943 やられた
「ひゃっほーっ! いっきまーっす!」
「ちょっ、速い、速いですよリリィ殿! 後続が離れてしまいますっ!」
「はい急ブレーキ!」
『のわぁぁぁっ!』
作戦開始と共に凄まじい勢いで走り出してしまったリリィ、後ろを付いて行く予定であった参謀役に制止され、急に立ち止まる。
必死で喰らい付いていた前の方の連中が、その予想だにしない動きに対応出来ず、そのまま突っ込んで将棋倒しになってしまったではないか。
これはウチのパーティーメンバーが大変に迷惑を掛けてしまったようだな、被害に遭った方々には後で菓子折りでも持って行こう……もちろんその被害者が生きて戻ったらという条件付きだが……
で、そのまま森の奥に消えて行った突入部隊、最後尾を走るルビアの姿が見えなくなったところで、こちらは本陣として使用しているテントへと戻り、しばしの休憩とした。
その間にも進軍を続ける突入部隊、戦闘のリリィは今どの辺りを走っているのであろうか……
「走れっ、走れっ、ここどこですか~っ?」
「リリィ殿、お待ち下さい、少し停止をっ」
「あ、はーいっ」
「とととっ、全隊停止! ちょっと様子がおかしいっ!」
「……確かに、魔物も出現しないし、このぐらい走ったのであれば、もう森の終端に到着していてもおかしくはないのだが」
「そもそもここ、さっき通った場所じゃないですか?」
「我もそう考える、ひとまず目印か何かを置いて……」
「あ、それならさっきからずっと置いてますよ、ほらそこの石ころ」
「なるほど、リリィ殿はそこまで考えて……いやなぜにふたつ?」
「えっと、最初に置いたのと、次に来たときに置いたのと、それでふたつです、あ、でも今また置かなきゃだから……これでみっつですねっ」
「・・・・・・・・・・」
明らかに『同じ場所をグルグル回っているだけ』であるということが発覚してしまった突入部隊。
リリィのお陰でそれが判明したのだが、そうであるならもっと早く言って欲しかったというのが他の連中の考えていることであろう。
そしてもちろんのこと、誰か、というか参謀役の回復魔法使いが道を間違えているとか、そもそもマップ自体が間違っていたとか、そういうことではないのは明らか。
これは敵の罠であり、突入部隊は完全にその術中に堕ちてしまっているということである。
ここでどうにかしていかないと、このまま延々同じ場所を彷徨い続け、最後まで敵の姿を確認することなく敗北してしまうことになりかねない。
参謀役にとっては重大な問題だ、せっかく成立した回復魔法使いの小隊、その晴れ舞台であるこの戦いにおいて、いきなりトラップに掛かって残念な結果に終わるというのはよろしくないのだ。
完全耐性を持ち、メインで作戦に参加している者に占める割合として最も多い回復魔法使い、その全体の沽券に係る事態でもある……
「……ここで少し考えましょう、どうにかしてこの『無限ループ』を突破しないとです」
「あの~、それでしたらその~、大丈夫だと思うんですが……」
「ルビア殿、それは一体どういうことで?」
「えっとですね、そこからこの辺りまで、魔力を使った道? のようなものが出来ていまして、私達はその中に囚われてしまっているんですね、このまま走っていたら、それはもうずっとこのままみたいな感じです」
「それが見えるのですかっ⁉ 魔力の流れが? 敵のトラップそのものが?」
「あ、はい最初から見えていて……言った方が良かったですかね?」
「・・・・・・・・・・」
またこのパターンなのかと、非常に複雑な気分になる参謀役、強さや戦闘に使える能力の面においては、ルビアやリリィの『使える』感じは極大である。
だがおつむの方がアレであるため、結局こういうかたちにならなければ、トラブルについてハッキリと認識させるような状況にならなければ、正直まるで使えないという点がネックなのだ。
もちろん、勇者パーティーという組織全体で活動している場合には、原則『誰か意見は? 気になることはないか?』など、常に誰かしらが質問し、この2人もそれに応えるかたちで情報を提供してくれる。
しかし急拵えのこの突入部隊であり、参謀役も完全な素人で、『馬鹿共の指揮経験』がまるでない状態である以上、こういった噛み合わなさが生じてしまうのは避けようがない。
ここは一旦停止し、改めてやり方について擦り合わせる必要があるのだが……どうせリリィが暴走してしまう可能性が高い、あまり意味はないかも知れないな……
「それでルビア殿、この無限回廊から抜け出す方法としてはどのような?」
「え~、普通にこっちに来たら良いと思います、ここから抜けて……あ、凄い魔物、100匹ぐらい居ますよ」
「いえここからは全く……何じゃこりゃぁぁぁっ⁉」
「どうしたっ? あっ、総員戦闘準備!」
「おっ、すごーいっ! でもこのぐらいなら大丈夫です、えいやっ!」
『ギョェェェェッ!』
「やりましたねリリィちゃん、討伐完了です!」
「どうなってんだこの子は……」
敵のトラップである無限回廊をスッと抜けた所には、それはもう大量の魔物が、うっかり『道』を逸れてしまった兵員を襲うため、そして喰い殺すために待機させられていた。
最初に顔を出したルビアに襲い掛かろうとしていたその魔物らは、その次の次の次、4人目に顔を出したリリィが、水切りのように投げた平たい石ころによって全て討伐されたのである。
目の当たりにした勇者パーティーの強さに、半ばションベンを漏らしながら驚く参謀役。
もちろんリリィは本気ではないし、ドラゴン形態でもない以上、その攻撃力は本来と比較して10分の1以下となっているのだが……
「凄いっ! 凄いですよこれは! 間違いなく勝てます、今の攻撃を敵の首魁、副魔王にぶつければ……」
「あの……多分それだとどうということはないと思うんですが……」
「たぶん痛いとも思わないはずですよ、あのぐらいの小石じゃ、怒られてお終いですね」
「そうなのですか? 副魔王というのはどれほどの存在であるのですか? ヤバいのですか? もし手を出してしまったらどうなるのですか?」
「残念ですけど私は逃げます」
「あっ、私もご主人様に逃げろって言われてるんだった」
「なんと……今の攻撃でも、それの使い手でも逃げ出すほどの脅威とは……」
敵の強さについて見誤ることは最悪なのだが、それでも今回の敵は常軌を逸しているという点において、ほぼほぼ一般人で、単に回復魔法が使えて賢いだけのモブキャラにとっては、それを想像することが困難なものである。
もちろん今回の作戦において、副魔王本人と遭遇してしまう可能性はゼロではなく、むしろ見つからずにこのエリアのみを破壊し、その他の主力部隊が突入出来るようにするという結果を導くこと自体、かなり難易度の高いものであることは既に想定済みだ。
この後もし作戦が失敗、つまり副魔王やその他の強キャラによってこちらの侵入を察知され、ゲイゲキされってしまった場合にはどうなるか、それはルビアとリリィと、他にも若干存在している馬鹿そうな奴以外は理解しているところ。
おそらく突入部隊は壊滅し、外で待っている王国要人やその他の主力には、普通に逃げ帰って来たルビアとリリィの2人から、もうわけのわからない、報告のようで報告でない無意味な言葉が伝えられることであろう。
もっとも、そうならないための作戦参謀なわけであり、名前さえも与えられていないモブキャラだからといって、ここはしっかりキッチリ、その責務を全うしてから死ぬなりフェードアウトするなりして欲しいものだ……
「……さてと、これからどうするんですか隊長さん?」
「うむ、え~っと、その……こういう場合、勇者殿であったらどうしているのでしょうか? 参考までにそれをお教え頂きたい」
「何も考えずに前に進むと思います、面倒臭そうな顔して」
「まぁ、どうにかなるっしょ、とか言って、いい加減なことをすると思いますよ」
「そ、そうなのですか……他には?」
「セラさんとかジェシカちゃんとか精霊様に『どうする?』って聞いて、そのうえで『じゃあ失敗したら責任とれよ』とか言うと思います」
「あと、作戦の前に『それまで失敗したことをどうやって隠すか』を考えると思います」
「いや、とんでもないクズじゃないですかそれ……」
「隊長殿、勇者殿のお考えはまるで参考になりませぬぞ、居ないので言いますがアレは馬鹿です」
「そうなのか……よしっ、ではこの無限回廊から外れて、わかり易い場所に出たらそこで改めて位置を確認、その際魔物などの襲撃があった場合には戦う、以上だ、横に向かって進もう!」
『うぇ~いっ!』
リリィやルビアの異常なほどの凄さに次いで、どこかの勇者がまるで使い物にならないということを知ってしまった突入部隊の指揮官およびその愉快な仲間達。
そのまま森の奥へ、まずは自分達の位置を把握するために進軍することを決定し、何やら凄く見えているルビアの先導に従い、前進を開始した……
※※※
一方の森の外、やることもなく、時折北門の方角に見える派手な爆発の煙に歓声を上げつつ、適当に軽食を取るなどして過ごしている。
これまで特に目立った情報や、救援要請の類は入っていない、せいぜいそこそこのランクの冒険者や、尉官クラス以上の軍人が戦死した旨、チラホラ報告として上がる程度だ。
俺はその様子を眺めつつ、ついでに誰かに噂されているのか、無駄にくしゃみなどしつつ暇な時間を潰す方法を考えていた。
耐性アリとなってしまったセラも、そしてそもそも突入しているルビアも居ないため、ちょっかいを出す相手が限定されてしまっているのは微妙に悔しい。
ジェシカの分厚い肉でも揉んでいようかと思ったのだが、どうやら本陣の方で真面目な話をしているらしいし、カレンもマーサも昼寝を始めてしまったではないか。
仕方ない、ここは精霊様で弄って遊ぶとしよう、突入部隊に選ばれることすらなく、それ以外の『弱者』は危険なのでエリアに近付かないようにとのお達しを受け、ふてくされている様子だからな……
「よぉ精霊様、元気してる?」
「元気も何も、やることがなさすぎて鬱になりそうよ、ちょっと敵でも出現してくれないかしら、出来れば殺し甲斐のある奴」
「まぁ、そうそう居ないだろうなそんなのは、てかそれなら北門の雑魚キャラでも狩りに行けば良いのに」
「そんなことしたら、私がこっちに突入していない、センスナシ精霊だってことがわかっちゃうじゃないの、あ~あ、王都の中とかにいきなり敵が出現して、私が颯爽とそこに……」
「おいちょっと待て、それ、完全なるフラグじゃね?」
「そうかしら……あ、そうだったみたいだわ」
『でんれーいっ! 伝令にございますですっ、ハイッ!』
「何じゃ? 王都内部で何かあったのか? トラブルの種など残して……うむ、王はここにおるし、何があったのじゃ?」
「そ、それが……」
突然駆け込んで来た王都を守る一般兵士、かなり慌てた様子で、返り血……ではなく自分の血か、とにかく負傷している様子だ。
で、その兵士の報告によると、どうやら精霊様のフラグ建立のせいで、王都内に出現した敵が暴れ狂っているとのこと。
一体どこからそんな奴等が、そう聞いているのはババァ総務大臣であるが、兵士は『王都の中から突如』という風にしか答えようとしない。
もしかして俺達も気付かないうちに『魔の野菜の種』が王都内へ運び込まれ、それが魔物化したり、食べた人間が魔物にされたりして暴れているのか。
そう思ったのだが、実際にはそうでないらしい、暴れているのは魔物ではなく正真正銘魔族、数は少ないとのことだが、ほとんどが上級魔族であり、もはや王都に残っているような兵力ではどうしようもない状況なのだという。
で、確実な死者はともかく負傷者はどうなのだという質問に対しては、『回復魔法使いがまるで居ないのでどうしようもない』とのこと。
ギリギリで瞬殺されず、生き残った兵士に関しても、避難誘導に参加するどころか回復をすることが出来ない、それはこちら、敵の本拠であるこの場所で、ほとんどの回復魔法使いを使用してしまっているためだ……
「……勇者よ、もしかしてこれは……いや、考えたくもないがの」
「こっちが陽動で、本命は王都の中、どうやったのかは知らんが、いきなり出現した魔族ってことか」
「そう……いうことになるじゃろうな、そしておそらくじゃが……」
「副魔王の奴もそっちだと、こりゃ相当にアレだぞ、王都を更地にされかねないぞマジで」
「すぐに動ける者を集めよっ! 強者だけで良いっ! わしと一緒に王都へ戻るのじゃっ!」
東を、王都の方角を見てそう叫ぶババァ、俺も釣られてそちらを見ると、どう考えても煙が立ち上っている状況。
相当な攻撃を受けているようだな、しかもたった今爆発音がひとつ、さらにひとつ。
出現した敵がそれぞれの配置に着き、本格的な攻撃を開始した瞬間であるようだ、これはダッシュで戻らないと大変なことになるぞ。
「おいっ! セラとミラとユリナはここに残ってくれっ、万が一に備えるんだ、向こうが『こちらを陽動と見せかけた本命とみせかけた陽動』という可能性もなくはないからな」
「わかったわ、じゃあ急いでっ!」
「おうっ! カレンもマーサも、寝てないで行くぞっ!」
「わぅぅぅ……」
「……ん? 何かあったのかしら」
「何かどころじゃねぇっ! サッサと起きろっ!」
「あいだっ! 叩かなくても良いのに……」
寝ていたため状況を把握していない2人を叩き起こし、すぐに王都を目指して走り出す。
一足先に飛んだ精霊様を追い掛けるかたちで、全力をもって帰還する勢いで走って行く。
参加者は俺達勇者パーティーのうち、『合格者』となった5人を除く7人と、それから大半が不合格であった筋肉団、その他有象無象である。
一団がそこまで離れていない王都に到着する頃には、既にそこら中で爆発が起こったり、避難民が西門に殺到していたりと、阿鼻叫喚の状況であった。
だがその避難民も、そして王都内で避難誘導をしている兵士達も、一切外に出て来る様子はない……というか出られないのだ、城門の手前付近で、必死にパントマイムのような動きをしていて少しウケる……
「ちょっと何よコレ? 中から結界が張られていて入れないわよっ!」
「どういうことだ精霊様? 何も見えないのだが……まぁ、状況的にそうとしか思えないわな」
「ちなみに精霊様、そこから中の様子は見えますか~?」
「見える、ホントに良く見えるわよ、確認出来るだけでも上級魔族が10以上……広場のステージに副魔王が居るわ、偉そうに座って、部下3人に囲まれちゃって」
「そうか、ちょっとブチ抜いて中へ入ろう、降りて来て手伝ってくれ!」
「合点! 目にものを見せてやりましょうっ!」
降りて来た精霊様、そして俺とその他筋肉が凄い連中で力を合わせ、予め殺到している民間人を退けたうえで体当たり、全く見えない壁を破壊していく。
物理的な打撃でも十分に効果があるようだ、さすがに一撃というわけにはいかなかったのだが、もはや目に見えるかたちでヒビが入っているのがわかる状態。
続けてもう一撃……今度は直径で20m程度か、綺麗な形でこそないが、とにかく魔法の障壁を破壊することに成功した。
だがその障壁はすぐに閉じ始める、まず俺達が中へ入り、そこから可能な限りの民間人を外へ逃がすこととしよう。
もし間に合わなかった者は……まぁ、諦めて頂く以外にないな、俺達が勝利すれば、そしてその際に生存していれば、改めて避難が叶うというものだ、もちろんその時点では既に無駄なことではあるが……
「よっしゃっ! このまま突入して、広場の副魔王を襲撃すんぞっ!」
「ちょっと待ってっ! そっちから上級魔族が3、中級魔族が5、接近しているわよっ!」
「おうっ! まずはそちらの討伐だっ! で、俺達はそのまま広場へ、ゴンザレスは……町中で暴れている馬鹿の掃討をっ」
「任せておけ、全部ヘッドロックで絞め殺してくれるわっ!」
「いや、もっと効率の良い方法で頼む……それで精霊様、敵は?」
「すぐに来るわよっ! てか上級魔族3体は女の子ね」
「何だとっ⁉ 最悪話し合いで解決だなこりゃ……」
俺達の侵入に気付いた、というか近くに居れば結界が破壊されたことぐらいすぐに気付くのであろうが、とにかく女の子だという上級魔族が3人、中級魔族を伴ってこちらへ向かっているとのこと。
それを迎え撃つべく、勇者パーティーの仲間のみで停止し、残りの筋肉だの有象無象だのは町中へ散って行く。
そしてすぐに確認出来た上級魔族の女の子は……どうも見たことがある顔ではないか、いや、見たことがあるどころか、昨日顔を合わせた3人だ……
「はいストーップ! おいおいお前等……人族じゃなかったのかよ?」
「ええ、副魔王様の力で偽装していましたが、私は鬼!」
「純粋魔族!」
「宇宙人です!」
「……宇宙人って魔族だったのか、へぇ~っ……じゃねぇよっ! 明らかにおかしいだろお前はっ!」
「あ、実は『宇宙人っぽい感じの魔族』でした、誤解を招く表現で申し訳ありません」
「そうか……で、お前等、犯罪者ギルドの職員なのは仮の姿で……いつから王都に紛れ込んでいたんだ?」
「結構前です、まぁ、犯罪者ギルドに入るように仕向けたのは私達の策略ですが、あのギルド長、全然気付かなかったですけどねーっ」
「だろうな、俺だってわからなかったぞ、副魔王の奴、すげぇ偽装力だな……」
「そうでしょうそうでしょう、私達の副魔王様、最凶でしょう、わかったらとっとと倒されて下さいっ、異世界勇者よっ!」
てっきり人族だと思い込んでいた3人、それが上級魔族、いや1人は自称宇宙人のようなわけのわからない奴なのだが、とにかくそれが本来の姿を現した。
そして今、牙を剥いて襲い掛かってくる、ひとまず軽く揉んでやって、こちらの強さを見せ付けてやることとしよう……




