954 突入
『ヒャッハーッ! 今日は敵兵が居ないぜぇぇぇっ!』
『その代わり門の向こうに一般人が居るぜぇぇぇっ!』
『殺せっ! 殺せ殺せ殺せぇぇぇぃっ!』
「フンッ、今日も今日とて集ってやがんな、だが貴様等の蛮行もこれまでだ、喰らえっ、勇者ビィィィムッ!」
「あら勇者様、目からビームを出せるようになったのねっ」
「そうなんだ、最近編み出した必殺技だ、追加ビィィィムッ!」
「凄いわね、でも全然効いてないわよ」
「あぁ、ただ光るだけだかんな」
「……さて、普通に倒しましょ」
いつの間にか習得していた『勇者ビィィィムッ』であるが、これは未だ曲芸の域を出ず、何の役にも立たないただ光るだけの攻撃……いや攻撃ですらない。
で、最初から特に期待などされておらず、やはりそうであったかという反応を見せる民衆の声を後ろから受け、今度は本当に、目に見えるかたちで敵を殲滅していく。
聖棒のひと振りで敵魔物100体、セラとユリナの魔法で遠くの魔族を30体など、これまで兵士や冒険者達が苦戦していた敵に対して、俺達の圧倒的な力で一方的な死を押し付ける光景を、王都の一般連中、主に『勇者て(笑)』というような反応を普段から見せている、馬鹿にしているような連中に見せつけてやる。
消滅していく敵集団、そして後ろから上がる歓声は、勇者パーティーのメンバーそれぞれの、自分が推しているキャラの名前を呼んでいる……のだが、どう耳を大きくしても俺の名前だけは聞こえてこない。
奴等め、戻ったら俺様のパワーについてキチッと教え込んでやらなくてはならないな、90分×15回の講義を基礎編と発展編、それから勇者崇拝編までの3セットで視聴させるのだ、もちろん有料である。
と、そんな金儲け兼大勇者様信仰の教えを広めるような算段を建てていると、ここで一直線に、魔王城まで繋がる道が開けた。
その最中には本当に何もなく、敵の死体などは消滅、生き残った者も必死になって逃げている様子で、誰も俺達の攻撃が通る、そして俺達が通らんとする場所へ近付こうとはしない……
「……よしっ、そろそろ前進しよう、次は両脇の、花道でも作ってくれるかのような敵を殺しながら、ゆっくりじっくり歩いて行くんだ」
『うぇ~いっ!』
「それで勇者様、魔王城の前に着いたらどうするわけ? いきなり攻撃しちゃう?」
「いや、まずは『門を破壊しても構わない』について聞いておこう、本当はそんなこと想定していなくて、後で責任を追及されたら敵わないからな、ここは慎重にいこう」
「ええ、お金が絡む話ですからね、しかも極めて金額の大きい……」
敵の強さよりも何よりも、魔王城のエリア内に入るための巨大な入り口、現在はその門が閉じられた状態なのだが、そこを破壊してしまうのはどうかという疑問がある。
もしかしたらずっと前の魔王から引き継がれた、非常に歴史的価値の高いものなのかも知れないし、その辺の壁を破壊するかの如く扱って良いものなのかどうなのか、俺達には判断が付かないのだ。
それに『招待されてやって来た』という名目上、いきなり攻撃を加え、城を破壊するのは如何なものか。
きっと失礼に値してしまうに違いない、そんなことをすれば後々の講和は遠のくばかりである。
ということで少し情けないのだが、ひとまず門番をしている敵に、始末される前に少し教えてくれというかたちで質問し、攻撃の承諾が得られるかどうかを確認して貰うのだ……
「死ねやオラァァァッ!」
『ギャァァァッ!』
「ケッ、何の手応えもねぇ連中だな、もう殺すのも面倒だからテメェで死ねや、その方が楽かも知れないぞ」
「グググッ、攻撃隊隊長のこの俺がっ、最後の突撃を敢行してやる……皆の者、しかと見届けよっ!」
「何を叫んでんのかしらあの上級魔族は?」
「知らん、殺していいよ」
「そうね、じゃあサヨナラ」
「ひょげぇぇぇっ!」
『あぁっ! 隊長がズタボロの雑巾みたいにっ!』
『お終いだ、この攻撃隊は壊滅だ……』
『逃げろっ、逃げるんだ、もう魔王軍なんぞ知らんっ!』
『そうと決まれば即トンズラだっ、ウォォォッ!』
「誰が逃がすとお思いですか? 死んで下さいませ」
『ギャァァァッ!』
魔王城入口へと向かう道中は、まさに虐殺ロードと表現して良いほどに一方的な、何の慈悲も有さない苛烈な行為によって血に染められる。
グチャグチャに潰れた魔物の死体、死に切れず呻き声を上げている魔族、それらをわざと踏み付けたりしつつ、俺達はまっすぐ、道なりに行軍していく。
途中にあるのは吸水ポイント、ではなく俺達のドライブスルー専門店、もちろん従業員は避難済だ。
しかしその避難の前に、俺達のためにドリンクと、それから軽食を残してあったらしいというのは、近付いてみれば容易にわかることであった。
それを手に取り、無料であることから禁止されている買い食いではないのでセーフだと確認しつつ、いよいよにして魔王城の前まで辿り着いた俺達勇者パーティー。
カタカタと震えている敵の門番、それが10匹程度である、あるのだが……いつもは下級、中級魔族であるところ、今回だけは特別に上級魔族を用意したらしいな。
混血でどの種族かもわからない、単に上級の血を引いているというだけの雑魚共ではあるが、賢さは低くない様子であるため、こちらからの質問事項にはキチンと答えてくれることであろう……
「きっ、来たな勇者パーティー……ここは通さんぞっ!」
「それを決める権利はお前等にはない、というか俺達は招待状を持って……屋敷に忘れて来たな、まぁ良いや、招待されているんだから通れるはずだぞ」
「いや、その招待は我々に勝利して、初めてここを通ることが出来るということだ、わかるか?」
「何だその面倒な感じは、ところでお前等、このでっかい門、破壊して良い?」
「そうはさせないっ、我が最後の一撃を喰らえっ、キェェェッ!」
「最初で最後とかどうなのマジで……」
既に殺られることを覚悟している様子の門番魔族のうちの1匹、コイツだけは少し度胸があるようだ。
で、剣を手に襲い掛かってきたその馬鹿に対し、まずはミラがカウンターで片足の甲から先だけ斬り落とす。
衝撃と、それからつま先を失ったことによって転倒する魔族、そこへリリィがやって来て、持って来た竹馬でその地面に投げ出されている手の先を……ブチッといってしまったではないか……
「ひょげぇぇぇっ! 参ったっ、降参するから勘弁してくれっ、ギャァァァッ!」
「面白いっ! こっちの手もフミフミしておきますね」
「なっ、のわぁぁぁっ!」
「リリィ、そのぐらいにしておいてやれ、そいつもブラック魔王軍の犠牲者なんだ、上級魔族なのに、体裁を保つためにこんな所に配置されて、かわいそうだから軽く潰してブチュブチュにしてやれ」
「はーいっ、じゃあブチュッと」
「ぶびょぅぅぅっ……ぶぼぱっ」
全身を竹馬で踏み付けられ、何だかもう色々と撒き散らしながらこの世を去った門番魔族。
その光景を見て逃げ出そうとしている奴と、それから固まってしまって身動きが取れない雑魚、反応は様々なようだ。
だがその上級魔族らの誰もが気付いていること、それは自分がもう、あと数分後にはこの世に居ないということである。
良くわかっているではないかと褒めてやりたいところだが、今はそれをしている時間ではない。
本当にこの禍々しい装飾の施された門を破壊してしまっても良いのか、その確認をしなくてはならないのである。
もちろんここの連中にそれを判断する権限など存在しないのだから、もっと上の、職権がモリモリの奴に取り次いで貰うべきだ。
ということでまずは、最初から最も逃げ腰であった上級魔族にしては弱そうな、というか弱い奴に対して、伝言が終わった程度の時間で上手く死に晒すような、その程度の威力の攻撃を加えていこう……
「おいそこのお前」
「はっ、はひっ!」
「情けねぇ面しやがって、ムカつくんだよお前みたいな奴は、ということでこうだっ!」
「ぶっちゅぅぅぅっ! かはっ……は、腹に穴が……あぁぁぁっ!」
「それで喋ることが出来るとは、そこそこの生命力だな、で、お前はあと5分で死ぬから、それまでにここまでやってきた悪行を懺悔して、ついでにちょっと偉い奴から『門の破壊についての可否』を聞き出して来い、良いな?」
「あっ、あぁぁぁ……」
「ダメね、そんな物理的なダメージを与えていたら、こういう状態になってしまって使い物にならないわよ、もっとこう、平気っぽいけど内部から破壊して、時間が来ると頭がボンッ、みたいな技でやらないと」
「すまんな精霊様、俺はそういった拳法を修めてはいないんだよ、一子相伝らしいからな」
「あらそう、じゃあ……そこの奴、はいお水」
「ごきゅぽっ……は?」
「それ、お腹の中でどんどん増えるから、あんたは5分後に、内側から水圧でパーンッてなるの、わかる?」
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
「で、それまでにやるべきことは……以下略ね、さっきの話を聞いていたんだったら早くしなさい、上手くいけば、私のご機嫌次第で助けてあげるかも」
「……⁉」
口から水を飲み込まされた魔族の1匹、今のところはまだダメージを受けているわけではなく、単に多めの水を飲まされただけに過ぎない。
そして助かるかも知れないという期待の下、特に苦しみを感じていないその魔族は、先程俺が別の奴に指示した内容を思い出し、すぐに城内へと駆けて行った……
「さてと、ちょっと待つ間にこの残りの連中を殺してしまおうか」
『ひぃぃぃっ!』
「はいはい、そちらに並んで下さい、火を点けるので燃料を掛けます、ちょっと冷たいですからね~」
「やめてくれっ、どうしてそんなことするんだっ?」
「敵だから、あとあなた達、ちょっと臭いのよね、ユリナちゃん、火貸してちょうだい」
「はいですの、じゃあ雑種上級魔族の皆さん、おつかれさまでしたの」
『アヂィィィッ!』
残りの門番をバーベキューにしてやった俺達、その直後、何やら見慣れないやけに太った魔族が、その後ろに高級な装備を整えた女性を伴って、魔王城内部の方からやって来る。
……と、単にデブなだけではないのか、先程精霊様が『ふえる水』を飲ませてやった魔族が、前進をパンパンに膨らませた状態で、責任者を連れて帰還したのだ。
で、後ろの女性魔族が責任者と、そういうことであろうな、なかなかお美しいお方ではあるが、なよなよしているうえに、死にかけの膨張した部下を見て非常に困惑している様子。
これなら簡単に篭絡して、こちらの意のままに操ってしまうことが出来るかも知れないな、だとしたら案内係でもさせて、途中でルートを外れたり、道に迷ったりしないよう付き添わせることが可能だ。
かなり緩い感じの細目で、髪の毛は緑がかった白、いや薄緑のような感じ、とにあかくオドオドして頼りない女性なのだが、ひとまず軽く脅して、こちらに従わせるように仕向けることとしよう……
「おいおい姉ちゃんっ、お前良いおっぱいしてんな、俺に触らせろげぽっ!」
「勇者様、こんな所で調子に乗らないの」
「す……すみませんでした……で、お前、この門番共の上司か?」
「あ、はい、私はこの……燃えてるぅぅぅっ!」
「ぼ……僕ももう限界……で、ぼふんっ!」
「ひぃぃぃっ! 破裂したぁぁぁっ! 何これ? 何ですかこの惨状はっ? ちょっと待って下さい、落ち着いて、落ち着いてどうするべきか考えて」
「考えなくても良い、痛い目に遭いたくなかったら……わかっているよなもちろん?」
「怖いっ! 無理ですっ、ちょっと私には無理ですっ、だいたい戦争なんてそんな……」
親指の爪を噛みながら、半泣き状態で『もう降りたい』というお気持ちを表明する女性の魔族。
そういう仕草をすれば許して貰えると思ってやっているのではなく、ナチュラルでこの動きが出るのだから凄い。
で、まずは巨大な門を破壊しても構わないのかと尋ねたところ、さすがにやめて欲しいとの返答。
次いでなぜやめて欲しいのかと問うと、後々に凄く責任問題になりそうだからという、何とも情けない返答があった。
追加で、どうしてそんな感じなのに、魔王軍の中でそこそこの上役などやっているのか、向いていないのではないかということも聞いてみる。
するとその魔族の女性は、自分でも向いていない仕事であるという認識があるということを認めつつ、そういう家柄なので仕方がないと、どうしようもなくやっているだけなのだと、今度は半泣きから大泣きに変わってそう述べた……
「うぅっ、仕方ないんですよ、大人になったらもう『お嬢様』じゃなくて『社会人』だから、それなりの地位にある仕事に就くようにってどちらも軍人の、魔王軍を退役した両親が……」
「で、このわけのわからない、最も追い詰められた時期に魔王軍なんかに放り込まれて、今は恐怖の敵集団の前で泣き崩れていると、そういうことだな?」
「は、はい~っ」
「どれだけかわいそうなのこの人は……」
他の魔族、というか元々そこに居た門番魔族は全て処分してしまったため、今は勇者パーティー全員で、このお嬢様魔族を取り囲み、ついでにそれぞれ武器も持っている状態。
さすがにかわいそうになってきたため、一旦包囲を止めて地面に座らせ、俺達もしゃがみ込んでの対話を試みることとした。
泣き止まないお嬢様魔族、俺達は招待を受けたとはいえ敵として攻めて来たというのに、どうして初級でこのような優しさに溢れる行動を取らなくてはならないのだ……
「それで、お前はこれからどうしたいんだ? 俺達が門を破壊することについての責任も取りたくない、部下を全て失ったことについては何も出来なかった……となるとだ、ここで何かしておかないと、魔王軍崩壊後に実家に戻ったときが恐いぞ」
「……そっ、そんなぁ~っ、だって私、この部署では№2だったはずなのに、それなのにいきなりトップを押し付けられて……びぇぇぇっ!」
「泣くなっ! うるさいから、あと俺達が何か凄く悪いみたいだから泣くなっ! で、そのトップに立つはずだった奴はどこへ逃げたんだ? 連れ戻せないのか? 死んだのか?」
「生きてますっ、というか死んだりしませんっ……でも捕まってしまって……あれ? 捕まえたのは確か敵の勇者パーティーで、ここに居るのは敵の勇者パーティーで……エリナ様を返して下さいよぉぉぉっ! びぇぇぇっ!」
「いやお前の上司エリナだったのかよっ!」
奴ならここからすぐ近く、王都の勇者ハウスでくしゃみでもしていることであろうと、そんなことは口が裂けても言えない。
まぁ、このお嬢様魔族がこんな状況に追い込まれる原因は、間違いなくそのエリナ……と、それからそのエリナを捕縛し、連れ帰ってしまった俺達勇者パーティーである。
仕方ない、ここはこのお嬢様を助けてやって、少しだけでも良いから活躍の方をさせてやることとしよう。
まずは門の破壊を必死になって止めた、それによって歴史的価値を持つのかも知れない、この巨大な物体が守られたと。
まずはこれで1ポイントであろう、次いでここから先、俺達を『招待客』として案内する係を務めれば、まぁそれなりに頑張ったことにはなるであろうな。
もちろんルートはこちらが指定した、最も魔王までの道程が短そうなもので、もしそこから外れた位置に何か、例えば中ボスなどを用意していた場合には、上手く調整して俺達のルートに誘導して欲しいところ。
きっとそのぐらいのことは出来るであろうなこのお嬢様魔族は、情けなく、完全な箱入り感を出してはいるのだが、それなりに知性的な一族であるようだから……
「それで、お前名前は何て言うんだ? てか魔族の中ではどういう種族なんだ?」
「私……私ですか? 私の名前はジェーン、色んな魔族を掛け合わせて生まれた、戦闘に特化した武家の長女です」
「へぇ~っ、じゃあお前強いの?」
「いえいえいえいえっ、滅相もございません、ほら、わかるでしょうその能力で? ね、私強くないです、力とかもイマイチだし、あとそちらの方のように風魔法とか、しかも杖の中に誰か居ますね、それにエリナさんに似た……というか元魔将と魔将補佐の2人ですね、とにかくそんな火魔法とか幻術魔法とか……あとそっちの女性、何やらこの世の者ならざる気配を感じますね、これは……神の類でしょうか? そちらに居る水の精霊の方の力と干渉してしまって良くわからなくて……」
「なるほど、そういう系統の強さなのか……確かに直接戦闘には向かないな、ところでジェーン、お前、暇なら俺達の案内役に任命してやっても良いぞ、一応招待は受けている身だからな」
「え~っと、敵の方にそんなことをしてしまっても良いのかという疑問は……ハッ! 頭の中に直接声がっ、これは副魔王様の指令ですね……あ、はい、喜んでやらせて頂きます、はい、はい、はい失礼します……え? いえ、泣いてませんホントです、敵の方にいじめられて……それも今のところは大丈夫みたいです、はい、ええ、畏まりました、はい~」
「……副魔王の奴、何だって?」
「えっと、案内係をしても良いそうです、どんどんトラップを発動させて、副魔王様の所まで辿り着く前にボロボロにしておけとのお達しでした」
「うん、それは俺達に言っちゃダメなやつだな」
「あっ、ひぃぃぃっ! ナシで、今の発言はナシってことにしておいて下さいぃぃぃっ!」
「・・・・・・・・・・」
これはボケの類ではなく、このジェーンというお嬢様がごく自然にやってのけていることだ。
そのフワフワお嬢様を案内係として、俺達はいよいよ魔王城の中へと突入する。
最初に出現したのは、マップで予習した通りの巨大な商店街、魔王城下町といった感じの場所。
所々から良い匂いが漂っているのだが、それはそれとして、今は攻略の方を先に……ダメだ、誘惑に勝てていない仲間の方が多い印象である……




