948 逃げの一手
「あっ、あそこ、あそこで戦っているのが見えますわっ、雑魚……比較的弱者であるご主人様も無事ですのっ!」
「良かったです、まだ敗北して所持金を半分奪われたりなどはしていないんですね」
「負けるとお金を取られるんですわね……」
ルビア達がまだ弱体化エリア内で戦っていた頃、補欠合格組としてエリア外で待機し、カレンの救援要請を受けて王都内へと入った3人のうち、ミラとユリナが王宮前広場のほど近くまで到着する。
カレンが居なくなったことに気付いてさえいないアホの副魔王は、その優勢さに酔い痴れつつも、こちらにダメージを与え続けるということだけは忘れていない様子。
続いてセラも追い付いて来た、これでカレンを含めて4人、必死になって走り、7人が戦闘を繰り広げている王宮前広場へと入った……
「マーサとサリナが泥沼みたいなのに嵌っていますの、大丈夫……じゃなさそうですわね、あ、副魔王様、どうもですわ」
「……っと、なぜあなた達がここへ? え? どうやって、もしかして自力でルートを開拓して……そんなはずはありませんね、あの障壁はそれこそ精霊だのドラゴンだの、そういった力を用いても少し破断する程度で……どういうことですかっ?」
「わうっ! 私がちょちょっと行って来ましたっ!」
「え? いつの間に……小さすぎて気付きませんでしたよ」
「失礼しちゃいますっ!」
「それでカレン、ルビアとリリィは?」
「まだ戻って来なかったんで、私達だけで来ました」
「そうか……だがこれで前と後ろ、両方が少し厚くなるぞ、ユリナは嵌ったままの2人を助けてやってくれ、セラは精霊様とセットで、ミラはすまんが前に出てくれ、ジェシカもマリエルも、俺もそこそこ限界なんだ」
『うぇ~いっ!』
「クッ、いきなり増強しましたね戦力を……ですが私も負けてはいられませんっ、ハァァァッ!」
まずはセラを狙い、こちらの火力を落とそうという魂胆であるらしい副魔王、だがその魔法を用いた攻撃は、ミラの盾でパンッと弾かれ……王宮に突っ込んでしまった、まぁそれは別に構わないが。
で、こちらは再び副魔王を囲むべく、ボロボロになった状態の既存戦闘員に、ミラと回復したカレンを加えた状態でステージ上へ。
副魔王はそうさせまいと魔法を乱打してくるのだが、ミラに弾かれ、ジェシカに斬られ、俺とマリエルに向かった分については、それぞれセラと精霊様が間に障壁を入れて打ち消してしまう。
この人数であれば互角以上の戦いが出来そうだ、アッサリと囲んで、今度は5人の状態で副魔王をボコり始める……
「オラオラオラァァァッ! 喰らえっ、聖棒の突きを喰らいやがれっ!」
「逃げないでっ、大人しくカンチョーされて下さいっ!」
「ちょっ、またそのような卑劣極まりない攻撃を、やめっ、やめなさいっ!」
「うるせぇっ、ここで一発喰らって倒れた方が楽だぞ絶対! さもないと……こうだっ!」
「ひぎぃぃぃっ!」
「隙ありっ! 必殺、王女ランスカンチョー!」
「はうぅぅぅっ!」
「今だっ! フルボッコにしちまえっ!」
マリエルのカンチョーが綺麗に決まり、その場にしゃがみ込んでしまった副魔王。
ミラがそれを足で蹴って転がし、後ろのセラや精霊様も接近して、全員で殴る蹴るの暴行を加えていく。
さすがに防御が固いようだが、それでも地味なダメージは入っているようだな、本当に少しずつではあるが生傷が出来、自然回復も間に合っていないような感じだ。
そしてさすがに参加出来ないマーサとユリナ、サリナを除いた7人でボコボコリンチを続けていることにより、さすがの副魔王もそれから脱出することが出来ない。
このまま押していこう、ルビアとリリィが来るまでの時間稼ぎどころか、2人が来たときにはもう最後の一撃を加えるだけのような、そんな状態に持っていきたいところだ。
「押せ押せっ! このまま存分にダメージを与えるんだっ!」
『うぇ~いっ!』
「あのっ、ちょっ、痛いっ……もうこうなったらっ! ハァァァッ!」
『のわぁぁぁっ!』
ピンチに陥り、通常の方法ではそれを脱することが出来ないと判断したらしい副魔王であった。
それは正解ではあるが、その脱出のための特殊なやり方が……ムチャクチャである。
王宮前広場は更地、どころか巨大隕石でも落ちたかのようなクレーターに変身、俺達は全員揃って吹き飛ばされ、散り散りになってしまった。
最も接近し、ノリノリで攻撃を加えていた俺については、完全にホームラン級の『飛び』をかましてしまい、近くにあった建物の残骸にめり込んでしまった始末。
ひとまず精霊様によって救出、というか乱暴に引っこ抜かれ、瓦礫の中からそれぞれ姿を現した他の仲間達と同様、王宮前広場であった残念な場所を目指す……
「おいゴラァァァッ! お前王都を滅ぼす気なのか? 民間人に被害が出たらどうオトシマエを付けるつもりなんだよっ! あんっ?」
「いや、こればっかりは仕方ないですし、この付近の人族はさすがに避難し尽くしたでしょうから、きっと大丈夫です」
「全く、ここはお前と魔王に直させるからな、もちろん自力で、衆人環視の中でだ、外注とかすんじゃねぇぞ」
「困りますっ、私ならともかく、魔王様に労働させるわけには……いえ、もう戦争だから仕方ないということで諦めて……」
「後で請求書を送ります、ちゃんとお金を出して材料を買って、それを使って自分でどうにかして下さい」
「……はい」
強気のミラに請求され、タジタジになってしまった副魔王であるが、これはさすがに言い訳出来ない状況だ。
ここは王都の中でも民間人の、普通の人々の憩いの場として、そして残虐なショーを楽しむための場所として利用されていた広場。
つまり軍事施設などでは一切なく、そこを無駄に破壊したことについては副魔王が責めを負うべき。
戦争中だとか戦闘中だとか、極端なピンチだとか何とかなど、一切関係がないのである。
とまぁ、そんな感じで怒られはしたが、どうにかリンチ状態から脱することに成功した副魔王。
そしてこちらはというと……とばっちりを受け、再び土魔法の泥沼に嵌まっているマーサは……まぁ放っておくこととしよう、他は無事なようだ。
これで再び仕切り直しとなるのだが、せっかく完全な状態に回復したカレンも、そして新しくやって来た3人についても、それぞれ小さくないダメージを負ってしまったではないか。
もちろん副魔王のほうもそこそこの怪我なのだが、攻撃を継続しない限り、その高い自然回復能力によって、いずれはどうにかなってしまうという事実がある……
「さてと、これはそろそろ潮時かも知れませんね、思っていたよりもここに揃ってしまったようで……と、まさかっ!?」
『お~いっ! 皆大丈夫ですか~っ?』
『ちょっとリリィちゃん、速いっ、速すぎですからっ! ひゃぁぁぁっ!?』
「あの声はリリィだっ、あと引っ張られている変な物体はルビアだなっ!」
「2人共、エリアから脱出してきたのねっ、てことは他の回復魔法使いも……きっと王都内に散って回復をしているわね、それで……ここにも来たわよっ!」
「おぉっ! ルビアからダダ漏れしている回復魔法が届いて……ウォォォッ! 完全復活じゃぁぁぁっ!」
「あの2人は……まさか弱体化エリアを脱したとは……」
「まぁ、そういうことだ副魔王、どうする? この場で降参するなら受け入れてやるぞ」
「そうはいきませんよ、とはいえ今回はちょっとアレですね、何というか、色々と見誤ったというか」
既に到着し、リリィは戦う気満々で、ルビアは何やら目を回してピヨピヨしているのだが、そこはユリナとサリナに支えられてどうにか立っている。
で、そのヨレヨレになったルビアが無意識に漏らしている回復魔法によって、こちらの傷は完全に癒え、戦闘前の完璧な状態に戻った。
どうして副魔王にはその回復の効果が及ばないのかという点については……まぁ、こちら側に都合が良いように出来ている、そういう仕様なのであろう。
そして今度はリリィも加え、副魔王にジリジリと詰め寄っていく俺達勇者パーティー。
後退りする副魔王であるが、当然精霊様がその背後に回り、退路を断つ感じで配置に着く。
「……よしっ、今度こそフィニッシュだぜ、やい副魔王、本当に降参したりとかはしない、ここでボッコボコにされるってことで良いんだな?」
「されませんからっ、もう撤退しますので叩かないで、次は……魔王城でお会いしましょうか」
「冗談じゃねぇっ! おい皆、畳んじまうぞっ!」
『うぇ~いっ!』
「いやちょっと、その、ひぎぃぃぃっ!」
再度のリンチはこれまでのそれよりもさらに派手なものとなる予定であり、セラも精霊様も、最初から接近して物理的なダメージ、それから魔法や能力によるダメージの両方を与えている。
リリィも倒しそうに参加し、巨大なドラゴンの姿で、その鋭い鍵爪や尖った歯、そして鞭のようにしなる尻尾を使い、器用に皆の隙間から攻撃を繰り出す。
副魔王の魔導装備、つまり衣装のようなものは完全に破断し、もはや素っ裸となって、肌に直接ダメージを与えられている状態。
見た感じはすこしかわいそうになってしまうような光景なのだが、この程度でどうにかなってしまうような女ではないゆえ、ここは手を抜かずに攻め続けることとしよう……
「痛いっ、痛っ! やめて、やめて下さいっ! ほら、もう帰らないと魔王様が心配して……聞いてます? あいたっ!」
「黙れこのボケがっ! ほら、聖棒でのカンチョーをダイレクトに喰らえっ!」
「はうぁぁぁっ! こ、これはなかなか刺激が……って、これはもうヤバいですね、こうなったら……緊急脱出!」
「あっ、副魔王が溶けて……地面に染み込みやがったぞっ! 精霊様みたいなことしやがるなっ! このっ、このっ!」
「勇者様、そんなのフェイクですっ、単なる水ですっ、ホンモノは……あそこにっ!」
「あっ、また脱出しやがって、おいっ、戻って来やがれっ!」
「戻るわけないじゃないですか普通に……」
精霊様がやるように溶けたのではなく、精霊様がやるように『水を身代わりにして逃げた』という感じの副魔王。
地面に染み込んだのは、副魔王の形を一瞬だけ再現した単なる水であったのだ。
で、その間に本体はボッコボコリンチ会場から脱出し、少し距離を取った場所まで移動していた。
だがかなりボロボロの状態なのは間違いなく、若干足を引き摺っているように見えなくもない。
ここまでの戦いでわかったこと、確かに副魔王は異常な強さを誇り、人間のそれではないということ、まぁこれは予想通りだ。
だがもうひとつ、その副魔王に対しても、勇者パーティーが力を合わせれば、現状負けることはない、逃げられさえしなければ勝利することが可能であるということである。
おそらく副魔王の側もそれを理解し、どうすべきか考えてくるであろうが、力に差がある以上、やはりここは逃げるという選択肢を取る可能性が高いな。
そうさせないため、俺達は誰がそう言うとでもなく動き、もう一度副魔王を包囲するための準備位置に着く。
上は精霊様が固めたし、そもそもリリィの参戦によって、その『ブロック出来る範囲』というのは格段に広がった。
あとはもう、搦め手にやられない限り逃がしてしまうようなことはない、この場でこの女を捕まえる、それが出来る可能性はそこそこ高いのではないかといったところだな。
だがしかし、副魔王の方は完全に『今回も逃げに成功する』と思っている感じを崩さない。
何やら余裕で脱出ルートを探しているようだが、何か逃げるための秘策があるのか、あったとしたら情けない限りではあるのだが……
「さてと……撤退の前に少し戦果を上げておかなくてはなりませんね、そうしないと魔王様に申し訳ないし、でもそうすると後で弁償させられたりとか酷いお仕置きをされたりとか……」
「おいっ、何をブツブツ言っているんだ1人で、戦果だと? これだけで十分だろうよこのクレーターだけでっ! 欲張っても良いことはないし、そもそも逃がしたりしないぞっ!」
「あ、逃がしたりしないぞっ! はちょっと無理だと思いますんで諦めて下さい、で……あそこに見えるそこそこ立派な王様のお宅、小さいですが、アレって軍事施設なわけですよね一応」
「アレって……王宮のことか?」
「そうです、王様の住まいは軍事施設だと思いますんで……人は残っていないようですし、ハァァァッ! それっ!」
「あぁぁぁっ! おまっ、何てことしやがんだぁぁぁっ!」
「しかも消えましたっ! いや副魔王が……王宮もですけど……」
「派手にブッ飛んだわね、木っ端微塵ってやつ?」
ほんの一瞬、凄まじい魔力の流れが俺達の横を通過したかと思いきや、まるで砂のお城が波に流されるかのように、王都の象徴である王宮が跡形もなく消滅してしまったのである。
そんな光景に呆気に取られていたのは俺達のうち大半なのだが、ミラが指摘したように、同時に副魔王の姿も忽然と消えてしまったではないか。
その声を聞いて辺りをキョロキョロと、まるで王宮が消滅したことなどなかったことであるかのように、必死になって副魔王の行方を探ったところ……見つけた。
俺達の真上、とはいえそこそこの高度で……あそこは王都全体に張られた障壁の外であろうな。
とにかくその高さから、素っ裸の状態でこちらに笑顔を向け、手を振っている変質者が副魔王だ。
『お~いっ、あ、気付いてくれたようですね、私、今回は撤退することにしますから、どうもお世話になりました、お礼に魔王城への招待状、後で送っておきますね』
「ふざけんなボケェェェッ! 降りて来て戦えっ! 戦って俺達に負けて、無様に罰を受けやがれっ!」
「そうですよっ! 王宮を破壊したこと、後で後悔させますからねっ! あぁ、私の私物もちょっとは残っていたというのに」
『え~っと、その、民間施設の被害等についてはホントにごめんなさい、でも王宮については知りませ~ん、ではまたお会いしましょうっ!』
『待てぇぇぇっ!』
全員で必死になって制止するものの、待てと言われて待つような悪い奴は居ないという事実がそこに転がっている。
まんまと逃走を許してしまったな、というかこれで何度目だ奴に逃げられるのは?
追い詰めてもそうでなくとも、結局最後には『良い感じのところ』で切上げてどこかへ行ってしまう副魔王をどうにかするには……やはりお誘いに乗り、お宅の方にお邪魔するしかないのであろうか……
「あ~あ、逃げられたし、これどうすんだよマジで……」
「とにかく王都を出て、西の作戦本部へ戻りましょ、結界の方もちょっとずつ薄くなってきているみたいだし」
「むっ、本当だな、力を感じなくなって……副魔王の奴が何か合図して、それで魔族共が続々脱出してるってことだな」
「しかも主殿、奴等、また正体を隠してしまったかも知れないぞ、もう一度人族を装って避難民の中に隠れたりとかな」
「可能性はありそうだ、だがそれを看破する技術がない以上どうしようもないんだがな……」
そんな話をしているうちにも、王都を封鎖するかたちで張られた障壁のような結界のようなものは、徐々にその力を弱め、すぐに消滅してしまった。
副魔王は立ち去り、王都も解放された今、この場に残ったのは俺達と隕石が落ちたようなクレーター、そしてかなり見晴らしが良くなった王都の中心部だけである。
と、そこへやって来たのはゴンザレスを始めとする筋肉団、そして反対側からは獣人部隊だのレンジャー部隊だの、とにかく王都の主力がこのまっさらな土地に集合し始めたのだ……
「おう勇者殿、敵は……先程飛び去ったのがそうであったようだな、それで、王宮はどうなったのだ一体?」
「え? もうアレだよ、ドカーンッて、見事に吹っ飛んだぜ」
「なるほど残念なことだ、だが敵を撃退しただけでも、民間人の死者が慌てて逃げ出そうとしてコケた阿呆な貴族だけというのも、これは非常に良かったと言って申し分ないであろう」
「あぁ、それで、そっちの戦果の方は?」
「おうっ、俺達は上級魔族の殺害が12、捕虜が7だ」
「にゃにゃっ、ウチは殺害こそ13だけど、捕虜にしたのは女の子が3人だけだにゃ」
「いや十分だ、ちなみに筋肉団の方、捕虜の男女比率は?」
「情けなく降参した男が5、こちらから投降を呼び掛けたが応じず、少々荒っぽくなってしまったがどうにか捕らえた女性の魔族が1だ、あとの1人は……もう何だかわからないタイプの生物でな」
「そうか、徹底的に痛め付けて、最後は残虐な方法で処刑して良いのは5匹だけか……まぁ、それも仕方ないな、情報は引き出せるかもだし、そうすれば王都内に潜んでいる残りの魔族も芋蔓式にいけそうだからな」
その他、俺達の方で降参させ、土に埋めておいた捕虜が3人、犯罪者ギルドに潜んでいた魔族らだ。
こちらもそこそこの情報源にはなりそうだが、あまり手荒な真似はしないでおくこととしよう、せいぜい鞭でシバき倒す程度である。
で、これからどうしようかということで、やはり西門を出た先の作戦本部へ行き、そこで状況を報告すべきだということ、そして戦闘が継続しているであろう北門の救援も、一部の者が担うべきだということに決まった。
まぁ、俺達勇者パーティーはまず西からだな、屋敷の方がどうなっているのかはわからないのだが、魔族を捕らえていることからも、副魔王がそこに手を出したりはしていないはずだからな。
ということでまっすぐに西へ、本日の戦闘開始時まではそこに居た、森の中の作戦本部へと足を運ぶ。
王都の状況と共に、俺達が魔王城に『招待』されていることについても触れて、どうしていくべきか検討する際の情報としよう。
とにかく戦いの方は継続だ、副魔王を倒し、魔王を捕らえ、この戦争に終止符を打つまでは、少し大変ではあるが地味に頑張っていくこととしよう……




