950 再びの潜入
「それじゃあ行って来るから、この間にもし魔王軍の何とやらが来て、『招待状』を置いて行ったら受け取っておいてくれ」
「受け取って、ついでに殺しておいてちょうだい、極めて残虐な方法でね」
「わかったわ、じゃあ気を付けて、ミラ、勇者様がどこかへ行ってしまったりしないよう、ちゃんと面倒を見るのよ」
「……普通そこは逆なんだがな、年齢的に」
普通に見送る者、戦果を期待する者、戦果などどうでも良いので、魔王城内にある高級食材を奪取して来て欲しい者など、反応は様々である。
ひとまず魔王城突入時の進軍ルート開拓のために派遣される俺達、というか俺とマーサがメインで、希望参加のミラと精霊様、その4人。
もちろんそのルート開拓などという、どう考えても意味がない行為については建前であり、命令されて仕方なくやってやること。
ここでの本来の目的は、この間馬鹿でクソでウ○コなどこかのゴミと、人質交換のようなかたちで返還してしまった幽霊で元魔将のレーコを、再びこちらの手に堕としてしまおうというものだ。
そういうことであるからマーサも納得して付いて来るのだし、俺としても『しっかりした目的』を得ることが出来て良かったと思う。
問題はそのレーコが、あの巨大な、都市ひとつ丸ごとと言って良いほどの規模を誇る魔王城の、果たしてどの位置に居るのかといったことなのだが……まぁ、地道に探していく他あるまい、そう考えながら屋敷を出た……
「……っと、おいマーサ、どっちへ行くんだ?」
「え? 魔王城でしょ、北から行った方が近いじゃないの」
「お前な、今回は一応潜入なんだ、真正面から突っ込むのはこの次、わかる?」
「あ、それもそうだわね、しかも北門のとこ、強も戦争しているみたいだし、で、どっちから行くの? 西はダメなんじゃないの?」
「西は……そうか、弱体化エリアを通らないと、森伝いで北へ抜けられないのか……」
「良いじゃない別に、森伝いじゃなくても、普通に野原を歩いて接近しましょ、地面に凸凹があるし、向こうが注意して見張っていない限りは大丈夫よ、それにこの『旅人変装セット』もあるし」
「精霊様、そのセット、屋敷の倉庫から無くなった新しい雑巾と何か関係が……」
ミラに指摘されて一瞬ギクッとなる精霊様だが、そのままゴリ押しで『旅人変装セット』を全員に配る。
旅人といっても単なるフード付きのマントではないか、しかも明らかに雑巾を一度布切れに戻し、そこから縫い合わせたもの。
そして俺に渡されたそのセットのみなぜか使用済みであった、旅人変装セットとしてではない、雑巾として使用済みなのだから性質が悪い。
というかそもそも、この有事に旅人が、人族をどうこうしてしまおうといいう組織の本拠地の、その真横を少人数で通過する、そんなわけがないであろう。
これはもし目撃されればえらいことになるな、そう思ったのだが、精霊様はノリノリなので指摘しないでおくべきだと判断し、そのまま作戦に従った……雑巾臭い……
「さて、これで魔王城の真横を通過しても、城壁を登り始めても大丈夫よ、ただの旅人にしか見えないわ」
「おいちょっと待て、ただの旅人は敵拠点の城壁なんぞ登らないからな、かなり離れた場所を迂回するからな普通」
「あらそうなの? てっきり旅人ならセーフなのかと、ほら、戦闘員じゃないわけだし」
「そもそもの認識が誤っているんだな精霊様は……」
旅人なら普通に通過させて貰える、そう考える精霊様の感覚では、城壁を登る不審者を発見した場合、なず『何者だ?』となり、それに対して『へぇ、旅人にございます』と答えた場合、『よし、通れっ』というような具合になることが想定されているのだ。
もちろんそんなことはないし、まずそんな不審者が城壁をよじ登り始めた場合、『何者だ?』のプロセスを経ず、即座に攻撃を加えるのが慣わしである。
ということで精霊様の作戦は全てについて却下し、臭っせぇ雑巾の装備を脱ぎ捨てて、普通に遠回りして魔王城を目指す。
遠いだの面倒だのと文句を言う精霊様だが、我慢しろの一声の後は、もうガン無視して先を急いだ……
「……っと、見えてきたぞ、あそこから入れば非常階段的なルートで、かなりの上層階をストレートで目指せる、マーサはわかっているな?」
「え~っと、確か非常階段があったのよね、何かあったときのために、一度だけ避難訓練? とかで使ったわ、火事です、火事です……とか言って」
「極悪な闇の組織の分際で避難訓練なんぞしてんじゃねぇよ、とにかくあそこから入って……いや、そういえば見張りが居るんだったな、どうにかしないと」
「普通に殺したらどうでしょう? 死体は消滅させてしまえばバレませんよ」
「いや、その後でどこ行った? ってなるだろうよ、違うか?」
「というか、そもそもレーコちゃんを拉致したらそれこそ……」
「……確かに、じゃあもう普通にアレか、『何か勇者パーティーっぽいの侵入してたかも』ぐらいの爪痕はどうせ残るってことか、そこまで考えていなかったな」
「計画が杜撰ねぇ……とにかくあの見張りを殺しましょ、でもあっちからも見えているし、向こうの見張りからも……それらに見つからないようにするにはかなり頑張らないといけない、というか無理だと思うわよ」
「……またまた確かに、やべぇなコレ、想定していたことがほぼほぼ無理難題だったぞ」
そこら中に点在している見張り、どうやら前回来たときよりも監視体制が強化されているようだ。
まぁ、指揮官クラスの魔族が『部下を殺戮して脱走』したことになっているのだから、それも仕方ないと言えば仕方ないか。
まずは攻撃を仕掛ける角度などを考え、騒ぎにならないようにしなくてはならないのだが……これは誰か賢さの高い奴が配置を考えたな、まるで死角がなく、完璧な警備態勢だ。
ここは分散して、同時多発的に見張りの奴をブチ殺すしか方法がないか? いや、そこまでしてしまうと殺りすぎになってしまいそうだ、後々が面倒なことになりそうで不安である。
となると、また前回のように隠密作戦で壁を登り、地道に例の非常階段を目指す他ないか……或いは『それっぽい感じ』を出して、ごく自然に、当たり前のように非常階段から侵入するかだが……どうするべきか。
「ミラ、精霊様、何か上手く侵入する方法はないか? 宅配作戦も出前持ち作戦も効きそうにないが……」
「関係者っぽい感じを出してはどうでしょう? 魔族に擬態して、というかマーサちゃんみたいな感じになって、さも魔王軍関係者のように入り込んでは?」
「しかしどうやってだ? 変装といっても、さっきの雑巾マントじゃさすがに騙せないぞ」
「大丈夫よそれなら、ほら、こっちの『ウサギさん変身セット』を使えば良いの、で、マーサちゃんは……マーサちゃんであることがバレないようにすればOKね」
「簡単に言うけどな……てか何だよこのウサギの耳のヘアバンドは……防御力高いじゃねぇかそこそこ……」
精霊様が取り出したのは、どこかの世界のRPGで、序盤の女性キャラがほぼほぼ装備しているあのウサ耳、それにそっくりなものであった。
本来は薄汚い野郎の俺が装備して良い性質のモノではないのだが、ここは緊急事態につき、無理矢理頭に嵌めてそれらしくしてしまう以外に選択肢はなかろう。
そしてミラと精霊様には、腰の部分に取り付ける偽ウサギの尻尾も用意されていた……もちろん俺はそこまで装備しない、あまりにもキモすぎるためだ。
「うむ、仕方ないからこれでいこう、どうにかなることを期待してな」
「正気ですか勇者様? そのウサ耳、相当に気持ち悪いというか……いえ、何でもありません」
「まぁそう言うな、他に方法がないんだから、ほら、尻尾を付けてやるから裾を捲れ、尻を出してくれても構わないぞ、精霊様もだ」
「ねぇ~っ、私はどうやって変装すれば良いわけ? ウサ耳ダブルにしてみる?」
「いや、パンストでも被っておけ、そうすれば誰だかわからないからな、ほらっ」
「むぎゅぅぅぅっ……」
極めて雑な方法で、マーサの本来の種族であるウサギ魔族に姿を変える俺達……ひとまずこれを『ウサウサ曲芸団』と名付けよう、ウサギ魔族の旅芸人、サーカスのような一行で、戦争で疲弊し切った魔王軍に癒しを与えるために『呼ばれて』やって来た……という設定である。
もちろんのこと、通常であればそんなアホ臭い嘘がまかり通るわけがないのであるが、この世界の、しかも低能な見張り役程度に対しては非常に有効だ。
前回の『ダンボール生物』であってもどうにかなっていたのだから、このいかにもな変装に対して、見破るような奴が居るとは思えない。
というわけでササッと変装を済ませ、さすがにアレだと抵抗するミラを無理矢理半ケツにし、付属の両面テープで腰の部分に尻尾を貼り付ける、まぁ尻が半分見えているのはかわいそうだし、パンツぐらいは上げてやることとしよう……
「よいしょっ! さぁ行くぞっ!」
「ちょっとっ、パンツ食い込んだんですけどっ」
「気にするんじゃない、精霊様もほらっ!」
「ひぃぃぃっ! く、食い込むっ!」
「ねぇねぇ、私もやってよ……あぐぅぅぅっ!」
こうしてパンツ食い込みウサギ3人かつ、そのうち1人はパンスト女というわけのわからない状況で、俺を先頭にして魔王城の非常階段へと接近する。
すぐにこちらに気付いた見張りの……中級魔族が5匹か、とにかく手に持った槍を構え、それぞれ警戒している様子だ。
ここは柔らかに、非常にフレンドリーな感じで話し掛け、こちらが敵ではないという大嘘を信じ込ませることとしよう……
※※※
『止まれっ! 貴様等何なんだ一体⁉』
「はいはい止まります止まります、我々ね、ウサウサ曲芸団と申しましてね、魔王城というのはここでよろしかったか?」
『確かにそうだが、ここは正門ではないっ! だいいち何の用だその曲芸団が?』
『おい待て、ウサギ魔族、この方々は上級魔族だぞっ』
『あっ、これは失礼しました上級魔族の方々……ちょっと変だけど……』
「変とは? もしかしてウサギ魔族全体を侮辱するおつもりで? やべぇっすよそれ、いくら魔王軍の方々とはいえ、中級魔族如きが、ねぇ?」
『グッ……し、失礼しました……弱いくせに上級とか舐めやがって……』
「あら? 何か仰りましたか? 私達ウサギ魔族、上級魔族なんですが?」
『いえいえ何でもございません、ちょっと独り言を……それで、ここは魔王城の正面ではありません、裏へ回って下さい、はい』
「あらそうなのね、私達、魔王軍の幹部から『裏の非常階段よりお上がり下さい』って言われているんだけど、もしそれを止められたとなったら……あなた達、たぶん処刑されるわよ、大事なお客さんを無下に扱って、この件については報告させて貰うから、じゃあね」
『あぁぁぁっ! ちょ、ちょっとお待ち下さいませっ!』
こちらの演技に対して喰い付き、必死になって止めようとしてくる警備の中級魔族。
ここで『上に確認してみる』などと言われたらお終いなのだが、そうはならないのがこの世界の良いところだ。
俺達は丁寧に、それは丁重に扱われるとともに、どこから取り出したのかはわからないが、不味そうな菓子折りまで渡されてそのまま通された。
ついでに案内は不要であり、上で『クライアント』が待っているので、お前達はこの場を離れなくて良いなどと、上官さながら命令してみたのだが、なんとそれまでアッサリと受け入れられてしまったではないか。
この中級魔族共に関しては、非常階段の中に入ってから、つまり他の見張りから見えない位置に移動してから、当初の計画通り髪の毛1本残さずにこの世から消し去ってしまうつもりであったのだが、それすら不要となったのである。
で、まんまと魔王城内へ侵入することに成功した俺達は、万が一に備えてそのまま、偽ウサギ3匹とホンモノウサギではあるがパンスト女の1匹で、魔王城の非常階段を登って行く……
「マーサ、だいたいの予想で構わないんだがな、レーコはどの辺りに居ると思う?」
「う~ん、あ、元々居た場所かしらね? 自分のお家に戻っていないとしたらだけど、この階段を半分ぐらい登った所よ」
「そうか、じゃあチャチャッと用事を済ませて帰るとしようぜ」
「勇者様、それだと本来の、というか建前上の目的である内部のルート探索は……」
「途中で売店にでも寄って、魔王城の詳細マップを購入しようぜ、金は持っていないけどな、店員を脅してそのまま持って帰れば良いだろうよ、もちろん証拠隠滅のために殺害してな」
「敵の本拠地で強盗とか、何を考えているんでしょうかこの異世界人は……」
不安そうにするミラであるが、そんな心配をしていても仕方ないため、普通に先へ進む。
というか、レーコを拉致した際に、その部屋などから魔王城のマップが見つかるかも知れないではないか。
まるでひとつの町かのように広い魔王城のことだ、内部の人間であったとしても、その全体を把握し、どこに何のショップがあるのかなど、場合によっては知らないなど、そういった可能性もなくはないのだ。
その件についてもミラに伝え、まぁそれであれば、その場で無駄な動きをすることなく、誰にも見つかることなく色々とゲット出来るのであればそれで良いという同意を貰い、そこからは何の心配もせずに先へ進む。
で、かなり長い時間階段を進んだところで、パンストの裂け目から伸びたマーサの長いウサ耳がピクッと動き、同時に立ち止まってしまう。
どうやら何かを発見した、というか何かの存在を感じ取ったようだ、そしてこの場で考え得るその『何か』とは、拉致すべきターゲットであるレーコのことであると、そう考えても差し支えないはずだ……
「マーサ、何か居るのか壁の向こうに?」
「居るわよ……たぶんレーコ……だと思うわ、足音がしないし、それでも空気が流れているから幽霊なのは間違いないわよ」
「なるほど、レーコ以外の幽霊が居る可能性もあるってことか……精霊様、どうだ、何か霊的なモノを感じるか?」
「ええ、私も感じているし、ミラちゃんがほら、足とかこんなガクガクで……」
「い、いえ、これは『幽霊が居る』という事実に反射してしまっただけで、実は何も感じ取っていません」
「しょうがない奴だな、ほら、頬っぺたを抓ってやろう、痛みで恐怖を忘れるんだ」
「いへへへへっ、ごめんひゃはいっ!」
ミラはともかく、マーサが感じた空気の流れ……というか壁の向こうのそんなものを感じ取ることが出来るなど、もはやどういう聴力をしているのかわからないのだが、それと精霊様が感じ取っている霊の気配。
ここで壁をブチ抜いてしまっても構わないのだが、もし対象がレーコではなかった場合、そこそこの騒ぎになってしまう可能性がないとは言えない。
そもそも俺にはその幽霊が見えないのだし、的確な指示を出すことが出来ず、主として調子に乗った精霊様が暴走して……などということになりかねないというのもまた事実。
で、そのこちらに気配を察知された間抜けな幽霊とやらだが、どうやら壁の向こうをどこかへ向かって移動しているらしい。
追うべきか追わざるべきか、というか壁を破壊するべきか否か、ここで判断するのは非常に難しいことだ。
対象が誰かと会話をするなど、移動以外の一定の行為に及んでくれると助かるのだが……
「……あ、何だかお部屋に入って……戸を閉じられちゃったわ、もうあまり聞こえたりはしないかも」
「部屋の中にか……精霊様、ちょっとさ、何というか良い感じに壁を破壊したり出来ないか?」
「たとえば?」
「そうだな、ここからこのぐらいの範囲で、ドロボウみたいに水のカッターで……」
「こんな感じかしら? あ、倒れて来るからちょっと押さえてちょうだい」
「話が早くて助かる、で、この壁の穴については……どうしようか?」
「さっきの雑巾……じゃなかった旅人変装セットでも貼っておきましょ」
「もう凄い状態になっているんですが……バレませんコレ?」
「大丈夫よ、どうせ馬鹿ばっかりだし、壁が雑巾になったぐらいじゃ何ともないわ」
「シッ、ちょっと誰か来るみたい、足音が……3人、隠れましょ」
マーサの号令ですぐに動き、雑巾の反対側、つまり元々居た階段側に逃げ込んだ俺達。
近付いて来るのは魔族らしき足音、たしかに3人、いや野朗のようなので3匹としておこう、その数だ。
で、残念なことに俺達が壁をブチ抜いた、そして雑巾を貼り付けて隠蔽した場所へやって来る様子の3匹。
姿は見えていないのだが、ゲラゲラと笑い、無駄話をしながら、その知能の低さを余すことなく発揮しつつ、俺達が隠れているポイントへと差し掛かる……
『あっ、何だこりゃ? 壁が布……雑巾みたいになってるぞっ!』
『本当だっ、さっきまでは普通の壁だったのに……どう思うこの状況?』
『いや、普通にCOOLなんじゃないのか?』
『だよな、実にCOOLだよな、雑巾の壁なんて』
『確かに、汚れても雑巾で拭かなくて良いんだ、なぜならば雑巾だから』
『最高だな、掃除の時間が短縮されたぜ……っと、サッサと行かないと、メシの時間がなくなっちまう』
『あぁそうだ、早くしないとアジフライ定食も売り切れるからな、行こうぜ』
「……な? 上手くいっただろうが、すげぇ馬鹿なんだよあいつら、想像を絶するほどにな」
「・・・・・・・・・・」
前回侵入した際のインテリノを彷彿とさせるドン引きぶりを見せるミラ、既に敵は馬鹿であるということを認識していたのであるが、それでもこの現実を目の当たりにすると、改めて驚愕せざるを得ないのであろう。
で、そんな感じでピンチをやり過ごすことに成功した俺達は、少し気が大きくなり、これはいけるという感覚を覚え、先程までどうするべきか悩んでいたその何かしらの幽霊、奴が入って行ったという部屋に接近し、当たり前のようにノックしてみたのであった……




