946 各方面では
『ウォォォッ! 何としてでもこの場を守れっ!』
『王都北門を敵に渡すなぁぁぁっ!』
『てかねぇ、さっきから何かおかしいんだが?』
『ホントだ、王都の中に入れないし、中からも出られないみたいだぞっ!』
『しかも変な穴から何か……勇者パーティーのっ!』
「よいしょっ……あれ? ここ何か違いますね……まぁ良いや」
王都内、王宮前広場での戦闘からコッソリ離脱していたカレン、マーサの残した香りを辿って、地下のトンネルを発見し、それを通過して王都の外に出たのである。
だがそこは目的としていた西門付近ではなく、敵軍の襲撃が続いている北門付近であった。
主力部隊が西へ、そして一部は王都の中へ突入しており、戦力の減退によってそこそこ苦戦しているこの場所へ、地下からひょっこり顔を出したのだ。
心強い、そして戦闘に関しても強い味方の登場に、一気に盛り上がる北門の守備兵および冒険者達。
だがカレンの目的はそこにはなく、周囲をキョロキョロと見渡した後、普通に西へ向かって走り出してしまった。
それを慌てて止めるのは守備隊長、作戦本部で茶を啜っている馬鹿な役人共の一員ではなく、真面目に戦っている軍の将校である……
「お待ち下さいカレン殿!」
「わうっ? あ、私ですか? ちょっと急がないとなんですけど……」
「しかし、せっかくですのでこの現状を、地味に押されがちな状況を、軽くで良いのでどうにかしていって下さいっ!」
「わかりました、え~っと、敵さんが濃い場所は、そことあそこと……とにかく通るだけ通ります、後は頑張って欲しいです」
「ええ、可能な限り多くの敵をっ」
「それじゃあいきますっ! やぁぁぁっ!」
『ギョェェェェッ!』
『ふぎょぉぉぉっ!』
『以下略』
「やったぞっ! 勇者パーティーのカレン殿が、何だか知らないが我々を救ってくれたのだっ! この機に乗じて敵を押し戻せっ!」
『ウォォォッ!』
単に遠回りをし、敵陣を横断するようなかたちで走っただけのカレン、だがその際に生じる、異常なスピードを主な原因とする衝撃波によって、雑魚の魔物やそれを指揮していた下級魔族などが、一気に赤い飛沫となってこの世を去っていく。
そのチャンスを最大限に生かし、立て直しを図る王都側の軍勢、間違って出て来てしまった北門にて、カレンは自覚がないままMVPを獲得してしまったのである。
で、そのまま西へ、全速力で走った先にあるのは、ほぼほぼ北の森と繋がっている状態の森。
その周囲には軍が展開し、少し奥まった場所にある『弱体化エリア』、ルビアやリリィ、その他有象無象が突入している場所存在している。
だがそちらがまさかのフェイクで陽動で、本命は王都の中に突如出現した上級魔族主体の敵集団であったと、そのことについてはこちらでもおおよそ見当が付いているはずだ。
しかしながら、ここまで詳しい状況についての報告がほとんどなく、最初に到達した伝令も、王都の周囲が封鎖され、入ることも出ることも出来なくなってしまったタイミングより前のもの。
ここでカレンが到達することによって、ようやくそれに対応するための、大幅な作戦の修正が可能になる、かなり遅れた状態での戦いを繰り広げているというのが実情である……
「お~いっ! 大変ですっ! 大変ですよ~っ!」
「……え? あ、カレンちゃんです、お~いっ! どうしたんですか~っ!」
「変な方角から来ましたわね、王都の中じゃなくて……何かあったに違いないですわ、お~いっ!」
「ふぅっ、ふぅっ……大変ですっ!」
「どうしたのカレンちゃん? はいお水……よりも回復の魔法薬の方が良かったわね、こっちを使って」
「ありがとうございますっ! それで、王都の中でご主人様達が副魔王の人と戦っていて、負けそうですっ!」
「あら、やっぱりそっちだったのね、総務大臣さん、そういう状況みたいですけど」
「ふむ、やはりそちらが本命であったのじゃな……して、何人ぐらいで加勢すればどうにかなりそうなんじゃ?」
「えっと、ルビアちゃん、というか回復魔法使いの人が全然居なくて、それで色々ピンチみたいです」
「回復魔法使いが……ということはこちら、完全な陽動であったかっ!」
カレンの適当極まりない報告でも、それによって全てを理解したらしいババァ総務大臣。
すぐに弱体化エリア内の仲間を呼び戻さねばと、予め決めてあったという合図を送るよう、部下に命令している。
打ち上げられる魔導信号弾のような何か、赤い球がヒュルヒュルと音を立てながら上空へ、そして一定の高さに到達すると、まるで花火のように炸裂し、大きな音を立てた。
それが時間を置いて複数発、どうやら単体で何かを伝えるようなものではなく、その組み合わせで暗号というか、突入部隊のうち比較的賢さの高い連中にこちらの指示を伝えるものらしい。
これでどうにか伝われば良いのだが、そう考えつつも、作戦本部は緊張の面持ちを崩さない者が大半である。
敵も単に回復魔法使い主体の突撃部隊を誘い込んだのではなく、何か逃がさないための手立てを用意しているはずなのだ。
それを打ち破り、こちらの意図を汲んでその連中が帰還することが出来るのかどうか、それはまだ、結果を見てみるまではわからないことなのだ……
「……うむ、もうしばらくして出て来ねば、すぐに予備部隊を中へ入れるべきかも知れぬな」
「それはどうでしょうか? 中へ入った皆が出て来ないのならば、追加で入った部隊も結局……ということになりかねませんわよ」
「確かにそうじゃが……どうしようもないのこの状況は、とにかく王都内に入った連中には粘って貰う他ないの……」
「ユリナちゃん、むしろこのまま、私達も加勢に行くのはどうでしょう? ルビアちゃんとリリィちゃんが来るのを待つよりも、私達だけでも行った方が良いかもですよ」
「そうですわね、じゃあえっと……カレンちゃんが案内をして、誰か一緒に来て王都の中へ入るルートを覚えて欲しいですのよ」
『ではこの私がお供しましょう、名は一兵卒Aと申しますっ』
「絵に描いたようなモブですわね、不安なので、もう10人ほど……」
『一兵卒Bです』
『一兵卒Cです』
『以下略』
「これで良いわね、じゃあユリナちゃんの考えを採用して、私達3人だけでも加勢に行くわよっ」
『うぇ~いっ!』
カレンと、それから補欠合格組であったセラとミラ、ユリナの3人、ついでに道を覚えるというだけの簡単なお仕事に、10人も居ないと間に合わないような雑魚の『一兵卒A~K』の部隊は、カレンが先程出て来た王都北門付近のトンネル出入り口を目指す。
おそらくもっと効率の良いルートがあるはずだが、それを探しているのは時間の無駄であり、今は判明しているそれを使用する以外の選択肢がない。
その流れで再び舞い戻った王都北門の戦闘エリアでは、先程カレンが活躍したというのに、もう一度魔王軍によって押し込まれている王都側の軍勢の姿があった。
もちろんまた敵陣を横断するようなかたちで、今度はカレンだけでなく、比較的素早さの高いミラも手伝って、次から次へと魔物を討伐していく、していくのだが……
『ギャァァァッ! 殺られたぁぁぁっ!』
『一兵卒B、戦死にございますっ!』
『クソォォォッ! 今度は俺が……ギョェェェェッ!』
『一兵卒L、戦士にございますっ!』
「ちょっと、あなた達のようなモブは余計なことをしないで下さいっ、戦わなくて良いですからとにかく付いて来てっ!」
『ハハーッ!』
「……モブの一兵卒はKまでだった気がしますの」
知らない間に1人増えていた一兵卒、だがそんなことを気にしている余裕もなく、ひと通り敵を殲滅し、王都側が、人族側が有利になるよう取り計らった後、一団はカレンの見つけていたトンネル出入り口へと突入する。
狭いトンネルだが、一本道であるため迷う心配はない、よって後ろを付いて来るモブに関してはそろそろ……と、そのモブのうち1人の様子がおかしいのに気付いたのは、一番後ろを走っていたセラであった……
「ねぇユリナちゃん、この人ちょっとおかしいんだけど……」
「本当ですわね、角が生えて……上級魔族ですわ、何と何のハイブリットなのかはわかりませんが……」
「フハハッ! ここで正体を現すことになってしまうとは、計画にズレが生じてしまったな……で、いかにも我は上級魔族、魔王軍の手先にして、2年前から名もなき一兵卒として王都に潜んでいた忍耐の男だっ!」
「かわいそうに、2年間まるで昇進しなかったのね、よっぽど無能な人族に化けて……あ、元々無能だったのかしら?」
「黙れっ! 無能かどうかはさておきっ、ここで貴様等を滅すれば、魔王軍内部においてはもう一目置かれる存在として輝くのだっ! フンッ!」
『ギャァァァッ!』
「しまった! 一兵卒達が全部殺されてしまいましたっ!」
「フハハハーッ! 次は貴様等の番だげろぱっ!」
「こんな所にも潜んでいたんですねこの人達、どこにでも居るみたいです」
「どういうことカレンちゃん?」
「えっと、武器屋の派遣バイトの人、あの人とかも魔族だったりしました、あと……」
カレンの説明はしどろもどろであったのだが、他の3人にもおおよそのことは伝わったようだ。
王都の中に潜んでいた魔族が、徐々にその正体を現し、それによって数を増しつつ作戦を展開している。
そして、ゴンザレスを始めとした勇者パーティー以外の連中がそれに対処しているのだが、数が多い、どころか時間を追うごとに増えてくるといった有様であるため、対処が進んでいない可能性が高いということも、同時に伝わった事項であった。
で、それはともかくとして、せっかく連れて来た一兵卒を全て失ってしまったことにより、最低でも誰か1人は戻り、北門の連中の中から代役を探さなくてはならない状況。
こんなことになるのであれば、バックアップぐらいは取っておくべきであったと、そう悔やんでいるのはミラとユリナ。
だが今更どうしようもないということで、案内役のカレンを除いた3人の中から、じゃんけんで戻る1人を決めるという、極めていい加減な方法を採用したのであった……
『じゃんけんぽんっ!』
「はいお姉ちゃん負けーっ」
「仕方ないわね、ちょっとダッシュで行って来るから、先に加勢していてちょうだい、すぐに戻るわっ」
『うぇ~いっ!』
こうして戻る1人も決まり、残りの3人で先へ進んだ加勢グループ、この3人プラス遅れてセラが到着すれば、副魔王との戦いも少しは楽になるはずだ……
※※※
「えいやぁぁぁっ!」
「とぉっ! はぁっ!」
「うわぁぁぁっ!」
「大丈夫ですか? すぐに回復をっ」
「いえ、というか自分も回復魔法使いなんで……」
「あ、そうでしたね、これは失礼を……」
回復魔法使い同士の間で流れる微妙な空気、ここは『合格者』達が突入している弱体化エリア、そのどこかである。
ルビアの活躍によって一度は危機を脱したものの、今度は敵の大軍勢に囲まれ、しかも『眠りの魔法薬』を散布され、リリィがそれを喰らってしまった状態。
つまり再度のピンチであるのだが、身動きが取れる者はほぼほぼ回復魔法使いであり、直接的な戦闘経験は全くない者も多いというのが現状だ。
つまり先程まで嵌っていた無限回廊、それを大幅に超える大ピンチなのである、しかも寝てしまった者を守りながら戦わなくてはならないというオマケがキッチリ付着しているのだからひとたまりもない。
そして先程エリアの外から発せられた撤退の合図、それについては全く、一切見えていないということも追加で把握しておかなくてはならない事項である。
つまりこのグループは他と完全に分断され、加勢を呼ぶことも、そして外から出ている撤退命令と、回復魔法使いの派遣要請に応じることも出来ず、ただただこの陽動であるエリアにて、それが陽動であると知らされないままに消耗しているのだ……
「クッ、もう魔力切れです、これ以上回復魔法は使えません」
「え? もうですか……実は私も……」
「困りましたな、ルビア殿、何か策は?」
「わかりません、少しお腹が空いたぐらいでしょうか……」
「ダメだ使えねぇやコイツ」
「ちなみに参謀役さん、何か狙われていますよ」
「なっ? ギャァァァッ!」
ルビアのアホさにうんざりしているところに、敵の魔物か何かが放った火魔法をまともに喰らい、炎上してしまう参謀役。
すぐに消火され、そのうんざりしていた対象であったルビアからの回復魔法を受けて一命を取り留めるという、なんとも情けない結果となってしまった。
もちろん参謀役も回復魔法使いなのだが、もはや魔力は枯渇し、当然のことながら持ち込んでいた回復系のアイテムも使い切ってしまった状況。
囲んでいる敵の数は、もはや無数としか表現のしようがない中で、眠りこけているリリィと、戦闘力こそ非常に高いのだが、頭の方が全くもって付いて来ていないルビア、この2人が主力の中の主力なのだ。
今はそのルビアと、数少ないこのエリアに適性を持ったパワー系のファイターのうち、リリィのように眠ってしまったわけではないごく少数のキャラが、必死になって敵の包囲を突破しようと戦っている状態である。
もちろんそれらが死んでしまったりしない限り、片手間で回復魔法を使うルビアによって、何度でも復活して戦線に復帰することが出来るのだ。
よって継続し戦いはそこそこ可能、ただ参加者が魔力切れ、モチベーション切れになってしまうことによって、どんどんルビアの負担が増えていっているのは事実。
既に1人で同時に50体以上の敵魔物や魔族の相手をしつつ、全体に気を配って回復を続けるルビア。
普段のダラダラした性格からは想像できないほどにアグレッシブな動きで、舞台全体を支える要となっている。
しかしそれはそのうちにリリィが、そして他の力を持つ参加者が、眠りから覚めてくれるとの期待の下にそうしているに過ぎない。
実際には眠りこけている仲間は、もうあと数時間は目を覚まさないような、そんな強烈な状態異常を喰らっているのであった……ルビアはそれを全く知らないのだが……
「ふぅっ、ちょっとこの数はどうかと思います、一旦戻ったりとかしませんか?」
「いえ、それは出来ませんぞルビア殿、我々の使命はこのエリアの破壊、それを成し遂げずして退くようなこと、絶対にしてはならないのですっ!」
「困りましたね……あ、じゃあ私だけでも一旦戻って、こういう感じだと報告しつつ、ついでにお茶でも……ダメですか?」
「絶対にダメですっ! 戦って戦って戦って、勝利を掴み取るまで帰還することは出来ませんっ!」
「・・・・・・・・・・」
実に頭の固い、典型的な『使えないエリート』である参謀役、この作戦の成功に固執し、やるべきことを見誤っているのは、勇者パーティーとして成功を体験してきたルビアが、そう頭を使わずともわかることである。
しかしこのやり方が間違いであると、ここは理由を問わず一旦帰還して立て直すこと、そして外部の情報を得ることが必要だと主張するにあたり、その根拠となる事実をこの森の中で知ることは出来ない。
まさかこの森の、弱体化エリアなどという大掛かりな仕掛けが実は陽動で、本命の方はしっかり動いている、そしてこちらが押されているという状況であることは、ここの連中には一切伝わっていないのである。
何となくであるが、これまでの経験からそうであろう、そうであるかも知れないと察しているルビア。
経験がない頭でっかちで、そのことに全く気付かない、気付こうとしないまま前進を支持する参謀役。
ここまで噛み合っていないとなると、この急拵えの突入部隊は完全な失敗であり、単に『賢さが高い』という理由だけでその参謀役に着任したこの馬鹿は、殺害してでも止めるべきところ……その判断を下すことが出来るようなキャラは、この部隊には含まれていないのだ……
「とにかく、この場で勝利するためには、まずこの眠りこけている方々をどうにかしないとです、ルビア殿、回復をっ」
「え、いや、その……それはさすがに無理なんじゃ……やっぱり諦めて一旦戻りませんか?」
「なりませんっ!」
「うぅっ、ご主人様~、変な人が指揮官なんです~っ」
困ってしまったルビアであるが、『知らない人である参謀役に逆らう』という発想がイマイチ出てこないためどうしようもない。
仕方なくそのまま戦闘を続け、いつ起きてくるともわからないリリィを始めとしたその他の突入部隊メンバーを待つルビアだが……どうもこのままだと不味い気がしてきた。
先程から定期的に、眠りの状態異常を誘う薬剤が散布されているような、そんな気がしてならないのだ。
もっともリリィ達が状態異常から脱するタイミング、それ自体を見誤ってはいるのだが、それでもここで何か、他の要素に気付いてしまったことは確かである。
周囲に気を配ったルビア、あまりしっかりと見渡したわけではないのだが、やはり何やらその役割、眠りの状態異常を誘発させるためだけに戦闘に参加している敵の姿が、チラホラと見受けられたような気がした。
背中にサンタクロースのような袋を担ぎ、ガスマスクのような装備をしている魔族の敵、それがその『眠らせ係』に違いない、ルビアはそう考えたのだ。
早速そのことを参謀役の回復魔法使いに報告し、それ単体だと報告を握り潰されてしまうかも知れないと危惧したことから、他の参加者の、比較的賢さが高いように見える者達にもそれを触れて回る。
そしてその中には、最初、『合格者』を選抜するイベントの際に、ルビアの周りを囲んでいた、ルビアこそ最強の回復魔法使いであり、尊敬すべき存在だと認識している連中の姿もあった。
もちろんその連中はルビアの言うことを、無駄に忙しそうにしている参謀役よりも真摯に聞いてくれる。
その中の1人、賢そうに見えて本当に賢かったらしい男が、どうやら何か敵の秘密に気付いたようだ……




