951 その姿は
「すみませ~んっ、朝早くからすみませ~んっ、POLICEです~っ、開けて下さ~いっ」
『はっ? えっ? POLICE? 何なんですか一体?』
「……ビンゴだ、レーコの声だぞ……とにかく開けて下さ~いっ」
『イヤですよそんな得体の知れない、立ち去らないと呪いますから、幽霊ですからねこちらっ!』
「ダメね、強行突破しかないわ」
「そうみたいだな、じゃあ行くとするか」
扉の向こうから、というか魔導スピーカーか何かから流れてくる、その受け答えの声は間違いなくレーコ、つまりターゲットのものである。
すぐに扉の鍵を破壊し、無駄に掛かっていたチェーンロックをそれなりの工具でバチーンッと切断、中へ突入した……突入したのだが……どうやら普通の部屋ではないようだな。
扉の具合からして、てっきり中にはワンルームマンションのような光景が広がっているのかと思ったのだが、実際には古ぼけた、いかにも幽霊が出そうな洋館といった具合であったのだ。
既に怯えているミラ、来なければ良かったなどと口走っているのだが、それはもうさすがに遅い。
しかし単に怯えているだけのところを見るに、この付近に幽霊の姿が見えているとか、そういったことではないようだ。
そしてそれはレーコが、ターゲットがこの場には居ないということも同時に意味している。
俺には幽霊の類が一切見えないのが都合が悪いのだが、ここはもう、他の仲間に頼っていく他ない。
で、ミラの『恐がりセンサー』の反応から考えても、まだ幽霊の居場所は相当に遠いことがわかるため、そのまま先へ進むべきことと考え、まずは目の前にあったいかにもな階段を目指す。
と、そこで先程と同じ魔導スピーカーが作動し、もう一度レーコの声が鳴り響く……
『ちょっとあなた達っ! どうして入って来ているんですかっ? あのっ、もしも~っし!』
「チッ、うるせぇ奴だな、POLICE様の強制捜査なんだよ、令状とかねぇけど」
『……その声、もしかして勇者さんですか? いえ、普通のウサギ魔族の方だったら申し訳ありませんが』
「ここここっ、こんな場所に異世界勇者様が居るはずないだろうっ、俺様は勇者様じゃねぇぞっ、捜査のために入って来た『ウサウサ刑事』だっ!」
『やっぱり勇者さんなんですね、自分で様とか付けている辺り、もうそうとしか思えません……それで、何しに来たのかは……もう聞くまでもなさそうですね』
「だからPOLICEの強制捜査だってば、それ以上でもそれ以下でもない、とにかくそこで大人しくしているんだ、すぐに行って逮捕してやるからなっ!」
『……えぇ、まぁ、その……じゃあお待ちしております』
危うくこちらの正体がバレるところであったが、どうにか『POLICEである』ということで押し通すことが出来た、いや出来たのか?
まぁ、実際に本人を目の前にしてしまえば、この程度の変装など簡単に見破られてしまうのであろうが、もしそれ以外の幽霊に遭遇してしまった場合に有効となるため、今はこのままとしておこう。
で、階段を使って2階……というか魔王城の中層の、その中にある扉の向こうの空間の、その中の2階と表現すべきか、とにかくわけのわからない場所へ足を踏み入れる。
これはまるでアレだな、ニート神が勝手に作り出したゲーム世界で旅をしていた際の、マップの切り替えによって全く別の空間に繋がっているアレのような感じだな。
今俺達が居る洋館のような場所には窓があり、そして外では無駄に雷が光ったり、鳴り響いたりしている、つまり普通に外の、そして夜の世界なのだ。
先ほどまで俺達が居たのが普通に魔王城の中、建物内であったことを考えると、そしてまだ朝の時間であったことも考慮すると、この場所が先ほどと同じ空間ではない、どこか別の場所であるというところまで断言出来てしまう。
そしてこの幽霊が出そうな感じ、というか確実に出現するであろうこのマップも、やはりあのゲーム世界で体験済みのようなそうでないような……
「あっ、ひぃぃぃっ! 幽霊が出ましたっ! ひぃぃぃっ!」
「落ち着けミラ、どこに出たんだ……と、そっちなのか」
「あら、ミラちゃんは幽霊を見てもしゃがみ込んだりしなくなったのね」
「偉いわ、おもらしもしていないじゃないの」
「実はちょっとだけ耐性が付いたんです、この間の件で……でも恐いこっち来てるっ!」
少し強くなったミラでも、幽霊がこちらに向かって来ているという状況には耐えられないらしい。
もちろん俺には何も見えないのだが、ミラの動きと、それからマーサと精霊様の目線で、おおよそ幽霊の位置は把握出来ている。
で、その幽霊であるが、どうやら元々幽霊として存在していた者ではなく、怨念を残して死んだ魔族が幽霊となり、この場に憑依しているタイプなのだという。
ひとまず俺にも見えるよう、何か色でも付けてくれると助かるのだが……というかどういう幽霊なのか、男なのか女なのかも気になるな……と、そこでまたレーコの声が響く……
『やめなさいモブ幽霊Aよ、その方々と戦っても良いことはありませんよ』
『し、しかしレーコ様、こいつら何だか調子に乗っておりまして、非常に恨めしいところでして』
『その程度の理由で、敵を怒らせたら(私が)どうなるのかも考えられない幽霊など不要です、成仏して下さい』
『そんなっ、成仏なんてっ……あ、お線香の香りが、ほわぁぁぁっ……』
「……消滅したわね、何だか助けられたみたいよ」
「おう、俺にも一瞬だけ姿が見えたぞ、最後の最後にな、気持ち悪りぃハゲのおっさんだったな」
どうやったのかは良くわからないのだが、レーコの遠隔操作によって強制成仏させられた何かの霊。
これをするということは、レーコの奴は俺達がまっすぐ、特に何の妨害も受けずにやって来ることを望んでいるということか。
もちろんこちらの目的が『POLICEの強制捜査』であることは、最後の最後まで主張していく所存だが、フィニッシュは逮捕、ではなく拉致をして、強制的に署まで連れ帰るのだ。
レーコの奴はそこまで知っていて、俺達を招き入れているということで間違いない、となると奴は……ひょっとしてドMだな、きっと拉致監禁されていたときの方が気分が良かったに違いない。
そうとなれば直ちにレーコの下へ、望み通り縛り上げて、引き摺るようなかたちで連行し、ついでに王都内を引き回して晒し者にでもしてやろう。
全く、そういうことであれば先に言ってくれれば良かったのに、そうすればブタを追い立てるような鞭を持って来たり、捕獲の際に雷魔法の篭ったお仕置きアイテムを投げ付けてやったりしたというのに……
『……あの、何やら勘違いをしている方のオーラがひしひしと伝わってくるんですが……大丈夫ですよねその人?』
「ん? あ、誰のことだ? ここに居る中で一番大丈夫じゃないのは……精霊様か、何か勘違いしているか? 言っておくが今回は魔王城を消滅させたり、雑魚魔族を皆殺しにしたりはしないぞ」
「あら、でもちょっとぐらいなら良いじゃない、バレなきゃセーフなのよ」
「全くそういう考えだからいつも面倒なことになるんだ、まぁ、この大丈夫じゃない勘違いした人……人じゃなくて精霊だが、とにかくこちらで見張っておくから大丈夫だ、お前は四つん這いでブタのように鳴きながら俺達の到着を待っていると良い」
『あの、そうじゃなくて……あ、もう良いです、これ以上何を言っても無駄な気がするので……』
「語尾はブヒッ、だろこの雌豚がぁぁぁっ!」
『ぶ……ブヒッ……』
「うむ、よろしい」
『・・・・・・・・・・』
何やら言いたそうな感じで通信が途絶えたレーコであるが、それはこちらが気にすることではない。
とにかくまっすぐに進んで……と、ここでまたミラが悲鳴を上げ、幽霊の出現を知らせる。
しかも今度は1体や2体ではないらしく、無数の幽霊が、洋館2階の吹き抜けを囲む通路に出現したらしいというのが、何も見えない俺が把握出来る最大限の情報。
今俺達が居るのは階段のほど近く、そして3階へ続く階段は、その吹き抜けを囲む通路の反対側に位置している」ため、どうあってもその『幽霊だらけ』の通路を進まなくてはならないというのが現状だ。
だがまぁ、今回も普通に待機していれば、俺達に向かって来るような好戦的な幽霊に関しては、上司なのか元上司で今は客員なのかは知らないが、レーコの一声で排除されるはず。
そのような期待をしていたのだが……膝をガクガクさせながら武器を構えたミラと、マーサも精霊様も戦闘態勢に入った……もしかしてレーコの奴、今回は介入してくれないつもりなのか?
「ちょっとあんたっ! そっちに行ったわよ10体ぐらいっ、憑依されても知らないからっ!」
「え? マジでこっちに……そういえばさっきから肩が重くて……冷たい、そして鉛のようだ……俺はこのまま死んでしまうというのか……」
「何やってんのほらっ! それっ!」
『ギャァァァッ! 恨めしやぁぁぁっ!』
「ほえ~っ、体が軽くなったぁ~っ、天にも昇る気持ちだぜ~」
「あんたまで成仏してどうすんのよ……」
こと幽霊との戦闘においては全く役に立たない俺であるが、どうやらとばっちりを受けて成仏してしまうことだけは回避することが出来たようだ、もちろん自力で、自分の意思でだ、頑張った方である。
で、洋館2階の吹き抜けに居た幽霊は、襲って来たものもパッシブであったものも、全て始末して3階へと向かう、そして3階からは……レーコらしき大きな魔力を感じるな、一番豪華な扉のある部屋、そこに本人が居るに違いない……
※※※
「お~い、居るか~っ? ウサウサPOLICE団様の強制捜査だぞ~っ」
『いつまでその演技してるんですかっ? しかもさっきと組織名、違うことないですか?』
「そうだっけか、まぁとにかく開けろや、さもないとアレだぞ、マジでやべぇことになるぞ」
『もう完全にPOLICEの台詞じゃないんですが……まぁ、とにかく開けますので、いきなり暴れたり、ものを壊したりとかしないで下さいね、良いですね?』
「保障は出来ないが……とにかく開けろ、ほら早くっ!」
『わ、わかりました、そぉ~っ』
「よぉっ、そこに居るのか? 元気してたか?」
「……ププッ、変な格好!」
「何じゃとゴラァァァッ!」
「ひぃぃぃっ! すみませんついっ!」
しばらくぶりの再会だというのに、俺の顔を見るなり吹き出してしまったレーコであった。
まぁウサ耳であってしかも後ろにパンスト女まで付いて来ているという時点で、それを笑わないという手はない。
もっとも、俺にはその笑った顔が見えているだけでなく、辛うじて具現化した声を拾えているのみ。
レーコの姿を見るためには、本人の協力ないしこちら側からの強制によって、その霊力を抑えてやることが必要になるのだ。
で、そんな見えないレーコをおおよその感じで押し退けつつ、俺は勝手に部屋の中へとINして行く。
ここは普通の部屋であるようだな、あの幽霊が出そうな洋館ではなく、普通の女子の部屋だ。
そして奥の方にはタンスがひとつあるため、まずは勇者としてやらなくてはならないことをやってしまおう。
目標となるのはレーコのパンツ……ではなく、この魔王城の正面からの攻略ルート選定に使用出来そうなマップだ……
「え~っと、パンツパンツ、じゃなかったマップマップ……」
「あぁぁぁっ!? ちょっと何しているんですかっ? そんなとこ勝手にあけないで下さいっ!」
「おっ、ようやく姿を現したなレーコめ、そこに直れっ」
「そこに直れの前にですね、他人のタンスの中に手を突っ込むのをやめて下さいっ、ほらそっちも、何かパンスト被ったマーサもっ!」
「勇者様、エッチな本を発見しました」
「ほう、これは良い品だ、ふむ……キモいハゲのおっさんが部屋に現れた幽霊に洗脳されて、幽霊の快楽のために……どうにもベタな趣味だな、レーコ、お前こういうのが良いのか?」
「だからやめてって言ってるじゃないですかぁぁぁっ!」
俺にも姿が見える状態となったレーコに対し、直接的にではなく間接的にダメージを与える方法を取る。
エッチな本は全て回収して、ついでにパンツも取り出して、まるで押収品のようにその場に並べた、これはPOLICEの成せる業のひとつだ。
で、その中には当然、『魔王城散策マップ(新店掲載版)』なども含まれていて、なんとそれがつい最近の、レーコをあの馬鹿なゴミと交換するかたちで返還した直後のものであった。
その件についてレーコに問い詰めると、しばらく離れている間に魔王城内部の飲食店だの何だのが随分変わってしまっていたため、帰還と同時に新たなマップを購入、最新の人気店を探索するのに使っていたのだという。
「あぁ~っ、私がいつも行っていた八百屋が変なお店に変わってるじゃないのっ!」
「それはそうよ、マーサ達の軍だけで保っていたようなお店なんだから、それが崩壊して、トップともう1人が人族の手に堕ちて、もう1人は殺されちゃったとなると……」
「そんなことで潰れちゃうようなお店だったんだ」
「いや、相当なダメージだと思うぞ、補助金も出なかっただろうしな、俺達みたいに貧乏になったんだ」
「残念ね、でもまたどうにかなるっしょ、それで、このマップ、持って帰って良いのよね?」
「えっと、それ私の、てか何しに来たんですか勇者さん達は、マーサ、いつまでパンストなんか被っているわけ?」
「わかんな~い、あと何をしに来たかも忘れちゃった」
「……本当にどういうつもりなんでしょうか……とにかく、家捜しはやめて下さい、あっ、ちょっとっ、どうして私が抱えられてっ?」
「連れて帰るのよ、王都にね、せっかく返還したけどもう一度拉致する感じでね」
「なるほど、それ狙いでしたか……」
こちらのおおよその考えを察したようすのレーコ、精霊様に抱えられたままだが、もう何をしても無駄だとわかっているようなので抵抗などしない。
で、そのレーコと獲得したマップを持って、来た道を戻るかたちでその洋館から脱出していく。
基本的に敵などが出現したりはしないのだが、それでも念のため注意深く……と、出口付近で何やら気配を感じるではないか。
きっとレーコに用があってやって来た魔王軍の何者か、そこまで力が強いようには見えないため、事務方の偉い何かだと思われる。
そして足音は比較的体が小さい、歩幅からしても女性のものだ、こちらの姿は見えていないのだが、向こうは気配に気付いたりする様子もなく、ごく普通の感じで接近して来るようだ……
「やべぇ、ちょっと階段下に隠れんぞっ、ほら、ここから入れるから」
「ねぇレーコ、あの足音って……」
「ええ、この時間にここへ来るとしたら、きっと……」
「お前等、声を出すんじゃない、静かにしておけっ」
無駄な話をするマーサとレーコに注意し、レーコは精霊様が、マーサは俺が口を押さえて締め上げ、黙らせておく。
そして俺達が隠れた階段を通過して行く何者か、隙間から……黒いパンツが見えたではないか、これはラッキーなことだな。
そしてその何者か、これだけ接近しても俺達に全く気付かないということは、戦闘経験のない、というか戦闘員としてここに居るわけではない奴で、しかもあのパンツは可愛い子が穿くものだ。
つまり、レーコだけでなく、ここでもう1人の『お土産』を確保することが出来るかも知れない。
あの子がどこかへ行ってしまう前に、襲撃して縛り上げ、王都へ連行するのが得策であろう……
「……行ったか、どうもレーコの部屋へ向かっていたみたいだな、どうする精霊様?」
「ちょっと待って、その前にこの2人……何か言いたそうなんだけど」
「そうか、じゃあマーサ、ちょっと手を離してやるから、大きい声を出すなよ、良いな?」
「ぶはっ、ふぅっ、ねぇ聞いて、今の絶対に魔王様よ、足音も、それからチラッと見えた感じもそうだったもの、ねぇレーコ?」
「んぐっ、んぐっ……」
「……マジか、それじゃあここで奴を拉致すれば……っと、戻って来やがったっ、しかも大急ぎでだっ!」
先程はツカツカと歩いて行った女、マーサとレーコがきっと魔王だと主張する人物が、今度は大急ぎで階段を降りて来るのがわかった。
再び息を潜めて、階段の隙間からそっとその様子を覗いていると……またしてもチラ見えしたパンツと、それに続いて見えたのは黒髪の、比較的背が低い女性の姿である。
間違いない、アレは王都に巨大な幻影を出していた魔王そのものだ、大慌ての様子から、レーコが居なくなってしまったことを把握して……と、さらに悲鳴が聞こえたではないか。
場所的に俺達が侵入した場所、非常階段と内部を繋ぐ壁、雑巾を貼り付けて誤魔化していた部分だ。
雑魚で馬鹿な魔族共を騙すことは出来たが、通常あるべき感覚を持ち合わせている魔王には、さすがに通用しなかったらしい。
「どうする? あのまま魔王を追い掛けるか、それとも逃走するか、どっちが良いと思う?」
「逃げましょ、きっと副魔王の奴が来るし、そうなったらこれだけの人数じゃ不利だわ」
「わかった、じゃあ直ちに脱出だ、レーコは……精霊様が抱えていてくれっ」
階段下から飛び出した俺達は、まっすぐに洋館エリアを抜け、雑巾を引き剥がして非常階段へ。
そしてある程度走ったところで、壁をブチ抜いて外へ脱出する……何匹かの雑魚に見られたようだが、精霊様が遠距離攻撃で狙い、殺害した。
追手はかからない、今回はこのように逃げ出すこととなってしまったが、次は正面から突入し、かならずや魔王を、そして副魔王を、俺達の前に平伏させてやることとしよう。
初めての『生魔王』はチラリとしか見えなかったが、これから先、何度も何度も顔を合わせることになる同郷の人間と、面と向かって話をすることになるのは、もうすぐ先の話となる……




