953 突入直前
「ふむ、もう招待状とやらが届いたのか、向こうもかなり急いでいるようじゃの、どれ、見せてみぃ」
「ほらこれだ、まぁ、俺以外の誰も読めない言葉で書かれているんだがな」
「何じゃと? ほう……これは異世界の暗号じゃの、前に古文書として見たものと似ておるわい」
「暗号じゃなくて言語な、で、内容については普通の招待状兼果たし状みたいな感じだ、可愛い字で『確実に打ち滅ぼしてくれよう』とか書いてあるぜ、笑っちゃうよな?」
「いや、相手の存在が存在だけに相当に恐ろしいのじゃが……まぁ、これで晴れて魔王城へ突入することが出来るということじゃな、気合を入れて、なるべく低予算で頑張るが良い」
「予算の方はどうにかしてくれよなマジで……」
この期に及んで金、というかコストにうるさいババァの言葉にイラつきつつ、ひとまずこれから本格的な作戦を立て、数日中には魔王城へと向かうことを告げて王宮(仮)を出る。
招待状兼果たし状には特に期限など設定されていないようだし、まぁ、普通にそこそこ時間を空けないように気を配れば良いのではないかといったところだ。
で、魔王城内での物資の補給が、くだらない会議によって決まったくだらない『買い食い禁止』のルールによって制限されてしまっているのが問題である。
まずは出発前、それなりに長時間戦えるだけの用意を済ませ、もちろん事前の買い出しをキッチリとしておかなくてはならない。
食料は奪うなどして現地調達も可能かも知れないが、魔法のアイテムについては、もしかしたら魔族にしか向かない性質のモノばかりということもあり得るのだ。
屋敷へと戻った俺は、すぐに買い出しチームを編成して、そのまま……と、もう夜なので買い物は出来ないな、この世界においては未だ、24時間営業の店というのは非常に少ないのだから……
「……と、いうことでだ、明日は俺とミラ、カレン、ユリナの4人で買い出しへ行く、他の者は全員、それまでに『欲しいモノ要求リスト』を作成して買い出しメンバーの誰かに渡しておくように、以上!」
『うぇ~いっ!』
「ちなみにマーサ、バナナはおやつに含むこととされたから注意しておけ」
「え~っ!」
「すまんが決定事項だ、苦情の方はこれを決定しやがった馬鹿共に頼む、王宮(仮)へ行けば会えると思うぞ、殺しても良い」
「後でとっちめてあげるわ、でもバナナはおやつじゃないし、沢山持って行こっと」
出発前からルール違反を宣言してくるマーサ、強いので怖いものなしなのは良いが、後でブツブツ言われるのが俺であるということも少し考慮して欲しいところ。
で、それ以外のメンバーはやはりおやつと、それから回復アイテムや武器のメンテナンスをするためのアイテム、あとは万が一に備えた脱出アイテムなどの要望が多かった様子。
後で全てについて仕分けして、不要なモノであると判断したら即座に却下、もし微妙な判定のモノがあった場合には、要求者本人を呼び出して意見を述べる機会でも与えてやることとしよう。
で、リストを運んでいる最中、早速必要なのか不要なのかわからないものを発見してしまった、いや、おそらく不要であるのだが。
要求者であるリリィが欲しがっているのは『竹馬』である、もう意味がわからないのだが、もしかしたら何か凄い作戦が隠れているのかも知れない。
まぁ、どうせ遊びで使いたいだけなので却下となる可能性は極めて高いのだが、せっかくなので検討中リストに入れておいてやろう。
それ以外には……精霊様が書いたと思しき『酒の風呂』は直ちに却下しておこう、魔王城突入どころか、冒険と一切関係のないアイテムであり、自分の金でやって欲しいところだ……
「え~っと、これも必要ですわね……あ、ご主人様、皆の要求以前に、確実に買っておかなくてはならないものをリストアップしておかないとですの」
「そうだな、その前にこれらの判断に迷うモノをだな……まずはリリィから呼び出そう、放っておくとサッサと寝てしまうからなあいつは」
「あ、じゃあ私が連れて来ますね」
「おう、ついでにカレンも戻してやってくれ、もう寝ているのか起きているのかわからんぞコイツは」
「わぅぅぅ……」
「わかりました、ほらカレンちゃん、行きますよ」
「ぅぅぅ……ZZZZZ……」
ここでリタイヤしてしまったカレンを引き摺って出て行き、こちらも眠そうにしているリリィを引き摺って戻って来たミラ。
早速リリィに対し、どうして魔王城攻略に『竹馬』が必要なのかを問い質してみたところ、意外な答えが帰って来た。
なんとそれを使って高さを確保し、攻撃の射線に入る範囲を伸ばしたいという、もっともらしいものであったのだ。
これはさすがにアレだ、いくらアレな作戦とはいえ頭ごなしに否定するわけにもいかない。
だが竹馬である必要があるのかといえばそうではないし、最悪マーサにでも肩車させればそれで良いのではないか。
そう告げてみて、実際のところ凄く邪魔になりそうな竹馬について諦めさせようと試みるのだが……なかなか首を縦には振らないリリィ、案外その効果に期待を寄せているらしいな……
「リリィちゃん、ほら、竹馬は高価だから、缶ポックリで我慢しましょ」
「いいえ、ここは竹馬一択です、何といっても高さが違いますからね、5mですよ5m!」
「いや、どんな竹馬想定してんだ」
「仕方ないですわねぇ、ちょっとエリナを呼んで来ますの、造らせればタダですわよ」
「う~ん、まぁそうするか」
「やったーっ!」
「だがリリィ、もし戦闘の際に邪魔になったら放棄するんだぞ、あと室内はダメって言われるかもだし、その場合は玄関の傘立てにでも立て掛けておくんだ」
「はーいっ」
「普通に敵の指示に従うのは問題だと思いますが……まぁ良いや、じゃあこの間にこれとそれと、あとこのアイテムも必要になりそうですね、バッグひとつ埋め尽くすぐらいに用意しておきましょう」
結局巨大な竹馬はエリナに造らせることによって、『魔導』の名をを冠する凄く良いモノが出来上がった。
そっと請求書を差し出すエリナに対し、握り締めた鞭を振り上げることによって取り下げさせたため、コストの方は実質ゼロだ。
あとはなるべく『1列に99個まで』入るタイプのコンパクトな回復アイテム等を用意することとし、それで翌日の買い出しへと向かった。
ダニ、ノミ、シラミ事件からそこそこ時間の経った王都内は、中心部のとんでもない状態になってしまった部分を除いてそこそこの活気に包まれている。
また、先日の副魔王による奇襲においては、民間人の死者が出ていないためか、特に混乱したり、絶望したりしているような王都民は見受けられない。
そんな中で俺達は、まずカレンの要請で馴染みの武器屋へと向かう……そういえばここは副魔王の部下、変な奴が人族に変装し、派遣バイトとして雇われていた店であったな。
当初、俺達が冒険を始めたばかりの頃は、本当に店主が1人で切り盛りしていた小規模な店舗であったのだが、ここまでの俺達による『公的な需要』によって業績を上げ、今ではそのようなバイトを雇う余裕が出て……で、そこに付け込まれてしまったというわけか……
「いらっしゃいやせ~っ……あっ、異世界勇者だっ!」
「ぱねぇな、ガチでクズっぽい顔してんぞ」
「異世界勇者ご来店でぇ~っす、うぇ~いっ!」
「……何だこの店員共は、バイトか? 使えない学生バイトなのか?」
『うぇ~いっ!』
バグッた3匹のバイト店員、店主は奥の方で困り果てている様子、どうやらこの春から、いやむしろこの間の事件であの派遣バイトの魔族が消えてから雇ったらしい新参者だ。
俺を見て笑っているだけでなく、当たり前のようにカレンに絡んだり、鋭く尖ったユリナの角に触ろうとして制止されたりしている辺り、そもそも王都にやって来たばかりのお上りさんのようである。
しかもムカつく野郎ばかりときた、バイトテロ常習犯のような顔立ちで、ほぼほぼ『うぇ~い』だけで会話が成立してしまうような連中だ。
ひとまず脅しとして1匹ブチ殺してやろうと思い、握った拳を黙って振り上げると、奥で困っていた店主が慌てて駆け寄り、必死になって制止してきた。
どうやらブチ殺してしまってはいけないタイプの馬鹿らしい、普通に処刑すべきだと思うのだが、そうではないのであろうか……
「おやめ下さい勇者殿、この方達は貴族の子弟でして、その、別の町の学院の『戦休み』を利用してバイトをしている感じでして……」
「何だその夏休みとかみたいな感じの気軽な休みは……てか貴族のどうとか関係ねぇよ、おいお前等、殺してやるからそこに並べ」
「うぇ~いっ、勇者がキレた~っ」
「テメェオラァァァッ!」
「ちょちょちょっ、マジで、マジで私の首が飛びますからっ(物理)、今回だけは許して下さいっ、お願いします、もう今日は全商品半額にしますからっ!」
「そうか、それは受け入れてやるべきだったな、こいつらは今度、この店とは関係のない所で殺してやる、覚悟しておけよ」
『うぇ~いっ』
この俺様、異世界勇者様の恐ろしさをまるで知らないとは、全くおめでたい連中である。
そもそもこいつら、この後余計なことをして、こちらのピンチを招きかねないようなキャラなのだが……まぁ、放っておくこととしよう、馬鹿には触れないのが俺様の流儀だからな。
で、そんな連中を無視して、武器や防具のメンテナンス用品を吟味し、やたらと籠に入れているのはカレン。
馬鹿のお陰で半額なので、買い溜めをしておく良いチャンスなのだが、どれだけ購入したとしても、きっとこの後の戦いで全て浪費してしまうことであろう。
で、俺も念のため色々なモノを見ておこうと、店内を隈なく見渡して……何やら凄そうな武器があるな、大砲と、それからミサイルではないか……
「おい店主、この……何というか凄そうな兵器は何だ?」
「あ、はい、こっちは『大魔導キャノン』、そしてこっちは『攻撃魔法充填型飛翔体』です」
「……これって手持ちで使うのか?」
「いえいえ、そんなことをしたら自分にもダメージが入ってしまいます、どちらも火魔法の威力で飛ばす武器ですから」
「じゃあどうすんだよ? 地面にでも置いて使うのか?」
「そんなことはありません、どちらも竹馬の柄の上部に取り付けて使用します」
「何で竹馬なんだよオラァァァッ!」
「そそそっ、そんなこと言われましても……まぁそのように用途が限定されてしまいますので、その、竹馬に乗れないような運動音痴な歩兵には向かないというか……仕入れたものの誰も購入していきません」
「当たり前だっ! どこの大馬鹿者が戦闘に竹馬なんぞ……持って行く奴が1人だけ居たな、究極の馬鹿ガキが……」
で、もちろんこれらを買わずに帰ったとなれば、怒り心頭のリリィによって、俺の食事からは毎回肉だけが抜き去られる始末となるであろう。
仕方ない、半額なのだから購入しておこう、それぞれ1回きりしか使えないようだが、その一撃にもセラやユリナの魔法を込めればそこそこの武器だ。
まさか竹馬に乗った馬鹿が、極大攻撃魔法をその馬鹿馬鹿しい装備からひり出してくるなどとは、どんなに賢さの高い、攻撃予測能力の高い敵にもわからないことであろう。
で、俺はそのふたつと、それからミラが購入したのはセラが普段持ち歩いているのと同じ、安物の短剣である。
それをいくつか、セラには予備として、そしてルビア、ユリナ、サリナの3人に、詰め寄られたときの隠し武器として持たせておこうということらしい。
あとは……武器屋には特に用がないな、このぐらいで次の店に移動することとしよう……
※※※
「うぇ~いっ! 魔法役ショップへうぇ~いっ!」
「あじゃじゃじゃじゃしたーっ!」
「しゃーせーっ! しゃーせーっ!」
「はい喜んでっ、うぇ~いっ!」
「……今度は4匹居るのか、どうなってんだよこの町は」
まるでモンスターFラン大学のお膝下であるかのような光景、店という店に、うぇ~い以外の言葉を知らない馬鹿そうなガキが蔓延り、特にこの魔法役ショップでは……奥の方でせっせとバイトテロに励んでいるらしい。
高級そうな魔法薬を口に含み、それを瓶に戻している馬鹿と、さららにその周りを囲み、囃し立てる3匹の馬鹿。
こちらも店主はお困りの様子だ、以前軒先にあった不気味な『お話魔導人形』も、すっかりヤンキー仕様に改造され、今はブルーの明かりを放っている。
で、当然俺達のことは無視して、いやミラにナンパしようとしたりしていてこちらを客と思っていない様子の馬鹿共に代わって、本来は奥で事務仕事をしているはずの店主が対応してくれた……
「はぁっ、すみません勇者パーティーの皆さん、貴族様方から頼まれて……いえ、強制的に雇わされている子弟の方々が迷惑を……」
「迷惑なんてもんじゃねぇだろ、あいつら、キッチリ見張っておいてくれよ、俺達が魔王城に突入することはきっと公表されることだろうし、勝手に現地入りしてうぇ~いされたら敵わんからな、てか普通に死ぬぞ」
「ええ、畏まりました、ところで今日は……あ、回復系アイテムですね、それならこちらに……ひぃぃぃっ! 全部バイトテロされてダメになってるっ!」
「どうしようもねぇ連中だな全く……」
混ぜられ、半分飲まれ、さらにはグラスに注がれてストローを差され、まるでカクテルのようになってしまっている魔法薬達、悲惨な状況である。
これでは使い物にならないのは一目瞭然だ、そして王都で最大のこの魔法役ショップから仕入が出来ないのであれば、それは即ちもうどこにもそのようなストックがないということであり……やはりこの馬鹿共を殺してしまわねばならないかもだ。
とにかく可能な限りの魔法薬を搔き集め、詫びとして3割引きでの購入を果たした俺達は、次に向かった精肉店で……またバイトテロに遭遇してしまったではないか。
どうやらほとんどの店に、このような馬鹿学生がバイトとして入り込み、テロ行為を繰り返しているようだ。
肉を冷やすため、氷魔法が込められた高級なケース……の中にテロリストの馬鹿ガキが、そのまま凍って死亡すれば良いのに。
そしてさらに野菜の店でも、それからここはさすがに大丈夫であろうと考え、最後に立ち寄った解呪のお札を取り扱っている祈祷師の所も、全てが全てバイトテロによって荒らされていたのであった……
「……勇者様、これは何となく意図的な、何かの力によってそうなっているような感じがしてならないんですが……気のせいでしょうか?」
「どうだろうな、ユリナはどう思う?」
「私もその感じには同意ですの、ここまでバイトテロリストが送り込まれているとなると……尋常ではありませんわね」
「そうか、カレン……には聞かなくても良いな、わかんないもんな……で、もし予想通りだとしたら……これはまた反戦テロ組織みたいなのが絡んでいる可能性もあるな、しかも今度は貴族主体のだ」
「ご主人様、反戦なのにテロなんですか? おかしくないですか?」
「あぁ、非常におかしなことだがそれが普通だ、反戦とか、武装解除して敵に迎合を、何て主張の奴ってのはだな、だいたい何か裏が、キャッシュバックがあってそれをしているものなんだ」
「へぇ~っ、お馬鹿さんなんですね、恥ずかしい人達です」
カレンにもわかる馬鹿共の馬鹿馬鹿しさ、現時点ではあくまでも予想に過ぎないのだが、それが本当だとしたら、きっと魔王軍から何か裏のマネーを受け取った貴族がそうしているというのはもう間違いないこと。
これはすぐに摘発に移らなくてはならないのだが……それをしている暇ではないというのもまた現状だ。
あのバイトテロリスト共が、バイトの枠を乗り越えて戦争の邪魔、俺達の突入の邪魔をしないと良いのだが。
ともあれ、今は帰って荷物の整理をするとしよう、予定よりもかなり少ない量の物資しか補給することが出来なかったが、こればかりは仕方ないし、俺達は決して悪くはないのである。
で、屋敷に帰ってそのことを皆に説明し、今から殺しに行きたいという精霊様を宥め、やはり不審な何かだと主張するジェシカにはその通りだと告げ、ついでに眠りこけていたルビアを叩き起こして手伝わせ、荷物の整理を終えたのであった。
「さてと、これで準備は完了だ、今回は隠密行動じゃないからな、大々的に見送らせて、俺達が魔王軍に勝利する直前の空気を庶民にも吸わせてやるんだ」
「そうね、予め北門付近の戦闘も停止させておかないとよ」
「いやそれは大丈夫だ、むしろやっていてくれた方が都合が良いぞ」
「あら、どうしてなのかしら?」
「そりゃあアレだぞ、庶民に見送られつつ、まずは北門に攻め寄せている敵を一撃で粉砕してだな、誰も居なくなった道を堂々と、まっすぐに魔王城へ向かうってのが最高の演出だろう?」
「なるほどね、勇者様はとことんカッコイイ感じを出したいと、どうせ空回りして失敗するのに……いててててっ! お尻が捥げるっ!」
ひと言余計であったセラに対しては強烈なお仕置きをし、その日はもうOFFとして残りの時間を過ごす。
王宮へは翌朝出発し、北門から辛うじて見える魔王城の正面を、派手にブッパしてやるとだけ伝えた。
もちろんそのような蛮行が許される空気感であるかどうかはわからないのだが、招待された以上、俺達にはそこで好き放題をし、タンスを開け、樽や壷を破壊して回る権利があるのだ。
そうなれば魔王城内においても、少しはアイテムを回収することが出来るかも知れないし、もしかしたらオリハルコンの原石など、ビッグなお宝をゲットするという人生最大の夢が叶うかも知れない。
などと妄想を膨らませつつ、屋敷を出た俺達は王都の北門へと徒歩にて移動する。
周囲には動員されたらしき民衆が山ほど、その中を通り、いよいよ決戦の地へと赴くのであった……




