939 抽出
「ここっ、ここから先へ入るとアレだから、マジで超アレだから、本気で警戒した方が良いぜ、ビックリするぐらいの感じでバァーッとくるからな、一撃でだぞ」
「ちょっと何を言っているのかわかりませんの、精霊様、補足説明をして欲しいですわよ」
「あのね、このライン、一応ロープ張ってこれ以上進めないようにはしたんだけど、入ると物凄い脱力状態になるわけ」
「ふむふむ、それで、精霊様もやってみましたの?」
「いいえ、私は見ていただけ、でもこれを中へ入れたら凄い感じだったし、防御力も通常の人族の2倍程度まで低下していたから、きっととんでもないことになるわ」
「あの、他人のこと『これ』とか言うのやめていただけます? ねぇ」
「あ、ちなみにだけど、一般の王国兵、つまり人族でも、この雑魚キャラみたいに完全にダメにはならず、這って脱出することが出来たようなのも居たみたいなのよ」
「なるほど、個体差があるんですねこのエリアの効き目には」
「ちょっ、『この雑魚キャラ』とかもNGだかんねマジで」
魔法といえば、そう思って連れて来たユリナとサリナに説明をしつつ、地味に俺のことをディスッてくる精霊様。
ちなみに今はあの夜中に押し掛けられ、森まで駆け足で移動させられ、精霊様に騙されてミンチにされた日の次の夜だ。
もちろんこの向こうでは敵の、副魔王(女性)による攻撃の準備が着々と進み、停戦協定が効果を失うと同時に、凄まじい攻勢に出ることが可能なよう、人員から何から、色々と集まってしまっているはず。
だが俺達はたとえ偵察であったとしてもその様子を見に行くことが出来ない、いや、それはおろか近付くことさえ叶わないのだ、この『弱体化エリア』が存在しているせいで。
で、ユリナとサリナは接近して、中の様子を覗き込んでみたり、それから魔力を感じ取ってみたりといろいろしている様子。
念のため2人の体にはロープを結び付け、いざというときには引っ張って……まぁ、ミンチになってしまったとしても大丈夫であろう、この2人は不死の悪魔なのだから……
「どうだ~? 何かわかったか~?」
「そうですねぇ……ちなみにご主人様、昨夜はこのエリアの中に足を踏み入れたってことで良かったですかね?」
「おうっ、気合と根性でな、その後すげぇ状態にされたけどな」
「そうですか、となると……姉様、ここは慎重に」
「ですわね、指先だけちょこっと、ホントにどんな影響を受けるか確認する程度で」
「しまった、その手があったか」
「いえ、たぶん昨夜の時点で気付いていなかったのはあんただけよ」
「おう勇者殿、俺も言うかどうか迷ったのだがな、勇者殿が漢の決断をした以上、止めるわけにはいかなかったのだよ」
「いやいやいやいや、次からは先にちゃんと言って欲しいんだが?」
本当にゆっくり、僅かずつ弱体化エリアの境界線に近づいて行くユリナ、そしてそれを後ろから引っ張れるよう、摺り足で付いて行くサリナ。
俺もこのようにすれば良かったのだということは明白であり、しなかったことが悔やまれるのだが、精霊様もゴンザレスも、それから後ろのモブ筋肉も、気付いていたのであればそう伝えて欲しかった。
で、その境界線にゆっくりと近付いていたユリナの指先が、遂にラインを割ってそちら側へと侵入する……
「ななななっ! こ、これはちょっとヤバいですわよ、相当な力の魔力が……50人以上ですわね、掛け合わさって濃厚な魔法の領域を構成していますの」
「ちょっと姉様、そのままそのまま……幻術……の類ではなさそうです、何か特殊な魔法で、私達にもわからないものですね、とにかく姉様に触れているだけで影響が……きゅぅぅぅ~」
「あっ、大丈夫かサリナ? ユリナは……そこまで影響を受けていないのか?」
「ええ、力は失いつつある、というか吸い取られてしまっているんですが、それでもサリナほどじゃありませんのよ」
「そうか、だが一旦こっちへ来るんだ、さすがにヤバすぎんぞこの反応は」
指を突っ込んだユリナはそこそこのダメージ程度で済んでいるのだが、そのユリナの背中に触れ、実質弱体化エリアと繋がった状態のサリナは、昨日の俺と同じく、完全に力を失って倒れてしまった。
ひとまず境界線から離れるかたちで後退し、サリナも離れた場所へ運び出す……と、すぐに気が付いたようだ、もうユリナもサリナも、全くエリアの影響を受けていないのと同じ状態である。
しかし同じ悪魔、姉妹であってもここまで反応が違うのか、これだと人族の兵士に対する影響がバラバラで、逃げ出せた者も、パンツさえ脱ぎ捨てた者も、そして行動不能に陥り、魔物の餌食となった者まで出たことも納得がいくな。
で、ユリナはもう一度そのエリアに接近し、今度は何やら瓶のようなものを差し出しているではないか。
どうやら土壌のサンプルを持ち帰るつもりらしいが、そこは気を付けて、本当に影響がないかどうかをキッチリ確認して欲しい。
転移して来る前の世界においても、そういったもの、例えば危険な放射性物質などを、何も知らない市民が発見し、軽い気持ちで持ち帰ったことによる悲惨な事故などが発生していたり、そういった話を聞いたことは多いからな。
今回に関してはこのエリアを構築している責任者がとんでもない奴、魔王軍の最後の主力キャラである副魔王であることからも、俺達がそういった事故の被害者とならないとは言い切れないのだ。
「……っと、サンプルの確保が完了しましたの、あとはこの空気をキッチリ閉じ込めて……うん、霧散してしまったりしませんわ」
「姉様、その1本だけでなく、実験に使える分だけの数を持ち帰った方が良いかと」
「そうですわね、じゃああと5本分ぐらい……」
「おいおい、大丈夫なのかそれマジで?」
「大丈夫ですの、この魔法の瓶は非常に優秀で、魔力とか臭いとか、あと熱も逃がさないスグレモノなんですわよ」
「熱だけじゃなくて魔力も逃がさないのか魔法瓶って……」
絶対に安心だと主張するユリナ、そしてそれが確かなものだとバックアップするサリナの言葉を信じることとして、一旦『サンプル』を持ち帰り、検証を進めることとしよう。
だが停戦協定が効力を失うまであまり時間がない、調べるにしても急いで、しかもこちら側の対応が間に合うようにしていかなくてはならない。
少しハードルが高いような気もするが、このままだと絶対に、何があっても敵本陣に接近することが出来ないため、ここは頑張ってみる以外の方法がないのだ。
で、一旦屋敷へ帰り、今日はもう全ての作業を終わりにして就寝すべきなのだが……やはりこの『ブツ』が屋敷にあるというのはあまり安心出来る状況ではないな。
王宮へでも放り込み、ついでに駄王辺りを捕まえて1本グイッといかせてやろうか。
どうせ酒ばかり飲んでいるのだし、この程度のものを飲み込んだところで普段と変わらないであろうからな。
と、冗談はさておき、ブツについては研究所の夜間ポストにでも放り込んでおくこととしよう。
少し寄り道にはなってしまうが、そのわずかな時間よりは、確実な安全の方を優先すべきだ。
「はい投函っと、これで良いな、明日には誰か気付いて回収してくれるはずだ」
「おう勇者殿、それが何なのか、どういうものなのかを書いてあったか?」
「いや全然、瓶のまま封筒に突っ込んで、そのまま放り込んで……ダメかな?」
「もはや危険物質テロなんだがそれは……」
「まぁ、良いんじゃね適当で」
「・・・・・・・・・・」
無駄な心配をするゴンザレスは放っておいて、もう眠たいので屋敷へ帰ることとしよう。
きっと明日の昼の戦いが終わったぐらいの時間帯には、この件について何らかの報告が入ることを期待しておく。
だが念のため、特に必要はないと思うのだが、夜間ポストに『西の敵軍の近く、何かヤバそうな感じの土壌サンプルをいくつか入れておきました、適当に魔導分析して下さい、勇者より』との記載をした紙切れを突っ込んでおいてやった。
これで完璧を超えた完璧であることは確実、何か事故があったとしたらそれは研究所のせい、国のせいであり、もう俺達が追及される箇所は残されてなどいないのである。
ということで屋敷へ戻り、寝る態勢に入っていた仲間達に本日の実地調査に関する報告を済ませ、夕食を取って風呂に入って寝た。
翌日は朝から、眠い眼を擦りつつ昼間の戦いへ、相変わらず『魔の野菜』を繰り出す『ネチネチ攻撃軍』を相手取って大殺戮を繰り広げ、そこそこの経験値を稼いだ。
で、夕方の時間に一度屋敷へ戻ると、どうやら王宮のものと思われる豪華な馬車、きっと研究所の偉いさんが乗っていて、俺達が帰って来るのを待っていたに違いない。
帰還の報告をし、やはり馬車の中に居た白い髭面のジジィと、その付き添いで来たのであろう研究者の一団を屋敷へ招き入れ、粗茶を出して話を始めたのであった……
※※※
「……と、いうことでですね、この危険極まりない、大変濃厚な魔力を帯びた小瓶なのですが……1本空けてみても何もわかりませんでしたとさ、おしまい」
「おしまい、じゃねぇよこのクソジジィ、金貰ってんだろ? どうにかしろよこの税金ドロボウが、ブチ殺されてぇのかマジで」
「そう仰られましてもな、こちら、人知を超えた凄まじい魔法体系でして、わからぬものはわからぬと、そういうことなんですね、わかります?」
「わかります? だとコラ、おいこのジジィ、テメェ調子乗ってっとアレがアレでアレになるぞ、夜道に気を付けて歩けよな今日から、この帰りから、もっとも今日で最後の『帰り』だがな、覚悟しやがれこのブタ野郎!」
「えぇ~、パワハラ勇者を被告とした訴えについて……」
「あぁぁぁっ! わかった、わかったから訴訟を提起するな、裁判所まで滅ぼさなくちゃならんのは面倒だからな、で、何がどうわからないんだ?」
「恐ろしいことをサラッと言いますなこの勇者という男は……」
何の結果も出さず、それについての糾弾に対しては訴えを提起するかたちで応戦しようという姿勢を見せる無能馬鹿ジジィ。
せっかくサンプルを提供してやったのに、それで何もわからないとはどういう了見だと問い詰めたいところだが、ここは穏便に済ませてやることとしよう。
で、話を聞く限りでは、もうこれは人間、というか人族の側でどうこう出来るような次元のモノではないということ、それだけは非常に良くわかった。
つまりこのまま、あのエリアがやべぇ状態のまま、もうすぐ始まる停戦協定明けの戦いを進めなくてはならないということか。
全く対策もクソもない、本当にガチンコの勝負である、そうであるのだが……まだサンプルはそこそこの量が存在している、これを使って何かすることが出来ないであろうか、いや出来るに違いない……
「あ、え~っと、ユリナ、サリナ、それから精霊様もちょっと良いか? このサンプル、どうにか有効に活用したいんだが、何か案は……と、後ろで手を挙げているマーサ、何か用か?」
「畑に撒いたらどうなるかしら? 試してみて良い?」
「ダメだし、くだらない提案をした奴は後でお仕置きとする、マーサはそこに正座!」
「はいぃぃぃっ!」
「で、他には?」
「あの、勇者様、ちょっと良いですか?」
「はいマリエルさん、ご意見をどうぞ」
「それって、効果が凄く出てしまう人とそうでない人が居るってことで良いんですよね? そしたらほんの微量ずつ触らせてみて、その、あまり効果が出ない人を選抜して、みたいな……どうでしょうか?」
「……それでいこうっ!」
珍しくまともな意見を出したマリエルであった、確かにそのマリエルの言う通り、このサンプルを少しだけ、ほんの少しだけ使って、兵士や冒険者の中からその影響を受けない人間を抽出することぐらいは出来そうなものである。
早速その作戦でいくことにつき皆で話し合い、翌日の昼、王都北門付近での戦いの後、『強くて適性がありそうなキャラ』を探すことで合意した。
王宮にもこのことを伝えなくてはならないな、上層部の連中はまだ現場に留まっているであろうから、すぐに行って話を通し、ついでに残っている奴の中から実験的に選抜を進めていこう。
今回はとにかく時間がないからな、可能な限りスピーディーに、かつ良い感じに進め、期日までにそれなりの『突入班』を構築してやらないとだ。
で、急いで屋敷を出た俺とマリエル、それから状況の説明のためにユリナとサリナは、使えない研究者共が乗って来た馬車を拝借して王都北門へと向かう。
ちなみに研究者共は徒歩で帰らせてやった、まぁ、まるで使えない、何の成果も出せなかったのだから当然だし、俺様の怒りを買ってボコボコにされなかっただけでもラッキーであったと思って頂かなくては。
と、到着した北門では王都軍が片付けと、それから戦死者リストの作成を終えて、魔の野菜の種をのこさないための後始末を下っ端に任せ、撤退しようとしているではないか……
「お~いっ! ちょっと待ったぁぁぁっ!」
「ん? 何じゃ勇者か、忘れ物でもしたのか? それなら向こうのテントに集積してあるゆえ、探し出して持って行くが良い、全く、戦場に来て命だけでなく財布を落としていく者の多いことときたら……」
「そうじゃねぇよ、俺様が財布なんぞ落とすわけねぇし、そもそもそんなもんカラッポだっての、今回はそうじゃなくてな、かくかくしかじかで、ああでこうで……」
「なんと、かくかくしかじかでああでこうでなのか、だとしたらすぐに残っている兵や冒険者を集めねば」
「おう、雑魚はガン無視で、それなりに使えそうな奴だけ頼むぜ」
「わかった、おいそこの部隊長よ、報告書はもう適当にサルの絵でも描いておけば良い、今の話を聞いたのであれば、すぐに動かぬか」
「ハハッ! すぐに開始致しますっ! そこの兵卒、この用紙にサルの絵を描いておくように、以上!」
「いやサルの絵じゃダメだろ普通に……」
極めていい加減なことをする王国軍であるが、基本的に頭が悪いので仕方がないことだ。
で、すぐに残っていた『元々使える感じの人員』が搔き集められる、さてここからどうするかだが……どうしようか。
まずはユリナとサリナで考え、俺とマリエルは適当に着席して将校用の菓子を摘まみながら待つ。
しばらく2人が話しあった後、どうやら方針が決定されたようだ、可能な限り少ない量のサンプルで、ここに居る兵士や冒険者の適性を調べるらしい……
「良いですか皆さん、ちょっとこっちのテントに集合して下さい、そう、もっとぎゅうぎゅうに詰めて……そんな感じです」
「で、このサンプルの瓶を少しだけ開けて、耳かき一杯分程度の土を中へ……それっ!」
『ギャァァァッ!』
『なっ、何だコレはぁぁぁっ!』
『あ、ウ〇コ漏れた……』
いきなり荒っぽい手段に出るユリナとサリナ、通常5人程度で使用するテントの中に20以上の兵士だの冒険者だのを詰め込み、その中へ例のエリアで採取した土壌サンプルを少しだけ放り込む。
テント内は阿鼻叫喚の地獄となったようだが、どうやらウ〇コを漏らした奴、さらにゲロを吐いている奴まで居るようなので確認はしたくない。
まぁそういう奴に関してはきっと適性がないのであろうが、それ以外についてはどうなのであろうか。
すぐにユリナが号令を掛け、中から這い出して来るようその連中へと伝えると……普通に歩いて出て来た者が2人であった。
それ以外、這い蹲ってどうにか脱出した者が5名、残りは中で汚物を撒き散らしながら気絶しているらしい、大変に汚らしい連中だ。
で、その最も優秀な、歩いて出て来た2人によると、やはり凄まじい脱力感と倦怠感を覚えたのだが、それはとんでもない二日酔い程度の、立って歩くことが出来なくなるようなものではなかったとのこと。
なるほどこの2人に関しては適正アリとみて間違いなさそうだな、そして這い蹲って脱出した者は……あまり使えないか、この感じでもっと優秀な、影響を受けない連中を選抜していこう……
「はい、じゃあそっちの2人は身分証を出して欲しいですの」
「ここに私達の『小悪魔シール』を……とりあえずひとつ貼っておきますね」
「ウォォォッ! プレミアの小悪魔シールだぁぁぁっ!」
「いやいや何それ? 売ってんの?」
「希望小売価格は鉄貨3枚ですの、でも最近はプレミアが付いて、これが貼ってあった店舗の柱が切り取られて盗まれる事件も発生していますわ」
「ええ、そういう感じの、どうしても欲しくなる魔法が掛けてありますから、生産を絞って、自分達で値を釣り上げて、それでもうぼろ儲けです」
「その話、後で詳しく聞かせてくれ、凄く金の匂いがするじゃないか、で……こいつらは実際どうなんだ?」
「そうですわね、一応帰還することが出来た兵士と同程度かと、なのでシールひとつ、もっと耐性のある、全く影響を受けない人間を見つけたいところですわね」
「なるほど、じゃあ明日からももっと……土壌サンプルがもっと欲しいなこれじゃ、あの研究者共め、無駄遣いしやがってからに……」
ひとまずこんな感じで、明日中には可能性のある全ての兵士や冒険者に同じことをさせることとしよう。
ついでに俺の仲間達、それから王都の主力部隊からも、このように耐性のある連中を捜し出さなくてはならない。
いくら何だといっても、この一般の兵士や冒険者程度では、あのエリアに突入しただけで、しかも地味な体調不良のような状態では何も出来ないのだ。
こちらの勝利を確かなものにすべく、『超強キャラ』の中からも突入部隊を出すことが必須。
土壌サンプルの方も追加で獲得させ、可能な限りスピーディーに、正確に事を進めていかなくてはならない。
停戦協定が明けるのはもうすぐ、数日後の話だし、ここでどうにか踏ん張らないと、せっかくの時間を無駄に過ごしたことになってしまいかねないからな……




