937 証拠確認
「……で、今日はどうするんだ? 昨日あれだけやって、しかも逃げ出したんだぞ俺達は、もう一度あの感じで入って上手くいくとは思えなんだが?」
「そうねぇ、今日もマーサちゃんは居ないし、潜入するのをこの2人にしたら……」
「即座に『悪魔バレ』しますの、あと、顔を落書きで改変されるのはイヤですの」
「それと眠たいです……ふぁぁぁっ」
昼間の戦闘を終え、今日も今日とて犯罪者ギルドの監視に向かった俺達、参加者は昨夜に引き続きの俺とセラ、そしてユリナとサリナである、精霊様はまた逃走してしまった。
で、夕暮れと共に犯罪者ギルド会館の動きが活発となり、同時にマーサが主体で進めている『王都ほがらか農園計画』の参加者が、疲れ切った顔でその前を、農機具を抱えたまま通過していく。
その人の流れが落ち着きつつ、今度は明らかにカタギではない、そのようにして働く意思のないゴミ共の存在が色濃くなってきたのである。
で、その様子を眺めている俺達は、昨日のように変装して中へ入り込むようなことも出来ず、ひとまず魔王軍の関係者、つまり魔族がやって来ないかということだけ見張ることとなり、昨夜の最初と同じく正面玄関と裏口に分かれ、見張りの方を開始したのであった。
「勇者様、今夜は入って来る人間、人族か魔族かちゃんと見ないとダメよ、昨日みたいのは面倒だし」
「しかしなセラ、昨日中へ入った際に思ったんだが、あの中には魔族なんて1匹たりとも居やしなかったぞ、間違いなく徹底してその存在を隠しているんだ、じゃないとああいう感じにはならないだろう?」
「そうねぇ、確かに『人族の運び屋』を使って、王都の外でブツのやり取りを……この感じじゃ今日もスカかしらね……」
「そんな気がしてならないぞ、もう帰りたい……」
「私も帰りたくなってきたわねぇ……」
俺とセラは昨日と同じ、犯罪者共の流入が極めて少ない正面玄関側を見張っている。
今回は魔族が入って来ないかどうか、念入りにチェックしているのだが、昨日の感じだとその可能性はあまりない。
むしろ犯罪者そのものの流入よりも、それに伴って運び込まれる荷物の方が重要なのではないかと、そしてそれらについては、ほぼほぼ裏口から搬入されるのではないかと、そういう感じだ。
つまりもう一度潜入をするわけにはいかない本日の見張り業務においては、本当にただここに居るだけ、無駄の極みを体現した誰にでも出来る簡単なお仕事になってしまうのではないかと。
どうしようか、その辺の暇人でも雇って、俺達の代わりに見張りをやらせるか、もちろん無償で、報酬を要求されたら顔面に直接『グーパン払い』をすることとして、全てを外注してしまおうか……
「勇者様、ちょっと買い出しに行ってきて良い? お腹空いちゃったわ」
「うむ、張り込みは腹が減って仕方ないからな、俺の分もあんパンを買って来てくれ」
「あんパンじゃないとダメなのかしら?」
「当たり前だ、張り込みを何だと思っているんだお前は? とにかくあんパンだ、焼きそばパンは認めんっ」
「はいはい、じゃあ私はカレーパンにでも……」
「あんパン以外はダメだっ!」
「・・・・・・・・・・」
張り込みといえばあんパン、当然のことであり、このルールから逸脱することは即ち、張り込みの失敗をも意味する重大な服務規程違反なのである。
そんなことさえわかっていない助手を買い出しに行かせるのはいささか不安なのだが……あんパンは良いとして、もし微糖以外のコーヒーを買って来たら尻を叩いてやろう。
その不安だらけの助手、というかセラを見送り、俺はそのまま張り込みを続ける、時折、フォーマルな格好の詐欺師やインテリヤ〇ザの類がやって来る以外は、この正面玄関が使われる様子はない。
裏口を見ているユリナとサリナはどうであろうか、あの2人は体こそ大きくないのだが、姿かたちからしてかなり目立ってしまうからな。
敵に張り込みを悟られ、警戒されてしまっていないと良いのだが……と、ここでユリナだけがこちらへやって来た、何か報告があるようだ……
「あら? ご主人様だけですの、セラちゃんは……」
「今あんパンを買いに行かせた、あと微糖のコーヒーもな」
「そうなんですのね、こっちはさっきバターロールとブラックコーヒーで軽食を済ませましたのよ」
「……ちょっとユリナ、お前どういうことだそれは? とりあえず頬っぺたと尻、抓って欲しい方を差し出せ」
「えぇっ……えっと、じゃあお尻を……いてててっ、何か知らないけどごめんなさいですのっ」
「全く、張り込みなのにあんパン以外のモノを口にしやがって、バターロールだと? それは朝食用のパンだろうが、わかってんのかオラッ」
「ひぎぃぃぃっ、に、二度としませんのっ、次からはあんパンと……カフェラテ?」
「微糖のコーヒーだっ!」
こちらもまるでわかっていなかったらしい、ひとまずユリナの尻を右も左も、そこそこ強く抓ってそれをお仕置きとし、サリナには後で正座でもさせることとして罰を終えた。
で、ユリナがこちらにやって来た理由を問うと、やはり裏口の方で何やら動きがあったらしい。
リヤカーに乗せられた荷物が運び込まれ、受け取った側は『今度はホンモノのようだ』などと口にしていたらしい。
つまり昨夜俺達がコッソリ押収した魔の野菜の種、それが再び発注され、そして今度は犯罪者ギルドの構成員、おそらく新人の何者かによって、不正なく運び込まれてしまったということだ。
「それで、その荷物を持って来た奴等はそのまま裏に連れて行かれて、何かこう、ギャーッてなってましたの、殺されたんですわねきっと」
「あぁ、昨日は俺達も殺されそうになったからな、逃げたけど」
「それが正解ですわ、ただただ逃げただけだから、それで諦めて新しい荷物を頼んだんですの、もし返り討ちにしていたら、今頃もっと面倒なことになっていましたわね」
「だよな……あ、セラが戻って来たな、あんパンは……奴め、アレは確実に微糖のコーヒーじゃねぇだろ」
「お~い、あ、ユリナちゃんも居たのね、あんパンと、ついでにサリナちゃんの分も、あとこっち、トゥーゴーパーソナルリストレット……(中略)……クリームフラペチーノ4人分ね」
「……すまん、もう一度言ってくれ、わけがわからんぞそのコーヒーは」
「ご主人様、トゥーゴーパーソナルリストレット……(中略)……クリームフラペチーノも知らないんですの? もう喫茶店で注文出来ませんわよそんなんじゃ」
「そうよね、トゥーゴーパーソナルリストレット……(中略)……クリームフラペチーノぐらい常識なはずだけど」
「お前等、後で鞭打ちの刑に処すから覚悟しておけ、ひとまず簡易版のお仕置きだっ」
『ひぎぃぃぃっ!』
張り込み中に何を考えているのだこの連中はと、ダブル頬っぺた抓りの刑を喰らわせながら考える。
で、何やら凄い盛り盛りのコーヒーと、こちらは指定通り買って来てくれたあんパンを口にしつつ、先程ユリナから受けた説明をセラにもしてやる。
そのままサリナが1人で待っている裏口へ移動し、ひとまずコーヒーブレイクにしようということに決まり、あまり重要とはいえないこの正面玄関側を開けることとなった。
すぐに移動し、待っていたサリナに長い名前のコーヒーを渡しつつ、その長い名前についてまるで常識であるかのように知っていたことに驚く。
ちなみに本来の目的である見張りの方だが、先程の報告以降、特に目立った動きはないこと、そして運び屋のチンピラが、路地裏でキッチリ殺害され、無様な死体を晒していたことについても報告を受けた……
「ふぅっ、バターロールの後のあんパンはなかなか重いですね、太らないように運動しなきゃ」
「おいサリナ、お前も張り込み中にあんパン以外のモノを口にしたんだってな、お仕置きだぞっ」
「あ、ダメだったんですかそれやっぱり、ちょっとアレかなとも思ったんですが……お仕置きして下さい」
「じゃあ尻を出せ……オラッ」
「ひぎぃぃぃっ、きっ、きっくぅぅぅっ!」
「で、遊んでいる暇ではありませんの、さっき運び込まれた『今度こそホンモノ』のブツ、それが運び出されてしまう前に、証拠を押さえて摘発しますのよ」
「だな、じゃあまずは証拠の確認のために、すまないが誰か憲兵を2人ほど呼んで来てくれ」
「あ、じゃあ私が行きますの、ちょっと待っていて下さいですわ」
そう言ってすぐに走って行くユリナ、しばらくすると巡回中であった憲兵を連れて戻る。
憲兵はやる気満々だ、このデカいヤマに関与することが出来るというのは、そこそこに光栄なことなのであろう。
作戦を立て、踏み込んだ瞬間に全員動かぬよう、床に手を突いて……いや逆立ちして待つよう指示し、その間にブツを確認、抵抗する者は即座に処分するという方針を決め、突入の準備を済ませる……
※※※
「オラァァァッ! カチコミじゃぁぁぁっ!」
「じゃなくて捜査です捜査! そんな抗争みたいなこと言わないでっ、と、全員床に手を突いて逆立ちしろっ!」
「はいはい早くっ、早くしないと殺すぞっ、そこっ、逃げようとするんじゃないっ!」
「ななななっ、何で憲兵がここへっ?」
「野郎! ここはちゃんと認可を受けたギルドだぞっ、『ギルド自治権』も認められているんだっ!」
「そうだそうだっ、憲兵なんぞお呼びじゃねぇんだよっ!」
「そうか、じゃあそう思った奴は死ねっ」
『ギャァァァッ!』
「オラオラ、死にたくなかったら静かにしやがれってんだ」
『・・・・・・・・・・』
必死になって壁に向かい、逆立ちをしようと試みる犯罪者共、もちろん普段から暴れ狂っているような者については、そこそこ容易にそれをやってのけるのだが、そうではない者もかなり多い。
先程俺達が確認した詐欺師やインテリヤ〇ザなど、普段から運動していないような連中は、何度も何度も逆立ちを試み、その度に失敗して醜態を晒している。
なお逆立ちしたせいで、ポケットに抜き身のまま放り込まれていた刃物が落下し、そのまま顎に突き刺さってしまったらしい馬鹿もちらほら。
それを見た俺が指を刺して爆笑している間に、憲兵の2人はカウンターの奥へ……どうやら間取りなど、予め把握してあるようだ、まぁ、ここが犯罪の温床なのは当初からわかっていたことだし、公安的な人々の調査対象であったことは言うまでもないからな。
「クソッ、どうして壁倒立なんか、それっ……グッ……クッ」
「おいおいお前、もしかしてそんなことも出来ないような無能なのか? 人から騙し取った金で生活なんぞしているからそうなるんだ、ほれっ、チャンスはあと3回だ、それまでに成功しないと……」
「それっ……ほぉっ……はぁっ……ダメだ、俺には出来ないっ」
「そうか、なら死ねこの無能クズがっ」
「ひょげぇぇぇっ!」
『あった! ありましたよそれらしき箱がっ……って、虐殺なんぞしていないでこちらへっ!』
「へいへい、あ、ついでにお前も死ね、何か顔がムカつく」
「ギャァァァッ!」
適当に目に付いた犯罪者を殺害するなどして遊んでいると、奥の方に行った憲兵が何かを見つけ、俺もそこへ来るように要請してくる。
面倒だが任務を最後まで完遂しなくてはならないことと、ここの連中をあまり殺しすぎると、後々その犯罪行為を明るみに出し、広場で処刑するというイベントが小規模なものとなってしまうため、このぐらいで良いにしておこう。
で、奥へ入って行くと……昨日は見かけなかった、可愛らしい顔をした女性スタッフが3人、パンツモロ出しの状態で壁倒立していた。
なるほど、こういう子も中には居たのか、もちろんこの後逮捕するのだが、今しばらくはこの『逆立ちパンツ』を堪能しておこう。
少しぐらいであればちょっかいを掛けても……セラに殺されるであろうな、あと憲兵の2人がしきりに俺を呼んでいる、パンツの件は後程として、まずはブツの確認から済ませることとしよう……
「え~、こちらが証拠の品で間違いありませんか勇者殿」
「だな、野菜の種だし……セラ、一応少しだけ魔力を」
「わかったわ、じゃあ『一般の人族の500倍程度』に力を絞って……発芽したわね」
「おぉっ、これが魔の野菜の種と、そして魔王軍が作り出し、ここの連中が王都へ運び込んでいるものと、そういうことですな?」
「あぁ、おいそこの女、1人で良い、ちょっと責任者がどいつなのか教えろ」
「……あ、はい、その……あの方です、ほら、逆立ちしたまま器用に逃げ出そうとしているそこのハゲ、残念ながらアレがギルド長なんdねす」
「何だあのおっさんは? てかおい、逃げんじゃねぇ殺すぞ」
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
逆立ちのままシャカシャカと走り、必死に逃げようとしていたハゲのおっさん、どこにでも居そうな、普通のしょぼくれたおっさんである。
それが俺に声を掛けられたことによって、慌ててスピードを上げようと試み、バランスを崩してひっくり返った。
背中を強打したようだな、特に痛め付けることもなく捕えることに成功したかたちだ。
で、床で悶絶しているそのおっさんの下へと近寄り、意識があることを確認した後に、まずは最初の尋問に移る。
脇腹をごく軽く蹴飛ばし、呻き声を上げさせてから、まずは最初の、最も肝心な質問だ……
「おいお前、この野菜の種、魔王軍から受け取ったもので間違いないんだな?」
「さ、さぁ? 俺は知らんぞ、そんなもん、その業務の担当者が全てやったことだ、ほら、そこで逆立ちしているチンピラと、そっちのスキンヘッドの馬鹿だっ」
「ほうほう、あ、お前等昨日はご苦労さん、まさかあの変な顔の2人組を取り逃がすなんて、思ってもみなかっただろうな」
「てっ、テメェは昨日のっ!」
「顔が違うじゃねぇかっ!」
「当たり前だ、で、次はお前等に聞いてやろう、これは魔王軍からの品、OK?」
「知るかボケッ! 俺達はなっ、この王都の皆様のために野菜の種を仕入れて……もしそれが犯罪だったとしたら、そこのギルド長に聞いてくれ」
「そうだぞ、俺達は単に慈善活動に従事していただけだ、何も知らないし知らされていないっ」
「だってよ、おいどうするハゲ?」
「ぐぬぬぬっ、俺を守る行動さえ取れないとは、これだから犯罪者共はっ!」
「お前もその一味だろうがこの馬鹿垂れがっ」
「へぐっ……」
その後、ハゲのおっさんギルド長は他の犯罪者、つまりギルド所属員のせいにしてみたり、逆立ちでパンツを晒している女性スタッフらのせいにしてみたり、とにかく情けない言い逃れを延々と続けた。
こちらはそれに対して粛々と追及を続けていたのだが、このままでは埒が明かないのは言うまでもない。
この辺りでどうにかガツンと……と、逆立ちの女性スタッフが1人、腕の力を失って崩れ落ちてしまったではないか。
すぐにセラがそこへ駆け寄り、そろそろかわいそうなのでということで、この3人しか居ないという犯罪者ギルドの女性らについては、逆立ちを止めさせて地面に正座させる。
よし、この3人を使って情報を引き出そう、もちろんこのハゲのように殴る蹴るの暴行を加えるのではなく、減刑などのインセンティブを提示して、こちらに協力させるのだ……
「おいそこの3人、お前等、この件に関して何か情報を持っているか? 持っているなら吐いた方が身のためだと思うぞ、ほら、司法取引ってやつ?」
「あ、えっと、私達、そこそこの下っ端なんであまり知らないんですが……その、ハゲ……ギルド長なら全て知っているものかと……」
「きっ、貴様等ぁぁぁっ! 俺を裏切るのかっ? 嫌がらせで潰した店から、再就職としてここに呼んでやったのは誰だ? えぇっ?」
「いやもう諦めましょうよハゲ……ギルド長」
「そうですよハゲギルド長、ここで無様を晒しても、あなたどうせ明日にはもう……」
「ですね、火炙りで黒焦げとか、酸でトロットロとか、あと切り刻まれて」
「やっ、やめろっ、それを言うなっ!」
どうやら自分が処刑されることぐらい認識している様子のハゲと、自分達はまぁ大丈夫であろうということがわかっている様子の女性ら。
早速3人に減刑、というかほとんどまともな刑罰を科さないことを条件として、ハゲギルド長の秘密について、知っている限りで話をさせる。
どうやらこのギルド会館に魔族、というか魔王軍の使いが来たのは最初の一度だけで、あとは運び屋だの使い走りだの、その辺の雑魚を用いてやりとりをしていたようだ。
もちろんそれはこのハゲギルド長が考えたのではなく、魔王軍の側から、慎重に慎重を重ねるべきだとの提案でそうしていたらしいが、そう考えるとかなり厄介な敵だな、比較的賢さが高いタイプの魔族である。
で、そのまま女性らの話を聞いていくと……どうやら『来訪予約』だの『荷物搬入予定』だのといった予定表が、カウンターの机の中に入っているらしいということが判明した。
早速憲兵の1人が走り、その予定表を全部引っ張り出して中を確認している……
「……凄いですねこれは、今夜も、明日の夜も、ずっと継続して『荷物の搬入』がありますよ、しかも全部王都南門経由で、中身については『秘匿』とされています」
「おう、もう間違いねぇな、こいつら、凄い勢いでその種を王都内へ運び込もうとしていたんだ、クズな野郎共め」
「ひとまず全員逮捕しましょう、その後は……」
「そっくりそのまま中身を入れ替えようぜ、憲兵にも居るだろう、『どっちがヤ〇ザかわからない暴対の連中』ってのが、それをここに置いて、明日からの『搬入』も通常通りやらせるんだ」
ひとまず証拠のブツについては確実に、間違いなくそれであることを確認した俺達と憲兵。
本日の業務はこれにて終了し、逮捕した犯罪者ギルド所属員他は、呼ばれてやって来た他の憲兵らによって連行される。
あとはもう、やるべきことをやるだけだ、明日以降、搬入された魔の野菜の種は、王都に撒き散らされることなく、この場で留められることとなるであろう……




