938 実地調査
「あ、はーいっ、ストップでーっ、ちょっと中身改めさせて」
「はぁ? お前ふざけんなよオラッ! 俺達ここで頼まれて運び屋してんの、わかる? ねぇ、ここ何だかわかる?」
「犯罪者ギルド会館だろう? ご依頼主様の」
「それがわかってんならいちいち足止めしてんじゃねぇよっ! お前等どうなるかわかってんのこれ? タダで済むと思うなよゴラァァァッ!」
「タダで済まんのはお前の方だ、憲兵さんこいつですっ」
「あぁぁぁっ! テメッ、このっ、通報しやがったなぁぁぁっ!」
証拠のブツを手にした俺達は、これ以降犯罪者ギルドをのさばらせておく必要もなくなり、一応『ギルドの中身』を入れ替えたうえで、王都に運び込まれる魔の野菜の種の徹底的な摘発を始めた。
犯罪者ギルドに運び込まれるそれは、毎日のように入荷の予約が入っていたのだが、どうやら『1日ひとつ』ではなかったらしい。
このリヤカーチンピラ野朗で既に3匹目、もちろん俺達が張っている、王都南門からの一般的なルートを避けて通過した連中や、そもそも怪しすぎて、門の兵士に止められ、その場で逮捕された奴など、それなりの数がいたことはもう間違いないな。
犯罪者ギルド会館に辿り着いた奴はどのぐらい居るのか、もちろん『ギルドの中身』は、実際には憲兵の、どちらがヤ○ザかわからなくなるタイプの暴対連中であるから、その場でやって来た馬鹿を逃がしてしまうようなことはしないであろう。
そう考えつつ処理を終え、チンピラ野朗の死骸をその辺に投げ捨てたところで、本日の業務を終了すべきであると、俺の方で勝手に設定した時間となったのであった……
「さてと、そろそろ帰って寝ようぜ、こんなくだらない連中、ギルド会館に張っている憲兵達に任せておけば良いんだ本来は」
「そうね、で、明日以降はどうするわけ?」
「う~む、ひとまずアレだ、昼の戦闘の方に注力して、それから……そろそろ副魔王が動きを活発にしている頃だろうからな、そっちも気に掛けてみよう」
「わかったわ、じゃあ夕方はそっちで、こっちのことは任せてしまいましょ」
ということで屋敷へ戻り、既に夕飯を済ませ、あとは寝るばかりであった仲間達と合流する。
逃げ出していた精霊様は……既に捕縛され、庭木に吊るされているようだ、後で処罰しよう。
アイリスが用意してくれた食事を終えた後に、セラ、ユリナ、サリナと3人で風呂に入る。
出るときに精霊様を木から降ろし、アッツアツの原泉でしゃぶしゃぶして洗浄を済ませ、屋敷の中へと連れ込んだ。
で、ここから寝るまでの時間を使って何をするかというと、まずは明日以降の行動について、念のため他の仲間からの了解を得ておく。
基本的に決定事項の伝達というかたちだが、何か意見があればと思い……特にないし、そこそこどうでも良い感じだな、まぁ、どのルートが正解なのかわからないし、どの行動を選んでも面倒であることに変わりはない。
で、その話が終わった後は……まず2日連続で夜の任務をバックレした精霊様を処断しよう、ジタバタと暴れているが特に気にせず床に押さえつけてやる……
「じゃあ覚悟しろ、リリィ、ちょっと頼んだ、精霊様の尻をペンペンしてやってくれ」
「はーいっ、それっ、この悪い精霊様めっ、大人なのにちゃんと働かないなんてっ」
「いでっ、痛いっ、ちょっ、謝るから、謝るからこの屈辱だけは……ひぃぃぃっ!」
「良いぞリリィ、ついでにカンチョーも喰らわせてやれ」
「はーい、じゃあいっきまーっす!」
「あ、ちょっ、はうぅぅぅっ……きゅぅぅぅ……」
「悪は滅びました、ご主人様、この後どうしますか?」
「そうだな、意識がないみたいだし、壁にでも立て掛けておこうか、で……セラ、ユリナ、サリナ、お前等もお仕置きだっ! 張り込み中にあんパン以外を口にしやがってっ」
『へへーっ、申し訳ございませんでしたーっ』
3人をビシバシと鞭で打ち据えた後、セラに関してはくすぐりの刑、ユリナとサリナは久しぶりの尻尾強力クリップの刑に処し、反省を促しておく。
さて、もう夜更けだし、そろそろ就寝するとしようか、布団を敷き、皆それぞれで自分の場所へ潜り込む。
隣のルビアが酒臭いのは見なかった、いや嗅がなかったこととしよう、これから問い詰めて、処罰までするのは非常に面倒だからな。
そしてあっという間に寝静まった仲間達、俺が最後になってしまったようだが、目を瞑り、静かにしていると……明らかにうるさい、誰かの足音が庭の方から迫って来ているのだ。
それもかなりの数、そしてどれもかなりの重量を有する暑苦しい足音で……これは厄介事の襲来と見て間違いないであろう。
ドスドスと階段を駆け上がる音が接近したことにより、それが何者なのか、どれだけむさ苦しい存在であるのかということが、声を掛けられる前に明らかとなったのだが……筋肉団め、こんな夜更けに何をしに来たというのだ……
「おう勇者殿、すまんなこんな時間に、だが緊急の要件でな」
「……俺が今非常に眠たいということが既に緊急なんだが? まぁ、一応話だけ聞いてやろう、済んだらサッサと撤退して欲しい」
「いや、そういうわけにもいかないのだ、実は王都西の、ちょっとした森に関して少し異変というか、とにかく緊急だ」
「王都の西って、副魔王が作戦を進めている場所のことか?」
「おうっ、実はな、そこへ様子を見に行った兵士がほとんど戻らないんだ、数にして100人ぐらい」
「100人って、それもう様子見に行ったとかそういう次元じゃねぇだろ、馬鹿なのか?」
「うむ、賢くはなさそうだ、で、僅かに帰還した『偵察兵』によるとだな、どうも、森へ接近した瞬間に異常なほど脱力して、出現した『スライムLV1』にタコ負けして命からがら逃げ帰ったと、そういう話なんだ、きっと帰還しない連中も……」
「スライムに喰われたってか、元々雑魚の集まりだったとかそういうわけではなしに」
「おうっ、兵は全て中級ランクの、実戦経験者や元冒険者で優秀なため仕官が叶ったような奴だと」
「……何かこう、いつにも増して面倒な感じの報告をありがとう、おやすみなさい、また明日」
「ということで今から様子を見に行く、勇者殿と、可能であればもう1人か2人出してくれ」
「俺の話、聞いてた?」
人の話をまるで聞かないゴンザレス、気合十分で、まさか俺が要請を断るなどとは思ってもいないし、そういう類の言葉については一切耳に入らない様子。
仕方ない、ここは俺が出て……いや、壁に立てかけてあった精霊様も持って行くこととしよう、そうすれば名目上は2人だ、精霊様は気絶しているため実質1人ではあるのだが。
で、カンチョーをまともに喰らって動けない、硬直したままの精霊様を小脇に抱え、ゴンザレスと、それから他の筋肉団のメンバーと共に屋敷を出る。
どうやらこの連中、こんな時間まで訓練をしていたようだな、タフというかアホというか、とにかくそのモチベーションがどういう理由で維持されているのか、それが気になって仕方ない。
しかも移動するのに駆け足ときた、もうフラフラで、意識していないと目が閉じてしまいそうな俺には非常に堪える行軍だ。
もちろん精霊様も抱えて……そうだ、叩き起こして自分で歩かせよう、というか俺を運ばせてやろう。
抱えたままの状態でチョップを繰り返すと、ようやく目を覚ました精霊様は、ここがどこなのか一切わかっていない様子である……
「……あ、いや、ちょっと何なの? もしかして私を棄てに行くつもり? サボった分は謝るから、山に不法投棄するのは勘弁してちょうだい」
「おうおう、棄てられたくなかったらちょっと手伝え、俺を抱えて、前を走っているあの筋肉の大集団に追い付いてくれよ」
「へへーっ、承知いたしましたーっ」
「よろしい、以後俺様に対しては低めの姿勢で接するように」
「重ねてへへーっ……あら? これ、私を棄てに行く感じじゃないわよね? もしかして騙したのかしら?」
「……へへーっ、申し訳ございませんでしたーっ!」
結局俺は精霊様をおんぶさせられ、必死で走って筋肉団員に食らいつくことに、その道中、精霊様にも事情を説明して、これからあのむさ苦しい、非常に目立つ連中と共に『偵察』をすることなど告げる。
もしかして頭が悪いのではないか、そういう指摘を受けつつ、そしてごもっともだと感じつつ走った。
王都を出て、その事変が生じているという西のちょっとした森へ、その前には既に、偵察とは思えない規模の軍が展開しているではないか。
さすがにやりすぎである、これではこちらが停戦協定を無視して、今から攻撃を仕掛けると言っているようなものだ。
ゴンザレスが困ったような表情でそれらを下がらせ、一旦距離を置いてもう一度状況の説明を受けることとした……
※※※
「……なるほど、森の中、敵が何かをしている場所へある一定の距離まで近付くと、急に脱力してスライムよりも雑魚になってしまうと、そういうことなんだな?」
「ハッ! もう何かダルンダルンのブヨンブヨンな感じになって、力なくその場に崩れ落ちてしまった者も居る始末で、無事に帰還出来たのは一部の強兵だけ、あとはもうアレな感じです、諦めました」
「おう、報告出来るだけの人員さえ帰っていればそれで良いさ、そもそもそんな大人数で、攻撃めいた偵察をしたこと自体誤りだとは思うがな」
「しかし軍上層部の命令でやむなく……」
「勇者殿、やらかした軍上層部の人間については後に糾弾しよう、きっと功を焦ったのだ」
「だろうな、で、この雰囲気……どう思う精霊様?」
「まぁ、十中八九特異な魔法を展開しているわね、魔族がかなりの数集まって、共同でそういうエリアを構築しているんだわ」
「なるほどな、地上はそんな感じか……上空は?」
「同じね、きっと月の高さまで上がってもそんな感じだと思う」
「困ったことだな……」
敵が魔法陣のようなものを描き、それに魔力を注いでいるのであろうというのが精霊様の見解である。
つまりこの『弱体化エリア』を破壊するには、その場所まで行って術者共を殺さなくてはならないのだが、現状その作戦は取ることが出来ない。
もちろん大人数で突入したところで、それぞれが力を失い、森に居る一般的な魔物にさえ勝てず、全滅してしまうのがオチ。
しかし敵はそのエリアの中で何をしているというのだ? もちろんその『弱体化』については、侵入者だけでなく自分達にも襲い掛かってくる性質のものだと思うのだが、そうではないというのか?
まぁ、百聞は一見に如かず、そういう言葉があるのだから、ここは少人数で、様子を見に行って、実際にそのエリアを体感してみるというのが妥当な選択であろうな。
もちろんエリアの奥深くまで入り込むことなく、キワキワの場所で進むのを止め、どんなものなのかを肌で感じ取ったら、襲われる前に撤退するというのが今回の偵察作戦において重要なことだ。
それと、強い者が全員でそこへ向かうのではなく、万が一に備えて救出班を用意しておくべきなのだが……その連中が中へ入ったらどうなるか、ミイラ取りが何とやら、それも良く言われている言葉である……
「え~っと、じゃあ俺と精霊様で行ってみるから、まずはこのロープを腰に結んで……こんな感じかな?」
「おう勇者殿、俺達はもし何かあった場合、このロープの端を力の限り引っ張れば良いということだな?」
「いや、軽めにして欲しい、もしその筋肉でそんなことされたら、弱体化している俺や精霊様が引き千切れてしまうからな、ズズズッと、引き摺る感じで構わないから」
「おうっ、任せておけっ!」
「大丈夫な気がしないのはきっと俺だけじゃないと思うんだが……」
ということで出発、エリアに突入する目印となるのは、最初に兵士がうっかり侵入した際に、弱体化しすぎた者が落としてしまった剣や盾などの装備とのこと。
元々そこまで強くなかった兵士については、その場で崩れ落ちていきなり戦闘不能に陥り、死体が見つかっていないということは、そのまま森の奥へ引き摺り込まれて何かに喰われたのであろう。
しかしそうなるとアレだな、敵がどのような状態なのか知らないが、森に生息している普通の魔物についても、そのエリアの影響を一切受けていないということになるな。
何か『弱体化してしまう条件』のようなものがあるのか、人族だけとか、魔族と魔物以外とか、そういった感じであろうか。
まぁ、とにかく行ってみて、体験してみないことには詳細もわからないというもの、森の中をまっすぐ進むのは俺と精霊様、そして万が一に備えるゴンザレスとサポートに筋肉団員が2人、合計で5人だ。
この人数であれば、敵から攻撃と勘違いされることなく、そもそも発見されることなく該当するエリアに接近することが可能なのはもう確実。
ということで周囲を警戒しながら歩き、行き付いた先には……無造作に棄てられたような武器防具の類、なぜか薄汚いブリーフまで落ちているのだが、それは見なかったこととしよう。
「……誰かしらこんな所でパンツを脱いだのは?」
「さぁな、だがこのラインから先が例の『脱力エリア』なのは間違いない、きっとパンツの重みにさえ耐え切れず、脱ぎ捨てて倒れたか、そのまま逃走したかしたんだろう」
「うむ、これいついては後で帰還した兵士に問おう、もしかしたら持ち主が見つかるかも知れないからな」
「いや、それはやめてあげた方が……」
修学旅行どころか、大人の、しかも互いに研鑽し合う屈強な兵士の集団において、『このパンツ誰のですか~っ?』をリアルにやることは出来ない。
というかおそらく、持ち主がその中に居たとしても、そしてそいつの落し物であることが誰の目からも明らかな状況であったとしても、恥ずかしすぎて名乗り出ることなど出来ないであろう。
そもそもこんな汚いパンツを持って帰るのはイヤである、もしこの先で何の成果も得られなかったとしたら、それこそ今回の収穫が『誰かの汚いパンツ』だけになってしまうのだから。
パンツをスルーした俺達は、ひとまずそのエリア内に踏み込んでみようということを決め、まずはどちらが……いや、ここは公平に、俺と精霊様が同時に踏み込むこととしよう。
もちろん救助を担うゴンザレスや、サポートの筋肉団員はその場で待機、さすがに大丈夫だとは思うが、万が一ということがないとも限らないのだ……
「よっしゃ、じゃあ精霊様、せ~ので踏み込むぞ、良いな?」
「わかったわ、じゃあ合図してちょうだい」
「いくぞっ、せぇ~のぉっ、それっ……え?」
「まさかこのご時勢にこの手に引っ掛かる馬鹿が居るとは思わなかったわね」
「うむ、正直驚きだ、勇者殿はもう少し賢さを鍛えた方が良いぞ」
「てめっ、騙しやがって、もう一度罰を……っと、何だ?」
「フラフラじゃないの、どうしたのかしら?」
「あ、何か……効いてるみたいだ、力が抜けて……」
精霊様にまんまと嵌められ、単身『弱体化エリア』に足を踏み入れてしまった俺だが、ほぼ一瞬のうちに全ての力を抜き去られ、脱力してその場に倒れこんでしまったのであった。
強兵とはいえ一般の兵士でも、一部は何とか自力で脱出することが出来たこのトラップだが、どうして最強の勇者様たるこの俺様が、立ち上がることさえ出来ない状況に追い込まれているのだ?
というか、倒れた際に膝を擦り剥いてしまったようだ、普段であれば超音速で吹き飛ばされ、ゴツゴツした地面に頭から突き刺さっても、せいぜいたんこぶが出来る程度の防御力なのに、これは一体どういう……ヤバい、ゴンザレスが俺を引っ張り戻そうとしているではないか……
「おう勇者殿、ちょっと引っ張るぞ、大丈夫だ、そこから抜ければ元に戻るはず」
「ちょちょちょっ、ちょまっ、今の俺さ、凄く弱体化しているから、相当慎重にやらないとマジで危険だから、わかる?」
「うむ、引っ掛かっても無理矢理引っ張ろうとはせず、ボックスティッシュの最初の1枚を取り出すときのように慎重にやろうではないか」
「それ最後結局ビリビリになるやつっ!」
「心配ない、任せろ勇者殿、王都代綱引き大会で鍛えたこの引っ張り力さえあればっ、ウォォォッ!」
「ギョェェェッ!」
「……ミンチになっちゃったわね」
『だ……だから言ったのに』
「勇者殿、その状態で喋る術はどこで身につけたのだ?」
ゴンザレスが無理矢理俺を引っ張り出したせいで、エリアの外へ出る頃にはズタボロの挽肉状態にされてしまった。
もちろんそこからは本来の力を取り戻し、大勇者様パワーでみるみるうちに回復、1分程度で元の姿に戻ることが出来たのだが……もう二度とこの中へ入りたいとは思えないな。
というか全て精霊様のせいではなかろうか? こうなったら精霊様も後ろから押して……
「喰らえ精霊様! オラァァァッ!」
「ひょいっと」
「あ、のわぁぁぁっ!」
「……勇者殿、その卑劣な感じの行動から報いを受けるかたちの結果、ベタすぎてもう付いて行けないぞ、とりあえず引っ張ってやる、ウォォォッ!」
「ギョェェェッ!」
「死に方が雑魚キャラっぽいのよね最近……」
まるで雑魚キャラのように、短い時間の間に2回もミンチにされてしまった俺は確かに勇者であるはずだ。
だがその威厳も尊厳も何もかも、このエリアに少しでも入り込めば全て失われ、単なる、ホンモノの雑魚キャラと化してしまう。
いや雑魚キャラの方がまだマシだ、本当にパンツさえも脱ぎ捨てたくなるほどに体が重く、力が出なくなって、それこそ動くことさえ出来なくなってしまうのだから。
これは少し調査が必要だな、もちろん俺が一般の人族よりも強い影響を受けているのではないかという点も含めて、徹底的にこれが何なのか、どうやって解除したり、無効化したりするべきなのかを調べるのだ。
ひとまず今夜はこれで終わりにして、また明日、ユリナやサリナ辺りも連れてここへ戻ることとしよう……




