぎる気がしなくもないのだが……まぁ放っておいてやるべきか。
で、俺達はそのうぇ~い音がする水源へ向かうため、かなり入り組んでいる通路のマップをジェーンから借り、その行き道を探った……
「ここをこう、それからこう通って……う~む」
「ご主人様、ここは壁を壊した方が近道です」
「なるほどなるほど、それで……どうしたカレン?」
「……うぇ~いが出て来ました、『お昼うぇ~い』みたいなことを言っています」
「昼休憩か……どこで止まりそうだ?」
「ここに移動しました、この広い場所に……座っちゃいましたね、うぇ~いって言ってる人が5人と、あとは何か喋らない人達です」
「ほう、じゃあここを突っ切って……うむ、すぐに到着することが出来るぞ、ジェーン、もちろん壁は破壊しても構わないんだよな?」
「え? そんな、ちょっとまっ……あぁぁぁっ!」
ショートカットのため壁をブチ抜いていくと、その度に後ろで悲鳴を上げるジェーン。
もはやそういう反応をするだけの人形のようだが、それが徐々に青ざめていっているのもわかる、そういう仕様なのであろう。
そしてまっすぐに、うぇ~いが昼食のための休憩をしているという広場へ向かった俺達。
最後の一枚の壁をドーンッと破壊すると、まずはその真下に居た魔族のおっさんが、瓦礫の下敷きとなって死亡した。
で、壁に空いた穴から出て、その広い部屋の様子を見渡すと……まず目に付いたのは魔族の……これが業者の連中か、今うっかり殺してしまったのもそうであったようだな。
いやそれは良い、それは別にどうでも良いのだ、問題となるのはひとつ、いや5匹の馬鹿である。
なんと人族の、それも王都で散々迷惑を掛けてきたようなタイプのチャラチャラしたうぇ~いが、昼食の弁当を撒き散らして盛り上がっているのだ。
うぇ~い共は当然こちらの様子に、俺達が壁をブチ抜いて侵入してきたことに気付いていない。
一方の魔族は、業者として使うのであろう工具を手に取り、ジッとこちらの様子を窺っている……
『おっ、お前等は何者だ?』
『うぇ~いっ!』
「俺達か? 俺達はこの魔王城に招待されてやって来たゲスト……ゲスト敵の勇者様ご一行様の俺様だ」
『うぇ~いっ!』
『……となると、回復の泉の工事はお前等のためになされているということだな?』
『うぇ~いっ!』
「まぁそういうことだ、で、そこのうぇ~い共、ちょっと黙らせない? いちいち間に挟んできて鬱陶しいんだが」
『うぇ~いっ!』
「いや、この連中は人族の協力組織から預かったボンボンの子弟で……社長から殺すなと言明されている」
『うぇ~いっ!』
「またこのパターンかよ……」
『うぇぇぇぇぃっ!』
どうしてこうなってしまったのか、それについてはわざわざ考えたり、質問してみたりもすることなく、既に明白なことである。
この魔族の業者が善なのか悪なのかはイマイチわからないところだが、とにかくこの金持ちの子弟であるうぇ~い共によって迷惑しているということだけは確か。
で、その迷惑極まりないうぇ~いはというと……先程から少し静かだと思ったら、なんと付いて来てしまっていた『pootuber』を発見したようで、無駄に追い掛け回しているではないか、良い度胸である。
そもそもこの連中、非戦闘員の人族なのであって、もし本当にここに居る誰かの怒りを買ってしまった、押さえようのない衝動によって、攻撃をしないよう抑制する気持ちのタガが外れればどうなるか。
おそらく今現在、調子に乗って追い掛け回しているpootuberによってでも、一撃でその馬鹿の全てが、グチョグチョでブッチュブチュのご遺体と変わり果てるのだ。
そしてその程度のことは、ほんの少しだけ頭を使えばわかることのはずなのだが……この馬鹿共については例外であったか、温室育ちの度が過ぎており、本当の、日常の中に潜む恐怖というモノを知らないのである。
その恐怖の源泉が人族よりも遥かに強い力を持つ魔族なのか、それともそんな魔族など相手にならないほどに、凄まじい力とそれを行使する権利を持ち合わせたこの俺様なのかに問わずだ……
『うぇ~いっ!』
「……全くうるせぇな、それで、泉の復旧工事の方は進んでいるのか?」
『いえ、奴等に邪魔されてほとんど……死体とかは片付けたのですが……』
「スンスン……ご主人様、この人達、本当にお片付けしたんですか? それにしてはまだ臭いです」
『そんなっ確かに死体は臭い止めの魔法を施して……あぁぁぁっ!?』
『うぇ~いっ! 秘儀、必殺ゴミ箱から拾った魚!』
『パねぇっ! マジでゴミ箱の魚調理しやがったっ! うぇ~いっ!』
『ギャハハハッ! 腐ってんじゃんそれっ!』
『おーいっ! こっちにまだあんぞその魚っ!』
『うぇ~いっ! うぇいうぇ~いっ!』
『奴等め、どうしてあのようなことを……我々は単に押し付けられただけだというのに、どうしてこんな……』
「あ~あ、もう殺すしかないわよあいつらホントに、この業者がかわいそうだわ……さっき死んでしまった奴はナシとして」
「そうだな、それについてはすまんかったが、この状況においてはかわいそうだと思っておこう」
『……いえ、さっき死んだのは無能雑魚でして、死んでくれてありがとうと、今日は何てツイているんだなどと一瞬思ったのですが、この馬鹿共によってブチ壊しにされました』
「・・・・・・・・・」
そんな話をする業者のリーダーになど目もくれず、うぇ~い共はpootuberを追いかけている。
その手に持たれているのは『寿司の皿』、上に乗ったその寿司のネタは、なんとゴミ箱から拾った、例の腐った魚である。
さらにシャリについては、弁当として持ち込んでいた業者全員分の、およそ数日分の米を全て使い果たしてそれにしてしまっているのだからアレだ、非常にもったいない。
で、馬鹿共はpootuberを追いかけ、捕まえて何をしたいのかというと……どうやら自分達がpootuberに取って代わりたいようだな。
いや、決してケツから撮れ高を噴出したいというわけではなく、単に動画を撮って有名になることに憧れており、人族の魔導技術では到底手に入らないその撮影機構を、pootuberから奪って自分達のものにしてしまいたいのだ。
こいつら、一見ふざけて、ふざけ尽くしているように見えるのだが、行動としては完全に一貫して、自分達が利益を得る方向へ、楽しさを得るために他者に迷惑を掛ける方向へと進んでいるようなのだが。
そんな迷惑系の馬鹿共に、これ以上好き勝手させてはならない、そしてこの馬鹿共を、生きてここから出すようなことをしてはいけない。
きっと業者の連中は、金を受け取っているこの業者の社長から、うぇ~い共を大切に、丁重に扱うよう指示されている、それは王都でバイトテロの被害に遭っていた店と同じなのであろう。
だがそのときと唯一違う点、それはこのかわいそうな業者の連中が、この後どうなろうと俺達の知ったことではないということだ。
王都のいつもりようしている店が、怒った貴族だの何だのによって潰されてしまうのは非常に困ることなのだが、今目の前似るかわいそうな業者、それが潰されようとも、そしてこの現場の人間が殺されようとも、俺達には完全なノーダメージなのである。
まぁ、もちろんそれは『回復の泉の復旧が完了している』ということを前提としての話なのだが。
むしろそれさえやって貰えれば、もう容赦なく俺達のやりたいようにやることが可能であるということだ。
早速馬鹿共を、pootuberを追いかける雑魚共をさらに追いかけるかたちで後ろに続き、その腐った魚の臭いを我慢しつつ後ろから飛び掛った……
「うぇ~いっ……あぐっ!?」
「おいテメェ、調子乗ってんじゃねぇよオラァァァッ!」
「ちょまっ、これ異世界勇者じゃね?」
「やべぇ、異世界勇者超キレッキレなんすけど」
「マジで頭悪そ~っ、うぇ~いっ」
「おい、マジでお前等何のつもりだ? 殺されてぇのか?」
「そうよ、勇者とかじゃなくてこの私もこの場に存在しているというのに、そんな場所でうるさくするなんて不敬の極みよ」
「やべっ、水の精霊とかってのもキレた、やべぇ~、担任のババァよりこえ~っ」
「おいおい、アイツはお前のパパのパワーで左遷したっしょ、もう居ないっしょあのババァ」
「やべっ、ババァ居なかったしあのババァ、ざまぁ~っ、で、精霊とかもざまぁ~っ」
「ぐぬぬぬっ、どこまでもこの私を侮辱して……」
『ちょっと、やめて下さい、その馬鹿共を殺されたら我々の命まで……』
「うるさいわねっ! それとも何? あなたも今この場で死にたいわけ? それならそうと言いなさいよ」
『ひっ、ひぃぃぃっ!』
さすがにこの場で殺されては敵わないと、業者の連中は精霊様から距離を取り、唯一攻撃してくる可能性のない、そんな感じのオーラを放ったまま呆れているジェーンの後ろに隠れた。
ジェーンは戦闘員ではないものの、上級魔族であるという時点でそこそこ信頼が置けるのであろう、で、精霊様を小馬鹿にしたうぇ~いと、遂にpootuberからその魔導装置を奪い、それを用いて俺を徴発するうぇ~い。
まずはそこから始末していくこととしよう、見せしめとして、残りの3匹にもその無様な死にっぷりを見せてやるのだ……
「うぇ~いっ! これで俺も『tuber』だぜぇ~っ、うぇ~いっ、初撮影は勇者うぇ~いっ!」
「そうかそうか、俺を撮ってくれるか、で、お前の最初で最後の投稿は、『ガチでやべぇ勇者に喧嘩売った結果』だ、撮りながら死ねっ!」
「はっ? 俺の家柄を知ってそんなことを……あっ、ギャァァァッ!」
「さてと、あんたも死になさい、初投稿は……そうね、『遊泳禁止の聖なる泉で泳いでみた(死亡)』にしなさい」
「はぁっ? ながぼぼぼぼぼっ……」
馬鹿共のうち2匹を片付けた俺と精霊様、その様子を見て本能的に恐怖したのか、残りの3匹は完全にフリーズし、うち1匹は静かにウ○コを漏らしている。
ひとまずこいつらを殺す前に、その話を聞いておくこととしよう、何やらストーリーに関与してきそうな感じだからな……




